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巨神機兵の契約者 ―破滅のオーメン―  作者: Super Soldier
第4章 レイヴァンシュタイン城の戦い
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26話 レイヴァンシュタイン城夜戦 中編

ヘクトリア王国軍の陣中に、サミュエル・フォン・ナサフ公爵という男がいた。

 彼はヘクトリア国王の側近の一人であり、彼の率いる騎士団は精強で知られている。


 だが、彼の人生は一月ほど前に起こったハンマーベル山での地震を機に狂いだしてしまった。

地震によって山肌の一部が崩落したという報せを受け、ナサフ公爵は被害の規模を調べるために偵察隊を派遣した。

すると、崩壊した山肌から古代レイヴァン帝国の遺跡を発見したという報せが届いたのだ。


それと時を同じくしてナサフ公爵の下を一人の女性が訪れた。


カナエル・グム・カターリナ。

 聖典騎士団の精鋭部隊、《天馬騎空団》を率いる女騎士だ。


 ナサフは彼女からヴィルヘルム・フォン・ハウゼンが領内に隠れ潜んでいると教えられた。


 ナサフは当然、ハウゼンのことを知っていた。

 今までに多くの人間やエルフを使った人体実験を行い、人型の生命体と悪霊との融合を研究してきた異常者。

 そして世界でも最高クラスの闇魔術師。

 

その奴が隠れ潜んでいるの場所が事もあろうに、先日、発見されたばかりの古代帝国の遺跡だという。


 ナサフ公爵は直ちに軍を向かわせ、協力を願い出たカターリナにも随伴を依頼した。


 だが、結果は散々。

 ハンマーベルの遺跡に送った騎士達は誰一人として戻ってこなかった。

 あのローエン教皇領の騎士達でさえも。


 あの遺跡で何が起こったのかを調べようとしたが、彼が自ら軍をひきいて遺跡に到着した時には山肌が崩れ落ちており、遺跡への入り口はふさがれてしまっていた。

 中で何が起こったのか、その真相を解明できないまま。


 だが、それから直ぐに王国から通知があった。

ガリウス、ハルメルと結び、ブラン帝国へ侵攻すると。

その裏にローエン教皇領がいることをナサフは気づいていた。


国王はその戦いの指揮をサファイアヌス第一王子と決め、ナサフはその補佐役に任じられた。

 だが、ナサフからしてみればそんなもの、どうでもよかった。

それよりも遺跡の中で何が起きたのか、真相をいち早く突き止めたかった。

 なぜなら、遺跡に向かわせた軍の中に彼の最愛の息子、ナハエル子爵がいたのだ。

 

