20話 百手騎士のArmed
僕は、Armedの製造は成功した。
そしてArmedの仕組みを少しではあるが理解できた気がする。
僕はブリアオレースを一度、食べた。
でもそれは肉体を喰らうのと大きく違う。
僕が食べたのは彼の魂だ。
僕に捕食された魂は僕の魂の中に取り込まれる。
そしてそこで、一つの契約を結ばされる。
僕に未来永劫従属するという契約だ。
その対価は無いわけではない。
でも、事実上は無いのと等しい。
兵器を造る。
それは悪霊との同意のもとに行われる召喚術とは全く性質が異なっていた。
強制的に契約を結ばせ、有無を言わせず外殻に押しこめ、戦奴として戦わせる。
百手騎士ブリアオレースは僕のArmedになった。
◇◇
「こっちはこっちで凄いことになってたんだね」
お城がブリアオレスを召喚した影響でめちゃくちゃになっていた。
まるでお城の中をハリケーンが通過したみたいに。
お城のメイドや執事で大けがを負った人はいなかったみたいだけど、その後の処理に追われている。
『あ~あ、百手のせいだぞ。城の中がこんなぐちゃぐちゃになったのは』
レギオンは口元をにやけさせながら、自分がすっぽりとはまり込んでいるヘルメットの内側へと目を向ける。
するとすぐに闇の中から赤い二つの目が現れてレギオンを睨み返した。
『黙れ。貴様にとやかく言われる筋合いはない』
ブリアオレースは抑揚のない声で言い返すと、直ぐに目を闇の中へとひっこめた。
『ちぇ~面白くないの~』
百手騎士ブリアオレース、冥界最強と謳われた三大騎士の一人。
彼はこの世界でも有名な地獄の大悪霊で、巨体でも知られているらしい。
三下どころか地獄でも名の通った強力な悪霊だ。
レギオンもハウゼンもそれを知っていて僕に嘘をついた。
彼が召喚したところで素直に従わないのも
お城の、しかも地下の工房で召喚したらどうなるかも最初からわかっていたのに。
なんてやつらだ。
鬼畜にもほどがある。
(でもこの二人、面識があるみたいだな)
会話からしてレギオンとブリアオレスは知り合いみたいだ。
どういった関係なのかは後々、聞いてみよう。
今は少し頭の中を整理したい。
膨大な量の情報が頭の中に流れ込んできたが理解できたのはその一部でしかない。
整理したうえで一つ、一つ、紐解いていくしかないだろう。
ハウゼンは惨事の後だというのにアルナとカーナを伴って食堂に入った。
食堂も被害にあったようで壁や床に沢山の傷が付いていたけど、机や家具は少し古い感じのものに取り換えられていた。
掃除も済んでおり、食事をするには十分な環境にととのえられている。
「クライセルとノルエール夫人は本当に優秀だ」
と、ハウゼンは歪な笑みを浮かべて席に着いた。
アルナとカーナもいつものポジションに腰を下ろす。
魔術の授業が終わると、その次は夕食と決まっている。
それを見越していたバトラーのクライセルと家政婦長のノルエールさんが最優先で食堂を復旧させたらしい。
3人が席に着くとどこからともなくクライセルさんとノルエールさんがやってきて、料理が運び込まれ始めた。
クライセルさんがハウゼンの、ノルエールさんがアルナ、カーナの給仕についた。
僕はというと、相変わらず机の上に置かれているだけだ。
ただし、もうランタンに入っていないためキャンドルのようにはいかない。
アルナとカーナの前に置かれた僕は、二人の玩具みたいな扱いだろう。
しかし、かなりの大事の後だというのに、このハウゼン一家のマイペースぶりは大したものだ。
全く動じない上に、どんなことが起こっても自分のペースを貫こうとするこの姿勢には恐れ入るよ。
(それに引き替え、僕は)
ヘルメットの内側を覗き込むと、直ぐに赤い二つの目玉が闇の中から飛び出してきて、目と鼻の先まで近づいてくる。
思わずビクッとしてしまい、言葉に詰まってしまう。
『我が主よ。何か御用か?』
「い、いや」
出来ればもう少し顔を遠ざけてくれると嬉しいな、とは言えなかった。
(まあ、ブリアオレスのことについてはまた後ということにしようかな)
色々、聞きたいこともあるのだが、僕はハウゼン達と違って自分のペースを崩されやすい。
今は少し休憩を挟んで頭を整理したかった。
僕はヘルメットの内側を覗くのを止め、改めて目の前で食事を続けるアルナとカーナを見た。
夕食も相変わらずハランキノコがふんだんにあしらわれ、それをアルナとカーナは無心で食べている。
だけど、自分達の向かいに座る父とは一言も言葉を交わそうともしない。
そしてハウゼンも自分から二人に声をかけるようなことはしない。
(これが、家族との食事か)
血の繋がった、家族との。
夕食が終わると、入浴の時間だ。
ノルエールさんがアルナとカーナを浴室へと連れて行く。
そして僕はというと
「行くよ」
