6話 ブラン帝国の将軍
ヴィルヘルム・フォン・ハウゼンという名前の老人がいた。
彼はブラン公国の名門貴族出身であり、闇魔術に関して天才的な素養を持っていた。
彼の生家が十数代続いた闇魔道の名家であることを考えれば彼が天才としてこの世に生を受けたのも当然のことと言えるだろう。
ハウゼンが成長すると彼の名はたちどころに国内外に知れ渡った。
だがそれは彼が天才であったからではない。
彼が自らの知的探究心を満たすために行った実験が原因だった。
ハウゼンは闇魔術をより優れた物とするために人体を使った魔術実験を行ったのだ。
生きた人間に悪霊を憑依させる実験。
死した人間に悪霊を憑依させ、アンデットとして復活させる実験。
妊婦を対象にした、胎児と悪霊を融合させハイブリット種を産みだす実験。
ハウゼンは強力な闇魔術で祖国に数えきれない勝利を齎し、それで得た捕虜や占領地の民衆を実験のモルモットにしたのだ。
つまり、魔法版のマッドサイエンティスト。
その残虐な行いは敵国にも知れ渡り、憎悪の対象となった。
同国人ですらハウゼンを危険視したほどである。
しかし、彼には実験を続けなければいけない理由があった。
知的探究心を満たすのも勿論、理由の一つに挙げられるが、それ以外にも、彼は愛する祖国と自らが属する種を守るという崇高な目的があった。
公国には多くの敵がいた。
公国を滅ぼし、ハウゼンの種族を絶滅させようとしていた。
それを阻止するためにも実験は必要だったのだ。
彼の実験は結果的に成功した。
ブラン公国の軍事力は高まり、襲い掛かる敵を幾度も撃退した。
そして公国は帝国となり、大公は皇帝となった。
ハウゼンもまたブラン帝国軍の将軍となり、同時に、帝国の大公爵という地位を得るに至ったのだ。
だが、全ての危機が去ったわけでは無い。
ハウゼンの種族には多くの敵がいる。
帝国を守るにはより強大な力が必要だった。
ブラン帝国皇帝、カザリウス一世はハウゼンを帝都に召還し、失われた武装術式、《Armed》の復活をハウゼンに命じたのである。
◇◇
ヴィルヘルム・フォン・ハウゼン 視点
私の名はヴィルヘルム・フォン・ハウゼン。
ブラン帝国軍大将にして、大公爵の地位を皇帝陛下から賜りし者だ。
私は昨今、皇帝陛下より招集され、とある極秘命令を賜った。
それは帝国領内に点在する古代レイヴァン帝国の遺跡を調査し、文明の失われた《力》を手に入れることだ。
なぜ古代人の力を欲するのか。
力を欲する理由など無くても欲しがるのが業というもの。
だが、強いて理由を挙げるならば戦争に勝利するためだ
今、帝国は列強に包囲され、滅びに瀕している。
奴らは我ら《半神族》を恐れるあまり、種そのものを絶滅させようと画策していた。
神の血をひく我らを。
残念なことに、その目的はもう半ばまで達成されてしまっている。
ブラン帝国はユーロピア大陸東部のレイヴァン地方に存在する。
レイヴァンという地名はかつてここを本拠にしていた古代帝国の名を冠していた。
かの地方には半神族が治める大小86の国が存在し、レイヴァンの地と半神族の血を守り続けてきた。
だが、一世紀前に始まった《大戦争》が全てを変えた。
エルフと人間の連合軍がレイヴァン地方への侵略を開始したのだ。
この動きに86の国はブラン公国を盟主に連合を組み、応戦した。
私もブラン公国の魔術騎士団長として従軍し、劣等種共と戦ったのだ。
全ては偉大なるレイヴァンの地を守るために。
だが、我々は戦いに負けつつある。
原因は圧倒的なまでの戦力差だ。
人間族の軍は倒しても倒しても沸いてくる。
人間は個人個人の実力は大したことはない。
だが、奴らは短い期間に増殖し、以前よりも数を増して攻めてくる。
エルフ共はそんな人間族の軍を盾にして我らを攻撃してきた。
人間の代わりはいくらでもいるが、エルフの代わりはいない。
人間は丁度いい身代わりといったところだろう。
しかし、半神族に代わりはいない。
