24話 レイヴァンシュタイン城野戦 前編
ユーロピア大陸。
レイヴァン地方とは地続きの西方に広がる大陸。
その面積は全世界の地表面積の十数分の一にしが過ぎなかった。
だが、人間族はその小さな大陸を巡り血で血を洗う闘争を繰り広げてきた。
人間族の歴史はそのまま戦争の歴史といっても過言ではない。
だが戦いは人間族に多くの犠牲を払わせたが、同時に進化も与えた。
争いの中で様々な技術が発展した。
戦争に文明は磨かれ、より高度な次元へと昇華した。
《アーク機関》の発明は人間族の培ってきた技術の結晶である。
魔鉱石と呼ばれる魔力の充填された鉱石を燃料にして稼働する動力源である。
人間はアーク機関を移動手段に転用した。
列車と船が成功例として挙げられる。
特にこの二つは人間族に新大陸への進出を後押しし、大陸がユーロピアだけではないことを知らしめた。
小さな陸地を奪い合うよりも、高度に発達した文明を武器に世界へと侵攻した方が犠牲も少なく、得るものも多いことに人間達は気づいたのだ。
《帝国主義》の始まりだ。
ユーロピアの人間国家は我さきに外洋へ繰り出し、世界を侵略していった。
そして《列強》が誕生した。
世界で最初にアーク機関を船に取り入れ、外洋へと進出した《ガリアス帝国》。
鉄道を屈指した軍隊運用によって最速の軍を有するようになった《ハルメル王国》。
世界最大の魔鉱石産出国として莫大な富を得た《ヘクトリア王国》。
そして、鉄道と船の双方を屈指して世界貿易の中心となった《ギルド》。
ブラン帝国は列強であるガリアス、ハルメル、ヘクトリアの3か国と100年に渡って戦争を続けていた。
ただし、3か国は世界進出に注力していたためここ数十年は小規模な小競り合いを繰り返す程度だった。
しかしある日、列強は手を組んだ。
20万もの連合軍を結成し、帝国東端防衛の要であるレイヴァンシュタイン城を包囲した。
その陰にローエン教皇領がいることを半神族たちは気づいていた。
◇◇
レイヴァンシュタイン城は静寂さに包まれていた。
城壁の上に並ぶ兵士たちに恐怖の色は無い。
20万もの大軍に重囲されているというのに城内は平静を保っている。
「流石は半神族。神経の図太さだけでいえば群を抜くか」
その様子を洒落た望遠鏡から覗き見る一人の男がいた。
全身を白銀の鎧と純白のマントに包み込んだ騎士。
金色の髪に緑色の瞳、色白な肌。
口元を不敵に微笑ませているその横顔には高慢さが垣間見えた。
「失礼します、マクベス司祭」
と、同じく白銀の甲冑に身を包んだ騎士が男の傍らに侍り、片膝を付く。
「なんだ。今はクズ共の観察に勤しんでいる。
下等な人間どもともの協議なら他の者を遣わせ」
私の興を削ぐなと言わんばかりの高圧的な物言いだった。
「し、しかし、マクベス司祭。
人間との共闘はウィンドヘルム猊下からのご命令のはずでは……」
だが、間を置かず男は騎士の言葉を鼻で笑った。
「ああ、確かに。
そういえばそうであったな」
今思い出したと言わんばかりの口ぶりで男は答える。
だが、それが嘘であることは脇に控える騎士も知っていること。
「ウィンドヘルム猊下も不可解なご命令を下されたものだ。
我らに虫けら共と手を組んで戦えと仰られた。
だが、下劣な虫とどうやって協調しろと?
奴らに我らエルフの考えが理解できるとは思えんがな」
カラカラと男は笑った。
心の底から人間を見下すように。
「ですがマクベス司祭。
敵は復活した巨神機兵を有しております。
人間の協力なくして我らだけで打ち倒せるかは―」
「痴れ者がッ!」
男は等々に激怒した。
今の今まで覗いていた望遠鏡で騎士の頬を殴りつけ、緑色の眼を見開いて怒鳴った。
「貴様はそれでも誉れ高き《鷲馬騎士団》の一員かッ!
