27話 レイヴァンシュタイン城夜戦 後編
「これはナサフ殿。かようなところでいかがなされましたか?」
ナサフ?
聞いたことのない名前だが、兵士達が敬語を使っているあたりそれなりの地位にいる人だろう。
「なに、司令部からの帰りに敵軍の様子を眺めに来たところだ。
それよりも、君の御父君はどこの騎士団に所属しておられるのかな」
物腰が大人しく、紳士的な雰囲気を纏った誰かが馬から降り、荷車に近づいてくる。
「私はヘクトリア王国の騎士団長と親しい。
君のお父さんの所属を教えてくれれば、私がその部隊のいる陣まで送ろう」
やばい。
おそらく、そう思ったのは僕だけじゃないだろう。
一瞬で周囲の空気が重くなった。
まさか、ヘクトリア王国の公爵が出てくるは思わなかった。
「あ、えと、その……」
ここまで上手くごまかしてきた女性陣達もどうすればいいのか言葉に詰まる。
「どうした。父親を探しているのだろ?
なら、どこの騎士団に所属しているかぐらいは知っている筈だ」
知るはずもない・
今のはシュナイゼルが機転を利かせてでっち上げた出たらめだ。
仮に間違った名前を言えば一発で嘘だとばれる。
(これはもう、無理だな)
できればもう少し距離を稼いでからにしたかったが、しょうがない。
「ブリアオレス、準備しろ」
『御意』
敵が剣を抜く素振りを見せたら一気に樽から飛び出して周りの奴らを殲滅する。
そしたら全速力で城まで駆け抜ける。
「わ、私ッ!」
と、シュナイゼルが一際大きな声を上げた。
「パパがどの騎士団かは知らない。
でも、パパがもしもの時のためにって言って、剣を置いていってくれたの。
何かの紋章がついていて、私にはよくわからないけど」
シュナイゼルはパタパタと走りだし、荷車によじ登り、僕の隠されている樽のところまでやってきた。
そしてパカリと蓋を開けると真っ直ぐに手を伸ばしてくる。
シュナイゼルは金の装飾が施された白い鞘を掴むと詠唱を開始した。
―その騎士は忠義の徒、神聖の申し子―
―幾たびの戦にて不敗―
―常勝の剣と、必中の弓を持ち―
―戦の光となるものなり―
「その子供を止めろッ!」
とナサフは何かに勘付き、声を張り上げる。
だが、もう遅い。
「《騎士変化》、《純白の四脚騎士」
全ての詠唱を終えた瞬間、僕の視界が純白の光に覆われた。
あまりにもの眩さに目が眩み、失明するのではと思う程。
だが、光が収まり、シュナイゼルの身に何が起こったのかを目の当たりにしたとき、僕は頭をハンマーで殴りつけられたような衝撃を受けた。
「これは……」
樽の開け放たれた口から見えたのは、巨大な純白の四足騎士。
ケンタウロスのように下半身が馬で、上半身が人。
そしてそのすべてが機械と、磨き上げられた真白な装甲、そして鮮やかな金の装飾に彩られている。
「な、なんだこいつッ!」
「ば、化け物ッ!」
荷車の周りから兵士達の逃げる足音が聞こえる。
「シーザー殿」
そこへ密偵の女性の一人が両手を樽の中に突っ込んできて僕を引き上げる。
そのまま僕は女性の胸に抱かれ、そしてその女性を純白の騎士が持ち上げた。
他の三人も同じく手の中に握りしめる。
『駆け抜ける。掴まって』
騎士の頭部からシュナイゼルの声が響いてきた。
やはり、この騎士は彼なんだ。
直後、凄まじい風が僕たちに吹き付けてきた。
突風が吹いたのではい。
僕たちが突風になっていたのだ。
純白の騎士は見事な曲線を描く四本の脚を屈指して大地を疾走した。
まるで重力など存在しないかのような軽やかな動きで敵軍の陣中を突破していく。
レイヴァンシュタイン城の城壁はもう目の前だ。
『飛ぶぞッ!』
とシュナイゼルが宣言した直後、四足の騎士が宙を舞った。
大きく飛び上がり、20m級の城壁をいとも簡単に超えてしまったのだ。
城壁の内側に着地し、ようやくその疾走が止まる。
だが、純白の騎士を直ぐにブラン帝国軍の騎士達が取り囲んできた。
「貴様ら、何者だッ!」
「どこの者か名乗れッ!」
見たことも無いであろう巨大な騎士の乱入にブラン帝国の騎士達は浮足立っていた。
だが、一歩間違えればそれが殺意へと変わり、こちらに襲いかかってきかけない。
『待ってくださいッ!僕の名はシュナイゼル・フォン・ナイトフォース。
オズウェル・フォン・ナイトフォースの嫡子ですッ!
