28話 巨神機兵 ヴィシュヴァカルマン
「ここは……」
気づくと、僕は歯車の世界にいた。
右を見ても、左を見ても、上を見ても、下を見ても、歯車がかみ合い、ぐるぐるとまわっている世界。
それはまるで機械時計の中にもぐりこんだかのような光景だった。
だが、シュナイゼルとナイトフォース伯爵の姿が無い。
彼らはどうなったんだろう?
『ようこそ、我がマキナ(機械)の世界へ』
と、背後から声がする。
ずっと僕に話しかけてきたあの声だ。
振り返ると、そこには銀色の球体がぷかぷかと浮いていた。
中央には赤いクリスタルがはめ込まれ、ボディーには角ばった形の模様が掘り込まれている。
『おおッ!やはりッ!』
と、突然、銀色の球体が大声を上げ、赤いクリスタルが口調にあわせてピカピカと点滅した。
いきなりの大声でこっちまでビックリする。
「な……なに……?」
『4000年ぶりに誰かがやってきたかと思えば、《独裁官》ッ!
貴方でしたかッ!いつの日か貴方が必ず帰ってくると信じておりましたッ!!』
銀色の球体はかなり極度の興奮状態に陥り、ビュンビュンと凄まじい勢いで僕の周囲を回り始めた。
まるで隅から隅までをくまなく観察するように。
『ああ、やっとッ!ああ、やっとッ!我が主が帰ってきたッ!!!でもその前に』
銀色の球体は赤いクリスタルからレーザー光のような僕を照射してきた。
『解析開始ッ!!!』
そしてまた、ビュンビュンと目まぐるしく僕の周りを周回する銀色の球体。
一体、なんなんだ、こいつ……。
『おおッ!なんとッ!外殻の内側を構成しているのは98%が魔力、1%がダークマター、残り1%が魂ッ!ディクタトルはいつから悪霊に!?
何時の間に生者をお止めになられたのかッ!?』
なんだか一人で暴走して、訳が分からない。
こっちから喋りかけようとするも、銀色の球体は混乱したようにあちらこちらを飛び回って一所に落ち着こうとしない。
あだーこだーとわけもわからないことを喚きながら暴走列車の如く走り回っている。
『全く、相変わらずだな。ヴィシュヴァカルマン』
と、その時、僕の頭上に乗っかっているレギオンが声を発した。
『おおッ!貴方様はッ!貴方様はッ!レギオン様ッ!!!
まさか、まさか貴方まで悪霊になっているとは、絶対、一体、何が起こったというのでしょうかッ!?』
この二人、知り合いだったのか?
『ヴィシュヴァカルマン、こいつの名はシーザー。《独裁官》の外殻を持つ者だ』
『おお、《独裁官》ッ!?』
銀色の球体の頭上に「!!」が浮かんだ。
と思った次の瞬間には僕の眼前にシュシュシュンッ!と飛び込んできたのだ。
ここまで顔を近づけられたのはハウゼン以来だろう。
『おおッ!道理でッ!道理でッ!
ディクタトルとの契約が4000年前から切れたままだと思っていたら、そういうことでしたかッ!!
このお方が新たな《独裁官》ッ!!それも悪霊ッ!!』
銀色の球体の中央に埋め込まれている赤い宝石がギラギラと赤く煌めいている。
よほど興奮しているらしい。
「一応、僕は《巨神機兵》らしい。レギオンに言われただけだからなんとも言えないけど」『《巨神機兵》ッ!!なんとも懐かしい響きッ!ディクタトルと共に造り上げたレギオンの巨神機兵は我が最高傑作ッ!!
ああ、あのころは本当に楽しかったッ!!』
「あの機械の騎士は君が造ったの?」
『勿論ですッ!!』
と、銀色の球体がゴツンとボディーをぶつけてきた。
『シーザー。こいつがヴィシュバカルマン。
《(機械仕掛けの脳)マキーナ・アスタトロ》の力を持つ巨神機兵だ。
帝都の守護神でもあった。
ただ、レイヴァン皇帝が死ぬと彼の命令に従い地下への道を封鎖。
そしてヴィシュバカルマン自身も帝国の知識と技術の一部を持ってこの《マキナ・ホール》に逃げたんだ』
「ヴィシュヴァカルマン、マキナ・アスタトロ」
なんか、長くて覚えにくい名前……。
『左様ッ!我こそがヴィシュヴァカルマンッ!
レイヴァン皇帝によって産みだされた最高傑作の巨神機兵の一つッ!』
「それはさっき聞いた。それよりも助けてほしいことがある」
『助け、でございますか?』
ヴィシュヴァカルマンは僕の目の前で静止したまま急にうるさかった口を閉じる。
そしてしばらく考え込むようにクリスタルをゆっくりとした周期で明滅させた。
『わかりました。
貴方がそう仰られるのでしたらお力をお貸ししましょう』
意外にもあっさりと了承してくれた。
『で、何をお困りで?』
「今、レイヴァンシュタイン城に大軍が押し寄せてきている。
奴らを迎撃したい」
『なるほど。して、敵軍の数は?』
「20万」
『ほう、たった20万?