愚鈍なゴミ共が蘇らせたというアンティークと悪霊などに怯えおってッ!」
「も、申し訳ありませんッ……!」
頬を赤くはらした騎士はそのままヘルメットを被ると、急ぎ足で去っていった。
男はその背中に冷たい視線を送る。
「やれやれ。あのような軟弱ものが我が騎士団に名を連ねていたとは。
本国に戻ったら叩きだしてくれる」
男は再び望遠鏡をのぞき込み、虫けらの観察に戻った。
「それにしてもウィンドヘルム猊下は何をお考えなのか。
人間も半神もとるに足らんゴミ。
互いに殺し合わせておけばいいものを、なぜ我が奴らに手を貸さねばならん」
聖都キュロスを発つ前に男は聖典騎士団の首領ウィンドヘルムに呼び出された。
そこで彼から人間との協調を重んじ、連携して戦うよう厳命された。
だが、エルフこそが最も尊き存在と教わり、信じて疑ったこともない男からすれば理解のできない命令だった。
(結果さえ出せばいいのだ)
そういえば、と男はある女のことを思いだした。
天使に魅入られた聖女。
そう謳われていた女が無様にもハンマーベル山の古代遺跡で無様に殺された。
(面汚しめ)
男は同じ騎士団に属する同志の死に一片の弔意も持ち合わせていなかった。
天使に魅入られておきながら、与えられたその御身を敵の爪牙で傷つけ、死に至らしめた。
だというのにウィンドヘルムは、教皇は、聖典騎士団は彼女を称賛した。
理解できなかった。
無駄に騎士を失い、敗北した女をなぜそこまで称えなければならないのか。
(だが、私は違う)
無様な死によって偽りの名声を得るなど恥辱の限り。
自分は必ず功績を挙げ、それによる名声を勝ち取る。
それは天使に魅入られなかった男の細やかな復讐だった。
逆恨みと言ってもいい。
カターリナは天使に魅入られなかった男にこういった。
―お前には神の御心を理解することはできない―
それは聖典騎士団のアカデミーを次席で卒業した男のプライドを大きく傷つけた。
カターリナが同期の首席であったことを考えると高慢な性格の男に与えた屈辱は計り知れない。
(神の御心を理解しているのはこの私だ)
ゴミ共を地上から消滅させ、神に選ばれし民たるエルフが世界の頂点に君臨する。
それこそが神の御心。
4000年前に我らエルフに聖典を与えてくださったのはそのためだと信じていた。
(カターリナよ。天から見ているがいい。
この私が正しかったことを証明してやる)
貴様が敗れた雑魚を捻りつぶしてな。
男こと、アーネル・メル・マクベス司祭は吐き捨てるように笑った。
彼は三代に渡って枢機卿を輩出してきたローエン教皇領の名門、マクベス家の当主にして、ローエン教皇領に生息する神聖な生命体、鷲馬を駆る《鷲馬騎士団》の長であった。
幼き日より神童として最高位の光魔術を極めてきたエルフである。
実力に裏打ちされた高慢さを併せ持つ人物であった。
◇◇
ガザリウス一世はレイヴァンシュタイン城包囲の報せを聞き、帝都に召集していた各諸侯に軍の動員を命じた。
僕をお披露目させるために各地から諸侯を招集していたことが幸いした。
だが、この時代の軍の機動性は驚くほど悪い。
ガザリウス一世指揮下の本軍1500がノイヴァンシュタインを出発するまでに二日かかった。
その後、鉄道網を利用して軍の輸送が行われたが各諸侯も同じように鉄道による軍の移動を行ったために、線路がキャパシティーオーバーを引き起こして大渋滞。
全軍およそ9000の兵が無事、レイヴァンシュタインの入り口に集結し終えるまで五日。
結局、ガザリウス一世が動員を命じてから戦闘準備を整え終えるまで一週間も掛かってしまった。