この100年の間にレイヴァン地方の東部に存在した27の国が奴らの手に落ちた。
占領地域に住んでいた半神族は殺されるか、奴隷として売り飛ばされた。
そして神聖な我らの大地に人間族の入植者たちが入り、我が物顔で暮らしている。
そんなこと、許せるはずが無い。
レイヴァンの地は我ら半神族の土地だ。
半神族だけの、半神族のためだけに存在する土地だ。
それを《劣等種》である人間とエルフ風情に奪われるなどあってはならないことだ。
あの狂信者共の策謀に屈すなどあり得ない。
レイヴァン地方で生き残った59の国は連合して《ブラン帝国》を建国し、皇帝には連合の盟主であり、我が主君でもあるガザリウス大公が即位された。
そして帝国はガザリウス新皇帝の下、反攻作戦を画策。
半神族の存亡をかけた戦いの準備に入っている。
しかし、今の所、勝算は薄い。
人間は次から次へと湧いてくる。
エルフ共は未だ多くの戦力を温存したままだ。
戦いに勝利するには決定打がいる。
敵を瞬くまに殲滅できるだけの力が。
だからこそ皇帝陛下は、私に古代人たちの力の復活を命じられた。
古代レイヴァン帝国が生み出した武装術式、《Armed》を。
それだけが半神族を滅亡の運命から救うことが出来る。
古代レイヴァン帝国とは4000年前に滅亡した、我ら半神族の帝国だ。
一度は世界を支配したとされる大帝国であり、伝説によれば、帝国は発達した機械文明と高度な暗黒魔術を有していたという。
そして、その掛け合わせによって生まれたのが《Armed》なのだ。
ただ、Armedは4000年前に存在していた謎の力。
その詳細に関してはまだ多くの事が謎に包まれている。
それを解き明かすために我々は古代帝国の遺跡を調査した。
レイヴァン地方は古代帝国の本拠地であったとされ、領内には数多くの遺跡が存在する。
他にも、レイヴァン帝国によって直接支配が行われていた土地には古代遺跡の存在が確認されているた。
が、他の地域へ行くためには敵の勢力下を通過しなくてはならないため、現状で我らが調査できるのはレイヴァン地方の遺跡のみだ。
我々はその中に、《Armed》を復活させるための鍵があることを願い、調査を続けた。
そして領内の遺跡を探索していたある日、我々は《一定の成果》を上げることに成功する。
ブラン帝国の首都、ノイヴァンシュタインの地下に古代遺跡を発見したのだ。
そこには古代人たちが残したとみられる巨大な壁画が存在し、そこから多くの有益な情報を得ることが出来た。
古代レイヴァン人達はArmedを《悪霊》と、それを宿すための《外殻》から作っていた。
宿された悪霊もまた《Armed》と呼ばれ、その外殻、及び憑依した物は総じて《Qliphoth》と呼ばれていたらしい。
そしてArmedは憑依したQliphotoを操り、自らの意思で強化、成長する生きた兵器であることもわかった。
しかし、これらの情報からArmedが今の戦局を左右できるほどのものかどうか、その確証は得られなかった。
Armedを復活させてみるしかその実力の程を知る方法は無い。
幸いにもそのヒントとなるものが壁画に描かれていた。
壁画には古代人の予言も描かれており、その内容は、帝国の滅亡から4000年後、古の皇帝、レイヴァンの魂が《Armed》として復活し、《千年帝国》を築き上げる、というものだった。
壁画にはArmedとして復活したレイヴァン皇帝と、彼によって操られる《鋼の軍隊》が世界を征服する様子が描かれている。
この予言が正しいかどうかはわからない。
こうなってくれればいい、と願いはするが。
今は予言云々よりもまず、《Armed》を手に入れることが先決だろう。
壁画には皇帝復活の地として、レイヴァン地方の南西端に位置するハンマーベル山が記されていた。
山の麓には遺跡が隠されており、そこで皇帝と《Armed》を復活させるための何かがあるとのことだ。
我々はすぐにハンマーベル山へと向かった。
◇◇