それぽっちの戦力でレイヴァンシュタイン城に攻めてくるとはよっぽどバカな奴らですな』
「君は城そのものを操れると聞いたが、奴らを倒すことができるか?
言っておくが、城は4000年前に帝国の敵によって破壊され、以降、誰も手入れをしていない荒城になってるぞ」
『特に問題はございません。
どのみち、城の手入れは私めの仕事ですから、ちょうどいい機会です。
久々にアウターヘブンに戻ってお城の手入れもしてしまいましょう。
そのどこの誰かもわからないバカどもの相手をしながら』
―かの者は歯車に心奪われし者―
ヴィシュヴァカルマンは突然、詠唱を始め、スイッチが切り替わったかのように全身から神妙な雰囲気を醸し出しながら赤いクリスタルの光を強くする。
―かの者に血潮はなく、命の脈動は歯車の回転と共に生み出される―
―かの者は心無き歯車の王―
―かの者は歯車の世界でただ一人、この世の全てを学ぶ者なり―
―かの者は歯車で出来ている―
詠唱を終えた瞬間、僕の目の前を赤黒い稲妻が駆け抜けた。
ヴィシュヴァカルマンから放たれた雷撃は彼の足元に魔法陣を形成する。
赤黒く、形の定まらない稲妻の魔法陣。
そこから銀の歯車が現れた。
歯車の中にはさらに三つの歯車がかみ合い、静かなる回転を生み出している。
その不思議な歯車は、磁力に引き寄せられるように、稲妻を放つヴィシュヴァカルマンへと向かい、彼と一つになった。
バチンッ!
赤黒い閃光が目の前で爆発する。
視界が戻ってきた時、僕が見た者は、真赤に輝くクリスタルの眼、角ばった装飾の施された銀の球体、そのすべてが一つの歯車の内径にすっぽりと収まっていた。
それはつい先ほど、ヴィシュヴァカルマンが魔法陣より呼び出した、内側に三つの歯車を持つ歯車。
彼の本体と三つの歯車が融合し、大きな歯車の内径に嵌っていたのだ。
『さあ、独裁官。戻りましょう』
今まで聞いてきた中で一番、神妙な声色で告げるヴィシュヴァカルマン。
赤いクリスタルの輝きは強すぎもせず、弱すぎもせず、しかし、確かな輝きを放っている。
僕はこうして新たな巨神機兵を仲間に加えた。
◇◇
ヴィシュヴァカルマンとの契約を終えた直後、マキナの世界は消滅し、僕達はもとの遺跡に立っていた。
ヴィシュヴァカルマンを伴って。
「シーザーッ!」
声がして振り返ると、そこにはシュナイゼルが立っていた。
地面に落ちている僕を慌てて拾い上げ、僕の赤い眼を覗き込んでくる。
「大丈夫だったかい?
いきなり黒い何かに視界を奪われて、気づいた時には君だけがいなくなってたんだ」
「本当に心配しました」
ナイトフォース伯爵もやってきて、僕の頭にブリアオレスを被せてきた。
彼もどうやらマキナの世界には取り込まれなかったようだ。
僕とレギオンだけをヴィシュバカルマンが選んだ、ということなのだろう。
「で、シーザー殿。そちらの方が?」
ナイトフォース伯爵が僕の後ろあたりを指差した。
振り返ると、そこには予想通り、ヴィシュヴァカルマンがプカプカと浮いていた。
真赤に輝くクリスタルの眼、角ばった装飾の施された銀の球体、そのすべてが一つの歯車の内径にすっぽりと収まっているという独特の形をした巨神機兵だ。
「彼がヴィシュヴァカルマン。
知と工芸を司る巨神機兵で《(機械仕掛けの脳)マキーナ・アスタトロ》とかいう力を持っています」
どんな力かはまだよくわかってないけどね。
「ヴィシュバカルマン。
こっちの世界に戻ってきたわけだけど、この城を稼動させることは出来るんだね」
『無論にございますッ!是非、私めにお任せあれッ!』
ヴィシュヴァカルマンは相変わらずの大声で怒鳴りながら、顔を突きあわせてくるように金属のボディーをぶつけてきた。
『貴様、我が主になんたる非礼』
その行動にブリアオレスが反応してヘルメットから一本の黒い影が伸びてくる。
『おおッ!こちらもArmedでしたかッ!お初にお目にかかるッ!私は―』
「自己紹介はいい。ブリアオレスもいい。今は時間が無いんだ」
連合軍は動いている。
もう一刻の猶予も無い。
「ヴィシュヴァカルマン、直ぐに城の稼働準備に入るんだ。
それとブリアオレス、君にもやってもらいたいことがある」
ここで僕達がガザリウス一世と練り上げた作戦について説明する。
ヴィシュヴァカルマンを従えた後は、レイヴァンシュタイン城の防衛兵器をいつでも稼働できる状態で待機させる。
これが第一段階。
次にレイヴァンシュタイン城の東西南北の全ての門を解放し、敵を城内に誘導する。
これが第二段階。
そして城内に敵が満ちてきたところで城の全防衛兵器を稼動させ城内の敵軍を殲滅。
これが第三段階。
