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終わりの王女


「なあ、ジジィ。無駄に長生きしてんだからよ、ジジィは一回でも綺麗な世界を見たことはあるか」


と、近所の生意気なガキが聞いてきた。

このガキは、近所では「生意気」だと大人からは厄介者扱いをされている。だが、長年生きている私から見れば、そう言っている大人達より余程、綺麗な心を持っていると思っている。

このガキにはそんな態度を見せる理由があり、このガキは「生意気」なだけで、悪ガキではない。むしろ、盗みもしないし、誰かをいじめたりもしない、暴力も振るわない、ただの口達者な「生意気」なガキなだけだ。

長年生きてれば、「悪ガキ」と「生意気」の違いくらい容易く見抜けるようになるものだ。だから、「生意気」なだけなこのガキを厄介だなんて一度も思ったことはない。


だから、私はこのガキの質問攻めに一つ一つ丁寧に答えるのだ。


「そうだな、たった一度だけ見たことがあるぞ。何、長生きしてれば一度は見るもんさ、”本当の意味の綺麗な世界”を。年をとった今だからそう思うのかもしれんなぁ、全てのしがらみが消えて新しく始まる瞬間だけが綺麗な世界だと言うんだってな」


このガキと話しているたびに、見てくれは変わらない癖に随分と自分は年をとったもんだと自覚させられる。

このガキは聡く、賢い。私にとって確信をついた質問ばかりをしてくる。

見てくれだけは若者な私を、他の人間達は兄ちゃんやらお兄さんとか呼ぶのにこのガキだけは「ジジィ」と呼んだ。

その他の私ぐらいな年代の男はそこのおじさんと呼ぶ癖に、だ。年上の人間なら誰であろうと、このガキはお兄さんと呼んだりはしないんだけどな。それでも、私以外の「私ぐらいの年代の男性」のことをジジィだなんて呼んだりしない、そう考えればこいつの減らず口も可愛く見えるものだ。

見た目と年齢が噛み合っていないことを悟られる、そんな経験は長年生きてきた中で初めてのことで、長生きをするのも悪くないとしばらくぶりにそう思ったもんだ。まあ、本人は無意識でジジィと呼んでいたらしく、他の住人には話していない本当の年齢を教えた時、目をまん丸にして驚いた彼を見て、また長生き体質で良かったとしみじみそう思った。


それなのに、だ。

周りの大人はこのガキが私のことを「ジジィ」と呼んだことを、本人に理由を聞かずに責めた。私は怒っていないのにだ、私の制止する言葉を聞かずに彼らは一方的にこのガキを責める。

むしろ感動すらもしたんだ、私がこのガキを責める大人達より遥かな年月をこの容姿で過ごしていることを見抜いたその感覚の良さに。……それなのに、気分を害したと決めつけをされれば、その高揚感も消え失せる。

「ジジィ」と呼ばれたことに気分を害したのなら、自分で言っている。自分の気持ちをうまく表現出来ない子供でもなちし、言葉を発することが苦手な性格でもない。だから、決めつけで「ジジィ」と呼ばれたことを私が気分を害したと思い、このガキを責めるなど、思い出すだけで気分が悪い。


「ジジィ、機嫌が悪いのか。

……怒らせるようなこと言ったか?」


しょんぼり。そんな言葉がよく似合う顔する奴が、厄介者だとは少なくても私はそう思わない。

お前のことで機嫌が悪くなったわけではないのに、そんな顔をさせるなど悪いことをしたな。


「ジジィは、お前の質問ぐらいじゃ機嫌が悪くなったりはせんよ。お前と出会った時のことを思い出してなぁ、あれは何度思い出しても気分が悪い。

ジジィはこんな容姿だろう? ジジィはな、自分がジジィと呼ばれる年齢だと見抜かれたことが嬉しかったんだ。そんな気持ちを周りから否定されるのはちと嫌だったわ。

ジジィにとって、お前はな、長年生きてきた中で三本指に入るくらいな純粋な心の持ち主だよ。ジジィは知ってる、お前の口にする言葉の先には純粋さと探究心が隠されていることを。だからな、お前が悪いことやジジィがお前にして欲しくないことをしない限り、お前のことを嫌いになったりしないさ。

