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巨神機兵の契約者 ―破滅のオーメン―  作者: Super Soldier
第2章 魔神の産まれた日
9/32

8話 白銀の天使

 いつの時代にも戦いには存在する。

 だが、戦う理由は様々だ。


 名誉のため、地位のため、金のため、正義のため、復讐のため、そして神のため。


 ハウゼンたちの《種族》は《復讐》のために戦う。

 世界の敵として、世界から虐げられ続けた恨みを晴らすために。

 自分たちが味わってきた苦しみを敵に味あわせるために。


 彼らは全身を甲冑に、顔には表情の無い鉄仮面を嵌め、穴があけられた目元から赤く発行する眼をのぞかせる。

 その怪しげな煌きはシーザーの目の輝きよりもはるかに強かった。

 

 

◇◇

 


 シュナイゼルがハウゼンの部屋の扉をあけ放つと、そこは静寂に包まれていた。


 敵襲だというのに慌てふためく兵士たちの声が聞こえない。


 既に出払ったのだろうか?

 僕はその考えがすぐに過ちだったと気づかされる。


 部屋を出ると、武装した兵士たちが隊列を成し、整列していた。

 時折、轟音が玉座の間を震撼かせ、頭上から土埃のようなものが落ちてきても兵士たちはピクリとも動かず、声もあげることなく、ただ、並んでいた。


(ほう)


 これがこの世界の軍隊か。

 

 僕の心に浮かんだのはそういう言葉だった。


 兵士たちは全身を重厚な甲冑で包み込み、顔には表情のない鉄仮面を身に着けていた。

 そして鉄仮面に空けられた二つの穴からは異様に煌く赤い眼。

 僕の目よりもずっと強い赤の光を放ち、人ならざる何かを感じさせた。


 そんな不気味な雰囲気を纏った騎士たちが剣を顔の前に掲げ、ただ沈黙を保ち、整列している。

 僕は今まで軍隊というものを目にしたことはない。

 実際に戦いに赴く前の兵士たちの姿など平和な国で育った僕に見る機会があるはずもない。

 

 でもわかる。このハウゼンの率いる軍隊はどこか異様だと。

 

「兵士たちよ。ブランの子らよ」


 そこからハウゼンの演説が始まった。

 人の顔を見てニヤニヤするだけだった禿老人が初めて軍人としての顔をのぞかせて兵士たちを鼓舞する言葉を逞しい声色で紡いでいく。

 

「今日という日を忘れるな。我らブラン人が苦難の谷を越え、苦悩の山を越え、繁栄の園にたどり着いた日だ」


 そして再び頭上から重くのしかかるような轟音が空間に響き渡る。

一拍の間を置いてハウゼンは演説を再開した。


「敵の軍勢を撃滅せよ。我々は自らの主義と、尊厳をかけて戦い続けてきた。だが、《奴ら》は偽物の神の言葉を語り、我らを邪悪な存在として死に追いやってきた。しかし、肉体は滅ぼせても我らの魂まで滅ぼすことはできない。長きに渡る雌伏の日々は終わりを継げ、反撃の狼煙が空高くまで昇るだろう」


 ハウゼンは自信ありきにそう宣言し、そして僕の入ったランタンを兵士たちに見えるよう頭上に掲げた。


「我らは古代の力を手に入れたのだッ!」


おおッ――!!


 玉座の間に兵士たちの咆哮が満ち溢れた。

 彼らが探し求めていたものが手に入ったからだ。

 僕という、ただの醜い金属の球体を。


 兵士たちはハウゼンの演説を聞き終えると玉座の間から出撃していく。

 押し寄せてくる敵を迎撃するためだ。


(この世界じゃまだ、銃器はないみたいだな)


