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バタンッと大きな物音がして、その方向を見れば、彼がベットから落ちていて。


「大丈夫ですか⁈」


慌てて彼に駆け寄るが、ベットから落ちていたと言うことはあの会話を聞かれていて、この場から逃げようとしているかもしれないと言う考えが過り、触れることを躊躇っている私の代わりに浅村が彼を支え、ベッドに座らせた。

今の彼が逃げられる状態でないことはわかるが、彼に逃げられてしまえば、私は彼がこの世界からいなくなるまで、社会人として生きていけない。弟達は喜んで用意してくれるだろうけど、何が申し訳ない気持ちにもならない訳ではないが、ばれてしまってはしょうがない。隠れ家を用意して貰おう。

インターネットがある今、私個人の力では生き延びるには限界がある。都合が良いかもしれないが、彼がこの世界にいられなくなるまで、静かに暮らしていくのも良いかもしれない。また、株で生活費を稼ぎ、通信で資格を取りつつ、吸血鬼がいたと言う記憶が都市伝説になるまで、私は吸血鬼として生きるしかないか。


「あなたも、人間として生きたいと願っているんですね……。あの人もそうだった、人間として生きたいと望んでいた。愛する人の血を飲めば、それが人間だったら、人間になれる体質を持っていた。彼は吸血鬼の中でも特例中の特例だった。

彼は、誰かを愛すると言う条件で、その愛した人物の血からその体質を真似ることが出来た。……ただし、血を飲まなくても済む体質になるだけで、年も取らないし、寿命も人より長いまま。彼は吸血鬼ではなくなることは出来ても、ただの人間にはなれない。長い年月を、吸血鬼でもなく人間としてでもなく生きなければならない。

それでも君は人として生きたい?

彼はたくさんの愛する人を見送ってきたよ。絶望もした。君は人にはなれない、吸血鬼になる運命から逃れることが出来ても君は……、人間にはなれないけどそれで良いの?

……吸血鬼でいられる方が楽だよ……。彼にとって、吸血鬼でいることが不幸だと思っていたんだ。人間にとって、血液とは生きるために必要不可欠な身体の一部だ。それを奪う吸血鬼は恐怖対象になるのは当たり前のことで、そんな存在であることが彼にとって苦しかったし、憎かった。だけど、吸血鬼を止めることが最終的な結末でないことまで頭が働かなくて、その通過点の先がバットエンドなんて想像していただろうか?

愛していた嫁も。……義父も、先に死んだ。それからは彼は一人だった。幸い、商売の才があったから、金には困らなかったが、愛は金では買えない。元吸血鬼になることが、ハッピーエンドではなく、バットエンドだと知った。ハッピーエンドの先がまたハッピーエンドであるとは限らないし、商売の才があり、先見の目があるとまで言われた彼の最初で最後の選択肢間違いだった。

後悔しても、選択肢を選びなおすことなんて出来ない。だから、大切な人が出来て、また失って苦しみを味わうくらいなら一人で生きようと思っていたんだよ、彼はね。

ある時、一本の電話が来たんだ、間違いもしない愛した人達の名字から。君のお父さんはね、義父様の声によく似ていてね、涙をこらえるのに必死だった。この際、どうやって僕の電話番号を知ったのかはどうでも良くなっていた。そんな中言われたのが吸血鬼が産まれたと言う知らせ、自分の手でその子を育てると言うことと吸血鬼のことを教えて欲しいと言うことだった。

君のお父さんは、義父様に何もかもそっくりだった。容姿も、声も、性格も、考え方も。だけど、義父様と違ってやり手だったけどね。彼は……いや、もう彼と偽る意味はないか。僕は安心したんだ、僕とは違って偽る必要のない相手がいる時代に君が生まれてくれて良かったと。君は優秀ではない、だけどいつも周りには人がいて愛されている。だから、いつか大切な誰かを失う苦しみを知ることになるだろう、……その後を追うことの出来ない自分に憎しみを抱くことになると思う。

だから、僕のように浅はかに人間になろうとするな。……吸血鬼をやめることは出来ても人間にはなれないのだから」


その話を聞いて私は混乱していた。

先祖の吸血鬼は目の前にいる見た目男子高校生な彼で、そんな彼は今吸血鬼ではなくて、人間ではない存在と言っていて。


ーーじゃあ、私は愛しい人が出来たとしても一緒の時間を過ごすことは出来なくて? 例え、人間になれたとしてもその人を見送ることが定めになると言うのか? 何度、人を愛したとしても、一緒に死ぬことは出来なくて、吸血鬼じゃなくても長い年月を、愛しい人たちを何度も、何百回も見送らなければならないと言うことか……。


そんなの、覚悟の上だ。

確かに私は吸血鬼ではあるが、人間の血も、四分の一くらいは入っているから普通の吸血鬼より、吸血症状の回数は少ないし、人間の全て吸いたいと思ったことはない。吸血鬼のままでも後何十年は理性を失わず、人間として擬態して生きていけるはず。吸血鬼である私が、人間として生きていく上で、いつか誰かを愛してしまうことなんて想定内で。

特例の体質だとは言え、完全に人間となることが不可能であることは何となく察していていたから、人であって人でもない存在になることの覚悟はしていたし、吸血鬼として死ぬ覚悟もしていた。


だから、


「一人になる覚悟も、愛しい人を見送る覚悟も、長い年月をこの容姿で生き続ける覚悟も社会人としてこの現代社会で生きると決めた時から出来ています。私は、誰の血も飲みたくないのです。痛い思いをさせてまで、私は生きたくない。私は、誰に痛い思いをさせるくらいなら、孤独に耐えて生きていくことを選びます。

どんなにそれが苦しくて、後悔することだったとしても、私はそうした自分を責めることはしないです。それに、先祖帰りした私の後に生まれたんですよ? 弟達が普通だと思います? 弟達は、貧血って言葉知らずの、医者がドン引きしながら驚くレベルの血液の多さでもあり、死の香りなど全くしない健康の持ち主なんです。私は死に関する勘が鋭くてですね、きっと弟達は長生きします。奴らはどんな手を使っても、……合法な手段の範囲までしか許しませんが、長生きをしたがっている連中ですからね、しばらくは寂しくならなそうで安心してます。

吸血鬼であろうと、人間になりきれない存在であろうと、存在を認めてくれた存在が過去にいた、そんな記憶があれば私はそれで生きていける。……そんな奴なんですよ、お節介ではあるけど来るもの拒まず去るものも拒まない、それが私です。一人は寂しいけど、きっとそれでも生きていける。あなたほど、人が大好きなわけじゃないんですけどね、でも一人で苦しむあなたを何か放って置けない気持ちになるんです。

こんな気持ち、なることが滅多になくて、正直戸惑ってます。……今まで生きてきて六回目くらいの体験です。それ以外の時、放って置けないなんて思うことなんてないのに。

……私と一緒に過ごしますか?」


誰かと過ごしたいと思うなんて、親友と浅村とその元彼と家族とタクシーのおじちゃん以外はなかった。どんなに多くの人と出会おうとそう感じることはなかったから、内心では凄く動揺していて。

家系図に記されているし、身体の体質も似ているけど、平凡顔で強面よりな私と違い、綺麗な顔をしていて、家族と言う感覚にならないのに、放っておけないと思った。……一緒に過ごしたいとも思う。


「…………体質は先祖帰りしてるけど、感覚はきっとあなたの養父と奥さんに似たのかもしれません…………」


放っておけない、そう思うのはきっとこの体に流れる血筋のせいだと思いたい。





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