「行きますよ」
「はい……」
強制的に連れていかれる。
もう1月近くそうだからさすがに慣れた。
新しく追加されたヘルメット、その頭頂のスパイクをアルナにガシッと掴まれると、そのままカーナが持っていた透明のガラス瓶の中に押し込まれ、蓋をされてしまう。
ハウゼンから貰った、生き物の臓器とか保管しておくためのビンに。
そうして僕は二人の幼女一緒にお風呂に入るのである。
「はあ……」
張られたお湯の上にぷかぷかと浮かべられながら僕は大きくため息をつく。
『どうした、シーザー。元気がないじゃないか?』
と、僕の頭上からわざとらしい口調で話しかけてくるレギオン。
もう30回ぐらい繰り返した会話だ。
いい加減、飽きる。
「うるさいぞ、レギオン」
僕は全ての視覚情報を遮断するために目を閉じている。
悪霊である僕は眠れないがそれでも少しは落ち着くことができる。
お風呂ではアルナとカーナも大人しいのでその間に一日の疲れを癒しておくんだ。
『なんだ、今日は幼女の裸体を見ないのか?』
とレギオンがニヤニヤしながら訊いてくる。
まるで僕が毎日、アルナとカーナの裸を見ているみたいじゃないか。
最初は必死に弁明していたけど今はもうそれすら気にならない。
「はいはい」
と軽く受け流して終わりにする。
そして暫く静かな時間が続くが途中から瓶が揺れているのに気づく。
「今日も寝てる」
「眠れないくせに」
アルナとカーナの声だ。
僕は静かに目を開く。
すると、双子の幼い顔がビンの中の僕を覗きこんでいた。
双子は湯船の中で疲れを取ると決まって僕の様子を観察してくる。
瓶を軽く揺らしながら、まるでペットを見るような眼で。
(今日も笑ってる)
この時間だけはアルナとカーナは笑みを見せる。
普段は仏性面で口が悪くて暴力的な双子が笑うのだ。
揺れるビンの中で僕は小さな笑みを浮かべる双子を眺め続ける。
そして双子も僕のことをずっと眺め続けた。
◇◇
お風呂から上がり、ネグリジェへと着替えたアルナとカーナは授業で使っている書庫へと移動する。
幸いにも書庫までは召喚の被害が及んでおらず、無事だった。
アルナとカーナは5歳でありながら読書好きという変わり種だ。
毎晩、寝る前に必ず本を読む。
しかも、大人でも尻込みするぐらいの分厚くて難しい本ばかりだ。
今日もノルエールさんが二人分の温かなミルクを持ってくる。
当然、僕の分は無いけど。
それから様子を見に来たハウゼンも合流し、二人の読書の様子を見守っている。
僕はと言うと、ちょうどいい機会なので新たにArmedとなった百手騎士、ブリアオレースについて色々と調べてみようと思う。
本人も僕の頭の上にいるからちょうどいい。
ただし、ヘルメットの中は覗かない。
彼、顔が近いから。
「ブリアオレース」
『ここに』
と、頭上から声がしてくる。
まあ、言われなくてもわかってるんだけどさ。
「君は地獄でどういう存在だったのか説明してほしい」
『我は百手騎士が一人、ブリアオレース。冥界の番人にして死霊の騎士の長たる者なり』
「それで」
『それ以上、語ること無し』
「ほう………」
このブリアオレース、なんとなくコミュ症の匂いがした。
これはあれこれ聞いても徒労に終わりそうだ。
仕方ないからハウゼンを呼んで詳しいことを聞いてみることにした。
「なるほど、ブリアオレースについて知りたいと」
よくぞ聞いてくれました、とハウゼンが赤い瞳を輝かせる。
「ブリアオレスは地獄の門番を務めていた悪霊だ。
彼は生前、ブリアオレースという名の騎士で、100人の精鋭騎士を率いる騎士団長だった。
彼と部下の100人の騎士達は強い絆で結ばれており、全ての騎士がブリアオレスの指揮の下、見事な戦いぶりを発揮し、百本の手を持つ騎士のように見えたことから彼らは百手騎士団と呼ばれるようになったのだ。
だが、彼らの時代は長くは続かず、忠誠を尽くしていた王が死に、国が滅ぼされ、彼らもまた処刑されてしまった。
その時のブリアオレスの怨念に、彼の部下だった騎士達の魂が付き従い一つになったのが死霊騎士の長、百手騎士のブリアオレスだ」
「だからあんな沢山の手があったのか」
彼の本体というか、真黒な影はいくつにも分裂して手になり、僕たちに襲いかかってきた。
あの手はブリアオレスの手というよりも、彼に死後も付き従った騎士達の手だったようだ。
「その後、彼は一つとなった騎士達と共に地獄を駆け回った。
その道中で彼らは多くの悪霊を殺し、自らの糧として取り込み、より強力な悪霊へと成長した。
そして仕えるべき新たな主を探し続けた、と。
こんなとことだろうか、ブリアオレース君」
とハウゼンが僕の頭部にくっ付いているヘルメット、ブリアオレースに尋ねた。
『左様。全て事実なり』
どうやらハウゼンの言ったことは全て正しかったようだ。