 兵士達が手にしているのは剣や槍や弓など時代遅れも甚だしい武器ばかりだ。

 この遺跡に置かれていた機械類からはそれなりに科学力が進んでいるのかと思ったけど、武器や防具に関して言えば中世時代のものばかり。


科学技術は殆ど発達していないようだ。


「敵は聖典騎士団の天馬騎空団。あの数で足りるでしょうか」


 出撃していく兵士たちの背中を鋭い目つきで見送りながらシュナイゼルがぼそりと呟いた。


「無理だろうな」


 と、ハウゼンは即答だった。


「敵の戦力はなにも《天馬騎空団》のみではない。ヘクトリア王国軍もこちらに向かっている筈だ。ブラン兵といえど支えきれん」

「最悪のタイミングで、最悪の敵(聖典騎士団)が来てしまったのですね」


 と、シュナイゼルは相変わらずの無表情で言った。


「そうでもないさ。むしろ、こうも絶妙なタイミングで事が続くとあの予言をいよいよ信じたい衝動に駆られてしまうよ」

「《予言》ですか?」


 シュナイゼルの顔は明らかに予言を信じていない顔だった。

 信じるに値しないものだと最初から決めつけている。


 しかし、ハウゼンは真逆だった。


「ああ、だからこそ彼を《あれ》のところへ連れて行こうと思っている。《あれ》のところへね」


 《あれ》ハウゼンは嬉しそうにその言葉を繰り返しながら僕の収まっているランタンを撫でる。


「では向かいますか?」

「ああ、そうしよう」


 どこへとは言わず、ハウゼンは僕を伴って歩き出した。


『ははは、楽しくなりそうだな、シーザー』


 そして陽気なこいつは僕の頭上から僕の目を覗き込んでくる。

 相変わらずギザギザの口で歪な笑みを浮かべながら。


(全く、冗談じゃない)


 どうしてこうも訳の分からないことが次々と起こるんだ。

 


◇◇



 その頃、外の世界では戦いが始まっていた。

場所は荒れ果てた荒野に聳える山、ハンマーベルと呼ばれたかつての鉱山の麓でだ。


「天馬騎空団だッ!射落とせッ!」


 麓からブラン兵達の怒鳴り声が響いてくる。

彼らは弓を空に向け、次々と矢を放っていく。

だが、それは太陽を背にした騎士たちに届く前に勢いを失い、虚しく落ちて行った。


 空を大きな鳥が飛んでいる。

それも複数の影が。


だが、次の瞬間には影が空から地上へと急降下し、真白な閃光を煌かせながら兵士の直上を飛び去った。


その直後、兵士の頭と胴は二つに分かれ、赤い液体を吹き上げる。


 兵士の首を刎ねたのは、白い毛並みのペガサスに跨り、白銀の甲冑を纏った騎士だった。空に見えた巨大な鳥はペガサスの影だったのだ。


 聖典騎士団が誇る精鋭特殊部隊《天馬騎空団》。

 それが今、ブラン兵達に襲い掛かっている。


 地上で無様にも矢を放ち、剣と槍を振り回すブラン帝国の兵士達。

それを、地上の獲物に群がる鷲のように、ペガサスに跨る騎士達が急降下と共に白銀の剣による一太刀を浴びせていく。 

回避のしようもない。

早すぎる。一瞬なのだ。


地上を走る馬と天を駆けるペガサスは見た目こそ似ているが本質はまるで異なる。

地球で例えるなら、天馬はこの世界の戦闘機だ。

戦闘機の急降下爆撃に弓と近接武器だけで武装した歩兵に何が出来るのか、想像にも容易い。


 山の麓にペガサス騎士に切り伏せられた兵士達の死体が積み重なっていく。


 普通の人間なら成す術もなく全滅だろう。

生きた人間の兵士なら、だが。


「あッ……グァ………あがぁ………」


 生きているブラン兵たちが突如として苦しげな声を上げ、ビクビクと体を動かし出した。

その背中に赤々とした魔法陣が浮かび、煌めいている。

そしてそこに黒々とした何かが空気中から吸い込まれているのが見えた。


「出たか」


 それを空高くから見ていた天馬騎空団の騎士達は確信する。

ここにはやはり、奴がいる。

《死霊の操者》の異名を持つ、ヴィルヘルム・フォン・ハウゼン大将が。


「ウオォォォォォォォ――――!!!」


 兵士たちが次々と咆哮をあげていく。

形が歪みながら、ぶくぶくと増大していく。

数秒後に出来上がったのは、もはや人とは呼べない異形の化け物だった。


身の丈は軽く二メートルを超え、異様なまでにやせ細った四肢と、肌が蒸発したかのようにむき出しにされた全身の赤黒い筋肉、首元まで裂けた口と鋭利に生えそろった牙、そして八つもの赤く煌く眼。