 しかし、国王の命令に背くこともできないナサフは心をハンマーベルに残したままこの地へとやってきた。

 こんなくだらない戦いに速く決着を着けて国に帰りたかった。


 だが、連合軍は誰が先陣を務めるかで揉め、城を包囲して一週間が経過しても未だ攻撃すら仕掛けられていなかった。

 そればかりか、連合軍の中は圧倒的な戦力差を鼻にかけて楽勝気分が漂い、軍律が弛緩し始めている。

 しかしそれは、ブラン帝国軍を相手にするのに大きな命取りだった。


 今日もナサフは連合軍を構成する各軍の司令部に赴き、総攻撃の指示を求めていた。


 最初にナサフが向ったのはガリウス帝国軍の指揮官、カナウス公爵の下である。


「ナサフ殿。貴方の進言はごもっともですがそこまで焦る必要があるのですかな?」


 彼の具申に対して早速、カナウス公爵が難色を示す。

 ガリガリな体躯に、病的に白い肌、吊り上った眼、刈り上げられた青い髪に、青い目。

 彼は椅子に深く腰を掛けながら爪を整えていた。

 今、仮にも戦いをしている最中だというのに。


「しかし、カナウス殿。

連合軍の軍律が緩みきっており、陣中に酒や女をひきいれて宴会を開く有様です。

ブラン帝国が奇襲を仕掛けてきたら、真面に反撃できませんぞ」


 ナサフの言う事は正論だった。

 だが、陣中に漂う楽勝気分は色濃く、彼の言葉に耳を傾ける指揮官はいない。


 ナサフは諦め、次の司令官、ハルメル王国軍のティベリマス伯爵の下に赴き、今の軍の状態ではブラン帝国軍に寝首をかかれかねないと警戒を促そうとした。

 しかし


「流石は盛況な騎士団を率いることで知られるナサフ殿。

 ですが、その要請には応えかねる」


 ティベリマス伯爵は丸々と太った体躯に、脂ぎった汗を掻き、カールの捲いた茶色の髪と同色の口髭を生やす中年の男だった。


「ティベリマス伯爵。

 我らはなにもハルメル軍だけに攻撃を仕掛けさせるつもりあありません。

 あくまでも同時攻撃。

 3つの国の大軍をもって四方から同時に攻めようと提案しておるのです」

「と、仰られましてもな。

 同時攻撃の案は以前の軍議であなた方の国の王子が否定されたことだ。

 我々にわざわざ戦端を開くよう要請せずとも、あなた方の軍が先陣をきればいい。

そうしたらわが軍も攻撃を仕掛けましょう」

「くッ……」


(私だって、率いることができるならとっくにやっている……)


 ナサフはあくまでも補佐役。

 ヘクトリア王国軍の指揮権はサファイアヌス第一王子にあった。


 ナサフは早々にハルメルの司令部を出ると、ヘクトリア軍の司令部に赴き、サファイアヌス第一王子に戦端を開くよう掛け合った。

 だが


「城は落ちる。戦わずしてもな」


 サファイアヌス第一王子は自軍から戦端を開くつもりはなかった。

 赤茶色のショートヘアに、赤茶色の口髭を生やし、見るからに文学派のような大人しい顔立ちをしている。


 体の線はしっかりとしているものの、王族に類するだけあって肥満気味な体躯をした中年だった。


「しかし、殿下。

 今、どの国の軍の規律も緩み切っています。

 我が軍とて例外ではありません」


むしろ、農奴に武器を持たせて連れてきただけのヘクトリア軍が一番、軍の規律の乱れが酷かった。

まがいなりの軍隊とはまさに自軍のことだとナサフは思っている。

しかし、第一王子にそんなことを言えるはずもなく。


「ブラン帝国のガザリウス一世は名うての戦上手。

 我らの虚を突かれれば負けぬにしろ、大損害を被ることになりますぞ」


 控えめに言ったが、一歩間違えば負けるかもしれない。

 ガリウス帝国とハルメル王国の指揮官も無能だとわかった。

 20万の軍は大軍だが、無能が率いれば身動きの取れない鈍重な牛でしかない。


「ナサフ、余は戦いが嫌いだ。

うるさいし、血なまぐさいし、美しくない。

20万もの連合軍を結成したのは無駄な戦いを避け、敵を屈服させるためだ。

ブラン帝国軍もバンロックの丘に陣を張ってからというものこれといった手を打ってきたわけでもない。

奴らもこの陣容を見て今頃降伏の算段でも練っているのではないのか?」


(そんなバカな話があるか……)


ナサフはガザリウス一世を知っている。

過去の大戦争で何度も手痛い目にあわされてきた。


 あの男は戦うためだけに産まれてきたような男。

 降伏するぐらいなら全ての兵と民草を道連れにしねない。

 そういう頭のおかしい男なのだ。


 きっと今も、何か悍ましい手を考えこちらの虚を突く戦略を考えているのかもしれない。

 そしてそれに気づいた時ではもう遅いのだ。


 だが、サファイアヌス第一王子は最後まで首を縦に振らなかった。


 息子を失い、その理由すらわからず、無能な王子の補佐役を命じられ、薄汚れたレイヴァン地方にまでやってきた。


 ナサフはやるせない気持ちに耐えかねてヘクトリア軍の本陣を出た。


 後に、連合国軍の司令官たちはナサフの言葉に耳を貸さなかったことを悔いることになるなど、夢にも思わなかったであろう。



◇◇



夜も更け、しかし月が顔を覗かせない仄暗い大地には無数のかがり火が焚かれ、普段以上に明るく照らし出されていた。


 レイヴァンシュタイン城の包囲が始まって8日目に入ると、各軍の規律は目に見えて緩んでいた。

 

