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本当の物語は一つだけ  作者: 青嶋幻
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第11話 未来、男に助けを求める

 未来は途方に暮れていた。帰る場所がわからない。知り合いの連絡先はおろか、どんな人だったのか思い出そうとしても、もやがかかったように顔の輪郭が出てこない。


 どうすればいいんだろう。警察に行ってみようと思ったが、自分が住所をわからないのに、他人にわかるはずがない。


 きっと、ショックで記憶が飛んでしまっているんだ。


 未来は駅の構内を行くあてもなく、ふらふら歩いていた。


 無意識のうちにジーンズのポケットに手を突っ込み、紙に触れた。つまんで引っ張り出すと、名刺だった。


〈本やら堂 店主〉久米健次郎


 忍び寄る陰。


 そうだ、あの人はあたしが書いたマンガを持っていると言っていた。マンガを見れば出版社もわかるし、担当編集者にたどり着く。


 わずかに希望が出てきた。この人に電話しよう。幸い十円玉があったので、公衆電話を探した。あちこち探し、駅の片隅でようやく電話を見つけた。名刺に書いてある番号へ電話をかける。


「はい、久米ですが」


「あの……。突然電話をしてすいません。先ほど駅で助けてもらいました来栖です。先ほどはありがとうございました」


「どうもどうも。体調はどうですか」


「おかげさまでかなりよくなりました」


「何か困ったことでも……」


「それが……助けていただきたいんです。実は私、記憶がなくなってしまったんです」


「え? 何にもわからないんですか」


「ええ。自分の住んでいるところとか、知り合いも思い出せないんです」

「そいつは大変だ」


「私が描いた漫画を持っていると言うことでしたが、ちょっと見せてもらえませんか。出版社を知りたいんです」


「お安いご用ですよ。まだ駅にいらっしゃいますか」


「はい……」


「迎えに行きますよ。さっき座っていたベンチのすぐ横に、乗用車用のロータリーがありますから、待っていてください」


「よろしくお願いします」


 ベンチへ戻って左側を見ると、久米が言っていたとおり、乗用車の止っているロータリーがあった。しばらくした後、白い営業用のバンが止った。中から久米が出てきた。


「お待たせしました。乗ってください」


 見知らぬ男の車に乗るのは躊躇したが、背に腹は替えられない。助手席に乗った。


「粗末な車で恐縮です。ただ、普段は本を運んでいるだけですから、そんなに汚くはないはずですけど」


「とんでもない、恐縮するのは私の方です。ありがとうございます」


 未来は会釈しながらシートベルトを締めた。同時にバンが発進し、ビルの建ち並ぶ通りを抜けていく。


「右手が駿府城跡です。城は跡形もなくてね。今は県庁と公園になっています」


 しばらく進んだところで右折し、大きな鳥居の前を通り過ぎたところを左折した。


「ここは静岡浅間神社で、地元では有名な神社なんですよ」


 更に右折し、通り沿いにある駐車スペースに車を止めた。車から出る。


「ここが僕の経営する古本屋です」


 木造の、ひどく古ぼけた店だった。曇りガラスがはまった引き戸なっており、上に黒字で〈ほんやら堂〉と書いてある。鍵を取り出し、引き戸の鍵穴に差し込む。


「古本屋と言ってもネット販売専用ですから、店舗はないんですよ」


 建て付けが悪いのか、がたがたと音を立てながらドアが開いた。


「さ、どうぞ」


 久米はどんどん中に入っていく。未来もぼんやり立っているわけにはいかないので、恐る恐る入っていった。


 弱い蛍光灯が一つ付いているだけの薄暗い室内だった。木製の書棚が縦に並べてあり、年季の入った本がびっしりと詰まっている。古本のほこりっぽい臭いで鼻がむず痒くなってきた。


 ウナギの寝床というのだろうか、間口の割に奥行きがあった。突き当たりまでいくと、すっかり曇りガラスの明かりは遠くなっていた。


 左隅に机が置いてあった。久米はスタンドライトのスイッチを入れ、机を照らした。


「そこで座っていてください。マンガをお持ちしますから」


 言われたとおり、机の前に置いてあるスチールの回転いすへ座った。しばらくすると、久米がマンガを抱え机の上に置いた。


「十六巻まで出ているんですよ。覚えていませんか」


「はい……」


 一冊手に取ってみる。〈忍び寄る陰〉と題されたタイトルとともに、少年のアップが描かれている。


 どこかで見た顔だった。記憶を辿り、あっ、と声を上げた。


「どうかしましたか」


 奥の部屋に行きかけた久米が、訝しげに振り返った。


「この子、さっき見たんです」


「え? ポスターでも貼ってあったんですか」


「そうじゃなくて、実際にいたんです」


「ははは。そいつは気のせいでしょう。マンガの登場人物が、現実の世界にいるわけないじゃないですか」


 まっとうな意見だった。でも、確かに見たんだ。一重で小ぶりの鼻、まだ柔らかな顎のライン、駅で話しかけてきた少年を絵にすると、こんな顔になるはずだ。


 ただ、全体の印象は大きく違っている。駅で会った少年は優しげな笑顔で落ち着かせてくれたが、この絵は違った。


 何かを企んでいるかのように、狡猾そうな目を光らせていた。それは未来をひどく不安にさせた。


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