第28話 引き込まれる
「いったい何が起きているんだ」
「わたしはこの世界を手中に収めるため、三百七十年前から蘇ってきた。お前たちを呼び寄せたのは野望を実現させるためだった」
「意味がわからないわ。あんたが世界を手に入れるのに、なんであたしたちを呼び寄せなけりゃならないのよ。だいたい由井正雪ってなんなのさ。あんた、馬鹿じゃないの」
亜紀が叫んだ。
「私はきわめてまともだ。おかしいのは君たちの認識さ」
「だったら順序立てて説明してよ。ここで何が起きているの」
「それを私の口から言う気はない。勝手に考えればいい」
「何、その言いぐさ」
由井が乾いた笑い声を上げた。
「え?」
堀の水面が揺れていた。
ぐおぉぉん、ぐおぉぉん。地鳴りのような音が辺りに響きはじめる。
地震なのかと思ったときだ。悠紀夫が立っていた縁に水が溢れてきたかと思うと、たちまち水没し、腰まで浸かり、更に沈んでいく。
石垣が沈みだしているのだ。
「うわっ」
玉山と亜紀がぶら下がるようにして柵にしがみついていた。布が穴に引きずり込まれていくように、周辺の土地が堀の中へ入っていく。
道路を走っていた二トントラックが横転し、水しぶきを上げて水中に落ちた。
県庁のビルが傾き、空を覆うように迫っていた。
「まずい、逃げるんだ」
悠紀夫は横に倒れはじめた柵を掴んで上に乗る。
「未来、捕まるんだ」
怯えた表情で水に浸かったままの未来に手を差し出した。
「早くしろ」
怒鳴りつけ、ようやく手を掴んだところを引き上げた。石垣はほとんど水没し、手すりも水面に迫っていた。生け垣を乗り越え、斜面になっている道路を転げ落ちないよう進んだ。
ビルの窓が割れ、机と一緒に人が悲鳴を上げながら落ちていく。
「みんな、こっちだ」
悠紀夫はビルを回り込み、急激な上り坂になっている通路を四つん這いになりながら進んだ。その後を未来、玉山、亜紀がついてくる。
「気をつけろ」
前方から自転車が落下するようにして落ちてきた。悠紀夫は体を倒して避けたが、亜紀の肩に直撃した。亜紀が自転車と共に落ちていく。
「亜美」
悠紀夫が叫びながら手を離し、滑り落ちていく。堀に着水し、水面から顔を出した。一メートル先に亜紀が同じように顔を出していた。
「大丈夫か」
「うん」
道路沿いの生け垣が横倒しになり、堀の中に飲み込まれていく。
ゴゴゴゴッ。
傾き続けた県庁のビルが横の重みに堪えきれずに崩れてきた。堀の中にコンクリートの塊がしぶきを上げながら落ちていく。
「もう逃さんぞ」
見上げると、腕を組んだ由井がふわりと浮かび上がり、腕を組んでいた。引きつったような三角眼で悠紀夫たちを見下ろしている。
「だめだ、自由にはさせない」
悠紀夫が叫んだ瞬間、周囲の物体がわずかに発光した。
動いていた道路のペースが遅くなっていく。
浮いていた由井の体が、透けて見え始めてきた。
「お前も幻だったんだな」
「私は深川と違う」
落ち着き払い、笑みさえ浮かべていた。
由井の体が発光し始める。最初はぼんやりとした光だったが、強くなり始め、周囲を照らしはじめる。
再び、堀に落ち込んでいくスピードが速まっていった。
「馬鹿な……」
どおぉぉっ、と音を立て、底が抜けたかのように水ごと体が落ちていく。
底は闇が控えている。
石垣が狭まり、日の光を遮っていく。