間話 招集の理由
皇帝ガザリウス一世の謁見は血みどろの中で行われた。
血の気の多い一人の貴族が悪霊によって惨殺され、第一皇女派は恐怖に打ち震えた。
今日を境に宮廷内の争いの趨勢は第一皇子派に傾くだろう。
◇◇
謁見が終わった後も、僕、ハウゼン、アルナ、カーナ、シュナイゼルの5人は皇帝に別室へと呼び出され、再び顔を合わせることになった。
ノイヴァンシュタインの応接間にその場が設けられ、僕はガザリウス皇帝の膝の上で臨んだ。
「ハウゼン。貴公の働き、見事であったぞ」
革張りのソファーに深々と腰を下ろし、膝の上に僕を乗せるガザリウス皇帝がハウゼンの労をねぎらった。
彼の向かいに座るハウゼンは座位のまま胸に手を当て小さく会釈する。
「お褒めの言葉、痛み入ります」
「それから、アルナ、カーナ、随分と大きくなったな。今年で幾つだ?」
皇帝に年を尋ねられるとまず二人はソファーから降りて、スカートの裾を持ち上げて会釈する。
「今年で6歳になります」
「皇帝陛下」
アルナとカーナも流石に皇帝には悪態をつかないらしい。
当たり前だな。
「時が経つのは速いものだ。
余もハウゼンも年を取り、しかし、レイヴァン地方の諸侯の結束は弱い。
このままでは何時まで経ってもレイヴァン地方の統一は実現しない」
「陛下、そのための彼でございます」
ハウゼンは、ガザリウス皇帝の膝の上に乗っている僕を見た。
ガザリウス皇帝はペットを可愛がるように僕のヘルメットに包まれた頭?を優しげな手つきで撫でてくる。
ただ、嫌な気分ではなかった。
優しくされるのは好きだし、褒められるのも好き、特別扱いされるのも好きだ。
それに、僕を守ってくれた御爺ちゃんのこともあり、年寄は好きだった。
ただ、残念なことに、僕の周りの年寄はマッドサイエンティストかサイコキラーしかいない。
普通はいないものかね、普通は。
「最近は余が年老いたことをいいことに、モルドが息巻いておる。
娘であるアテナを第一皇女として擁立し、グロディアスらを後ろ盾に得て権力を握ろうと画策しておる。
だは、余は息子であるアスバルを皇帝にすると決めたのだ。
あの軟弱者に帝国の舵とりは任せられん」
ガザリウス一世曰く、息子であるモルド皇子は武芸に劣り、文学を好む大人しい正確の持ち主で、戦いの最中にある帝国を率いるには力不足だという。
だが、ガザリウス一世がモルド皇子の妃を寝取り、アスバル皇子を産ませたという事については全く触れなかった。
人は常に他人の悪いところは突くが、自分の悪いところは認めようとしない。
もちろん、悪いとは言わない。
なぜなら僕もそうしたいからだ。
「であれば、皇帝陛下にはまだまだご存命でいただかなくては。
人間とエルフが虎視眈々とレイヴァンの地を狙っております。
しかし、アスバル皇子は御年9歳。帝位を譲位するには幼すぎます」
「無論、余はまだ生き続けるつもりだ。
アスバルが成人し、帝国を負うに足る男に育つまではな。
そしてそのために余は、これを手に入れた」
ポン、と老人の手が僕の頭を軽く叩く。
「シーザーと言ったな。
貴様の力はハウゼンから聞いておる。
なんでも巨大な機械仕掛けの騎士に変身できるらしいな」
「陛下、最近はそればかりでなく、地獄の雄と名高い百手騎士を配下に収め、そのヘルメットに憑依させ、武装しております」
「うむ、ソサイエスを殺した力であろう。
あれが聞くところのArmedという奴か。
兵器と聞いていたのでもっと大がかりなものかと思ったが、魔導具のようであるな」
「彼の力は全て陛下のもの。御存分にご用立てください」
「うむ、大義である」
僕の意志に関係なく勝手に話が進んでいく。
この帝都に呼ばれたのだって、僕に生意気な貴族を始末させることが目的だった。
恐怖で第一皇女派に圧力をかけるためだ。
それならそうと事前に相談してほしかったが、そのことを知らされたのは謁見の間に入る少し前。
しかも、僕は皇帝への献上品だそうじゃないか。
酷い話だ。
「シーザー、貴様の力、頼りにしておる。
余のためにその力、存分に振るうがよい」
ガザリウス一世は豪快に笑い、僕の頭をポンポンと叩いてくる。
調子のいい爺さんだ。
と、その時、応接間の扉がコン、コンとノックされた。
「入れ」
「皇帝陛下、失礼します」
扉を開けて入ってきたのは一人の騎士だ。
小走りでガザリウス一世の脇に駆け寄ると、その耳元で何かを告げた。
「諸侯を集めよ」
「御意」
そして騎士は素早く部屋を後にする。
「ハウゼン、早速、お前より受け取った力、使う時が来たようだ」
「戦でございますか?」
「ヘクトリア、ガリウス、ハルメルの連合軍が20万の軍でレイヴァンシュタインを包囲した」
2、20万?
レイヴァンシュタインって聞いたことないお城だけど、それを20万の大軍が包囲したっていうのか?
「ついに《列強》が手を結び、我が領内に攻め込んできたか。まあよい」
ガザリウス一世はさして動揺する素振りもなく立ち上がると
「ハウゼン、久々に楽しくなりそうだぞ」
雷帝とあだ名された軍人皇帝は自らに降りかかってきた危機すらも楽しんでいるようだった。
狂人だな。
『レイヴァンシュタインか。ははは、確かに面白くなりそうだ』
僕の頭上にももう一人、狂人がいた。