皇帝陛下からの書簡をお預かりしていますッ!』
そこまで言ってシュナイゼルは僕達を地面に下ろすと自身の変身を解いた。
騎士が真白な粒子となって消滅し、そこから一人の美少女(本当は男)が姿を現す。
金髪ロングのカツラをその場に投げ捨てると、変身したときに握りしめていた純白の剣を兵士達に向かって突き出した。
「この剣はナイトフォース家に代々、伝わる宝剣です。
この剣に誓って僕は貴方達の敵ではありませんッ!至急、父にお取次ぎをッ!」
まだ小学生を卒業しきっていないぐらいの少年に騎士達は圧倒され、言葉に詰まった。
だが、その騎士達の中から間を縫うように、大柄で無骨な顔をした騎士がやってくる。
「シュナイゼルッ!あれはやはりお前だったかッ!」
純白の甲冑に身を包むその騎士は、金色の髪に、金色の口髭を生やした赤い眼の男。
屈強そうな肉体をしているのが甲冑の上からでもよくわかり、いかにもナイトフォースといった男だ。
「父上ッ!」
シュナイゼルが走り、騎士の胸に飛び込んだ。
「シュナイゼル、お前がどうしてここに?!」
一方の騎士は胸に飛び込んできた少年を見て驚きを隠せていない様子。
シュナイゼルはガバっと父親の胸から顔を引き剥がすと、直ぐに皇帝の印が押された封筒を取り出し、差し出した。
「父上、詳しい説明は後で。皇帝陛下からの御命令です」
ナイトフォース伯爵は直ぐに封を切り、手紙に目を通していく。
「なるほど、そういうことか」
騎士達に見守られる中で手紙を読み終えた伯爵は息子の頭を優しげな手つきで撫で
「よくやってくれたな、ありがとう」
と息子を褒め称えた。
そして彼は直ぐに僕へと視線を向け
「シーザー殿。お初にお目にかかる、オズウェウ・フォン・ナイトフォース伯爵です。
我が子がお世話になったようで。
皇帝陛下からの書簡は拝見いたしました。
直ぐに準備を整えますので、一先ずは城内に」
と、僕達は荒廃したレイヴァンシュタイン城の城内へと招かれた。
その一方で、ナイトフォース伯爵に率いられた騎士達が慌ただしく動き出した。
「作戦はここからが本番だ。レギオン、案内を頼むよ」
『まかせとけ、シーザー。お前を必ずあいつのところに連れてってやるよ。
このレイヴァンシュタイン城を操る《巨神機兵》、ヴィシュヴァカルマンの所にな』
◇◇
ガリウス、ハルメル、ヘクトリアの連合軍に動揺が広がっていた。
純白の騎士が包囲の輪を踏破してレイヴァンシュタイン城にたどり着いたという噂があちこちで囁かれだし、全軍が浮足立ち始めたのだ。
ナサフ公爵はガリウス帝国のカナウス公爵、ハルメル王国軍のティベリマス伯爵、ヘクトリア王国のサファイアヌス第一王子を集め緊急の軍議を開いた。
そしてナサフ公爵は即刻、総軍によるレイヴァンシュタイン城攻めを再度、具申したのである。
「皆様、事態は緊急を要しています。
ブラン帝国の手の者と思わしき純白の騎士が包囲の輪を突破して入城しました。
おそらくは城外のブラン帝国軍との連携を取るためと思われます」
それはつまり、ブラン帝国軍な何らかの反抗作戦の準備を進めているという証拠だった。
「だが、本当に事実なのか。
機械仕掛けの騎士が20万の包囲の輪を《踏破》したというのは」
ヘクトリア王国のサファイアヌス第一王子はハンカチで脂ぎった汗をぬぐいながら、信じられない、といった顔をしている。
事実、彼の考えは当たっていた。
シュナイゼルが変身した純白の騎士は20万の軍を《踏破》してはいない。
城壁のすぐ近くまで酒売りの少女に変装し、正体がばれたところで残された短い距離を駆け抜けたに過ぎない。
しかし、そのつい1、2時間前の出来事は誇張されてほぼ全軍に広がった。
ヘクトリア軍の陣中では、機械仕掛けの騎士が単騎でガリウス帝国軍を蹴散らし、城への入場を果たしたという噂が。
ハルメル軍の陣中ではヘクトリア軍が機械仕掛けの騎士に蹴散らされ、敵の入場を許したという噂が。
そしてガリウス軍の陣中ではハルメル軍が機械仕掛けの騎士に敗れ司令官が討ち取られたという噂が。
誰かが意図的に情報を操作して軍全体に動揺を誘っているのだとナサフは考えていた。