生きていた兵士たちは次々に同じような化け物へと姿を変えていく。


 悍しい。

 醜い。

 それ以外に表現のしようがなかった。


「哀れな。死霊化(デッドマン・ビースト)してしまってはもうもとには戻れまい」


 と空高くからその光景を眺めていた聖典の騎士がそう言葉を紡ぐ。

 だが、それは同情からではない。

 愚かさにあきれ果てていたのだ。


 あの男を守るために、あの男の玩具となり、人としての尊厳も捨て去り、悪霊に肉体をゆだねたブラン兵たちを蔑んでいるのだ。


 

 なぜなら、ブラン人は半神族。

聖典を信仰する者にとって、その種族は世界を歪める忌むべき存在だった。

故に、聖典騎士たちはブラン兵達に対し同情の心は無い。

一匹残らず狩りつくし、純白な世界を取り戻す。


 それが彼らの理想だった。

 彼らの信仰する神の理想だった。


 ハウゼンたちの敵は神のために戦う。

 神のために半神族を地上から駆逐する。


「行くぞッ!」


 聖典騎士たちはペガサスを駆り、急降下する。

白銀に煌めく刃で死霊化したブラン兵、死霊兵の首を狙う。


だが、激しい激突音と共に、ペガサスもろとも騎士は潰れ、死んだ。

死霊兵は長く伸びた腕のリーチを利用し、聖典騎士の剣が首筋に届く前に振り上げた拳でペガサスもろとも騎士を叩き潰したのだ。 


 だが、聖典騎士団の精鋭達はそんなことでは怯まない。


「「「うおぉぉぉぉぉぉッ!!!」」」


 ペガサスと共にわれ先へと降下していく。

彼らの信じる神は、勇気をもって戦う者を愛する。

たとえここで死したとしても聖戦に命を捧げた騎士達の魂は天へ召され、神からの祝福を受ける。

そして聖戦は次なる騎士達に引き継がれていくのだ。


 激しい剣戟の音と共に、幾体かの死霊兵の首が飛び、地面に崩れ落ちた。

それと同じように、ペガサスを駆る騎士達も死霊兵達の腕力に叩き潰された。


 だが次の瞬間には白銀の剣が煌めき、仲間を殺した死霊兵の首が飛ぶ。

しかしまた次の瞬間には、その騎士も死霊兵の振り下ろした拳に叩き潰され絶命する。


 死が容赦なく激しく交差する戦場。

 それこそが神の望む戦いなのだ。


「哀れだな」


 戦場のはるか上空にあって、ぼそりと呟かれる女の声。

 それは聖典を信奉する者としては珍しく、死霊化したブラン兵達に向けて放った言葉だった。

 忌むべき存在である半神族に慈悲の心を持つ者は少ない。

 しかし、彼女は違う。


女は手のひらを前に突きだすとそこに金色に輝く魔法陣を出現させる。


「せめて、安らかに眠れ」


 女の声は弔意に満ちていた。

 本心から彼らの安息を望んでいる。


「光の(シャイニング・ボルト)


