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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
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第3話 福井悠紀夫が受けた仕事

「へえ……。サクラってそんなに有名なんだ」


 福井悠紀夫の説明に、栗原所長は感心したように頷いた。


「いとこが持っているんですよ。遠目で見ると本物の猫そっくりなんです。確かに値段は高いですが、電気で動きますからえさ代はいりませんし、ペット禁止のアパートでも飼えますからね。


 学習機能もすごくて、しばらく飼っていると、独自の性格が出てくるそうなんです。もうペットの代替品というより、サクラのみのジャンルができあがってるんですよ。今じゃあ海外でもすごく売れているみたいですよ」


「それがなんでうちみたいなところへ通関依頼が来るんだ」


「ミサトトランスポートの紹介ですよ。この間当日配送で、自動車のパーツを運んだじゃないですか。早くやってくれそうだからって、ウチに来たみたいですよ」


「ふうん。本船はいつ入港するんだ」


「今夜の入れ出しです。明日朝一で輸入申告して、許可になったらすぐに埼玉まで運送する予定です。本当は明後日の東京揚げだったんですけど、相当急いでいるらしくて、船社に清水揚げにしてもらったらしいです。埼玉は夜中でも貨物は受けるらしいですよ」


 悠紀夫はパソコンへ向き直り、残りの入力事項に数字を入れて入れ、送信した。画面が切り替わり、確認用の画面が現われる。それをチェックして更に送信する。


 これでサクラエンタープライズの予備申告は終了した。緊張から解放されて、ほっと息を吐く。


「所長、そういえばエアコンの件、進んでますか」


 隣に座っていた桜井澄子が振り返り、決意を秘めた目で栗原所長を見た。


「あと一ヶ月もすれば夏なんですから、暑くなってから動いたって遅いんですからね」


「ああ……。エアコンね。あはは。すっかり忘れてたよ」


「冬は電気ストーブで何とかしのぎましたけど、暑いのは扇風機だけじゃどうにもならないんですからね」


 キッと睨付ける澄子の視線に、栗原もたじたじとなる。


「福井さんもそう思うでしょ」


「え、ええ……。確かに」


「このままだったらあたし、仕事なんかできませんからね」


 澄子は事務所内で一番下の立場だったが、仕事をしている期間は一番長いし年も上だ。栗原所長も強い性格ではないので、澄子に言い負かされる場面が度々ある。


 もっとも、壊れたエアコンを放置したままなのは確かに問題だった。このところ海運事務所は赤字続きだったので、余計な費用を計上したくないのはわかるが、このまま放置されて夏になったら事務所内で熱中症なんて事にもなりかねない。


 とは言うものの、澄子に荷担して一緒に責めると、逆ギレしかねない。ここは逃げておくのが一番だ。


「日の出ふ頭へDO発行に行ってきます」


 立ち上がり、壁のフックにかけてある車の鍵を取って事務所の外へ出た。


 昨日の晴れとは打って変わって、今日はどんよりとした雲が空を覆っている。春も終わり、これから梅雨に入っていくのだ。


 社有車の駐車場にはマツダの古ぼけたセダンと、同じく古ぼけた軽トラックが置いてある。


 ドアには黒字で〈辻倉庫〉と書いてある。悠紀夫はこの会社で、通関士として輸出入の仕事に携わっていた。


 軽トラックに鍵を差し入れてドアを開けた。エンジンをかけて発進する。尻の下から響くエンジン音を感じながら、興津埠頭を出て港湾道路を西へ向かった。


 不意にポケットに入れてあった携帯電話が鳴り出した。


「なんだよ。出てきたばっかりだって言うのにさ」


 トラックががんがん通行している港湾道路で車を止めるわけにはいかないので、左折して袖師埠頭に入った。駐車スペースを見つけて軽トラックを止める。携帯の着信欄には、海運事務所の名前が表示されていた。


「はい、辻倉庫です」


 澄子の声がした。


「福井です。何かありましたか」


「今税関から電話があって、サクラエンタープライズを検査すると連絡がありました」


「はーい、了解です」


 全く。急いでいるときに限って税関検査になるんだよな。小さくため息をついて、税関に連絡を取って検査の打ち合わせをした。


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