彼の予想もまた的中しており、酒売りや踊り子、娼婦に扮したブラン帝国軍の密偵が折を見て嘘の情報を流していたのだ。
だが、ナサフは敢えてその真実を暴こうとせず、敵の軍略に乗ることを選択した。
(機械仕掛けの騎士が包囲の輪を踏破したと信じれば、この能無し共も重い腰を上げるだろう)
その思惑のために、ナサフは嘘を交えて各軍の司令官に報告したのだ。
「今、レイヴァンシュタイン城を落とさなければ全て手遅れになります。
敵は単騎で大軍の包囲を突破できる強力な変身魔術の使い手を擁しております。
確認されたのはまだ一人かもしれませんが、今後、次々と姿を現してもおかしくありませんぞ」
各国軍の司令官たちはナサフからの報告をうのみにし、その額に冷や汗を浮かべていた。
一刻の猶予も無い。
連合軍はこの日初めて、レイヴァンシュタイン城への攻撃を決定した。
また、別働隊を編成してバンロックの丘に布陣するブラン帝国軍を攻めることも決め、この二つの命令は即座に実行に移された。
◇◇
「ふん、ゴミ共め」
マクベス司祭は相変わらず洒落た望遠鏡から戦況を観察していた。
四足の機械仕掛けの騎士。
それが城壁を飛び越えて中に入っていくのも、連合軍が今さらになって慌ただしく動き出したのも。
「今さらになって動いて何になる。
やはり、ゴミは何をさせてもゴミ。
そう思うだろ、我が友、チャリオッツよ」
マクベスが横を振り向くとそこにいたのは一匹のヒッポグリフだった。
身体の前半身が鷲、後半身が馬。
ローエン教皇領にのみ生息する生命体だ。
その背には鞍が取り付けられていた。
チャリオッツと呼ばれたヒッポグリフは鋭い嘴を主であるマクベスの頬に甘えるようにこすりつけてくる。
「こらこら、チャリオッツ。
間もなく出撃だ。
それまでに英気を養っておけ。
お前は我が友、騎士団の誉れなのだからな」
そしてその猛々しい面持ちを撫でてやった。
「失礼します、マクベス司祭」
と、そこで同じ白銀の甲冑に身を包んだ騎士が男の傍らに侍り、片膝を付く。
「騎士団の準備が整いました」
振り返ると、そこには同じようにヒッポグリフを引きつれた騎士達が並んでいる。
「ふん」
マクベスは高慢な笑みを浮かべ、配下の騎士達を一瞥した。
◇◇
バンロックの丘に布陣していたブラン帝国軍は既に戦闘態勢を整えており、騎士達は全て馬上にして皇帝からの下知を待っていた。
その騎士達の先頭で黒毛の馬に跨り、漆黒の鎧を身にまとっている騎士こそがガザリウス一世、その人である。
その手には先祖から代々、伝わる伝説の宝斧が握りしめられていた。
黒と紫色を基調したそれは、斧の持つ雑で暴力的なイメージとは一線を画した美しいフォルムをしており、重量級の武器でありながら優美な雰囲気を醸し出していた。
「ハウゼン、見よ。敵軍が動き出したぞ」
ガザリウス一世は脇に控えるもう一人の騎士、深い緑色の甲冑に身を包んでいるハウゼンに声をかけ、グランド・アクスで動き出した無数の松明の灯を指し示す。
「どうやら気づかれたようですな」
20万の大軍の灯の輪が狭まり、レイヴァンシュタイン城に接近しつつある。
ついに連合軍が城を攻め落とす決心をしたのだ。
また、本体から別れる形で別働隊がバンロックの丘を目指してきており、こちらは城外のブラン帝国軍を討つためのものであることがわかる。
「しかし、まだ城から狼煙は上がっていません」
ブラン帝国軍が敵軍めがけて突撃するのは城から狼煙が上がってからだ。
レギオンが言った、レイヴァンシュタイン城を操る巨神機兵、ヴィシュヴァカルマンが起動するまでは。
「我が軍は高所に位置している。
暫くなら下から連合軍の雑兵に攻められても持ちこたえよう。
むしろそちらの方が、血肉が躍る」
仮にシーザー達が間に合わねばブラン帝国は滅亡する。
そんな状況化にあってもガザリウス皇帝は涼しい顔で戦場を一望し、スポーツの試合を観戦するかのような興奮に包まれていた。
「久々に楽しい戦になりそうですな、陛下」
ガザリウス一世の脇に控える老人もまたこれから繰り広げられるであろう大戦争に胸を躍らせていた。
そろいもそろって狂人である。
◇◇