 女が言葉を紡ぎ終えた直後、魔法陣から矢が飛び出した。

先端から矢尻に至るまで全てが神々しい光によって形成された光の矢だ。


空気を引き裂く轟音と共に、死霊化しているブラン兵達の胸に次々と突き刺さっていった。


「グアァァァァァ――!!」


死霊兵から断末魔の叫び声が轟く。

だが、胸を貫かれたというのに一滴の血も溢れてこない。

死霊兵の肉体は真白な光に包まれ、砂へと変わっていく。

最後はその形を留めることが出来なくなり、地面にバサァと広がった。


その様はまるで、悪霊に囚われていた兵士の魂を神が救済したかのような神聖さを思わせた。

それを皮切りに、上空から次々と光の弓が降り注ぎ、暴走する死霊兵達の胸を刺し貫いていく。


化け物と化したブラン兵達から次々と断末魔の声が上がる。

だが、死霊兵達は温かな光に包まれるとそれに身を委ねるように瞼を閉じた。

そしてその肉体はさらさらとした砂へと変わっていったのだ。


「カターリナ隊長」

「隊長が到着されたか」


 先ほどまで死霊兵達と死闘を繰り広げていた騎士たちはおもむろに太陽を見上げた。

傾きかけた夕日を背に、翼を広げる影を見る。


神々しい光の粒子をまき散らしながら気品にあふれる白い翼が雄大に羽ばたいていた。その姿はまるで天使のようだった。


カナエル・グム・カターリナ。


《聖典騎士団》が誇る特殊部隊の一つ《天馬騎空団》を率いる騎士の一人である。

彼女は金髪のショートヘアに、緑色の瞳をした色白の美しい女性。

だが、彼女は人ではない。

尖がった耳はエルフ族の特徴だった。


目を見張るほど白い法衣の上から銀の軽装鎧を身に纏っている。


「ヴィルヘルム・フォン・ハウゼン。貴様の犯した罪は万死に値する」


 ペガサスの騎士団を率いる女隊長、カターリナは氷のように冷たい美貌の下でハウゼンへの怒りを燻らせていた。


その彼女の周りには同じような格好をしているペガサス騎士たちの姿もあった。

カターリナの親衛隊であり、天馬騎空団の本隊だ。

人数はわずか10騎。顔は銀の兜をかぶって目元を隠している。


ブラン兵と交戦していた騎士たちよりも遥かに人数が少ないが、その質は彼らを凌駕する。ゆえに、少数にして本隊なのだ。


「貴様はどれだけ人の命を弄べば気が済むのだ」


 カターリナはただ独り言として呟いた。

だが、彼女の部下達はその言葉に、兜の中に隠れている目を鋭くさせる。


 眼下に広がる凄惨な光景。

 砂に帰した死霊兵達と、それらと戦い無残な姿になったかつての仲間。

 彼女達の心は怒りに満ちていた。


 《ローエン教皇領》に仕え、神のために戦う彼女達の信仰心は同じ神を崇拝する一般人よりも遥かに強く、敬虔だ。

神の教えに準じる者には寛大に慈愛を持って接するが、教えに反する存在に対しては一切の容赦もしない。

厚い信仰心が自分達の正義を信じさせ、いかなる残虐な行為をも冷静に行うことができる。


 そんな彼女達を人々は《聖典騎士団》と呼ぶ。

《ローエン教皇領》に古より伝わる聖典を守護する存在であり、同時に聖典に記された神の教えに反する者達を討伐する軍隊だ。

 そしてその構成員のほとんどはエルフ族であり、人間は極わずかしかいない。


 そしてエルフ族が率いる聖典騎士団は、半神族こそ神が忌むべき存在と信じて、戦い続けてきた。


 ハンマーベル山に現れたペガサスを駆る一団もまた《聖典騎士団》であり、彼らは騎士団長直轄の精鋭特殊部隊の一つ、《天馬騎空団》と呼ばれる存在だった。

天馬騎空団は全員、エルフ族で構成されており、《ローエン教皇領》にのみ生息している神聖な生命体、ペガサスを駆り、緊急即応部隊として世界中に展開できる能力を有している。

ゆえに、《神速騎士団》の異名を持っていた。


 だが、その構成員の数は聖典騎士団に存在する全ての特殊部隊と比べても非常に少ない。数にすればざっと200名程度であり、その人数が騎空団員の門の狭さを痛感させる。


 団員に求められるのは肉体面、精神面での強さはもちろんのこと、神のためならば死をも恐れない厚い信仰心が要求される。

これに武器を扱う一流の腕前があれば騎空団員を名乗ることが許された。

しかし、部隊の隊長、もしくはその親衛隊になるには人間が到達できるレベルでの最高位光魔術が使える必要があった。


 ハンマーベルに奇襲を仕掛けた天馬騎空団の先遣隊25名は通常団員であり、光魔術の心得は無い。

だが、今しがた到着したカターリナを含める本隊10名は最高位光魔法が扱える言わばトップガンだった。

先遣隊の騎士達が重厚な鎧に身を包んでいたのに対し、彼女達が法衣の上から軽装鎧を纏っていることからもその特別性が伺える。

彼女達は精鋭中の精鋭なのだ。


「ヴィルヘルム・フォン・ハウゼン。貴様は神を冒涜し、敬虔なる人々の生命を弄んだ。よって我ら聖典騎士団は貴様に死刑を宣告する」


 腰に差していたロングソードを引き抜き、切先を山肌から顔を覗かせる遺跡への入り口へと向けた。

この判決は教皇自らが宣告したものであり、聖典騎士団は教皇の声となり、手となり、罪人に判決を言い渡し、刑罰の執行を行う。


 カターリナは《大戦争》以前からハウゼンと戦ってきた。

 戦場で彼女はハウゼンの残虐な行いの数々を目の当たりにした。

 彼は人を娯楽で殺している。

 そして捕虜を、罪なき民を玩具にして弄んだ。


 その中にカターリナの家族もいた。

 後に遺体は見つかったが、それはもうカターリナの知っている人ではなかった。

 無理やりに悪霊を体の中に捻じ込まれ、ぶくぶくと膨れ上がった醜いアンデットと化し、家族であるカターリナに襲い掛かってきた。


 家族同士で殺し合わせる。

 それはハウゼンの趣向だった。

 