見た目が若者だとしても中身は年寄りさ、話し相手がいる毎日はとてもとても愛しいさ」


……孫のように愛しいこのガキの、頭を撫で、存在を確認するように手をそのまま頬に移動し、まだわずかにしょんぼりした顔を撫でる。

そうすれば、このガキはいつも、猫のように目を細めるのだ。

口達者な生意気なガキだが、まだまだガキはガキ。可愛らしいところがあるんだな、これが。


「まだまだガキなお前に、今日も昔話をしてやろう。今日の話はそうだな……、「終わりの王女」とでも名付けようか。お前が知りたがっていた、私が見た綺麗な世界のことを話してやる」


そう言って、私の隣の席をポンポンと叩けば、むすっとした顔をしながらも私の隣に素直に座り、


「また、ガキ扱いかよ。ジジィ。

今年で十四だよ、成人したんだぞ」


そう言えば、十四で成人か。

十四なんて何百、いや何千年も前のことだったから、十四で成人だと言うことをすっかり忘れてたな。

いやぁ、生意気なこのガキもついに成人するのか。何というか、こう。じんわりした気持ちになるなぁ。

まあ、ああ言って、私の腕をぎゅっと抱きしめている時点でまだまだガキだよ。なんて内心で思いつつ、こいつはこのままで良いんだと思う気持ちが勝ち、あえてその気持ちを言葉にしない。

その代わりに、


「私にとって、お前が知っている人間もガキにしか見えないよ。それくらい私は生きている。お前はガキのままで良いんだよ、他の人の前では大人でも私の前ではガキでいれば良い。

昔話を聞いてくれる相手がいなくちゃ、本当の歴史を広められないからな。そのためにも、私の前ではガキのままでいてくれ。……何歳になってもジジィと呼んでおくれよ」


そう言えば、決まってこのガキは甘えてくるのだ。……甘えたいなら、素直に甘えてくれば良いのにな。

……そうさせたのは、厄介者扱いをした周りの大人たちかもしれないな。


「可愛い奴め」


「うっせ、さっさと話しろよ!」


褒めたらすぐに照れ隠しをする、こんなにも可愛らしいガキなのに。

そう考えながら、可愛らしいわがままを叶えるために話をはじめようとした時、ふと思い出したのである。


……終わりの王女もまた、このガキのように聡く、賢く、勘が異常に鋭かったことを。

何故、今のタイミングで思い出したかはわからないが、何故か懐かしさを覚えた。

「終わりの王女」とは姿形、声すらもかけ離れていると言うのに、何故かこのガキと「終わりの王女」の姿が重なって見えることを不思議に思いつつも、


「昔、昔。お前さんが生きるこの時代から、随分と遠い時代の話のことだ……」


私は、一人のお客さんのためだけに、昔のように話語りを始める。……姿が重なってみえたことに、少しだけ動揺していることを、隣にいるガキに隠しながら。



※※※※※※※※※※※※※※※※



後に「終わりの王女」と呼ばれるようになった国を仮に花の国と呼ぶこととしよう。その花の国では、男女平等で、平和主義。国民の投票により、女王または王が決められていたそうな。その投票により、見事「終わりの王女」は選ばれたのである。

王女は、国民から大変人気であった。身分の差別もしない、気遣い上手で、容姿端麗に文武両道。政治も完璧にこなし、部下からも慕われ、国民からも愛されるその国建国してから三本指に入るくらいに優秀な王女であった。……その評価は次第に、王女を苦しめるとは知らずに、周りの人間は王女を高評価し続けた。


「私は完璧で居続けなければ!!

……だが、私はその理想をずっと保てるくらいに心は強くはなかった。ああ、強い心がほしい!! それは望みすぎだとわかっている、だがせめて! せめて支えてくれる、本当の私を見つけてくれるそんな人が側にいてはくれないのか……」


王女は、一人嘆く。

弱い心を、儚く光る月だけに曝けだせない王女はどんなに部下に、国民に慕われようと心は愛に飢えていた。

女王もまた、人の子。誰かに愛されたくて、誰かを愛したいと望んでいて、だけど、その普通の少女では背負うことのない彼女は王族として生まれた時から背負っている宿命だろうが、完璧な王女も普通の少女らしい心を持っていることに誰も気づかない。


もし、王女が普通の少女と同じだと国民が、周りの人間が気づいていたのなら?