レイヴァンシュタイン城に入った僕、ナイトフォース伯爵、そしてその息子シュナイゼルはレギオンの案内により城の奥深くへと向かっていた。
僕を持ち運んでいるのはシュナイゼルだ。
「随分と歩いたけどまだ到着しないのかい?」
と、シュナイゼルは僕とレギオンを手の上に伴いながら尋ねてくる。
『まだだ。ヴィシュヴァカルマンはこの城の中枢にいる』
「その中枢ってどこにあるの?」
という僕の質問に
『地下だ』
とレギオンは短く応えた。
『この城の中枢は地下にある』
「地下ですか。しかし、地下へ通じる道などどこにもありません」
ナイトフォース伯爵はこの城を帝国東部の守りの要とすべく派遣され、城を占領した後は城内を隈なく捜索させたという。
だが、地下へ通じるような道は存在しなかった。
『道は存在しないんじゃない。閉ざされているだけだ。
ヴィシュヴァカルマンは皇帝の死後、帝国の知識と技術を守るため地下へ通じる全ての道を封鎖した。
そうするよう命令されていたんだ。
このレイヴァンシュタイン城は地下こそが本丸で、地上の建造物はおまけでしかない』
だそうだ。
「で、その地下への入り口はどこにあるんだ?」
『玉座の間だ。
かつてこの世界を支配した伝説の皇帝が座を設けていた場所に中枢への道が隠されている』
レギオンは普段からは想像もできない程、真剣な面持ちで質問に答えてくる。
それだけレイヴァンシュタイン城の地下に重要な物が眠っているのだろう。
「ここが玉座の間です」
荒れ果てた城内を歩くこと暫くしてようやく玉座の間の扉の前までたどり着いた。
扉は赤黒い金属で出来ており、そこに絵のようなものが彫り込まれているのだが、4000年の時の中で風化したのか、または意図的に削り取られたのか、その詳細を見ることが出来ない。
ナイトフォース伯爵が重い金属の扉を押し、玉座の間への道を開いてくれた。
扉が開かれると長年、誰も足を踏み入れなかった故のかび臭い空気が僕たちの頬をかすめてくる。
「酷い荒れようだな」
玉座の間に入ると、そこはもう家探しされた後のようにめちゃくちゃになっていた。
誰かが玉座の間を破壊し、略奪していったのだろう。
ノイヴァンシュタイン城の玉座の間よりかは広いスペースがあるものの、降り積もった埃と破壊され尽くされた家具、柱、壁などがこの城に起こったことを物語っている。
『所詮は飾りだ。また造り直せばいい』
レギオンはばっさりと玉座の間の荒れようを切り捨てると、先を急ぐよう催促してきた。
あのレギオンが、だ。
「確かに急いだ方がいいでしょう。
外が何やら騒がしくなってきました。
もしかしたら連合軍が攻め寄せてきたのかもしれません」
であれば急がなければ。
「レギオン、地下への道はどこだ」
『玉座の真後ろに壁がある。そこに地下への道が隠されてる』
レギオンの言った通り、玉座の後ろには赤黒い金属の壁があった。
壁には記号とも文字とも取れるものが刻み込まれており、僕はそれにデジャブを覚えた。
(これ、まさか)
僕の金属の外殻に刻み込まれているものと配列が異なるものの基本的には同じだ。
壁の中には僕の外殻にはない新しいものも刻み込まれているけど。
壁は中央に一本の真っ直ぐな亀裂のようなものが入っており、壁が左右ないし前後に開閉する造りになっているのは間違いない。
『シーザー、手を出せ』
「手?」
『出せるだろ、外殻の左右に開いてる穴から手を出して壁に触れてみろ』
シーザーに言われるがまま外殻の脇に空いている穴から悪霊の黒い手をだし、壁に触れてみる。
すると、壁一面に刻み込まれている文字や記号が一斉に赤く輝きだしたのだ。
―………………―
「ん?」
そして、今、何か聞こえた。
―………………―
また何か聞こえてくる。
音は壁のもっと奥から聞こえてくる。
なんだろう。
失ったはずの心臓がバクバクと脈打つような、不思議な感覚を覚えた。
何かが僕を呼んでいる気がする。
―……来い……―
そしてその時、壁の向こうから間違いなく誰かが僕を呼んできた。
頭の中に直接響いてくる、無機質な声。
まるで機械音声みたいに、生気がない。
―……こっちらへ……さあ……―
喋った……。
何かが僕を壁の中へいざなおうとしてくる。
ガチャンッ!