敵が突然の出来事に浮足立ったその隙を見逃さず3000のブラン兵がヘクトリア王国軍へと切り込み、司令部を目指す。
これと時を同じくして、バンロックの丘に待機していたガザリウス一世指揮下の9000が丘を一気に駆け下りてヘクトリア王国軍の背後を急襲。
これが第四段階。
そしてレイヴァンシュタイン城は城門を閉じ、城外の敵軍を攻撃しつつ、3000のナイトフォース部隊を掩護。
これによって敵軍を城から引き剥がし、同時に各軍の連携をバラバラにする。
ここまで来ればガリアス、ハルメルの両国軍は形勢不利と見て撤退するはずだ。
そしてその時にこそレギオンを巨神機兵に変身させて戦線に投入する。
標的は撤退するガリアス、ハルメルの両軍。
そこで多くの損害を与えることができればブラン帝国への再度の侵攻の意志を挫くことができる。
これが僕たちの立てた作戦だ。
そして作戦の成功率をあげるためにもブリアオレスを戦線に投入する必要がある。
『私を戦線に?』
だが、ブリアオレスは不満そうだった。
「嫌なのか?」
『我が務めは主を守ること。離れていては守ること叶わず』
「僕にはレギオンがいるから大丈夫だ」
彼の実力はハンマーベルで確認済み。
彼を倒せるほどの敵がいるとは思えない。
『いいから行って来いって。シーザーは俺が守ってやる。
ヴィシュヴァカルマンもいるから安心して暴れてこい』
と、レギオンもブリアオレスの説得に当たるが、あまり気のいい返事はくれなかった。
ただ
『我が君命ならば、致し方なし』
とだけ。
『その代わり、私めに甲冑を用意していただきたい』
「甲冑?人の甲冑でいいのか?」
『無論。我は騎士。戦場に出るのであれば晴れやかな装束を』
なるほど。
見た目を気にするあたりは確かに気高い騎士団長様というわけか。
「わかりました。こちらで甲冑は用意いたしましょう」
とナイトフォース伯爵が申し出てくれる。
「ありがとう伯爵。ブリオアオレースはナイトフォース伯爵と共にヘクトリア軍に切り込むんだ。
そして敵総司令部を見つけ、司令官を捕虜にしろ。
ただ、捕まえるのが難しかった場合は殺していい」
『御意』
ということで、ブリアオレスには僕の頭から離れてもらい、ナイトフォース伯爵の手に渡ってもらう。
「では後は皇帝陛下の書簡通りに」
こうして作戦会議は終わり、いよいよ実行に移る。
でも
「シュナイゼル、君も行くのか」
シュナイゼルも戦う気、満々と言った感じで父について行こうとしていた。
「うん。僕もブランの騎士だ。父上と共に戦場へ出て、帝国のために戦う」
「よく言った、我が子よ」
と誇らしげにナイトフォースが笑った。
(子供なのに戦場へ出るっていうのか)
確かに、城に飛び込む時に機械仕掛けの騎士に変身したのは見た。
あの騎士が何なのかはよくわからないけど、あれが加われば大きな戦力になるだろう。
今は子供であるとなかろうと戦力は多いに越したことはない。
「では、シーザー殿、ご武運を」
ナイトフォース伯爵は軽く会釈すると、僕達に背を向け歩き出す。
自分の兜を脇に抱えるようにブリアオレスを抱えているのがちょっと面白かった。
「シーザー、また後で」
シュナイゼルは小さな手を僕に差し出してきて握手を求めてくる。
悪霊の僕に握手なんて出来るのかな、と思いながら手を差し出し、握ってみると
「君の手、温かいね」
シュナイゼルは僕の手を握ってみせた。
ただ、僕にはその感覚があまり伝わってこない。
どうやら、僕の悪霊の手は温かいらしいけど。
「シュナイゼル、気を付けて」
「ああ、大丈夫。勝利の勝鬨を挙げて帰ってくるよ」
なんとも危ないフラグが立ったような気がする。
本当に、気を付けろよ。
シュナイゼルは僕を装置の脇に置くと、先に歩き出した父に並び地下の遺跡から出ていった。
「さて、後はヴィシュバカルマン、君次第だ。城を起動してくれ」
『御意ッ!』
ヴィシュヴァカルマンは遺跡の中央に置かれている装置、円錐の頂点を平たく潰したような形をしているその頂点に降り立った。
すると、そこに半球状の窪みと歯車上の溝が現れて、ヴィシュヴァカルマンがすっぽりと収まってしまった。
『レイヴァンシュタイン、起動ッ!』
ヴィシュヴァカルマンの赤いクリスタルの目が赤々と輝きだし、遺跡内部の石材のつなぎめから漏れてくる光が一層、強くなる。
そして足元から地響きのようなものがしてきて、巨大な何かが動き出す音がした。
ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトンとまるで巨大な歯車がかみ合い、回転しているかのような。
「さあ、ヴィシュヴァカルマン。狼煙をあげるんだ。反撃の狼煙を」
その狼煙を持って、ブラン帝国軍が戦の幕を開ける。