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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
36/80

第36話 天海?

「なんか、やべえんじゃねえのか」


 弘樹がショベルを握り直す。


「天海様、こいつらは一体なんなんですか」


 天海? 親方に向かって、確かに悠紀夫はそう言った。


 天海と言えば、徳川家康の側近だった僧侶じゃないのか。


 当然大昔に死んでいるはずだが、由井正雪が現われたのなら、天海が出てきたとしてもおかしくない。


 もちろん、由井が現われたのが、そもそもおかしいのだけれど。


「こいつらはすべて由井の僕だ。お前たちを結界に閉じ込めようとしている」


「なぜです。由井はとうの昔に死んでいるはずです」


「わからん。どのような呪術を使いおったのか」


 群衆はにじり寄ってくる。


「この人たち、あたしたちに襲いかかってくるんですか」


「そこまでの力はないであろう。あれば、とっくに襲いかかっているはずだ」


「その通り」


 由井の声だった。


 明らかに外から聞こえているのにもかかわらず、くぐもった音ではない。


 ひび割れたフロントガラス越しに男が出てきた。


 黒いスーツにノーネクタイ。髪は肩まで伸びている。


 由井正雪だった。


 口元に薄い笑みを浮かべ亜紀たちを見ている。


「天海殿、お久しぶりですな」


「お主、自害して生首を安倍川の河原に晒されたはずだが、いかにして今生へ舞い戻ってきた」


「無論、我が肉体はとうの昔に雲散霧消している。しかしながら、天下取りの思いだけはわずかな残滓として、この世を彷徨い続けていたのだ」


「それがなぜ、このような肉体を復活できたのだ」


 由井が押し殺したような笑い声を上げる。


「愚問だな。敵に我が手の内を晒すわけにはいかぬ。兵法以前だ」


 由井がおもむろに近づき、ハイエースのボンネットに両手を置く。


「沈め」


 ゴゴゴゴッ――


 車体が激しく揺れ始めた。


 「ああっ……。ホントに沈んでくよ」


 視界がみるみるうちに低くなっていく。由井の顔がフロントガラスの上に消え、地面が間近に見えてくる。


 天海が両手を合わせ、呪文のようなものをつぶやきはじめた。


――オン アボキャ ビロシャナ マカボダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン――


 ハイエースがぼんやり輝きはじめた。同時に沈み込みが止り、浮き上がり出す。由井の顔が再び現われる。


「ぐううっ……」


 由井は、苦しそうに顔を歪めている。


「うううう……」


 続いて福井も眉間に皺を寄せ、苦しげに呻きはじめた。


「福井さん、どうしたの」


「わかりません……。なんだか体中が締め付けられるみたいで」


「うおっ」


 叫びと共に由井が吹き飛び、背後の群衆の中に突っ込んでいった。ハイエースは地上に戻り、輝きも消える。


 福井は弾かれたように一瞬痙攣し、荒い息をし始めた。


「大丈夫?」


「はい。急に気分が悪くなりましたけど、もう大丈夫です」


 その時不意に視線を感じ、前を見た。


 天海が振り向き、射貫くような鋭い目で福井を見ていた。


 何? 怖いわ。


 そう感じたのはつかの間だった。天海はすぐに視線を逸らす。


「安心するのはまだ早い、由井が仕掛けて来るぞ」


 天海の言うとおり、今度は群衆が押し寄せてきた。


 車体に体を貼り付けていく。更にその背後から覆い被さるようにも別の男が体を押しつけてくる。


 ドン、ドン、天井から音が聞こえてくる。人が乗っているのだ。


 たちまち窓ガラスは人の体で覆われ、日の光を遮断していく。


「弘樹、車を動かせ」


 弘樹がギアをバックにしてアクセルを踏む。エンジン音がうなりはじめるが、きゅるきゅるとタイヤが空回りする音がしてくる。


「だめっスよ。全然動かない」弘樹は泣き出しそうな声をしていた。「こいつら、何してえんだよ」


 天海が車内灯を点ける。オレンジ色の光に照らされ、人々の顔が映し出される。


「ひぇっ」


 男、女、子供から老人まで、年齢は様々だ。頬や手は、ぴったりと張り付いており、カエルの吸盤に見える。うつろな目は、死者のように焦点が定まらない。


「おいおい、どんだけ重なってんだよ」


「このままわしらを閉じ込めるつもりだ。全員脱出するぞ」


「でも……。どうすればいいんですか」


「窓を開けろ」


「ええっ、そんなことしたら、こいつら入ってきますよ」


「大丈夫だ。車内には結界が張ってある」


「け、結界って言ってもさ、ここから出たら結界が破れちゃうんでしょ」


「よくわかったな」


「NARUTOぐらい読んでますからね、そのくらいわかりますよ。それより、さっき由井にやったみたいに、バーンて飛ばせられないんスか」


「可能だ。だがな、いくら飛ばしても入れ替わりの者がどんどん貼り付いてくるだろう。由井もわかっている。弘樹、わしが合図したら助手席の窓を開けろ」


 天海はスコップを両手で持つ。「開けろ」


「はい……」


 窓が下りていく。


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