だが、レイヴァンシュタイン城は今のところ持ちこたえているらしい。
ガザリウス一世は終結した軍を率いてレイヴァンシュタインへ入ると、城の東部にあるバンロックの丘に本陣を構えた。
バンロックの丘はレイヴァンシュタインとその周囲を見渡せる高所に位置しており、敵の動向を探るには格好の場所だ。
連合軍は20万近い大軍勢で大地を埋め尽くす勢いで城を包囲していた。
蟻の一匹も這い出る隙間すも無さそうだ。
だが、連合軍は城を包囲しているだけで攻め寄せる気配がない。
城内にいるブラン将兵はたった3000。
20万の連合軍が力攻めすれば策も要さず落とせる筈なのに。
「諸侯を集めよ。軍議だ」
状況を見た皇帝は主要な貴族たちをテントに集め、軍議を開いた。
無論、僕もそれに参加した。
貴族としてではなく、皇帝の《物》として、彼の脇の赤いクッションの上に乗せられての参加だ。
『人から悪霊、悪霊からペット、そして最後は物か?お前もだんだんと落ちぶれて来たな』
「うるさい」
レギオンはどんな時でも僕弄りを怠らなかった。
軍議に参加している顔振で僕が知っているのはハウゼンと、第一皇女派のグロディアス大公爵、ハウゼンと同じ第一皇子派のエーレンブルグ侯爵だけだ。
あとは知らない顔ばかり。
「敵軍は未だ城に攻め寄せる気配は無いが、あの包囲を打ち破らねば落城は必至。
諸侯らの中で何か進言したきことがある者はおるか」
ガザリウス一世は軍議を開くと、まず諸侯たちの考えを尋ねた。
圧倒的な兵力差のある敵軍に勝利する策はないか、と。
だが、どの諸侯も口を閉ざしたまま。
(あるわけないよな)
などと思っていると
「皇帝陛下」
声をあげたのはあのエーレンブルグとかいう巨漢だった。
頬を吊り上げる様な武器な笑みと、分厚いメガネの奥から覗く鋭い瞳が特徴の貴族だ。
「エーレンブグル、申して見よ」
「正直に申しまして、たった9000の兵で20万の大軍を打ち破る策は考え着きません」
(え?)
それ、わざわざ名乗り出てまで言うことか?
「では、戦わずに白旗を掲げろと申すか、エーレンブルグ」
「いえ、私としてはシーザー殿にも意見を求められてはいかがかと思いまして」
(え!?)
このデブ、何言ってんの?
「過去の文献を見ますと、Armedの中には戦う事よりも軍略に秀で、軍の指揮を執っていた者もいると記されています。
シーザー殿にももしかしたら優れた軍才をお持ちやもしれません」
そう言ってエーレンブルグが僕を見て、不気味な笑みを浮かべる。
だが、そんなのは初耳だ。
ハウゼンから一言も聞いていない。
しかも、僕はAmredではなく巨神機兵だ。
レギオン情報だけど。
でも、とにかく
(ふざけんなよ、このデブ)
とだけは言っておこう。
僕は学生で、物理や化学の知識はあっても戦略に関する知識なんてあるわけないだろ。
「どうだ、シーザー。何か案はあるか?」
と、ガザリウス一世が横目で僕に問いかけてくる。
でも、僕はあのデブが言ったみたいなタイプのArmedじゃない。
「そもそも、軍を率いることに特化したArmedなんて本当にいたのかよ……」
とぼそりと呟いてみる。
すると
『ああ、いたぜ』
どうでもいい所でレギオンが出張ってきやがった。
しかも周囲に聞こえるような大声で。
『Armedの中にも軍を率いるために産みだされた奴もいた。
戦闘能力が殆どない代わりに優れた軍事的才能を持ち合わせ、軍師として活躍していた奴も多くいたぜ』
「バ、バカ。そんな事言ったら僕にまで余計な期待がかけられるだろ……」
『大丈夫だって。お前ならやれるさッ!』
(このバカッ!そんなわけないだろッ!)
