25話 悪霊のともがら
「明るいな」
僕は木箱の上からレイヴァンシュタイン城とそれを取り囲む連合軍の陣容を見下ろしていた。
アリの這い出る隙間もない、大軍による重囲。
僕達はそれを何としてでも潜り抜けて城にたどり着かなければならない。
僕の後ろではレイヴァンシュタイン城に忍び込むための準備が行われている。
荷車に酒や肉、その他の趣向品を積み込み、酒売りに偽装する。
そうすることで連合軍の陣中のある程度、深くまでは潜り込めるだろう。
しかし、城に近づけばそれだけ警戒は厳しくなる。
どこまで偽装がバレないかは運次第だ。
『いよいよだな、シーザーッ!』
レギオンはまるでピクニックでも行くみたいに燥いでいた。
こいつは本当に緊張感というものが無い。
これから戦いに行くというのに、その自覚というものが無いのだ。
「相変わらず呑気なな、お前は」
と僕まで少し笑みをこぼしてしまう。
最近はレギオンのノリにも少しずつ慣れてきた気がする。
こいつはいつだって楽しそうで、この世界での生を満喫している。
僕も少しは見習わないといけないかもね。
『なあ、シーザー。お前はこの世界に来てよかったと思ってるか?』
「え?」
なぜそんなことを今、訊いてくるんだろう。
顔を上げてみると、シーザーがいつものニヤケ顔を浮かべながら僕を見下ろしていた。
でも、その表情がどこか緊張しているようにも見える。
「どうしたんだ、レギオン?」
『いや、特に大した理由は無い。ただ、気になったんだ。
俺はお前を無理やりこの世界に連れてきた。嫌がってたお前を。
で、こっちの世界に来てみたら戦いに次ぐ戦いで危機の連続だ。
だから嫌気とか差してないかなって気になったんだ』
「ほう……」
レギオンにそんなことを気にする神経があったなんて驚きだ。
ていうか、無理やり連れてきたっていう自覚はあったんだ。
それに対する罪悪感も多少なりとも。
「正直、よくわからないよ」
こっちに連れてこられて良かったのか、悪かったのか。
僕は父さんと母さんのいる天国に行けなかった。
虚無の世界とやらから無事に地球へ帰れるかもわからなかった。
レギオンにアウターヘヴンに連れてこられなかったら未だに変な世界をさ迷い歩いていたかもしれない。
でも、そんなのは全てもしもの話でしかない。
人は自分の生きてきた人生以外を比較することなんてできない。
あの時、ああしていれば良かった、なんていうのは幻想だ。
やってもないことを勝手に想像して、いいように解釈しているだけだ。
だから、答えはわからない。
でも、少なくとも
「それなりに楽しんではいると思うよ」
今の生活と地球での生活、比べたらこっちの方が遥かにいい。
虐げられることは無いし、差別されることも無い。
『そうか。なら、よかった』
レギオンの強張っていた表情が緩んで、いつもの笑みに戻った。
「ただ、僕もレギオンみたいに強い体が欲しかったな」
レギオンの巨神機兵としての外殻。
機械仕掛けの騎士。
あんなのに変身できたらよかったのに、と思う。
変身できたら何をするかとか決まってるわけじゃないんだけど。
だけど、誰もが子供の時に一度ぐらい、巨大なロボットを操縦できたなら、なんていう夢を抱いたことがあると思う。
僕の今の心境もそれに似てる。
借り物の体じゃなくて、本当の自分の体があれば、と。
『ははははは。なるほどな。
なら、二人で造ろうぜ、お前の体をさ』
「僕の体を?」
『ああ。そうさ』
とレギオンは力強くうなずく。
『俺の外殻だってもとはレイヴァン帝国が造ったものだ。
帝国の失われた技術を取り戻せばまた造れるようになる。
そしたらお前の体を造ることだってできる。
そうなったらきっと楽しいぞッ!』
楽しい。
そう、楽しいだ。
確かに、そうかもしれない。
それがいつになるのか、本当に実現できるかもわからない。
どんなことなのかも想像もできない。
だけど、とても楽しそうだった。
「とっても楽しそうだ」
『ああ、そうだとも。絶対に楽しいッ!