もし、王女が抱えていた孤独にこの時気づいていたのならきっと、王女は終わりを選ばなかっただろう。


花の国の時代が終わるのは、神様が決めた寿命だったのだ。誰も悪くない、運命だったのだ。

終わらせたのが偶々彼女だっただけで、この時誰が女王に、王になってもこの国は終わる運命だった。

私は何度もそんな国を見てきた、だからこそわかった。その国に入った時の空気、女王や王の表情や雰囲気で、この国は終わりに向かっていると……。

だからこそ、私は見守るのだ。終わった国々の物語を途絶えさせないために、私の死後もこの話たちを途絶えさせないために私は物語を伝え、物語を作り続ける。

だから、私は傍観者として生きて、物語に介入したりはしない、はずだった。

最初で最後だ。私が、この国が死すことが惜しいと思わせた国は。


この人が死ぬことは惜しいと思ったことはある。まあ、死があるからこそ、その人はその

ひとらしく生きられるから、何かをしようとは思わなかった。もちろん、国もそう。

人は変わる、いつまでもそんな国民ばかりとは限らないのだ。だったら、バットエンドの先にハッピーエンドがある終わり方が良いと思うから、どんなに恨まれようと、この考え方を変えるつもりはない。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「なあ、話を遮るようで悪いけどさ。この国も終わるから、この国にいるのか?」


珍しいな。と思った。

決して、話を遮るようなことをしたことがないこのガキが珍しく、こうして話語りをしている最中に話しかけてくることは。

余程、この国が消えるのが嫌なのか……。なんて、健気な。街人には厄介者扱いされているのにこの国が好きなんて。

また可愛らしいと思える部分を知れて嬉しく思うこの気持ちは言わないでおこう。


「私がこの国いるのは、お前がいるからだ。誰かのために一箇所に留まろうと思ったのは初めてだな……。私はお前が可愛くてしょうがない、愛しくてしょうがない。お前が死ぬまで見守ってやろうと思うくらいには情が湧くくらいに。

お前の物語を描いて、私はそれを語らずに生きていきたいと思うくらいに独占力もある。この国にいる価値は、お前だけ。お前が旅について来てくれるって言ってくれない限りこの国から動かないな」


そう言えば、火がついたように赤くなって、


「俺の側に居てくれるんか……?」


可愛らしいことを言った。

孫みたいだなんて、嘘だ。こんな可愛らしい生き物のことを孫のようには思えない。

自分を自制するための嘘。


「その返事はまた今度な。

どうしようもなくさせるくらいの誘惑が出来た時に答えてやる」


そんな風に話をそらすなんて、私はずるい大人だ。……本当は断ってあげた方がこのガキのためになる。

そうしてやれないのは、私の我儘だ。


手放せないと思ったら最後。

苦しむのは私だと言うのに、私はまた大切な人を作ってしまった。……出会わなければ良かったのに、とそう思うくらいの存在をまた得てしまった。

……せめて、ここまで愛しいと感じさせるような子でなければ良かったのに。


そう考えながら、私はまた話をし始めた。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




本当に誰も気付かなかったんだ、普段傍観者をしていて割り切って観察している私でさえも同情するくらいに、誰も王女の声なき悲鳴に誰も気付かなかった。

彼女は強かった、弱さを見せない演技力に精神力。王女の素質は完璧だった、私の見てきた中では一二を争うくらいの素質の持ち主だったが、彼女の人望の運は悪かった。

彼女の周りには、人の気持ちに聡い人物がいなかった。誰も、完璧な王女であることを疑ってなかったからである。それほど彼女の強さは本物だった。それと同時に、なんかの拍子で簡単に壊れてしまうほど、彼女の心は強気王女を演じることに疲れきり、そして愛されたい気持ちに依存する感情が大きくなっていった。


やがて、彼女は伴侶を得た。……端から見れば、幸せいっぱいの結婚。

その時、誰も気づいていなかった。それが、破滅の合図だと。

その時気づいていれば、王女はそこまで追い詰められなかったし、彼女は幸せになっていたと思う。


人の人生はいつだって平等だ。

才能を持つものは、恩恵のおかげで数奇な人生を辿ることが多い。才能があるからと言って、幸せだとは限らないのだ。だとしても、天は人生に救済の選択肢を与え、きっと人を幸せな道へと出来るだけ繋げようとはしてくれているんだろう。

