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「浅村病院ならとっくに閉まってんだろうよ、連れて行くなら救急病院の方が良いんじゃないか、にいちゃんよ」
本当、お人好しで優しい人だな。
そう考えながら私は、
「浅村は私の知り合いなんですよ。
腐れ縁でしてね、こうして無茶を言える仲なんです。浅村の腕も、患者への姿勢も、人柄も信用出来ますから」
にっこりと微笑みながらそう言えば、
「そりゃそうだ、浅村病院の院長は優秀で有名だからな。知り合いとなれば尚更、信用出来るだろうよ」
と、大きく口を開けて笑って、おじちゃんはそう答えてくれた。
その言葉に、私はそうですねと声色を変えずに答えたが、内心は浅村以外の医者には見て欲しくないとそう考えていた。
知り合いだから、信用出来るんじゃないんだ……。浅村だけが最後まで……いや、今はまだ思い出せるほど傷が癒えていない。
今更、あのことを深くまで考えても、気が病むだけだ。やめておこう。
「もうそろそろ着くぞ、にいちゃん。
また、おじちゃんのタクシー、乗ってくれよな。にいちゃんと喋ると、おじちゃんは心が安まるよ」
そう言ったおじちゃんの言葉に、落ち込みかけた気分が上がり、何も繕いなしに自然と微笑むことが出来た。
そして、自然と、
「私もおじちゃんのタクシーで過ごす時間は、気の休める時間です。
おじちゃん、長生きしてくださいね」
普段なら、表情を作ってしまいながら言ってしまう言葉を、不思議とありのままの自分で伝えることが出来て。
今の時間だけは、偽善者の自分じゃなかったような気がした。
おじちゃんと過ごす時間はいつもあっと言う間だ。公園から浅村の病院まで、30分も掛かるのにまるで瞬間移動したかのように着いてしまった。
そのことに毎回不思議に思いながらも、今日も笑顔でおじちゃんにいつものように別れを告げて、男子高校生を起こさないように慎重に浅村病院の階段を登れば、玄関で浅村が出迎えてくれた。
「お人好し、さっさと患者を見せろ」
つれない言葉付きで。
言葉は確かにつれないが、腕は確かだし、あまのじゃくなだけで、動物の感動ものを見て泣いてしまうくらいに純粋で優しい奴なんだ。
だから、信用出来る。
天才医師と一言で世間では済まされてしまうが、腐れ縁だからよく知っている。ここまでくるためにどれだけ努力して、苦労してきたのかを。
どうして医者になり、どういう姿勢で患者と向き合っているのか知っているから。
だから、多少、言葉が悪いのは多めに見て欲しいものだ。だが、世間体を考えて一応は注意をしておく。
「もう少し、その毒のある言葉をオブラートで包んでおけよ。
私なら良いが、患者にもそんな言葉だと怖がられるぞ。特に子供にな」
大人しく、浅村の後をついて行きながらそう言えば、痛いところを突かれたのかあからさまに浅村は肩を揺らす。
……その様子じゃ、もう怖がらせちゃったようだな……。
もう少し早くから注意しておくべきだったかとも考えていると、浅村が、
「患者には気をつけるようにしてる。
……そんなことよりだ、お前の診察もついでにするぞ。もう、薬も切れる時期だろ? 薬が切れると大変だからな」
そう言ってくれたことに、私はニヤニヤした。……心配してくれてるくせに、ついでなんて言っちゃって。
可愛い奴め〜!
だから、浅村の悪い癖である多少の言葉遣いなど気にならないのだ。
ニヤニヤしていることが気に食わないのか、ふんっと鼻を鳴らして、
「ニヤニヤするな、気持ち悪い!」
……気持ち悪いと言われてしまった。
まあ、照れ隠しなのはバレバレだけど。