僕に軍略の才能が有るのか無いのか、周囲が判断しあぐねていた時だった。
「ほう、それは心強いですな」
グロディアス大公爵が立派な顎髭を手で撫でながら、わざとらしく感心したように声をあげた。
「流石は太古の力によって蘇ったArmed。是非、その軍略をお聞かせ願いたい」
(このくそ爺)
そんな策、最初から無いとわかってて訊いてくるのは本当にウザい。
何が軍略だ。
揚げ足ばっかりとる様な真似しやがって。
「で、どうなのだ、シーザー。策はあるのか、無いのか」
ガザリウス一世は僕が何を言うのか興味津々といった感じで催促してくる。
他の貴族たちの視線も僕に集中している。
ここで、何もありません、とか言える雰囲気じゃない。
『大丈夫だ、シーザー』
その時、レギオンが小さな声で僕の頭上から囁きかけてくる。
『お前ならやれるさ。もし失敗してダメだった時は俺達と一緒に逃げればいい』
俺達、それはレギオンとブリアオレスのことを言っているのだろうか。
『お前は俺達が守ってやる。だから、お前の思う通りにやってみればいいさ』
そしてニコっと、ギザギザの口を微笑ませてくるレギオン。
なんだか、気持ちが悪いぐらい優しい。
いつも僕を弄ることしかしないのにここでは背中を押そうとしてくれるのか。
(でも、策ね……)
思いつきでやってみるか。
「策と言えるほどのものはまだ何も。
ただ、20万もの兵を擁する連合軍がたった3000の将兵に守られた城を攻め落とせていないのは気になる。
まずは密偵を敵軍に放ち、内情を探らせるのが先決と考える」
この意見が軍議で採択され、まずは密偵を敵軍に放つことになった。
密偵が戻ってくるまで時間が稼げたということだ。
それから二日、放っていた密偵が帰ってきた。
「では、敵軍ではどの国の軍が先方を務めるかで意見が割れている、ということだな」
皇帝のテントには先日の顔ぶれ以外に、踊り子の服装をした半神族の女がいた。
深く頭を垂れ、皇帝の言葉に相槌を打つ。
「はッ。ガリウス、ハルメル、ヘクトリアの指揮官らが、先方をどの軍が務めるかで揉めているとのこと」
それを踊り子に扮した女性が酒に酔わせた連合軍の兵士から聞いたという。
城攻めが長期化すると、包囲軍は本国から補給物資を調達する。
それに便乗して踊り子や娼婦が金を稼ぐために軍の兵士にすり寄るのは珍しいことではない。
この女性も踊り子として連合軍の内部に入り込み、兵士達に酒をふるまいながら情報を集めていたようだ。
「聞きたいことがある」
僕は彼女にあることを尋ねた。
「敵軍の士気はどうだ」
「どう、とは?」
「彼らはブラン帝国を打倒すことに積極的であったか、消極的であったか。
そのどちらだと感じた?」
女は僕の言葉の意図を理解できないまま、しかし、よく考えた上で感じたままを述べた。
「私の個人的な判断ではあまり積極的とは言えません。
各国の兵士の殆どは徴兵された農民達で、他国では間もなく収穫時期を迎えます。
そのため戦いを切り上げて故郷に帰りたがっている兵士が殆どです。
また、列強国軍の中でもヘクトリア軍の士気の低さは著しく、一世紀近く続いている戦争に嫌気がさし、厭戦気分が蔓延していました」
「ヘクトリアでは農奴まで軍に動員していると聞き及んでおります。
士気が低いのは間違いないかと」
と、ハウゼンが補足した。
(敵は大軍なれど、全体の士気は低い。
しかも上層部で意見が分かれ纏まりに欠いている)
その事実はブラン帝国軍にとって朗報であった。
重かった貴族たちの口が開かれ、少しずつ策が出始めた。
だがその殆どは、戦争ではセオリー中のセオリーである、奇襲ないし夜襲を仕掛けるべし、との内容だった。
確かに、奇襲や夜襲は少数で大軍を打ち破る戦法としての王道だ。
日本でも織田信長が桶狭間で自軍の倍以上の今川軍を打ち破った話は余りにも有名だ。
だが、それでも20万対9000では分が悪い。
奇襲や夜襲を仕掛けても、決定打を与えられず長期戦になれば人数で劣るこちらが圧倒的に不利。
今現在の戦力で決定打を撃てそうな程の打撃力があるようには見えない。
勝利には敗北寸前のチェスの試合をひっくり返すような手が必要だ。