俺が保証するぜッ!』
だそうだ。
なら、この戦いに勝って戻らないとね。
せっかくの楽しみが無くなってしまう。
「シーザー君、レギオン君、準備が整ったよ」
話の切れがいいところでハウゼンがやってきて、全ての準備が終わったことを教えてくれる。
いよいよ、ということだ。
『いっちょ、やってやるか、シーザー』
「そうだな、レギオン」
僕はずっと地球では独りぼっちだった。
誰にも頼ることもできず、ずっと孤独に生きてきた。
でも、今は違う。
変わり者で、能天気で、喧しくて、でも、時々、頼りになって。
そんなレギオンが僕の傍にいる。
これからもずっと。
『そういえばシーザー』
「なんだ、レギオン?」
『今夜は幼女に抱擁してもらえないから、悲しいだろ?』
ゲスい笑みを浮かべてくるレギオン。
本当にこいつは。
◇◇
準備は整った。
僕達を城まで運んでくれるのは踊り子に扮した4人の帝国軍の女騎士。
彼女達には荷車を引きながら敵軍の中で酒と食糧を売り歩いてもらう。
そして包囲の輪の内側へと抜けた後はブリアオレスを使い、一気に城の中に飛び込む。
無論、城内のブラン兵は僕たちのことを知らないから一歩間違えれば戦闘になるだろう。
そこでレイヴァンシュタイン城の指揮官と顔見知りという人物を連れていく。
で、その密偵はというと
「待たせてすまなかったね、シーザー君」
と、ハウゼンがやってきた。
深い緑色の甲冑に身を包み、どこか洗練された雰囲気を身にまとっていた。
彼もガザリウス一世の奇襲部隊に混じってヘクトリア軍中に切り込むらしい。
ブラン帝国の御爺ちゃんは揃いも揃って戦闘狂なんだから。
だが、その脇に一人の女の子が連れられていた。
金色の長い髪に、金色の瞳をしている可愛らしい女の子で、踊り子の服装をしているが、その手には白に金の装飾が施された見事な剣を抱えている。
(あの剣、どこかで)
女の子の抱えている件を僕はどこかで見たことがある気がした。
「シュナイゼル君が君たちに同行し、城内の者と話をつける。
皇帝陛下からの書簡も持たせてあるから城には入れればまず問題は無いだろう」
「シュナイゼル?彼も来るの?」
もう一人とはシュナイゼルのことだったのか。
「ああ、シュナイゼル君ならここにいるよ。ほら」
と、ハウゼンは彼の脇に控えていた女の子の背中を押し、僕の前に立たせてきた。
顔が近くになると、確かに見覚えのある凛々しい美貌が見えたのだが
「え……これがシュナイゼル?!」
どこからどう見ても美少女だ。
本当はハウゼンがからかってるんじゃないかと疑ったが
「ぼ、僕だけど、任務だから仕方なくこの格好になったんだ。
お、男は警戒されるらしからね……」
恥ずかしそうに顔を赤くしながら、聞いたことのある声をあどけない唇で紡いできた。
間違いない、シュナイゼルだ。
『お前、気づいてなかったのか?』
むしろ、レギオンは気づいていったっていうのか。
『当たり前だろ?』
ニヤリ、としたり顔をするレギオン。
お前、絶対に気づいてなかったよな。
だけど、どおりで見覚えのある剣だと思った。
ハウゼンの持っている白に金の装飾が施された見事な剣。
ハンマーベルの遺跡でシュナイゼルが腰に差していた剣だ。
凄く綺麗だったから印象に残っていた。
「シュナイゼル君の御父君は、レイヴァンシュタイン城の防衛を任されているナイトフォース伯爵だ。
城の防衛部隊にはシュナイゼル君の顔を知る者も多い」
「なるほど」
今お城で戦っている3000の将兵の指揮官がシュナイゼルの父親だったのか。
だとしたら、ガザリウス一世がシュナイゼルに二度も一対一で会っていたのも頷ける。
20万の敵軍に包囲され、絶体絶命の状況に陥った父を心配うする息子と、それを慰める老齢な王の構図だ。
あの爺さん、根っからの狂人だと思ってたけどいいところあるじゃん。
「じゃあ、シュナイゼルも来たことだしすぐに出発だ」
こうして僕のこの世界での最初の大勝負が幕を開けた。