第15話 謎の男に追いかけられる
声が近づいている気がした。足を速めていくが、前の部屋より更に細長く、奥が見えてこない。
「あっ」
本棚の角に躓き、倒れそうになる。本に手を突いて倒れるのは免れたが、本棚が揺れ、音を立てた。
――そこにいるんだねぇー。すぐ行くよぉー――
もう構っていられなかった。本棚の間を走り出す。恐怖が突き上げてくる。
ただでさえ薄暗い部屋が、真っ暗になっていく。また本棚にぶつかりそうで怖かったが、声の主の方が怖い。
再び頭痛がしてきた。なんでこんな時にと思うが、強烈で、うずくまりたくなるほどだった。堪えきれず、走りながら思わず目をつぶった。何かにぶつかる可能性が高いが、立ち止まるよりはましだった。
しばらくして頭痛が消えてきたので目を開ける。周囲は相変わらず暗かったが、雰囲気が変わっている気がした。
両側にあった本棚がなく、圧迫感が消えていた。古本の臭いも消えている。走りながら目をこらし、すっかり様相が変化しているのに気づいた。
そこは廊下だった。窓はなく、両側にドアが並んでいる。ホテルのような造りだったが、床は塩ビなのか足を踏み出すたび、キュッ、キュッ、と音を立てた。
天井に蛍光灯が設置されているのはわかったが、光は灯っていなかった。突き当たりにある緑の非常灯だけが、ぼんやりと辺りを照らしているだけだ。
ドアの一つが開き、人影が現われた。
「どうかしましたか」
「久米さん」
呼びかけながら、ほっと息を吐き出す。助かったんだ。
「誰か、あたしを追いかけてくる人がいるんです」
「ああ。深川さんの事ですね。来栖さんは覚えていませんか」
「はい……」
「深川さん、来栖さんを探しているんでしょ。ここにいますよ」
闇に向かって声をかけた。
緑色の非常灯に照らされて、男が一人現われた。
未来はあっ、と小さく叫んだ。
男の顔は脂ぎっていて、顔が常夜灯にてかっていた。ぎょろりと大きな目で、未来を見つめてくる。
見覚えがあった。
しかし、それはさっき読んでいたマンガの中だった。
ユキオとつるんでいた養護施設の職員だ。
「あなたのご主人ですよ」
久米が押し殺すように笑った。
「あたし、結婚なんかしていない」
「でも、この方はそう思っていないみたいですよ」
「未来、逃げるんじゃねえよ。お前は俺の物なんだぜ……。わかってるだろうが」
「こんな人知りません」
久米はニタニタ笑みを浮かべ、冷たい目で未来を見ている。さっきまでの柔らかな物腰は消えていた。
「いったいこれ、どういう訳ですか。久米さんはあたしとはじめた会ったんでしょ。それなのにどうしてこんな男を私の主人だなんて言えるの」
「みくぅ……」
腕を掴まれ、耳元から生臭い息が吐きかけられる。
嫌悪感が鳥肌になって全身に広がる。
「やめてっ」
未来は深川と呼ばれた男の手を振り払い、闇の中を駆けだした。