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照れ隠しだとは言え、強気な彼の根は真面目だ。後々、気持ち悪いと言ってしまったことをうじうじと悩むんだろうから、今のうち気にする必要はないよと言っておかないと。
「浅村。……私はそれくらいじゃ君のことを見放したりはしないから」
気にするな、とあえて言わない。
言わなくても伝わると知っているから。
何も言ってこないのを見ると、その意味は伝わって照れ隠しをしているのだろう。現に、無言で診察室を開け、無言で男子高校生の診察をしているとなると、気持ち悪いと言ったことは内心反省していて落ち込んでいたのだろう。
……本当、感情を顔に出すのが苦手だよな、浅村は。でも、嬉しい時は無言になり、苦しい時ほど気丈に振るまい、強気な発言が目立つのが浅村と言う男であることを私はよく知っている。
「浅村」
苗字で呼んでみたが、
「栄養失調が酷いな。点滴を打つか。
熱が出たのは……、インフルエンザの可能性もあるから調べるな」
営業モードでスルーされてしまった。
……いや、違うな。これは集中して気付いてないだけだろうなぁ。
診察しているんだから、集中していて呼んでいることに気づかないのも、当たり前のことか。
普段、不安に感じていることを態度には見せない浅村だから、その不安さが爆発してしまわないか心配だが……、浅村が職場に私情を挟むことはないだろうから、手先は狂うことはないだろう。
下手に悩んでいる話を振って、浅村の手先を狂わせたくはないからな……とそう考えながら、ぼんやりと診察が終わるのを待った。
しばらく時間が経ち、インフルエンザの検査の結果が出たらしい。
……保険証、彼が持っているか怪しいからなぁ。持ってないと、診察料と薬代はいくらくらいかかるんだろう? 手持ちのお金で足りるだろうか?
ぼんやりとそう考えている私に、浅村は淡々とこう告げた。
「インフルエンザではなかった。
栄養失調と、熱風邪だな。とりあえず出来る処置はしておいたし、今日はここに泊まることを勧める。
診察は出来ても、薬は店が閉まっているからだしてやれんし、お前の家に帰しても良いけど、容体が急変しても困るしな。
診察料だが……、今は請求はしない。彼の意識が戻ってから持ちものに保険証があるか確認しよう。制服とは言え、財布くらいしまえるところはあるだろうしな、それを確認してからでも遅くない。お前は金銭関係の借りを作ることを好まないことを良く知っているからな、支払いを必ずすると確信してる」
その一言に、今はその言葉に甘えるのが一番良い選択なんだろうな。
「了解。そんなに信用されると、裏切れないよ。……裏切るつもりはないけど」
そう答えれば、浅村は少し照れくさそうにはにかむように笑った。
久しぶりにその笑い方を見たような気がして、私もつられるように微笑み、
「重症じゃないなら良いんだ……。
体調が戻るまで面倒を見た後、身元の確認しに行こうと思う。幸い、知り合いに警察官がいるからな、この後、話を通しておく。
それはともかく、さっきから様子がおかしいぞ。どうしたんだ?」
彼の今後について話した後、さっき聞けなかった話を切り出せば、浅村はあからさまに動揺したようにわかりやすく肩を揺らした。
そして、何事もなかったかのように私の診察へ移ろうとしたが、こうなったら私が話をそらすことはないと分かっているのか、話さないことを諦めたのか、大きなため息をついた。
「彼と、別れました。
彼は俺とは違って、女性を好きになれる。だから、二人で話し合って、別れた方が良い関係に戻れると言う話になったんです。
俺も、彼も納得した決断なんです。……なんですけどね、生き過ぎた友情を恋愛だと勘違いしたとは思っているんですけどね、やっぱり好きだったことに変わりはありませんから少しショックで。
でも、別れた後の方が良い関係になれたと思います。しばらくは、こう落ち込んでしまいますけど、自分で選んだ決断ですから、辛いわけではないんです。……ただ」
ただ、その続きをなかなか言わない浅村。
珍しいな、しばらく浅村の敬語を使うのは。
いつぶりだろう? 私が傍観者であることを心掛けるようになってからか。
あの時の私はまだ、純粋だった。
そんな私は二度と取り戻せないけれど。
あの時の浅村は、私に対して徹底して敬語を使っていたっけなぁ。懐かしい。
あの時の浅村は……、私にこう強気に話しかけてはくれなかったから、あの時に戻りたいとは思わないけど。
ああ。あまりにシンキングタイムが長過ぎて、余計なことを思い出してしまった。
後はなにも考えず、浅村の気持ちが固まるまで待つとしよう。
だって私は大切な人に関しては、傍観者になりきれない未熟者だから。