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「……俺のことはもう良いだろ。お前はまだ、俺のこと、弟扱いすんだな。だから、本来ならさっきみたいに敬語ではなさなきゃいけない身分差なのに、こうして素がでてしまう。

そんなの今更か、お前は長男なのに継ぐ気もないみたいだし? 一般企業に就職して、社会人として擬態しているみたいだし、敬語使う方がお前には迷惑かかるだろうから、使わないけどさ、あの衝動は日常生活に出てないか?

あの薬の副作用は? そもそもあの薬の効力は大丈夫なのか?」


久しぶりに敬語を使って話していたのはそう言う理由だったのかと浅村に言われてから気づいた。……珍しいなとしか感じなかったから。

あの苗字、あの環境にいた時には年上から敬語を使われていた。

ただ、あの人の息子なだけで敬語を使われることに、幼い時から気持ち悪さを感じていた。

それではだめだと気付きながらも、私はそれを受け入れることが出来なかったのだ。その気持ち悪さで吐いてしまうこともあり、次男が継ぐことになった。あいつはカリスマ性もあるし、本人もその責任を背負える強さ、そして困難に耐えられる忍耐力もある。何よりも優秀で、人柄も良い。

会社を長く存続させるためにも、次男が継いで良かったと思っている。


そもそも、先祖返りをしてしまった私はこうしてあの家から逃げ出さなくても後継者にはなれなかった。先祖まで調べると、昔この家系の婿に吸血鬼がいたと記されていた。

その資料を見つけたのは偶然で、その婿のお嫁さんである女性が書いているらしい。

吸血鬼は人間に擬態し、会社を経営をしていたらしい。その彼は、とても優秀で、一代で会社を大きくした実力者。

その吸血鬼が活躍していた頃、私の家は潰れかけていたと記されている。後々吸血鬼のお嫁さんとなる女性の父は、そんな彼に助けを求めたらしい。

その時、吸血鬼が出した条件が「自分の秘密を共有すること」だった。

それを、女性の父は受け入れた。女性が言うには、自分の父には人を見る目があると。

だが、致命的なことに優しすぎて人の上に立つことが向いていなかっただけだと記してあった。そんな女性の父は何故か、吸血鬼である彼を放っておいてはいけないと、一人ぼっちにさせてはいけないと感じたらしく、秘密を知ってもなお、吸血鬼のことを怖がる素振りを見せなかったと不思議がっていたらしいと記してあった。


吸血鬼は、これを記した女性のことを大切にしていたんだろうと思う。彼女の語る吸血鬼の人柄から、良く伝わってくる。

吸血鬼は優しく、時には厳しく出来る人だったと書いてある。

だから、吸血鬼はあえて名の知れている女性の家系に入って、自分の会社を吸収させて、どんどん事業の幅を広げ、たった十年でこの家系を立て直した。

その吸血鬼は仕事の鬼だったと言われていたみたいだが、飴と鞭の使い分けがうまい彼は部下からも慕われ、周りからも慕われていた。……人ならぬ者だと察していた者もいたらしいが、周りに広めることもせず、変わらず慕っている人が多かったと記してあった。


私は、吸血鬼のようにこのことを秘密にし、表舞台に立ち続けるのは無理だ。私の性格じゃ、……いつか、ボロが出てしまうだろう。この衝動を抱えながら業務をやるのは、家族の支えだけではいつか吸血衝動の欲求に負けてしまうだろう。


「あの子達は、大丈夫だよ。私も陰ながらサポートしているし、あの家系はあの代だけなら安泰だ。だから、尚更私は表に出ない方が良いんだよ。

……吸血症状は昔よりは治まっているよ。定期的に、あの子達自身が献血して血を送ってくれてるからね。だからしばらくは重い吸血症状は出てないよ。

薬の方は副作用はあんまり強いものは出てないよ、相性が良いみたい。衝動を抑えれるようになったし、血の摂取量も減った。今のところは調子悪いところはどこにもないね」


だから、私は社会人として擬態し、傍観者でいることが精一杯なのだ。自分のことで精一杯な私が、社長として周りのことを気遣い、会社が維持できるような選択をし続けられることが出来るとは思えない。