 敵はわずか3000の少数に対し、連合軍は総勢20万の大軍。

 その圧倒的な数の差が連合軍の将兵たちに楽勝気分を蔓延させていた。

 

 兵士達は夜な夜なやってくる酒売りから酒と肉を買い、それに便乗してやってくる踊り子たちに歌とダンスを披露させ、中にはテントに女を連れ込む者まで出る始末。

 その様子は、20万の兵士達による大宴会が城の周囲で開かれているようでもあった。


 そして今宵も、兵士達の銭を目当てに酒売り達が陣中にやってくる。


 その中に、僕達はいた。


「お酒はいかがですか~」

「お安くしておきますよ~」


 オンボロな荷車に酒ダルと食糧の詰まった木箱を乗せ、女4人と男の娘1人で連合国軍の陣中を売り歩いていた。

 僕は空の酒ダルの中に隠され、シュナイゼルの剣も同じ樽の中に隠されていた。

 

(少し様子を見てみるか)


 樽の蓋をわずかに開け、外を見回してみる。

 

 外は無数のかがり火が焚かれ、オレンジ色の光に溢れいていた。

 夜にもかかわらず、レイヴァン地方の朝よりも明るいのではないかと思う程だ。


 城の姿も遠巻きに確認できる。

 距離から換算して、城まで半分ぐらいのところだろう。

 今のところ、任務は極めて順調に進んでいる。

 そして同じぐらい、商売も上手くいっていた。


「姉ちゃん、お酒くれよ」

「はい、どうも」

「姉ちゃん、こっちには肉」

「はい、お待ちどうさま」

「姉ちゃん、可愛いね。ちょっと俺に付き合わない」

「かっこいいお兄さん、お仕事が終わった後でね♡」


 そんなこんなで、ブラン帝国の女騎士4人は美しい容貌と愛くるしい仕草で男達の視線を釘点けにしながら怪しまれることなく進んでいく。

 にしても、女はこうも猫を被れるのかと思うと怖くなる。

 むしろ、シュナイゼルは大丈夫か、と思った矢先


「へぇ、可愛いオチビちゃんもいるのか。

どうだい、おじちゃんと楽しいことしないかい?」


 やっぱり20万もいれば一人はいるよね、ロリコン。

 でも残念だけど、そいつは男の娘なんだぜ。

 いや、昔は普通に美童とかを囲んでいたって話も聞くし、ばれても案外いけるかも。

 

 ただ、問題はシュナイゼルがどう対応するかだ。


「おじちゃん~そんなこといって私に変なことするんじゃないの~?」


 シュナイゼルが女の子っぽい愛嬌ある声色できちんと接客した。

 シュナイゼル、君は男の中の男だ。

 任務と割り切って自らの性を偽り、それを演じ切ろうとするその心意気。

 見直したよ。


「そんな、おじちゃんは変なことしないよ~。

ただ、可愛いお嬢ちゃんと楽しみたいだけでさ~」

「じゃあ、お仕事が終わってからね~。

私、病気のお母さんのためにお金を稼がないといけいの~」

「そうか、じゃあおじちゃん待ってるから、お仕事終わったら寄ってね。お母さんの御薬代の足しになるぐらいのお金は払ってあげるから」

「うん♡」


 こうして声だけ聞いていても男の脂ぎった欲望が伝わってくる。

 でも、その欲望を向けている相手が自分の敵かもしれないと疑ったりはしないものなのかね。

 

「待て」


 と思っていた矢先、呼び止められた。

 空気がピリっとしたのが伝わってくる。


「ここから先は敵の強弩の射程範囲に入る。戻った方がいい」


 親切心なのか、それとも僕達を疑っているのかは知らないが、明らかにシラフな男の声が引き返すよう促してくる。

 無理に押し通ろうとすれば疑われるし、かといってここで引き返したら作戦が失敗する。

 ここは女性陣(内男1人)を信じるしかない。


「平気ですよ~」

「他のところはもう、違う子達がお客を占めちゃってるんです~」

「私達、どうしても荷車のお酒とお肉を売らないといけないんです」

「お願いします、私達を助けるとおもって、ね♡」


「「「「かっこいい、騎士のお兄さん♡」」」」


 その時、男が僅かに固唾をのんだ音を聞いた。

 落ちたな。


「ま、まあ、そこまでいうなら仕方がない。ただ、気を付けろよ」

「ありがとうございます♡」


 これで第一関門は突破した。

 だが、城に近づけば近づくほど、酒売りは減ってくる。

 それだけ目につきやすくなるし、疑い始める奴も出てくるだろう。




 


