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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
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第39話  五重塔へ

 少しずつ強くなっていく。


 それが人だとわかるようになってくる。


「悠紀夫……」


 福井だった。輝く結界に包まれて、上昇している。亜紀の横に立った瞬間、その場に崩れ落ちた。ひどく荒い息をしていた。


「よくぞ戻れたな。お前のことだから、だめかと思ったぞ」


 そういいながらも、天海は余裕の笑みを浮かべている。


「なんでお前、空なんか飛べるんだよ。天使か?」


 弘樹の問いかけに、福井が困ったように微笑んだ。


「なに、本来ならお前でも飛べるはずだ。さっき言ったように、結界というのは外の空間とは世界が違う。


 たとえ外からおかしな動きに見えようと、物理法則は変わらないのだ。もしそれを邪魔する物があるとすれば、おのれの心にある常識じゃ。


 さあ、早く行くぞ。由井が新たに仕掛けて来る」


 線路の下からざわざわと音が聞こえる。


 キイキイ、キイキイ。


「何……」


 崖下を覗き込んだ。すでに砂埃は消え、倒れた陸橋が見える。しかし、線路があるはずの場所は灰色の物で覆われていた。


 灰色の物が蠢いている。


「橋を倒した奴らじゃ」


 大人の手ほどの大きさのものが密集していた。


 ネズミだった。


 黒く、テラテラと光る尾が、独立した生物のように上に向かってふらふら動いていた。


 線路いっぱいに、ネズミの群れが溢れていた。


 数知れないほどの甲高い鳴き声が聞こえてくる。


 まるで、地の底から響いてくるようだ。


「あれが……、橋を倒したの?」


「そうだ。あいつらが柱を囓り取ったんだ。さっきのビルもこやつらの仕業じゃ」


 群れが動き始めた。崖を登りはじめている。


「逃げるのじゃ」天海が走り始めた。「わし一人ならどうにでもなるが、お前らだとそうはいかん」


 亜紀たちは上野公園へ入った。


「動物園の中にある五重塔へ行け」


 背後にネズミの群れが迫っていた。


 ネズミの群れに囲まれた木々が次々と倒れていく。


 建物がネズミに覆われたかと思うと、またたく間にしぼみはじめ、平地となっていった。


「ぎゃぁぁぁ」


 悲鳴が聞こえる。人の形をしたネズミの群れがいた。


 違う、人にネズミが群れているのだと悟る。


 吐き出しそうになる気持ちを抑え、走り続ける。


 亜紀の右側で木が倒れた。左にある家もネズミに覆われた。


 前方からネズミの群れが現われた。


 完全にネズミに囲まれてしまった。


 キイキイ、キイキイ。


 泥のような臭いが漂い、無数の狂ったような鳴き声が辺りに響き渡る。


「おやっさん……。おいらたち、ネズミに喰われちまうんですか」


「待て、我らの結界が破られているわけではない」


 天海の言うとおり、ネズミたちは亜紀たちの周りを囲んでいたが、襲っては来なかった。ネズミとの境界に金色の膜が出来ている。


 しかし、よく見ると、境界に接しているネズミが激しく口を動かしていた


「あいつら、結界を囓ってんじゃないの」


「その通りだ。このままだとこやつらは結界を破り我らに襲いかかってくるであろう」


「それってだめじゃん。何とかなんねえの」


「簡単だ。こいつらは入られないと確信すればよい。実際そうなのだから」


「無理無理無理無理。こんなの見せられて、大丈夫なんて絶対思えないっしょ」


「そこが由井の意図しているところじゃ。わしが切り開いていこう」


 天海が前に進み出て、ショベルを構える。


「えぃっ、いゃっ」


 よく響く声でかけ声を上げながら、軽やかな動きで体を回転させ、ショベルを振り回す。舞を踊っているかのようだ。


 踊りながら前へ進む。ネズミの群れが道を開けた。亜紀たちは後を付いていった。


 上野公園はおびただしい数のネズミで溢れていた。木が倒れるとネズミが襲いかかり、たちまち木が見えなくなり、形をなくしていく。


 周囲の木や建物が次々と倒れ、消滅していく中、上野公園ははげ山と化していく。視界を遮るものが消え、東京の町並みが見渡せはじめた。


 そんな中、目指している五重塔が見えてきた。こんな塔なら真っ先に倒されていいはずだが、今のところネズミがたかっている気配はない。


「いやぁっ」


 気合いと共にショベルを振り回し、ネズミの群れが割れる。


 とうとう五重塔へたどり着いた。


「あれ……。浮いているよ」


 五重塔の土台だった部分はびっしりとネズミで覆われていた。その二メートルほど上空に五重塔が浮いていた。ネズミがときおりジャンプするが、塔には届かない。天海は塔の下へ入っていく。


 天海が舞を止める。周囲のネズミは排除され、土台の石がむき出しとなった。天海は両手を合わせ、呪文を唱える。バスドラムの音を感じているように、細かな振動を感じた。


「天海殿、私にこやつらを渡していただこう」


 五重塔の袂に由井が立っていた。足下にはネズミがひしめいており、数匹は体の上を駆け回っていたが、臆することはなかった。ねずみも由井に襲いかかる様子はない。


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