だが、不幸中の幸いなことに私の弟達は、貧血体質でもなく、私と同じ血液型だった。むしろ、弟は人よりも血液量が多い体質ならしい。ありがたいことに、弟達に好かれていたおかげで忙しい中、わざわざ献血をして私に血液を提供してくれている訳だ。

弟達には感謝しても足りないくらいに助けられている。ありがたいことだ。


「お前は昔からあの方々から、異常なくらい愛されていたからな。周りから見たら、まるで恋人同士のようで、兄弟には見えなかったぞ。お前の母親はお前のことを良く思ってなかったみたいだが、お前の弟四人にあからさまにお前をいじめるのをやめろって言われて他の知らないだろ?

あの方々は、お前が思っている以上に、兄としてお前を慕い、家族として愛してる。

お前は輸送じゃなくて、毎回血液を提供してくれる兄弟の元へ会いに行って、直接感謝の言葉を伝えて受け取ってるんだろう? 三男坊から聞いたよ。それが、お前の弟達にとってはすごく嬉しいことなんだってよ。

毎回、申し訳なさそうな顔をされるのは少し悲しいみたいだが、兄弟から血を貰ったことはないからどんな気持ちなのか知らないし、それは我慢するって言ってたよ。三男坊がさ、俺は兄弟は兄様にどれだけ助けられたのか本人が知らないだけで、血液提供では返せないくらいの恩を感じてるって言ってた。

お前ってさ、そういうところがあるよな。自分にとっては何気ないって感じてることでも、相手にとっては大きく自分を変えてくれた

出来事ってことに気づかないところ。お前は知らず知らずのうちに弟達を助けていて、弟達はその恩を返しているだけなんだ。だからさ、お前は今通りに感謝して、今弟達にしてあげていることをしていればあの方々にとっては幸せなことなんだ。

お前に感謝しているのは、お前の弟達だけじゃないよ。お前は傍観者でいるつもりでいるだろうけど、知らず知らずのうちに誰かを助けてて、一番傍観者に向かないタイプだよ」


そう言った後、静かな声で「気づけよ、鈍感」と言われてしまった。その時、浮かべた表情は今まで見たことがないくらい悲しそうな顔で、どうしたら良いのかわからなくなって、そんな表情を浮かべる顔の頬を、赤くならない程度につねり……、


「吸血鬼なのに……、こんな幸せで良いのかな? 大切な人間をいつか傷つけるんじゃないかと思うと怖いんだ。だから、こうして浅村と二人っきりになるのも本当ならするべきじゃないと思うのに……、お前を頼ってしまうのをやめられないんだ。

もし、浅村の血を吸おうとした時は遠慮なしにあの薬を……」


「打ってくれ」と言おうとした瞬間、涙腺が壊れたように目からボロボロと流して、強気な性格のせいか普段は抱きついてこない浅村が強く強く抱きしめてきて、


「やめてくれ! それだけは言わないでくれ! あの薬は吸血鬼を昏睡させる薬なんだぞ! お前が言う、先祖の吸血鬼が残した薬を再現したのはお前を眠らせるためではなく、念のために作り出したもので、俺が血を吸われる分には絶対にあの薬は打たない。俺は、幸いなことにお前と同じ血液型で、お前の身体が拒絶反応を起こすことはない。だから、お前が俺だけの前で吸血症状が出たなら血を提供する、それだけだ。

俺は自分の血を提供してまで、お前に生きていて欲しい! 俺の血だけでその衝動が抑えられるなら、血を提供することに躊躇いはない。二度と! 二度と、あの薬を打てなんて言わないでくれ!

