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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
23/80

第23話 浅畑学園は存在しない

「福井さんは地元の方ですか」


「はい。浅間神社の横に交番がありますから、そこへ行きましょう」


 門を抜けて道路へ出た。振り返り、門柱を確認する。


 古ぼけたコンクリートに〈浅畑学園〉と書いてあるプレートが埋め込まれていた。


 どこかで見たような気がする。そう思った瞬間、ひどい頭痛がぶり返してきた。


「どうしましたか」


 膝に手を着けて立ち止まった亜紀を、福井が心配そうな顔で覗き込んだ。


「ごめんなさい、またちょっと頭が痛くなったので。でももう大丈夫」


 実際、頭痛は急速に解消していった。亜紀は体を起こして歩き出した。


 道は急な下り坂になっていて、左右は雑木林で覆われていた。少し歩いたのち、四車線の道路へ出た。福井に先導され、歩道を進んだ


 道路は自動車がせわしなく走り過ぎていく。犬と一緒に歩く老人とすれ違った。ここを見ている限り、どこも変わったところはない。


 道沿いに玉垣が並びだし、木々の背後に神社らしき建物が見えてきた。前方に見えてきた信号を右に曲がり、鳥居の前を過ぎたところに交番があった。


「どうしました」


 奥の机で書き物をしていた警官が亜紀たちに気づき、手を止めた。


「私たち、さっきある人にひどく蹴られまして、相談に伺ったんです」


「ほう。それは物騒な話ですね。暴行を受けた場所はどこですか」


「この近くにある〈浅畑学園〉です」


 警官が眉間に皺を寄せる。「それはお店の名前なんですか」


「いいえ。二階建ての建物と広場がある施設です」


「浅畑学園……。聞いたことがありませんが」


「でも、たった今そこにいたんです。歩いて十分もかかっていません」


「私もここへ赴任して二年近くで、地域の情報は把握しているつもりですが、そういう名前の施設があるのは聞いたことがありません」


「そんなはずないでしょう。自分たちはさっきまでずっとそこにいたんですから」

「どの辺りになりますか」


 警官は立ち上がり、机にあった地図を取り出してきた。カウンターに置き、ページを拡げる。


「ここが私たちのいる交番です」


 警官が指差した背後には浅間神社がある。玉垣があった場所だった。さらにその背後が山になっていた。賤機山と書いてある。


「麻機街道沿いの、神社を過ぎたところです。坂道になっていましたから、この山沿いにあるはずです」


「でも、この辺りは何もなかったはずですけど……」


「そんなはずはないよ」


「もう少し詳しい地図を見てみますか」


 警官は棚から住宅地図を取り出した。慣れた手つきでページをめくっていく。

「あなたの差した場所がここです」


 麻機街道から賤機山へ向かう道路がある。最初は住宅が建ち並んでいたが、山頂へ向かうに従い住宅はなくなり、道も行き止まりになっていた。地図は昨年度版だ。あんな古ぼけた建物が、今年できたはずがない。


 どうせ今は夢の中なんだ。亜紀は納得したが、玉山は不満らしい。散々抗議をして、被害届け出を出したいと主張したが、警官は信憑性がないとして受け付けない。


「それじゃあ一度、あなたたちが暴行を受けたという現場へ行ってみましょうか」


 折れた警官がうんざりした顔で答えた。一緒に元来た道を戻る。麻機街道から坂道を登っていく。


「さあ、どこですか」


 冷ややかな警官の目線に亜紀と玉山は戸惑いの顔を浮かべた。住宅街が切れた後は、雑木林が広がっているだけで、行き止まりになっている。


「確かにあったんだが……」


 入った道は間違いないし、通り沿いの住宅も記憶通りだ。


 ただ、浅畑学園だけがなかった。


「帰りましょうか」


 警官の言葉に従うしかなかった。交番まで戻り、詫びを言って別れる。


「でも、確かにあったんだ。そうだろ」


 憤る玉山に福井が頷いた。亜紀も吊られて頷いたが、これも夢なんだという思いを強くしていた。ただ、玉山はどうしてこんなに怒っているんだろうかと思う。


 彼が自分の意識の反映でしかないとしたら、ある程度納得している自分と矛盾している。心が混乱しているという可能性もあるが、それならこんなに意識がはっきりしているのも変だと思う。


 本当にこれは夢なんだろうかと思う。

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