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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
38/80

第38話 どうしてあたしは泣いているの?

 路地から大通りへ出た。恐怖心が若干薄らいでいく。


「大丈夫、もう立てますから」


 立ち上がったが、足下がふらついた。


「さあ、私の肩に掴まってください」


 福井が肩を抱きかかえるようにしてきた。多少気恥ずかしかったが、今はそんなことを言っていられない。彼に体を預けながら歩き出す。


 いつの間にか、周囲を囲んでいた人々はいなくなっていた。と、言うより、周囲は亜紀たち以外、誰もいない。


「この結界って奴、丈夫なんですねえ。あんなでかいコンクリートも防いじゃうし。一体なんで出来てんですか」


「これは物ではない。境界であり、世界と世界の仕切りが視覚化されているに過ぎない。この結界の内と外では世界が違うのだ。だからどのような物質を落としても、この世界へ進入することありえない。さっき結界がつぶれかかって見えたのは、お前らがそう感じたからだ。わかるか」


「はあ……。全然わかりません」


「どれほどの重量物が衝突しても、それが物理的な現象である限り、この結界が破られないのを知っていればよい。由井もそれはわかっておる。あんなことをしたのは、我らを動揺させているうちに結界を破りに来るつもりだったからだ」


 かなり落ち着いてきた。もう一人で歩けそうだったが、もう少しこのままでいたい自分がいるのに気づいた。


 なんだか、懐かしいような感覚がしていた。


 ばかな、この福井という男はつい先日合ったばかりだ。しかも仕事関係で、それ以上の関わりを持っていない。


 かつて付き合った男たちに、彼の面影を重ねようとしたが、どうにも合わない。当たり前だ。こんな気の弱そうな男など、自分人生になんのメリットももたらさないと思い、あからさまに忌避してきたのだ。


 男は、自分がのし上がっていくための手段でしかなかった。


 でも、この感じはなんなの。


 亜紀は福井から離れた。「ありがとうございます。もう大丈夫です」


「それは……。よかった」


 福井が少し寂しそうな顔をしたのを見逃さなかった。


 何この人、あたしと密着していたのが楽しかったのね。嫌らしい人。


 嫌悪のまなざしを向けようとしたが、嫌いになりきれない自分がいた。


 肩を抱かれていて、あたし自身もよかったというの?


 肯定する自分と嫌悪する自分。二つの人格がいるような気がした。


 再び頭痛がしてくる。


「あの……。本当に大丈夫ですか」


 福井が心配そうに覗き込んだ。亜紀は頷く。


「少し頭が痛いだけ。でももうよくなったわ」


 本当だった。痛みは一瞬の風のように、頭の中を吹き抜けていった。


「さあ、行きましょう」


 天海は先ほどの言葉通り、上野公園へ向かっていた。線路をまたぐ陸橋を越えようとしている。


 陸橋の中央へ来たときだ。足下が揺れ始めたかと思うと、道路にひび割れが生じ始めた。


「全員走れ、橋が崩れ落ちるぞ」


 天海が叫んだ。


 道路が左にずれだし、橋のたもとからコンクリートの断層が見えてきた。


 天海が断層を越え、弘樹が続く。亜紀がたどり着いた時は断層が胸まで来ていた。


 必死でアスファルトへ両手を投げ出し、掴まった。腕だけの力で、アスファルトへよじ登った。


「悠紀夫っ」


 弘樹が叫んだ。


 振り返ると、橋桁が橋脚ごと右へ倒れかかっていた。


 橋桁の上に悠紀夫かいた。最後を走っていて、逃げ遅れたのだ。


 アスファルトの上で、四つん這いになってしがみつきながら、歯を食いしばり、こちらを見ている。


 橋桁の傾斜がきつくなっていく。


 福井と目が合う。


「悠紀夫」


 絶叫している自分がいた。


 橋は加速度をつけて倒れようとしていた。


 完全に横倒しになった瞬間、爆発音のような音と、地鳴りが起きた。


 さっと砂埃が立ちのぼる。


 悠紀夫は死んでしまったの。


 亜紀は呆然として、かつて橋があった場所を見ていた。


「こりゃあ助かんねえだろうな」


 横に立ってまるで他人事のように呟いた弘樹に、強烈な怒りがわき起こる。


「あんた……。何言ってんのよ」立ち上がり、胸ぐらを掴んだ。「あの人はあたしたちを守ろうと、しんがりを勤めていたのよ」


「待て」


 天海が間に入って二人を引き離す。


「生きるも死ぬも、あいつ次第じゃ」


「それ、どういうこと? あの人は生きている可能性があるの」


「ああ」


 亜紀は崖になったアスファルトの縁に手を突いた。


「悠紀夫、出てきてよ」


 叫びながら、ぼろぼろと涙が溢れていく。


――どうして……どうしてあたしは泣いているの?――


 問いかけながらも、悲しみは止らず、砂埃渦巻く谷底から目が離せない。


 砂埃の中から、光る物が見えてきた。


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