第24話 状況は悪化し、亜紀が苛立つ
「福井さん、すいませんけど携帯を使わせていただけませんか」
「ええ。構わないですよ」
福井がポケットから携帯を取り出して渡した。電波マークは表示されている。亜紀は会社の番号を押した。
「早坂だが、原はいるか」
「はいっ、少々お待ちください」
電話に出た新入社員が慌てて取り次いだ。待ち受け音がしばらく続いた後、電話が切り替わった。
「社長。どうされていましたか。ずっと探していましたよ」
「済まない、事故に遭ってさっきまで入院していたんだ」
「お体は大丈夫ですか」
「うん。大丈夫」本当なんだろうかと思う。「そっちはどうなんだ」
「それが……。問題が発生しておりまして」
言いよどむ原に、怒りが爆発する。
「なんなんだ、早く言え」
「はいっ、実は上海でサクラの船積みが始まっておりまして」
「なんだと……。誰が許可したんだ」
「OEM先が勝手に動いているようです。例のトラブルでしばらく生産を停止するよう指示していたのですが、実は密かに生産を継続していたようなんです。
生産停止の事実が銀行に知られたら、銀行から融資を止められて、工場が破綻するという理由のようです。阿久津課長も寝耳に水で、対応に苦慮しております」
「すぐ止めればいい」
「もちろん止めさせました、でも既に出航しているコンテナがありまして……」
「何本だ」
「40フィートで五十六本です。日本はもちろん、ロサンジェルス、ハンブルグ、ジャカルタ、バンクーバー――」
「もういい、港に着いたら全部積み戻しさせろ。費用は工場に負担させるんだ」
「阿久津課長が既にその線で動いております。ただ、交渉は難航しているようです。ご存知かと思いますが、工場の社長は中国共産党の高級幹部の子息です。たとえ裁判に持ち込んでも、我々の主張が通るのはきわめて機微して状況でありまして……」
「馬鹿っ、コンテナ五十六本すべて捌けたら結果オーライかもしれない。だがな、今の状況ですべて売れると思うか。売れ残ったら会社が終わるんだぞ。この件で生じた費用はすべて上海に負担させろ、阿久津にも言っておけ」
電話を切り、礼を言って福井に渡した。電話の迫力に驚いたのか、顔が強ばっている。多少気恥ずかしい思いはあったが、会社の存続がかかっているんだ。何振り構っていられない。
ここでつまずいたら、次はない。
「どうされましたか」
「サクラの件でいろいろと。あり得ないトラブルが続いているんです」
やはりすべては夢なんだろう。
しかし、それにしては原や福井の存在にリアリティがありすぎる。
本当に夢で会って欲しいと願う。
「あ、サクラがいます」
福井の視線の先を見ると、白黒の猫がいた。しっぽには青色のLEDが輝いている。間違いなくサクラだ。
「ニャア」
一声鳴いて歩き出した後、振り返って亜紀たちを見た。三人は顔を見合わせた。
トンネルに閉じ込められたとき、サクラが助けてくれたのを思い出す。
「サクラについていきましょう。この子、何か知っているに違いないわ」
その発言に呼応するようにサクラはしっぽを振った。
亜紀たちは歩き出した。それを見てサクラも歩き出す。