それもチェス盤ごとひっくり返して勝負を無かったことにできるような激烈な一発が。
『なあ、シーザー』
活発になり始める議論の最中にレギオンがまた僕に話しかけてきた。
「なんだ?」
『俺さ、レイヴァンシュタイン城について知ってることがあるんだけど、ひょっとしたら何かの役に立つかもしれないぞ』
レギオンはそう言って僕に、レイヴァンシュタイン城の秘密を教えてくれた。
それは4000年前、レイヴァン皇帝に仕えていた彼だからこそ知りうる情報だった。
「それは本当か、レギオン」
『ああ、本当だ。だが、それにはまず、城にたどり着く必要がある』
20万の軍の包囲の輪を掻い潜ってレイヴァンシュタイン城に僕たちが辿りつければこの戦いに勝利することができるかもしれない。
軍議では連合軍に対して奇襲ないし夜襲を仕掛けるという方向でほぼ固まったところで一端、終了した。
再び密偵を敵軍に放ち、指揮官の所在や兵の過密箇所を調べ上げた後、再度、作戦を詰めることで決まった。
だが僕はハウゼンを呼び止め、皇帝と僕とハウゼン、そしてレギオンを加えた4人だけで軍議を続けた。
作戦の概要を全て話すために。
「それは真なのだな、レギオン」
ガザリウス一世が念を押すようにレギオンに尋ねる。
『ああ、本当だ。嘘じゃない。
だが、それには俺とシーザーがレイヴァンシュタイン城に入る必要がある』
「あの包囲の輪を掻い潜ってか。ハウゼン、お前はどう思う」
「密偵に紛れればある程度のところまでは行けるでしょう。
しかし、敵軍もバカではありません。
我らが城内の軍と連絡を取れぬよう、城に近づけば近づくほど警戒はより厳重になっているはず。
城内に入るとなるとかなりの困難が予想されます」
それに、密偵なら敵軍の中に入れるといってもそれは女性に限定された話だ。
男性は警戒されるため、直ぐに呼び止められるだろう。
だが、素性がばれて戦いになった時、女性だけで切り抜けるのは困難だ。
「しかし、やるしかない」
僕はそれ以外にこの戦いに勝てる策を思いつけない。
他の人がもっといいアイディアを出してくれればいいが、今日の軍議を見たところ絶望的だ。
「なら、密偵の人員は我が軍から集めよう。
他の諸侯の信用していないわけではないが、内部に裏切り者がいるとも限らん」
ブラン帝国内も今は第一皇子派と第一皇女派で対立している。
帝国の興亡が掛かったこの一戦に限って妨害は無いと思うが、ハウゼンの手の者だったら確実だ。
『安心しろ。いざとなったら俺が巨神機兵になって敵軍の中を突破してやるさ』
「ああ、それについては頼りにしてる。
だが、レギオンを使うのは最悪の事態に陥った時だけだ」
レギオンはこの戦いにおける王手だ。
巨神機兵に変身したレギオンが20万の軍を蹴散らすののは全ての舞台が整ってからだ。
それまでは極力、レギオンは使わない。
「では、陛下。よろしいでしょうか」
「よい」
と皇帝陛下の承認を貰ったところで軍議は終了した。
作戦決行は翌日の夜と決まり、僕はハウゼンに連れられてテントを出た。
すると
「あれ、シュナイゼル」
テントの入り口に、子供用の小さな甲冑を身に着けたシュナイゼルの姿があった。
「やあ、シーザー」
シュナイゼルは羨ましいぐらいの眩い美貌をニコっと微笑ませて僕に挨拶してくる。
にしても本当にイケメンだな。
僕も地球人だったころこれだけイケメンだったら人生も少しは違ったかもしれないと思わせられる程だ。
「ここで何をしてるんだ?」
「皇帝陛下とお会いする約束をしてるんだよ」
「ガザリウス陛下と?」
シュナイゼルのような子供となぜ皇帝陛下が謁見するのだろうか。
彼はハウゼンの秘書みたいな立ち位置だと思ってたけど、意外と身分の高い家の出身なのかもしれない。
「では、シュナイゼル君。我々はこれで」
と、ハウゼンは僕がまだシュナイゼルと話しているのに会話を無理やり終了させて歩き出してしまう。
まるでシュナイゼルに気を使っているように。
(そういえば)
皇帝のテントに消えていったシュナイゼルを見て、一週間前のことを思い出した。
あれはノイヴァンシュタイン城の応接間で、連合軍の侵攻の報を聞いた直後のことだ。
