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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
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第4話 サクラが逃げた

 翌日の九時半に検査を行うこととなり、時間に合わせて税関の検査場へ向かった。悠紀夫が働く事務所と検査場は同じ興津埠頭内にあったので、歩いても行ける距離なのだが、トラブルに備えて軽トラックで行った。入り口でチェックを受けて施設内に入る。


 コンテナは既に到着していて税関職員と作業員が待っていた。


 作業員がシールを切断してコンテナを開ける。天井まで、びっしりとカートンが詰まっている。


「あのカートンを開けてください」


 税関職員が指差したカートンを、作業員が脚立に乗って出し、蓋を開ける。中には梱包材に固定されたサクラが二体入っていた。


「書類を見ると、もともと東京揚げだったのが清水揚げに変更していますけど、何かあったんですか」


「これ、リコール品の差し替えだそうなんですよ。これ、本当はもう到着しているはずだったんですけど、上海が嵐で出航が遅れまして、一刻も早く欲しいって言うことで、入港が早い清水揚げに変更したんです」


「ふうん。リコールって、動かなくなっちゃうとかなんですか」


「ネットでサクラ リコールで検索するとたくさん出てきますよ。なんだか動きが変になっちゃうみたいです。電池が切れるまで手足をばたばたさせて暴れ回ったり、ぐるぐる回り続けたりとか、事前のプログラムにはないような動きをするそうですよ」


「で、これと取り替えするって訳ですか」


「それですんなりいけばいいんですけど、ユーザーの中には今の製品に愛着を持っていて、あくまでも修理してくれって言う人が多いみたいですね」


「ふうん。色々大変ですねえ」


 カートンから、パキンと音がした。


「え?」


 サクラが動き、梱包の発泡スチロールが折れたのだ。


「何これ? スイッチ入っちゃってんの」


 瞬間、サクラが跳ね上がり、カートンから飛び出した。床に着地して、外へ向かって走り出していく。ロボットのようなぎこちなさはない。リズミカルに四本の脚を動かし、コンテナ置き場を駆け抜けていく。


「だめだよ、まだ輸入許可が下りていないんだから。早く捕まえてきて」


 税関職員が叫び、作業員が慌ててホームから降りて、サクラを追いかけ始めた。悠紀夫も捕まえに行こうとしたときだ。


 開けたカートンから、二体目も飛び出していった。同時に、コンテナの中に入っているカートンにも変化が現われた。


 ぼこっ、ぼこっ。


 中から音がし始めたかと思うと、カートンを打ち破り、次々とサクラが出てきた。


「これ、どうなってんだ。コンテナ閉めろ」


 悠紀夫と作業員は慌てて、コンテナの扉を閉め、ロックをする。


 既に逃げ出したサクラは検査場全体に広がり、柵の下をくぐり、道路へ出ている物もあった。


「輸入許可が下りていない貨物が保税の外に出たって、どういうことかわかっているでしょ。逃げたネコ、一刻も早く回収してよ」


「はいっ」


 税関職員に怒鳴りつけられ、悠紀夫はとりあえず敷地内にまだ残っているサクラを捕まえるため、コンテナ置き場へ降りた。一体がシャーシのタイヤの間で寝そべっているのが見える。慎重に近づき、捕まえようとする。


 しかし、サクラは悠紀夫をじっと見つめ、手を伸ばそうとするのを見計らって駆けだした。


「待てよっ」


 滑らかな動きだった。そして早い。全力で走っても、たちまち距離を開けられる。事務所の前で止った。


「くそっ」


 悠紀夫はサクラに体当たりする勢いで向かっていく。


 サクラがジャンプし、軽々と事務所の屋根に乗っかった。


「ニャオ」


 悠紀夫を見下ろしている。愛くるしい顔だが、今は引きずり下ろして、地面にたたきつけたい気分だった。


「降りてこい」


「ニャオ」


 屋根の奥に行ってしまい、姿が見えなくなった。悠紀夫は携帯でサクラエンタープライズへ電話した。


「お世話になります。私、辻倉庫の福井と申しますが、相川課長はいらっしゃいますか」


「相川はあいにく不在ですが」


「あの……。清水揚げの貨物の件なんですが、どなたかわかる方はいらっしゃいますか。緊急事態なんです」


「少々お待ちください」


 電話が保留になった。ただでさえいらついているのに長い時間待たされ、叫びたくなる気分だった。


 不意に電話が切り替わる。


「早坂ですが、何かありましたか」


 若い女性の声がした。


「今、税関検査をしているんですが、サクラが勝手に動きだして、逃げちゃったんです」


「スイッチは入れたんですか」


「いいえ、手も触れてないんです。コンテナを開けたらいきなり飛び出したんです」


「プログラムはロックがかかっているし、バッテリーも接続していない設定ですから、そんなはずはありません」


「でも、実際動き出しているんですよ。正確な数はわからないんですが、二十体近く逃げていると思います。これ、GPSとか付いていないんですか」


「発振機は国内で組み込まれる予定になっているんです」


「ともかくなんとしても捕まえなければいけません。このまま見つからないと、御社の損失はもちろん、関税法違反にも問われちゃうんです」


「わかりました。対処します」


 電話が切れた。ため息をついて上を見上げると、サクラが顔を覗かせていた。


「ニャア」


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