突如として大きな音が響き、何かが外れた音がした。
それに続いて、ゴゴゴという轟音が鳴り響き、壁が左右にスライドしていく。
「本当に地下に通じる道が……」
ナイトフォース伯爵は驚きの声を上げ、壁の向こうからは下へ続く階段が姿を現した。
「急ごう」
僕たちは松明の灯を頼りに階段を降りていく。
長い長いらせん状に続く地下への階段だ。
松明の灯がなければ何一つ見えないだろう深い闇と隣接する世界。
まるで奈落へと通じているのではないかと思う程の深みへと降りていく。
だが、この世界で夜が明けないことが無いように、無限に続くものなど存在しない。
階段はふと唐突に途切れ、僕達は半球状の空間に出た。
そして、地下の空間に巨大な遺跡を発見したのだ。
「これは」
「シュナイゼルも気づいた?」
シュナイゼルと僕は同時に気づいた。
似ている。
ハンマーベルの遺跡に。
「まさか、地下にこのような空間と建物があるとは」
ナイトフォース伯爵は驚きの連続に、目を白黒させていた。
彼らからすれば、地下に半球状の空間を作り、そこの遺跡を築くことなど神の御業に等しい。
いや、地球でさえも不可能だ。
『あの遺跡の中に、ヴィシュヴァカルマンがいる。
そしてレイヴァン帝国の知識と技術の一部もな』
「行ってみよう」
行くしかない。
僕たちは足早に歩き、遺跡の入り口に到着する。
そして中に足を踏み入れるとそこはやはり見覚えのある造形。
ハンマーベルの遺跡の中の造りまでよく似ていた。
そして僕たちがレギオンに導かれたたどり着いたのは、ハンマーベルでレギオンの巨神機兵が保管されていたのとまったく同じ部屋だった。
門を開くと、正方形をした空間が見えた。
そこは全てハンマーベルと同じ、赤黒い研磨された石で出来ている。
つなぎ目から漏れる赤い光も同じ。
だが、中央には巨大な装置が根を生やしていた。
「あれは」
円錐形の頂点を潰して平たくしたような形の装置が部屋の中央に鎮座し、装置から無数の配管が床に向かって伸びている。
床に接続された配管がどこへ伸びているのかはわからないけど、その装置がこの遺跡と密接に繋がっているのは明らかだ。
『あれだ』
「え?」
『あれが、ヴィシュヴァカルマン。レ
イヴァン皇帝の頭脳にして、彼が産みだした最高傑作のArmedの一つ。
知と工芸を司る者、《(機械仕掛けの脳)マキーナ・アスタトロ》』
部屋の中央に置かれ、遺跡と配管によって繋がっている機械こそがヴィシュヴァカルマンだという。
装置の正面には何かをはめ込むタイプの鍵穴があることに気づいた。
細長い鍵を差し込むのではなく、平たくて独特な形状の溝に合うタイプをはめ込んで回転させる仕様だ。
掘られている溝の形状はなんだか歯車に似ている気がする。
―……御手を……さあ……―
また、声が聞こえてきた。
目の前の装置から声が聞こえてくる。
『聞こえてるんだろ、シーザー。指示通りに手をかざせ』
さっきから聞こえてくる声はレギオンにも聞こえていたらしい。
だが、ナイトフォース伯爵もシュナイゼルにも聞こえていないようだ。
僕は指示通り、右手を外殻に空いた穴からだし、鍵の部分に置いてみる。
すると、手が僕の意思と関係無しに溶け出すし、鍵をはめ込む部分に広がっていった。
溝の部分を全て満たすと鍵が急にぐるぐるとまわりだし、カチャン、という音があたりに響く。
まるで鍵が開いたような音だ。
鍵の溝を満たしていた僕の手だったものはそのまま本へと吸い込まれ、無くなってしまった。
その瞬間、装置から大きな鼓動のようなものが聞こえてきた。
まるで僕の一部を吸収し、永い眠りから目を覚ましたかのように。
この時、手を失って初めて気づいたのだが、腕は無くなっても直ぐに新しいのが生えてくるみたいだ。
僕の失った手が直ぐに元通りに戻ったから、それがわかった。
だから何だって話かもしれないけどね。
―……見つけた……―
その瞬間、視界いっぱいに黒い物が広がってきた。
別の世界がこちらの世界に侵食してきた。
そんなイメージだ。
すべては一瞬、僕達は侵食してきた別の世界に呑み込まれた。