表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
42/80

第42話 由井の物語

「私が指示すれば、こいつらは一斉にお前たちに遅いかかる。つまり、私は君たちの生殺与奪の権を握っていると言うわけだ」


「なぜ俺たちを脅す。いや、そもそもどうしてこんな事が出来るんだ」


「待て、順を追って話していこうじゃないか」


 由井が目だけで周囲を見回した。


 潮が引くように、さっと群れが道の奥に引いていき、床が露わになっていく。あっという間にネズミの姿が見えなくなる。


「こいつもいらないか」


 由井が深川を見る。


「えっ」


 驚きで目を見開き、口を大きく開けた深川の姿が薄くなり、消えていく。


 がらんとした空間に、三人だけが残った。


 今までの出来事は幻だったんだろうかと思う。しかし、朽ち果てた木や、窓ガラスが割れて廃墟のようにぽっかりと口を開けたビルが、惨状を物語っていた。


「私の目的は世界制覇だ」


「はあ」


 まるで、子供番組の悪役みたいな言いぐさに、思わず笑みがこぼれてしまう。


「笑っているが、私はいたって本気だ。その証拠に、我が兵力であるネズミの群れを見たであろう」


「あれが本物であるわけないじゃないか。みんな幻なんだろ」


「そう、確かにネズミの群れは幻だ。しかし、それを言うならお主たちが生活していた世界が、本当に現実だったと言えるのか」


「何が言いたいの」


「来栖未来、お前は売れっ子の漫画家だそうだな。玉山政伸は世界を狙える位置にいるサッカー選手か」


「何がおかしい」


 小馬鹿にしたように鼻で笑う由井に、玉山がいきり立つ。


「お前たち、本当にそれが変えようのない現実だと思っているのか」


「俺の今まで、人より何倍もトレーニングを積み上げてきた。だからこそ、今の自分があると思っている。その努力も、全部幻だというのか」


「確かにお主は努力を積み重ねてきたのだろう。しかしそれとは違う別の現実があったとしたらどうだ。


 人間、どんなに努力をしてもサッカー選手になれるわけではない。持って生まれた素質、環境も必要だ。


 例えば実力がありながらも養護施設で育ったおかげで、有力クラブチームへ行けるだけの費用を捻出できない。されに意地の悪い同級生に膝を砕かれたら、どんなに努力しても上へ上がるのは難しかろう」


「ううっ……」


 玉山が突然倒れるように座り込み、右膝を両手で押さえはじめる。顔を歪めながら、額から脂汗が滲みはじめる。


「痛いか。それがお前のもう一つの現実だ」


「お前もだ」由井は未来を見る。「マンガが何よりも好きな少女がいた。でもその少女には満足にマンガを買う金などない。少ない小遣いをやりとりして、あるいは友達から借りて、マンガを読む日々だった。


 だが、ある日どうしても読みたいマンガが出てきた。金もない。友達でそのマンガを持っている者もいない。少女は出来心でマンガを万引きした」


「みぃぃくぅー」


 由井の後ろから男が出てきた。深川だ。


 ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべている。


「お前、マンガをパクっちゃったそうだな」


「ああ……」


 強烈な頭痛が襲い、周囲の風景がゆがんで見えてきた。


「まだマンガの続きを読んでいないだろう」


 由井はいつの間にか何冊ものマンガを抱えていた。表紙は〈忍び寄る陰〉。


「ここに全巻ある。読むがいい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