ハンマーベル山はレイヴァン地方の南端に位置している。
そしてここは、我らと戦争状態にある人間の国、ヘクトリア王国の支配下となっていた。
既に大勢の人間の入植者がこの地に入り、レイヴァンの大地を我が物顔で歩いている。
許せないことではあるが今は堪えるしかない。
我々はひそかに領内へと潜入した。
我ら半神族には文字通り、人間の血が半分、流れている。
そのため、特定の容姿を除いては人間族と大差がない。
だから人間のように振舞っていれば我らが半神族だとばれることは無いのだ。
そして潜入後、間もなく、我々は目的の場所を発見することに成功した。
遺跡は壁画に記されていた通り山麓に存在した。
最初はただの山肌だと思っていたが、我々が傍を通ると突如として大きな揺れが起こり、崩れた山の中から遺跡の入り口が現れたのだ。
まるで私達の到着を見計らったかのように。
予言は本当なのかもしれない、とわずかに興奮を覚えた。
だが、それは遺跡へ足を踏み入れた瞬間、新たな興奮によって上書きされる。
山の内部には半球状にくり抜かれた巨大な空洞があり、その中央には神殿が聳え立っていたのだ。
測量したところ、空洞は正確な半球状をしており、明らかに人工的に造られたものだった。だが、それは現在の技術力では到底、成しえない神の御業だ。
そして数日後には神殿の最深部で見たことのない古代装置を発見する。
そこは真っ暗な半球状の部屋。
床には古代の召喚魔術の魔法陣が描かれ、部屋の中央には無数の管に繋がれた古代装置が置かれていた。
それを見て私は直感した。
これこそがレイヴァン皇帝を復活させるための古の装置なのだ、と。
私は帝都からハンマーベル山に発つ時、皇帝陛下からある物を預かった。
それは赤黒い金属でできている、謎の球体だ。
その表面には文字とも模様ともわからない謎の羅列がびっしりと彫り込まれ、球体の正面と側面に穴があけられていた。
皇帝陛下はこれを《Qliphoth》だと仰っていた。
古代レイヴァン帝国皇帝、レイヴァンが自らの復活のために用意した魂を宿すための器。
それをなぜ陛下がお持ちだったのかはわからない。
だが、神殿で見つけた古代装置は中央に小さなくぼみがあった。陛下からお預かりした謎の球体はそのくぼみにぴったりとはまり込んだのだ。
こんな偶然があるだろうか。
いや、偶然にしては全てが出来過ぎている。
誰かの掌の上で操られているような錯覚さえも覚える程に。
といっても、調査はここでいったん、壁に突き当たる。
古代人たちの装置には動力が供給されておらず、稼働しなかったのだ。
さらに悪い事は続き、山麓の崩落を知ったヘクトリア王国が調査のために偵察隊を送り込んできた。
王都に遺跡のことを知らされるわけにはいかなかったため、偵察隊は皆殺しにした。
だが、偵察隊が未帰還となれば代わりが次々とこの地に送り込まれ、いずれは遺跡のことも知られてしまうだろう。
そうなればヘクトリア軍が大挙してここに押し寄せてくる。
そして《Armed》と、遺跡で発見したあ《あれ》が薄汚い劣等種共の手に落ちてしまう。
私達は術式の復活を急がねばならなかった。
焦る我々の前に奇跡が起こったのはそれからすぐのこと。
遺跡の動力が突如、動きだし、古代装置が稼働を開始したのだ。
理由はわからない。
我々は何もしていない。
だが、予言にあった皇帝の復活とは今なのだ、と確信した。
私は導かれるように古代装置に皇帝陛下から賜った金属の外殻をはめ込んだ。
すると、古代装置が唸り声をあげ、召喚を始めたのだ。
装置から赤黒い煙が噴き出した時は、歓喜に心を震わせた。
皇帝が《Armed》として復活し、ブラン帝国は再び大帝国への道を歩み出すのだ、と。
そして煙の中から、あの金属の球体を外殻にまとい、輝く赤色の目を持つ《Armed》が姿を現したのだ。
「この戦争、勝ったぞッ!」
私は目の前の球体を見て、そう叫ばずにはいられなかった。
次回 Qliphoth