 その後も何度か兵士達に呼び止められた。

 ほとんどは酒や肉の注文だったが、客の中には当然、酒売りが陣中の奥深くまで入ってきたことを怪しむ奴もいた。

 その時は女性達がやさしく相手に応対し、色気に物を言わせて黙らせた。


 だが、荒れ果てた城の城壁がいよいよ大きく見えてくると、それも通用しなくなった。


「待て、お前達」


 呼び止める声がして、直ぐに鎧が擦れるガチャガチャと言う音が荷車を取り囲んできた。


「こんな陣中の奥深くで何をしている」


 もう繰り返し聞かれた質問故に、密偵の女性達はいつもと同じように返答した。


 他はもう別の女の子達に客を取られた。

 酒とお肉を売りきらないといけないからここまで来たのだ、と。


 だが


「それはおかしいな。

私のみたところ、この辺にはお前達以外、酒売りなど見かけないが。

客などここに来る途中、腐るほどいた筈だ」


 やはり予想下通りの展開になった。

 まだ城までは距離がある。

 今、正体がばれるのは好ましくない。

 だが、乗り切れるか。


 ………………


「うえぇぇぇぇぇんッ!」


 急に子供の泣き声が聞こえてきた。

 シュナイゼルだ。


「パパ……パパに会いたい……会いたいよぉ……」


 パパ?


「パパ、とはどういうことだ?」

「申し訳ありません。

実は、この子の父親が城壁近くの部隊にいると聞きまして」


 え?どいうこと?


 話が複雑になるので割愛して説明すると、シュナイゼルが演じる女の子は連合軍に所属する騎士の子、という設定。

で、父親が出兵した直後に母親が不慮の事後で死亡したのだとか。


 しかし、可愛そうな女の子には身寄りが無く、生きるためには父親の下に送り届けるしかない。

 ブラン帝国の女騎士達が扮する酒売りは道で泣いていたシュナイゼル演じる女の子と偶然出会って、一緒にここまで来たのだという設定。


 涙あり、涙のみの熱い親子の愛情劇を出鱈目にでっち上げて、なんとかこの子を父親の下に送り届けたいのだという熱意を込めて説得する。


 さながら母を尋ねて三千里の、父親が騎士バージョンといった所だろう。

 確かに、日本の古今和歌集でも兵役の義務で家を出る父親に行かないでと縋りつく親子の姿を詠ったものがある。


 印象的なのは、既に母親がこの世を去っているため、父親が家を出たら子供達の面倒を見てくれる人がいない、という切ない部分だ。


 この時代にもそういった子供達がいても全く不思議じゃない。

 いや、普通に沢山いるだろう。

 でも、この場ででっち上げ得た作り話をそう簡単に信じるとは


「そうか……苦労してここまで……ぐすん……」


 え……信じたの?

 バカすぎ……。


 兵士達が鼻を啜る音が聞こえてくる。

 本気で信じたの?

 演技じゃないよね?


「ヘクトリア軍の部隊は城の北から東にかけて布陣している。

城壁に辿っていくのは危険だから少し迂回していきなさい」

「ありがとうございます」


 女性陣が口々に感謝の言葉を述べ、シュナイゼルも猫を被った愛くるしい声で喜びの声をあげる。

 後は怪しまれない内にこの場を立ち去り、違う場所から改めて城壁に近づくだけだ。


「待て」


 だが、そこで別の声が僕達を呼びとめた。


「話は聞かせてもらった。その子の父親はヘクトリア王国の騎士なのだな」


 馬の蹄鉄が地面を踏みしめる音が聞こえ、高い位置から声が降り注いできた。

 嫌な予感がする。


「お嬢さん。私の名はサミュエル・フォン・ナサフ。

 ヘクトリア王国の公爵だ。

 この軍中にいる騎士団は多くない。

 父の名を教えてくれれば力になれるやもしれん」


 ここにきて、最悪の相手で出くわしてしまったようだ。


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