第40話 悠紀夫、倒される
天海は呪文を止め、ショベルを構え、相対した。振動が消える。
「このネズミどももお前の仕業か」
「いかにも。我がいとおしき仔たちだ。夜な夜な我が生首を囓り取り、腐れ果てていくはずだった肉体を、命に取り込んでくれた恩人の子孫である」
「あんた、こんなことして一体何をしようって言うのよ」
「世界制覇と言っているだろう。我が仔たちは繁栄し続け、やがては世界を覆い尽くすであろう」
ネズミが塔の周囲に集まりだした。結界に沿って土砂が堆積するように積み重なっていく。由井の姿も見えなくなる。
シャカシャカと言う音が四方から聞こえ、無数のキイキイという鳴き声が塔の内部へ反響し、耳へ突き刺さるように響いてくる。
ああ……。頭がおかしくなってくる。
「どうだ、私の僕にならぬか。そうすれば、命だけは長らえる事が出来るぞ」
どこからか、由井の声が聞こえてくる。
「おやっさん、このネズミ何とかしてくださいよ」
天海は腕組みしたまま周囲を見回していたが、視線を福井に向ける。
「やはりお前だ」
「僕が……なんですか」
天海がショベルを構え、福井に向き直る。
「な、なんですか」
「いやぁっ」
気合いと共にショベルで胸へ突きを入れた。
福井は後方に飛んで倒れた。
「悠紀夫」
叫んだ亜紀は衝動的に福井へ駆け寄った。外傷はなく、息はしていたが、眠るように眼を閉じていた。
怒りと共に振り返り、天海を睨み付けた瞬間、
一体あたしは何をしているのだろう。
冷静な自分が問いかけてきて、唖然としてしまう。
どうしてあたしは福井さんが傷つけらるのに対して、こんな感情が出てくるんだ。この人はあくまでもビジネス上の付き合いしかないというのに。
「一応、生きていますね」
感情の揺れを悟られるのが恥ずかしくて、努めて冷静な話し方をする。
天海はそんな心の揺れを見透かすように亜紀を見ていた。対して弘樹は亜紀の様子には気づかないようで、おろおろしながら福井と天海を交互に見ていた。
「おやっさん。どうしちゃったんですか」
「こやつが諸悪の根源じゃ」
「悠紀夫が……。ですか」
「そうだ。周囲を見ろ」
鳴き声が消えていた。結界に張り付いていたネズミが、剥がれるようにして落ちていく。
「どうなってんですか」
「今まで起きている現象は、すべて悠紀夫から発生しているのじゃ。周りが静かになったのは、こやつの意識を飛ばして力を封じたからじゃ」
「でも、悠紀夫が悪人には思えないけどなあ」
「悠紀夫が悪人というわけではない。存在が我らにとって悪い影響を及ぼしているというだけだ」
「福井さんはこれからどうなるんですか」
天海は亜紀に向き直る。
「すべてはお前たちの問題だ」
「私たち、の……」
「そうじゃ。お前たちの態度によって儂にも考えがある。これから駿府へ向かうぞ。そこに因果の始まりがあるのだ」
天海は手を合わせ、呪文を唱えはじめた。再び細かな振動を感じたかと思うと、ふわりと体が宙に浮く。
「あああっ」
亜紀たちの体が、塔の上に吸い込まれるようにして上昇した。
周囲が金色に輝きだす。前後左右の感覚がなくなり、意識が消えていく。