第26話 未来が捕まる
逃げ出したものの、行くあてはなかった。落ち着いてきたが、なおも深川の影に怯え、辺りを見回し歩いて行く。
どうしたらいいんだろう。未来は堀沿いを歩いていた。
そうだ、出版社だった。最初、久米の誘いに乗った時の理由を思い出す。自分の書いたマンガを読めば出版社がわかるし、著者である自分が連絡を入れれば編集者と連絡が取れるはずだった。
著書名は〈忍び寄る陰〉。本屋へ行けば、見つかるに違いない。
でも、この町のどこに本屋があるのか見当もつかなかった。ふらふら探し回るより、誰かに聞いてみる方が手っ取り早いだろう。女性が一人、前を歩いていたので声をかけてみる。
「あの……。ちょっと教えていただきたいのですけど、この近くに本屋はありませんか」
女性が振り向く。未来は思わず悲鳴を上げた。
ぎょろりとした大きな目、脂ぎった頬、嫌らしい笑みを浮かべている。
目の前にいるのは女ではなく、女装をした深川だった。
「へへへ。お困りならお連れしましょうか」
逃げ出そうとしてきびすを返したが、そこでまた悲鳴を上げた。
背後には、薄ら笑いを浮かべている久米がいた。
二人に挟まれていた。左手はビル、右手は堀になっているので、逃げるにはどちらかの横をすり抜けなければならない。
二人が、近づいてくる。
久米の脇をすり抜けようと、走り出した。しかし、あっさり腕を掴まれてしまった。
「離して」
叫ぶが、深川にもう一方の腕を掴まれる。
「あんまり手間をかけさせないでくださいな」
「あなたたち、私に何をしようというの」
「静かにしてもらいたいんですよ」久米が冷たい笑みを浮かべる。「地の底でね」
堀沿いの柵に連れて行かれた。三、四メーター下に、緑色に淀んだ水が溜まっていた。
「落ちてください」
背中を押された。なすすべもなく頭から堀に落ちていく。
激しい音を立てて水面にぶつかり、水中へ沈んだ。急激な冷たさに、体が麻痺しそうになりながらも、空気を求めて水面へ出た。幸い石垣にも当たらず、怪我はしていなかった。見上げると、久米と深川が柵越しに見下ろしていた。
「そこで沈んでいてください」
二人が離れて見えなくなった。未来は立ち泳ぎしながら這い上がれる場所を探した。
様子がおかしくなっているのに気づく。
水の抵抗が強くなり始め、体を動かすのがつらくなり出した。同時に堀を巡る石垣の幅が狭まっているような気がしてきた。
違う、気のせいなんかじゃない。
石垣が動き出していた。左右に、せり出してきている。
十メートルはあった堀の幅が、急速に縮んでいた。
動こうとしても水は泥のように重く、身動きができない。
「助けてっ」
未来は悲鳴混じりの叫びを上げた。