 許せない。

 カターリナはハウゼンの怒りを胸に、襲い掛かってきた家族、最愛の弟を手にかけた。

 そしてハウゼンに復讐を誓ったのだ。


 《ローエン教皇領》が聖典教最大の敵と定めた《死霊魔術(ネクロマンシー)》の最高位の使い手、ブラン帝国軍大将、ヴィルヘルム・フォン・ハウゼンを必ず葬り去る、と。

 だからこそ彼女は執拗にハウゼンの首を狙い続けてきた。


 しかし、狡猾なハウゼンに天馬騎空団は幾度となく追跡を振り切られ、その都度にカターリナは煮え湯を飲まされてきた。

だが、ハウゼンがハンマーベル山で古代遺跡の発掘を行っているとの極秘情報を入手し、ここまでやってきた。

そしてハンマーベル山周辺で強力な魔力の波動を察知し、ハウゼンの居場所を突き止めたのだ。


 今日の犠牲も含めて今まで大勢の仲間を失った。

今回も逃げられてしまったら再び犠牲を払ってハウゼンを追わなくてはならなくなる。

そしてまた多くの罪なき人々の命が奪われる。

なんとしてもここで奴を打ち取らなければならなかった。


「隊長、あちらを。ヘクトリア王国軍です」


 隣の部下に促され背後を振り返って見る。


 荒れ果てた荒野の向こうに大軍の姿があった。

 鎧に身を包み、ヘクトリア王国旗を掲げる軍団。

 馬上の騎士たちは煌びやかな甲冑に身を包み、凛と馬首を連ねている。

 だが、そんなのは一部に過ぎない。

軍団の殆どは歩兵によって構成されており、彼らの身を包む甲冑はどれも錆びて手入れの行き届いていないものばかり。

 隊列も組まれておらず、統率すらとれていない様子だ。


 その軍こそ、列強の一国と名高いヘクトリア王国の軍隊だった。

こちらに向かってきている兵団はおよそ3000人。


「来たか。遺跡への突入は彼らに任せよう」

「よろしいのですか?」


 ハウゼンを討ち取るのは我らの使命、と部下が迫るがカターリナはそれを制する。


「既に我らは騎士を失った。聖典を信奉する敬虔な者を」


 眼下に転がる死体は15体。

 死霊兵を相手にして、先遣隊の半数以上を失ってしまった。


 だが、外に転がるブラン兵の数からして遺跡内部にも残っている筈。


「犠牲を抑えるためにもヘクトリアの軍勢に戦ってもらおうじゃないか。それに、奴らごときでは死霊兵に敵わない」

「我々は背後から援護と称して死霊兵を討ちつつ、犠牲は最小限に」


 それは聖典騎士団が一世紀に渡り、半神族と戦う時にとってきた戦法である。

 人間は次から次へと代わりが産まれてくる。

 しかし、エルフ族がその構成員の大多数を占める聖典騎士団ではそうはいかない。

 半神族を地上から根絶させるためにはまず自分達が生き残る必要があるのだ。


「だが、私は最前線で戦う。《天使の代行》としてな」

「隊長、御みずからが?」

「ああ、そうだ。私が道を示す。そしてあの忌々しい老人の首を刎ね、私の不甲斐無さのために死んでいった騎士たちへの手向けとする」


 天使への変身、光系変身魔術の最高位に属する《天使変化(エンジェル・ビースト)》。

その使い手であるカターリナはその力を戦場にて示すと心に誓っていた。



◇◇



 遺跡正面を突破したヘクトリア王国軍と聖典騎士団の連合部隊は半球状にくり抜かれた山の内部へと突入した。


 カターリナの予測通り、ブラン兵達は内部にもまだ多く残っており、戦いは広大な空洞の中で繰り広げられた。

 ブラン兵達の数はおよそ300人。

 ヘクトリア王国軍の十分の一といったところだった。


「突撃ッ!!」


 ヘクトリア王国軍の指揮官が騎士達に突撃を命令する。


 一斉に角笛の音が鳴り響き、突撃陣形を組んだ騎士達が突撃を開始した。


―うおぉぉぉぉぉぉぉッ!!―


 その動きに一切の乱れはない。

 だが、その後ろに続く歩兵たちの動きは鈍重だ。

 全く訓練を受けていない者の動きであり、手にしている剣や槍すら真面に扱えていない。

 

