第20話 未来が逃げる
「大丈夫だ」
「深川は……どうなったの」
「そこで伸びているよ」
暗闇の中、倒れている男のシルエットがうっすらと浮かび上がってくる。
まさか、殺されちゃったの。
「ともかくここから出よう」
男は窓に手をかけ、開けようとした。しかし、窓は開かない。
「だめか。ならば」
今度は手のひらを窓にあてた。深呼吸しているのか、肩が大きく上下する。
光が差してきた。真っ黒な窓が透明になってきたのだ。
日の光が目に突き刺さり、まぶしくて思わず目を閉じた。何度も瞬きさせながら、目を慣らし、窓際に近づいた。
外は広場になっていて、壁に囲まれていた。空は曇っていたが、間違いなく太陽光は降り注いでいる。
対して、隣の窓はいまだに真っ暗で何も見えない。
窓を黒いペンキで塗りたくってあるの……。
いや違う。黒い窓からはうっすらと風景が見えていた。
暗い窓の向こうは暗く、光の差す窓の向こうは明るい。
そんなわけないでしょう。単なる目の錯覚よ。奇妙な感覚を、理性が打ち消した。
いつの間にか、男が触れていた窓ガラスは消えていた。
草木の青臭い匂いを帯びた弱い風が室内に進入していた。
「これ、どういうことなの」
「二人とも外に出ていて。僕は上にいる玉山を連れてくる」
男は未来の質問に答えず、さっさと奥へ行ってしまった。
床に倒れている深川が目に入ってくる。瞳孔の開ききった目は閉じることがない。口を大きく開き、驚きと苦悶に満ちた顔をしている。
さっき延びているなんて言ったけど、そんなもんじゃない。
この人、明らかに死んでいるわ。
未来は呆然として女を見た。彼女も目に戸惑いの色を浮かべながら未来を見ていた。
「これ……一体どういうことなの」
「わからないわ。あたしも頭が混乱しているのよ」
改めて女を見た。暗闇の中、鬼のような形相で椅子を振り下ろしていた姿。
マンガは途中までしか読んでいなかったが、ユキオとアミが悪役として描かれるのは間違いない。
マンガは現実を描いていたの?
強烈な恐怖がわき起こり、逃げようと思ったと同時に体が動いていた。
「ねえ、ちょっと待ってよ」
未来は棚に乗り、窓から外に飛び降りた。着地した瞬間、強烈な頭痛が襲い、バランスを崩して地面に倒れた。
それでも立ち上がり、頭を抱えながら走り出した。
「どこへ行く気よ」
振り返ると女が窓から心配そうな顔をして見ていた。一旦止まりかけるが、マンガを思い出し、だまされてはいけないと思う。どうやら建物から出てきてまで、追いかけてくる様子はない。
未来はおぼつかない足取りで門から道路へ出た。