ハウゼンも自軍を招集するため一度、ボルメンシュタインに戻ることになった。
僕もそれに同行することになったのだが、シュナイゼルだけは僕たちが応接間を後にしても部屋から出て来ず、結局、今日まで顔を合わせることもなかった。
(ま、きっと何か深い事情があるんだろう)
他人のプライバシーを詮索するつもりはない。
それよりも明日だ。
◇◇
翌日の夜、再び諸侯が皇帝のテントに集まり、軍議を開いた。
最初に話しあわれたのは、昨晩に案が固まりつつあった奇襲作戦についてだ。
密偵の奮闘により、一日で各軍の陣容が判明したため、より詳細な作戦の立案に入ることになった。
レイヴァンシュタイン城の北と東にはヘクトリア王国軍10万、南はハルメル王国軍6万、西はガリウス帝国軍4万が陣を張っている。
このことから最も兵力が少ないのが西だとわかった。
だが、ブラン帝国軍が布陣しているのは東。
城の西まで回り込んで攻撃を仕掛けるのは現実的ではない。
そのためガリウス帝国軍は攻撃目標には選ばれなかった。
次に候補が挙がったのは南のハルメル王国だ。
軍の数は6万程度であり、ヘクトリア軍よりも数は少ない。
城の南側であれば丘を迂回することで敵に気づかれることなく奇襲を仕掛けることも可能だ。
軍議では早々にハルメル王国軍に奇襲を仕掛ける事で意見がまとまろうとした。
でも僕は
「奇襲を仕掛けるのであればヘクトリア王国」
と、誰もが選ばなかった相手を攻撃目標にすることを進言した。
「なぜ最大の兵力を有するヘクトリア王国を選ばれた?」
巨漢のエーレンブルグが興味ありありと顔に出しながら尋ねてくる。
他の諸侯も、僕がなぜヘクトリアを選んだのかその理由が知りたいだろう。
その理由は士気だ。
「士気?」
グロディアス大公爵も首を傾げ、その意味を理解しあぐねている。
「ヘクトリア王国軍は連合軍の中で最も兵数が多い。
だが、同時に士気は連合軍中で最も低い」
密偵の情報を分析した結果、それは間違いない。
ハウゼンが教えてくれた通り、ヘクトリア軍には徴用された農奴が多く占められている。
士気は低い上に、練度も低い。
おまけに彼らからすればこの戦いに勝利したとしても自分たちの境遇が変わることもない。
つまりは雑魚だ。
「士気の低い大軍は、士気の高い小軍に劣る。
それに連合軍がどこまでこの戦いに本気で挑んでいるとは思えない」
どの国もバカじゃない。
レイヴァン地方の土地は作物もろくに実らないやせ細った土地。
年中雲が太陽を覆う暗い土地だ。
はっきり言って、うま味のない領土。
兵を失ってまで手に入れる価値など無い。
僕は人間を知っている。
人間の本質は欲だ。
損得勘定の天秤にかけて物事を考える。
彼らにとって半神族を滅ぼすという理想は彼らの欲望を満たすに足りるものだろうか。
そんなもののために彼らの軍の兵士は命を懸けたがるだろうか。
人間に限ってありえないね。
僕は人間を低く見てるんだ。
その見立ても間違ってない自信もある。
「確かに、理に適っている」
と最初に僕の案に賛同したのは驚くことにグロディアス大公爵だった。
彼は第一皇女派であり僕やハウゼンを敵視しているが、今回は帝国の興亡が掛かっている。
ここは本音で、と言ったところか。
「我らは総勢9000を率い、敵軍が寝静まっている日の出前に奇襲を仕掛けるだけでよい。さすれば敵軍は瓦解し、ブランの領内から敗走するだろう」
とガザリウス一世は諸侯に告げる。
だが、僕とハウゼンとで行った秘密の軍議の内容は明かさない。
ただ、策はある、と口にするだけに留まった。
それがどんな策なのかは誰も聞き返さない。
戦いが長引けば長引くほど戦況は不利になる。
誰も名案が思い浮かばない以上、その策に全ての命運をかけるしかないのだ。
「では、軍議はここまでとする。貴公らは直ちに自軍の下へ戻り、準備を整えよ」
「「はッ!」」
こうしてブラン軍はヘクトリア王国軍に奇襲を仕掛けるべく、準備に取り掛かった。
各諸侯は軍の準備を整え終えたら再びテントに集合し、最後の詰めに入る予定だ。
一方、僕たちもレイヴァンシュタインに入り込むための準備に入った。
まあ、僕は指示するだけなんだけどね。
僕達の戦いはもうすぐ始まる。