 対するブラン帝国軍は騎士から歩兵に至るまで精鋭だった。

 槍隊を前面に集結され、何重にもわたる防御の布陣を取る。

 その背後には弓隊が控え、突撃してくるヘクトリア騎士達めがけて矢を放った。


 二つの軍が激突し、剣戟の音が空洞に響く。


 カターリナと彼女が率いるペガサスの騎士たちはくり抜かれた山の中の高い位置からそれを見下ろしていた。


「ダメだな」


 と、カターリナはぼそりと呟いた。


 突撃を仕掛けたヘクトリア軍が、岩にぶつかる水の如く、ブラン帝国軍の陣に弾かれていた。

 ブラン兵達は戦い慣れしている。

 彼らは末端の兵に至るまで精鋭だ。

 農奴に武器を持たせて戦わせているヘクトリア軍とでは質が違い過ぎる。


 だが、300対3000。

 ブラン兵と数の暴力をいつまでも支えきることは困難だった。


「そろそろだな」


 と呟いたちょうどその時、それは起こった。


「ウオォォォォォォォ――――!!!」


 ブラン兵が咆哮をあげ、形を歪ませながら変身している。

 死霊化(デッドマン・ビースト)だ。

 ヴィルヘルム・フォン・ハウゼンによって施された死霊術によって、彼らは自らの意志で悪霊と融合し、強大な力を得ることができる。

 その代わり、魂は闇に捕らわれ、身も心も永久に化け物のままだ。

 

 死霊兵の出現によってヘクトリア軍が浮足立った。

 

 化け物の拳骨にヘクトリア王国軍の指揮官の一人が立派な甲冑ごと叩き潰され、肉片と化したからだ。

 ヘクトリア軍はそれだけでパニックに陥った。

王国の騎士達は即座に態勢を立て直し、隊列を乱すことなくアンデットに突撃するが、雑多な歩兵たちはわれ先にと逃げ始めている。

 中には果敢にも挑む者もいたが、槍を、剣を、弓を使っても死霊化しているブラン兵には歯が立たなかった。

死霊兵達は暴走列車のようにヘクトリア王国軍の中へと殴り込み、屍の山を築いていく。


「行くとしよう」


 勝敗は早くも決した。

 ヘクトリア王国軍にハウゼン揮下のブラン帝国軍の相手をさせるのは荷が重すぎたようだ。


 カターリナは白銀の剣を抜き、顔の前で構える。

 整った瞼を閉じ、澄んだ声で言霊を紡いでいく。


―勇気をもって戦う者を神は愛する―


―真実を見つめ、力無き者を守れ―


―それが死につながるとしても―


―決して死を恐れるな―


 カターリナの全身から真白な光があふれ出す。

 温かく、慈愛に満ちつつも、正義を彷彿させるような純白さを持つ光。

 

後光とはきっと、このような光を言うのだろう。

 カターリナ揮下のペガサス騎士たちは敬意と羨望の眼差しで彼女を見た。


 神に祝福された者のみが許される天使への変身。《天使変化(エンジェル・ビースト)》の担い手を。

 