だから、破滅のキッカケとなる結婚の他に、救済してくれる男も同時に現れた。


その男は、王女の旦那の親友でもあり、従者だった。彼は聡く、王女が何かに苦しめられていることに一目出会った時にわかった。

彼がもし、王女の旦那だったら、彼はきっと王女の苦しみを取り除けていただろう。


それでも、王女は、自身の旦那に惹かれた。その瞬間から、全てが狂いだすと知らずに。


「どうして、あの男は私の伴侶だと言うのに私を愛してくれない。愛さない。どうしてあの女ばかりを愛し、愛しそうに見つめる? 私を見つめる目はまるで人形のようなのに。

私は、あの男を愛している……。その愛は、一方通行だ。私は誰にも愛されない、それは私に魅力がないせいだ。あの女のせいではない、そうだとわかっているのに、私の中の悪魔が囁く。あの女が消えればあの男は手に入ると……。

そうではないことはわかっているのに、その誘惑に眩みそうになる……。そんな女が王女をしていれば、この国は本当の意味で消えてしまう。……ならば、私が王女として最後にできることはただ一つ……」


王女の旦那である男の行動が、抱く愛が、彼女を決意させた。

国を改めるために、この身を捧げると。

男にやれる、最後の愛だと彼女は涙した。


その言葉は想い人には届かなかった。

……想い人には、だが。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「その女を捕縛せよ! 私の伴侶である王を誘惑した女よ! 罪深き女だ」


そう言って、その女を兵に捕らえさせた。

その姿を見て、王女の旦那は怒り狂った。……彼女は悪くないと、全ては自分が悪いと。処分するなら自分にしてくれと兵にしがみ付いた。


その姿を見て王女は胸を痛めた。

自分はこの女に敵わないと。


「許せ。あともう少しで、邪魔者は退場だ。あとのことは頼む、すべての用意もしてある。お前が困らぬようにしてある、安心してその時を待っていろ」


その王女の言葉を、女はあの光景を見るまでその意味を理解出来なかった。

その時がそう遠くない未来だと言うことも。


「……っ。あはははははっ……。なんだ、私は何も知らなかったと言うことか……。私は正式な王室の血筋ではなく、私利私欲に溺れた使用人が本物の王女と入れ替えていたなど……、悪役は私ではないか!! 私は知らなかったとは言え、国民に王女と偽り、王女として生きてきた。あの女が与えられるべきものを全て奪った罪深き女だ。……そんなの、プライドの高い私にとって許しがたき罪である。……すべての責任を、私のこの身で償おう。この国の罪はすべて、この私がこの身を持って、墓場に持っていこうではないか。

これが、偽りの王女に出来る罪償いだ」


自分の旦那に愛されないとわかったあの日、同時に自分の本当の立場を知り、この気持ちにも、この立場にも区切りをつけようと決めていた王女は、彼女しか住むことが許されない城に火をつけた。


「やめさせろ!! 頼むから、彼女を止めてくれ!! 確かに私はあの町娘を愛しているが、彼女を失いたいとは思ったことはない! 死んで欲しいと思ったことはない! 命令だ、火を消せ! 早急に消すんだ!」


だが、兵は王の言葉に足を動かない。


「何故だ! お前らは王女が死んでも良いと言っているのか!」


その言葉に兵はやっと、


「あの方がそう望むのであれば、我々はその指示に従うのみであります。我々はあの方がしたいことをこの目に焼き付けるよう、あなたの従者に命じられております。我々は信じております、あの方がこの国じゃないどこかであなたじゃない誰かと幸せになって下さることを。

あの方はあなたを愛しておりました。その愛が一方通行だとも気づいてもおりました。その事実に苦しめられ、辛い想いをされておりました。苦しめた張本人であるあなたが止められる立場にはありません、あなたに出来ることはあの方がすることを見守ることだけであります。……我々は信じております、王女のこともあなたの従者の想いの強さも」


そう言葉にして、取り乱す王を呆然とさせた。

まさか、優秀な王女が自分のことを愛していたなんて、王は微塵たりとも気づいていなかった。むしろ、嫌われていたように思っていた王は自分がしていたことが、どれだけ彼女を傷つけていたことか自分の元から去ってから気づいた。


「私には、彼女のすることを止める権利はないと言うことか……。私に出来ることは、彼女が自分の身を捧げても守ろうとしたこの国を形が変わろうと守り抜くこと、そして彼女を悪役として語り継ぐことだけ。彼女だけが悪役として語り継ぐのは不本意だが、理解している。……彼女は悪役として語られたいんだな。それならば、尊敬すべき王女のため、敬愛すべき伴侶のため、私がすべきことをあなた亡き後、全力で尽くそう。

