第37話 落下
「ううう……」
うなり声を上げながら、貼り付いていた人々が中に殺到しようとする。
表面に、光の幕が出来た。
人々が押し返されていく。
「行くぞ」
天海が呪文を唱えはじめる。手に持っていたショベルが輝きはじめた。
ショベルを外にいる人々に向けて突き刺した。
「ぎゃあっ」
人々のうつろな目に恐怖が宿り、悲鳴を上げながら後退していく。
「全員わしに付いてこい」
天海がドアを開け、外へ出た。
「どうする……」
不安な顔をして弘樹が亜紀たちを見つめる。
「つべこべ言わずに早くしろ、ぐたぐたしてると置いていくぞ」
「ごめんなさい、行きます」
怒鳴られ、 弘樹が弾かれるようにして車から降りる。
「僕たちも行きましょう」
福井に促されて助手席のドアから出た。
天海の周囲には金色に輝く膜が張り巡らされていた。群衆はその中には入って来れないようで、手や顔を伸ばしてくるが、すぐに押し戻されていく。
「儂以外、誰も手を出すなよ」
「手なんか出しませんよ。こんなゾンビみたいな奴ら。恐っ」
「一体これ、どうなっているの……」
上下左右、人々が折り重なっている。うつろな目に囲まれ、頭がおかしくなりそうだ。
「これより、上野山へ進んでいく」
天海はその皺だらけの顔から想像できないような軽やかな動きで、シャベルを回転させる。
「でぁぁっ」
気合いと共にショベルを群衆に突き刺した。群衆が割れ、道を開いていく。
ハイエースの脇を抜け、路地を左折した。ビルの間を抜けていく。
「ゴゴゴッ」
頭上から音が聞こえる。
「しゃがめ、落ちてくるぞ」
訳のわからないまましゃがみ、手を突く。
「ぐぇぇっ」
「ぎゃぁぁ」
頭上に群がっている人々から、引き絞るような悲鳴が聞こえてきた。
結界が一気に落ちていく。
結界越しに液体が広がりだした。
赤い。血だ。
結界の上にいる人々は何かに押しつぶされていた。
圧力で鼻がひしゃげ、目が飛び出ている。
地獄のような光景が広がっている。
「何……。どうなってんだよ」
ゴトン、腹に響くような音と共に天井が高くなる。潰れた人々が落ちていき、日光が差してきたてきた。
「また来るぞ」
「何がっスか」
日差しが遮られた。
ビルの壁がはがれ、陰を作った。
「落ちてくる……」
唖然として、体が動かない。
落下してくるコンクリート塊から目が離せない。
一瞬で亜紀の目前に迫っていた。
結界に衝突し、大きくたわんだ。
目の前に塊があった。薄い結界一枚で遮られているだけだ。
悲鳴が聞こえてくる。
「早坂さん、落ち着いて。大丈夫ですから」
体を揺すられて気づいた。
悲鳴……、それは自分が叫んでいた。
恐怖で、体が痙攣したように震えている。
「動けますか」
「だめ……。もうだめ」
逃げたかったが、体が動いていかない。
「悠紀夫、時間がない。彼女を引っ張り出せ」
脇を抱えられ、ずるずると引きずられていく。それをまるで他人事のように感じている自分がいた。