―アクシアッ!(我に価値あり)―


 カターリナが声を張り上げると、滲み出ていた純白の光が急速に膨張した。

 彼女の愛馬もろとも包み込んだ光はより一層の煌めきを放つ。


 第二の太陽が神殿を白く浮き立たせた。

 ヘクトリア王国軍もブラン軍も、そして死霊兵たちでさえも光の方向を見た。


 真白な光の中から翼の生えた騎士が現れる。

 純白の羽根を広げ、白銀の甲冑に身を包むその姿はまさに天使。

 体躯は三メールはあろうかという巨体。

 手には白銀の剣と、白銀の盾。

 カターリナは天使になったのだ。


『いくぞッ!』


 天使からカターリナの凛々しい声が響いてくる。

 彼女は白い翼をはためかせ、一気に戦場へと降りていく。


 目指すはブラン軍の先頭を走る死霊兵の群れ。

 白銀の剣を構え、その一団へと切り込んだ。


 眩い閃光が迸る。


 人間と死霊兵の境に立つ、巨大な天使の体躯。

 振り抜かれた刃は一切の穢れを帯びていない。

 だが、天使の前に立つ死霊兵はその肉体を真っ二つに切断されていた。


―ウオォォォォォォォッ!―


 死霊兵から断末魔の声が上がる。

 聖なる力に触れた亡者は光包まれながら砂と化した。


 そこで天使は再び剣を眼前に構え、祈った。


『天よ、神よ、哀れな魂は御身のもとに』


 敵であり、死霊兵にもなった名もなきブラン兵。

 本来なら弔意すら表す価値もない、《生きるに値しない命》。

 

 しかし、カターリナは敵味方の区別はなく祈る。

 故に彼女は天使に魅入られたのだ。


『願わくは彼らに救済の慈悲があらんことを』


 聖典より遣わされし天使は哀れな魂を救済すべく白銀の剣を振るう。


 

◇◇



「外が静かになりましたね」


 一団の先頭を歩くシュナイゼルがつい先ほどまで続いていた戦闘音が聞こえなくなったことを指摘する。

彼の後ろには数名の鎧姿の兵士が続き、最後尾をハウゼンとランタンに閉じ込められた僕が続いていた。


 どこへ向かっているのかは知らない。

 でも、感覚的に神殿の奥へと進んでいるような気がする。

 巨大な柱が何本も連なる広々とした道をまっすぐに歩いていた。


「外は勝負がついたか」


 ハウゼンがさも当然、と言わんばかりにニヘラとした。

 神殿の外では彼の兵士達が果敢に戦っていた筈だ。

しかし、戦いの音が聞こえなくなったということは全滅したということだ。

 それに対して指揮官たるハウゼンは何の感情も抱いていない。


(とんだ爺さんだ)


 あれほどの演説で兵士たちを鼓舞しておきながら、全滅しても心を痛めるそぶりも無い。

 まあ、そういう奴だろうとは思ってたけどね。


(にしても、大丈夫なのか?)


 外の戦いでこちらの軍が敗れた。

 なら、敵軍は直ぐにここまで押し寄せてくる筈だ。


「ま、問題なかろう」


 とハウゼンは独り言のように呟いた。

 何がどう問題ないのか全く理解できないが。

 そもそも、僕達はいったいどこへ向かっている。


「ふふふ、シーザー君。もうすぐ面白いものを君に見せてあげられるよ」


 そうハウゼンは僕に向かって言ってくるけど、そんな事より僕を逃がしてほしい。

 そもそも僕はこの戦いに無関係なんだから。

 

(それにしても……)


僕は本当に異世界に来てしまったんだな。

 それも《悪霊》になって。


 認めないわけにはいかない。

 この姿が何よりもの証拠だ。

 でも、これから先、どうすればいい?


 もしハウゼンが戦ってる奴らが悪霊とかにも容赦しない奴らだったら待っているのは死だ。

 悪霊である僕が死ぬのかはわからないけど。


 ただ相手は、玉座の間にあれだけいた数の兵士たちを全滅させてしまうような奴らだ。

 仮にそいつらが僕の敵に回ったとしてどうやって生き残る?


『大丈夫だって、心配するな』


 とレギオンが言ってくるが全く安心できない。

 どう考えても抗う間もなく一蹴されて終わりだろ。


 生き残るには何か手を考えないと。 


「着いたよ、シーザー君。ここが目的の場所だ」


そう言われ、ふと前を見てみるとそこにあったのは巨大な門だった。

 極太の門柱によって支えられたその門をブラン兵達が押し開いていく。


(敵が迫ってるのに逃げないのか?)


 ここは最後の砦だ。

 ここに立てこもり、最後まで抵抗する腹積もりなんだろう。

 つまり、これは巨大な棺桶だ。

 僕達のね。


「さて、ここに立てこもれば少しは時間を稼げるだろう」


 やっぱり。

 勝てない相手に攻め込まれて、唯一の出口は制圧された。

行き場を無くした僕達に残されているのはこの頑丈そうな門のある部屋に立てこもることだけだ。

 

 危機的状況じゃないか。

 でも、今更、どうすればいい?