あなたの本質を見抜けなかった私の罪、私の命がつきるまで償い続けよう」


王に出来ることはそれだけだった。何もかも終わってしまったこの時には。


一方、兵達は安心していた。

親愛すべき、主人である王女の望みを王が汲み取ってくれたことに。

これで、抑えきれないくらいの憎悪と戦って生きなくて済んだのだから。

……王があの町娘に惚れるなどしなければ、親愛すべき、敬愛すべき愛しき王女は死ななくて済んだと言う強い憎悪を。


「どうか、あの方の手を取ってくださいませ、私達の唯一の姫君。あなたがどんな存在であろうと、私達の敬愛すべき、親愛すべき王女とは変わらないのですから。あなたには罪はないと言うのに、使用人達がした罪でさえも責任を持つ真面目さに、部下として惚れたのです。

悲しさはありますが、どうしてでしょうね。あなたに抱く、敬愛や親愛の気持ちが溢れ出すのです。だから、どうか、我々の前に現れなくても良いからあの方の手をお取り下さい。……そして、幸せになってください。我々では気付けなかったあなたの苦しみに気付けた、あの方と」


一人の兵が愛しそうに微笑みながらそう呟いた後、その言葉を誰かが聞いていたかのように不思議な力が働いて、静かに火は自然に鎮火していった。


一人の兵は後に私だけに語ってくれた。

……あの方は終わりの王女なんだと。


その後のその国は変わった。

王の代より王族制度は終わりを告げ、王の死後より、平民などの立場など関係なく、国のトップは決められるようになった。

私利私欲を働く者は、国民からのリコールにより、その座を降ろされる法律も作られた。

その他にも、貧しさに困る子供達にも教育が受けられる法律が作られたり、その中でも優秀な子供にはさらなる成長のために補助金を与えられるようにもなったらしい。


彼女が与えた終わりによって、あの国はさらなる成長を遂げたのだ。

私は、王女としてあの国を終わらせたあの瞬間、感じたこともないくらい綺麗だと感じたのだ。


ーーだって、誰もが誰かのことを思い合っていたから。


王女は国民を、王を、王を愛した女のことを。

王は王女のこと、これからの国民のことを。

兵は敬愛すべき、親愛すべき王女のことを。

国民もまた、王女の死を悲しんでいた。


これほど国の終わり方が、始まり方が綺麗だった国はなかった。

本当の言い伝えを伝えることが、今回ばかりは正しくはないのかもしれないと私は今日のこれまでこの話をしてこなかった。

それが、私なりの彼女への敬意だから。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「これが、私が綺麗だと感じた唯一の世界だ。今となっては、その国がどこにあるかはわかっても、王女が生きているかは確かめられないがな」


しんみりと気持ちになってしまった。

年をとるの嫌だな、昔話ばかりをして後悔ばかりしてしまう。

なんて、考えているとガキが悪戯っ子のような笑みを浮かべて、


「そうでもないみたいだぞ、ジジィ。ジジィと俺が出会えたのも、偶然じゃなくて、必然だったみたいで俺は嬉しい。

ジジィ? 俺さ、今まで名前を教えようとはしなかっただろう? なんでだと思う?」


なんて、可愛らしくそう聞いてくるガキに対して私は思わず呆然とした表情を見せてしまった。

そんな表情を見て、ガキはますます嬉しそうな顔をして、


「スティラ リリィティア。それが俺の名前。……ジジィ、どっかで聞き覚えがあるようには思えないか?」


なんて無邪気に言うガキ……いや、スティラを抱きしめた。

スティラは、王女と同じ名前。

そして、リリィティアはあの王の従者の持つ名字て同じ。

本来、伝わっている話ではスティラの名前も、リリィティアの名字も出てこないから、正真正銘このガキは……。


「ハッピーエンドだな、ジジィ」


ーーあの王女の子孫だ。

そう考えながら、さらに強く抱きしめた。

そんな私の行動にスティラは照れながら、


「ちなみにだな、もう一人のスティラもご存命なんだなコレが。あの人、精霊の加護強すぎて不老不死なんだよ。

で、俺もその血を強く引いているからスティラと名前をつけられたと言う事実は、ジジィにとってはご都合展開なのかな……?」


そう言われた瞬間、驚きのあまり時間が止まったような気がした。







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