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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
21/80

第21話 これは幻?

 亜紀は部屋の中に取り残されていた。足下には深川とか言っていた男が横たわっている。目は開けたまま、苦悶の表情を浮かべている。本当に死んでしまったのだろうか。恐る恐る覗き込んだ。


 ぴくりとも動かない。息をしているのか確かめたかったが、怖くて近づけない。もし死んでいるのなら大変なことだ。


 とどめを刺したのは福井だが、あたしもこの男に暴力を振るったわけだし……。

 あたしはサクラエンタープライズの社長だ。それが殺人事件に関わっているなんて、大きなスキャンダルになる。


 そもそも、ここは一体なんなんだ。


 サクラの暴走から始まり、静岡から出られなくなる。挙げ句閉じ込められ、こんな男に襲われた。おまけに窓は真っ暗なのに、福井が手をかざしたところは光が差している。


 あり得ない状況が次々に襲ってくる。


 どうしたらいいんだ。あの子と同じように、あたしも逃げた方がいいんだろうか。でも、警察が追いかけてきたらどうする。ああ……。わからないよ。


 パニックになりかけたところへ、福井が現われた。大柄の男を肩で支えている。


 この人……。見たことがある。


「あ、玉山政伸さん……。ですか」


「あなたは確か……。サクラを作っている社長さん」


 玉山政伸。サッカー選手で高校時代は無名だったものの、ブラジルの一部リーグへ所属してからめきめきと頭角を現し、ミッドフィルダーとしてリーグ優勝へ導いた立役者だ。


 ところが、一ヶ月前に行われたクラブ世界選手権の決勝直前、右足を故障した。玉山の所属するクラブは大黒柱を失い優勝を逃す。


 怒り狂ったサポーターが玉山の泊まっていたホテルに押しかけ、警察官と衝突していた映像を思い出す。


 その後彼がどうなったかまでは追いかけていないが、まさかこんなところにいるなんて。


 ありえない。亜紀の中で、仮説だったものが確信に変わった。


 これは幻なんだ。現実であれば、辻褄が合わないことが多すぎる。


 例えば交通事故で意識を失い、こんな夢を見ているとか。


 あの、土砂崩れに突っ込んだときの事故。あれが現実だったんじゃないのかしら。サクラや静岡から抜け出せない件は前の話だが、夢の中なら時間なんて関係ない。最後のどんでん返しが意識不明の患者が見ていた夢だなんて、よく小説である結末だわ。だとしたら、この死体だって……。


「いない」


 倒れていたはずの深川が跡形もなく消えていた。深川が起きたなら、すぐにわかるはずだ。


「そうですねえ。深川、消えちゃいましたか」


 福井は驚く様子もなく、床を一瞥した。深川がいなくなったのも、福井が驚かないのもこれが夢だからなんだ。亜紀は確信を強めた。


「未来さんはどこへ行ってしまったんですか」


「未来さんて……」


「さっきまでここにいた女の子ですよ」


 福井は深川が忽然と消えてしまったことよりも、女の行方を気にしているようだ。


「外へ逃げてしまったわ」


「ほう」


 福井は意外そうな顔をして見せた。なにを考えているんだと思う。


「こんな状況なら、誰だって逃げ出したくなるわ。あたしだってここから逃げようと思っていたのよ」


 福井のあまりに落ち着いた様子がしゃくに障った。こっちは意識を取り戻さない限り、ずっとこの世界に閉じ込められてしまうのだ。自分が作り出した幻影とはいえ、腹が立ってくる。


「ともかくここから出ましょう。ぐずぐずしていると、また閉じ込められるかもしれない」


 言われるまでもない。亜紀は棚に乗り、慎重に窓から飛び降りた。


「うう……」


 強烈な頭痛が襲ってくる。体のバランスをくずし、しゃがんで地面に手を突いた。後から出てきた福井と玉山も同じらしく、呻きながら頭を抱えている。


 しばらくすると、頭の痛みが治まってくる。亜紀は立ち上がり、周囲を見回した。広場は硬い土で固められており、ちょっとした運動ができるようになっている。亜紀がいた建物はコンクリートでできた二階建てで、水垢なのだろう、灰色の染みのような筋が壁沿いに付着していた。窓はガラスがない場所を除いて真っ暗だ。


「あっ、治っているよ」


 玉山が立ち上がって右足だけで立っていた。


「全然痛くないんですか」


「ええ。ここへ出てきたら、ぴたりと消えてしまったんです」


 玉山はうれしそうに言いながらも、周囲を不審げな目で見回す。「何が起きているんですかねえ」


 幻が利いた風な口をきくんじゃないよと思ったが、思い直す。すべてが夢の中だとして、現状あたしができるのは、この世界の意味を解明する事だけじゃないんだろうか。この世界が現われたのは、無意識の影響にしろ、何らかの意味があるに違いない。


 世界を探っていけば、やがて意識へたどり着けるんじゃないだろうか。怖がっていてもしょうがない。今自分でできることをしていこう。

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