 

「これから何が起こるのかとても楽しみだよ」


 ハウゼンは相変わらず焼けただれた頬を吊り上げ、不気味な笑みを浮かべた。

 出来れば顔の目の前まで僕の入ったランタンを持ち上げるのやめてほしい。

 今は醜い老人の顔を眺める気分じゃないんだ。


 誰が好き好んで焼けただれた笑顔をドアップで見なきゃいけない。



 門が兵士達の手によって開けられると、僕達は中へと入った。



◇◇



 籠城のためにやってきた、巨大な門に守られている部屋。

 古代の神殿らしく、石の壁に苔でも生えているようなものを想像していたが中はまるでイメージと異なっていた。


 黒い……。

 とにかく黒い。


 外の神殿とは雰囲気がまるで異なる黒い空間。


 床も、壁も、天井も、全て黒い石でできていた。

 鏡面になるほど研磨された黒い石で造られた部屋。


そして、床、壁、天井には何本もの細い溝が彫られており、そこから真赤な光が溢れている。

血のような赤い光だ。


「我々もこの部屋に使われている石が何なのかわかっていないんだ」


 僕が興味深そうに床を見ていると、ハウゼンがそう話しかけてきた。


「詳しく調べようと思って回収しようとしたが駄目だった。石は驚くほどに硬く、どんな道具を用いても傷一つ付けられなかった」


 だ、そうだ。


 でも、僕の視線は既に不気味な石で出来た床や壁ではなく、部屋の奥へと向けられている。


奥は暗くてその全貌を見ることはできないが、巨大な球体のようなものが宙に浮いていた。

完璧な球ではなく、卵のような形をしている。

壁や床と同じ材料で出来ているのか、赤黒い。

そして巨大な球体は何にも支持されていないのに宙に浮いているのだ。


『ははははは』


 と、ちょうどその時、またレギオンが笑い出した。

 とても乾いた笑い声だ。


(こいつ、何がそんなに楽しいんだ……)


「どうかしたかね、レギオン君?」

『いや、別に』


 と、レギオンは口ではいいつつも部屋の奥を凝視していた。

 暗がりの中に浮く、巨大な球体を。


「あれが気になるかね、シーザー君?」


 と、僕の入ったランタンを顔の高さまで持ち上げて、ハウゼンは微笑んだ。

 そしてその正体を明かそうともせず、コツ、コツ、と部屋の奥へと進んでいく。


 そのすぐ後ろをシュナイゼルがぴったりと張り付いてくる。

 

「あ……」


 と、振り返った僕とシュナイゼルの目が合った。

 でも、彼は僕をまっすぐに見つめたまま目を反らそうとしない。

 

 僕に対して何か悪い感情を抱いているわけでは無いらしい。

でも、表情が殆ど無いため何を考えているのかはさっぱりだ。


 だからか思わず、僕の方が目を反らしてしまった。

 その時、彼の腰に先ほどまで無かったある物が目についた。

 

《剣》だ。


 真白な鞘に、金のラインが不思議な文様を描いている、中二病心をくすぐりそうなイカした外観の剣。


 でも、いつの間に腰に差したんだろうか?

 ハウゼンの自室からここまでずっと一緒だったけど腰に剣を差す姿を見ていない。

 まあ、常にシュナイゼルを見ていたわけじゃないけど。


 それから僕は視線をシュナイゼルの剣から僕達が入ってきた門へと向けた。


部屋の奥と門の間には意外と距離がある。

 

兵士達が門を閉じ、敵が来るのを警戒しているが遠目に見えた。


『ふ、ふふふ、ははは』


 と、彫刻から目を反らしているとまたレギオンが小さな笑い声をあげる。

 なんだ、気味悪いな。

 彫刻がそんなにおもしろいのか、と改めて振り返ると


 ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!


 心臓の鼓動のようなものが聞こえてきた。

 でも、当然、僕のではない。

 ハウゼンのものでも、レギオンのものでも、シュナイゼルのものでもない。

 だとすると


(まさか……)


 目の前に浮かぶ、巨大な石で出来た球体から聞こえてきているのことになる。


「そう、これは生きているのだよ」


 ハウゼンは赤い瞳を異様にギラつかせながら、宙に浮く謎の巨石を見上げた。


次回 魔神の産まれた日

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