お前の弟達が何故、あの薬を作ることを許したと思う? その薬を所持しているのが、簡単には打たないと勘付かれているからだ! 俺はお前が吸血症状を薬を飲むことで抑えられている限り、さらに効力を発揮する原液を直接体内にいれることはしない! あの薬は、錠剤でしか摂取することを許さない。あの薬の原液のまま体内にいれると昏睡して目覚めた後、体内が傷ついているような薬なんだぞ! 知り合いじゃなくても医者である限りあの薬は緊急時以外は許さない」


こんなにも、浅村が素直な態度を見せる日など今まであっただろうか?

私は、誰かを傷つけるくらいなら、あの薬を原液のまま、体内に入れて昏睡してしまおうと思ってた。そんな想いが、ここまで浅村を、周りの人を傷つけるだなんて思いもしなかった。

でも、いつかは衝動が抑えられなくなる。その時は絶対に、いつか来る。

その時が来たら、躊躇わず私は自分が昏睡することを選ぶだろう。


衝動を抑える方法はない訳じゃない。

ただ、その衝動を抑える方法が、「吸血鬼だと知られながらも愛してもらい、その人の血を吸うこと」だから、そんな人と出会えるのは奇跡に近い。

血を吸われれば、命の危機を感じるのは当たり前のことだし、吸血鬼を脅威に感じてしまうのはわかるから。


私にはわかるのだ、吸血鬼だと知りながら愛してくれているのは誰かと言うことを。

この勘は、人を愛し、人に慕われ、人として生きた吸血鬼の先祖帰りしたからこそ得られたものだと実家の会社に所属しているとある研究者がそう言っていたことを今でも鮮明に覚えている。


だから、わかるのだ。

浅村は依存と恩を感じて、私が吸血鬼だと知りながら側にいてくれているから、この衝動を軽くすることしか出来ないことも。

弟達は、依存と親愛、何よりも家族への愛という感情が強いため、この衝動が来るのをひと月ふた月先延ばしにすることしか出来ないのもわかってた。

だから、遠回しに「自我がはっきりしているうちに昏睡させてくれ」と頼んだのに、自分の身を私に投げ出してでも止めると決意されてては、これ以上そうしてくれと頼むことなんて出来る訳がないじゃないか。


だから、せめて言わせてくれ。


「私が、吸血鬼だと知りながら愛してくれる人とすれば家族とお前のような友人以外ぐらいだ。その他で現れるとしたら、それは奇跡と言えるだろうね。そんな奇跡のような人が現れたとしたら、私はとんでもない幸運の持ち主だ。

前にも言ったからわかっているだろうけど、お前にも、弟達にも、お母様やお父様にも私の吸血症状を抑えることは出来ない。家族は私に似た血を持っているから、ひと月ふた月あの衝動を遅らせることしか出来ない。長年、側にいたから、他人だったとしても浅村のことを家族のように思っているから、その思考が邪魔をして、浅村の血を貰ってもあの衝動は収まらない。

だから、今のうちから言っておく。

いつかはあの薬の原液を打つ時が来ると覚悟しておいてくれ。年を重ねるごとに、あの薬の錠剤を飲まなきゃ、吸血症状を抑えることが難しくなってきてる。普段飲んでいる錠剤タイプは、原液とは違って、だいぶ効き目が半減してるからいつ効力が発揮されなくなってもおかしくない。

時期に、この錠剤も徐々に効かなくなっていくだろうな。弟達にも言っておいてくれ、生きていて欲しいと望んでくれることは兄として、人として嬉しく思っていると。だけど、私は誰かの命を奪うような事態を生むことを望んでないことを弟達にも、お前にもそれだけは忘れないで欲しい」


私の望んだ生き方がどんなものかを、お前に聞いて欲しかった。

私の望みは、「人として死ぬこと」だと言うことを本当は言いたかったが、直接的に言ってしまえば、また一悶着になりそうだったからな。誰かを犠牲にする事態を起こすことを望んでないと、本来の望みを表現を変えて伝えた。

浅村、君の願いは聞こう。だから、私のこの願いを聞いて欲しい。









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