流石、ハウゼン。
狂人だけど説明するのが上手だ。
「ただ、私には一つ不可解なことがある。
私は間違いなく君を召喚する魔法陣を描いた。
にもかかわらず、術が発動するとシーザー君とレギオン君が魔法陣に吸い込まれてしまった。なぜだ?」
確かに、最初はこちら側に彼を召喚してそのままArmedにする算段だった。
でも、召喚魔術が発動した瞬間、逆に僕とレギオンが彼のところへと召喚されてしまった。
『我は昔、主の敵に敗れ封印された。
故に、召喚で呼び出されてもこちらの世に現ること叶わず。
故、呼び出した卿らをこちらの世界に引きずり込んだ』
つまり、彼は昔、戦いに負けて封印され、召喚に応じたくても身動きが取れなかった。
だから、かわりに僕たちを自分のいる世界に引きずり込んだらしい。
むしろ、それ以外に方法が無かったとか。
『我を呼び出し、配下に加えんとする者、ここ数千年の内に多々、現れた。
しかし、我が封印を解き、配下にせしめる者、現れず、全て我が糧としたり』
つまり、彼を召喚して、交渉して契約を結ぼうとした奴は沢山いたが、誰も彼の封印を解けなかったし、自分を従えるだけの実力も無かったので食い殺した、と。
おっかない奴だ。
僕らも一歩間違えればそいつらと同じ目にあっていたかもしれない。
「ブリアオレスが封印されたのはいつだ?」
『4000年前だ』
とブリアオレスではなくレギオンが答えた。
『百手は4000年前、レイヴァン皇帝に呼び出されArmedにされた。
だが、レイヴァン皇帝が死に、帝国が滅びた時、こいつも俺みたいに封印されちまったんだ。
ま、それ以降どうなったのか知らなかったが、やはり自力じゃ封印を解くことが出来なかったみたいだな』
『然り。だが、封印は解かれ、我は再び使えるべき主を得た。我は再び、己が役目を全うするのみ』
「ちなみに、ブリアオレスは4000年前、どんなArmedだった?
レギオンは巨神機兵とかいう巨大な動く鎧に憑依して戦ってたみたいだけど、君はどんな姿で戦ってたの?」
『我が姿は今も昔も不変。
皇帝陛下の頭上にて御身の守りを務めり。
しかし、陛下は我にも動く鎧をお与えくださり、時として戦場を掛け、敵の御首級を挙げり』
つまり、彼にもレギオンの巨神機兵ないし、それに類するロボットみたいな体を与えてもらったんだ。
ただ、昔も今も姿が不変、ということは4000年前も基本的にはヘルメットの姿のArmedだったということだろう。
「ブリアオレスは封印されていたみたいだが、その封印は強固なものだったのか?」
レギオンは《虚無の世界》とかいう、何人なりとも干渉のできない隔絶された世界に閉じ込められていた。
『我にかけられた封印はレギオンのそれと比べ、はるかに劣る代物なり。
しかし、並みの魔術の使い手では決して解呪出来ない、強力な光魔術の牢獄であった』
「封印に使われていたのは光魔術だったのか」
ということは、封印したのはエルフ達の可能性が高い。
4000年前といえばちょうどレイヴァン・リベリオンの時期とも一致して辻褄も合う。
「だけど、よくその封印が解けたな」
解呪の作業をした覚えはない。
その僕の疑問にはハウゼンが答えてくれた。
「封印された悪霊ないし聖霊を召喚するとき、対象をその場に止めようとする力とその場から解放とうとする力がせめぎ合う。
そして最終的に強かった方の効力が残る。
殆どの場合は封印の力の方が強く、召喚に失敗するのだが、今回はシーザー君の力の方が強かったというわけだ」
(召喚ね)
あの世界に来ていないハウゼンは知らないことだ。
僕はブリアオレースを一度、食べた。
そして無理やりに契約を結ばせ、ヘルメットの外殻に押し込んだ。
そこに召喚魔術特融の交渉も無ければ術者の値踏みも無い。
一方的な支配権の確立だけが存在する。
ただ今回は、運よく成功した。
しかし、未だ詳しいことについては謎が残り、次もこう上手くいくとも限らない。
僕が意味もわからず頭の中で組み立てて発動させた魔法陣、あれの意味をきちんと解明する必要がある。
自分の武器のスペックは把握しておかない。
(あ、そうだ)
スペックといえば
「Armedになったブリアオレスってどんな能力を持ってる?」
レギオンは巨大な機械仕掛けの騎士に変身して暴れ回る能力を持っているように、彼にもArmedとしての能力がある筈だ。
なんと言っても彼は《兵器》だ。
『我は御身の手となり脚となり、剣となり盾となる者なり』
「つまり、攻守と移動を担ってくれるってことか?」
『然り』
「ちなみに、どんな感じで守ったり戦ったりしてくれる?」
『我が内に住まう100人が騎士達と共に、御身の敵を殲滅する』
それはつまり、100本の手を使って、という意味なんだろうか。
いまいち言葉のキャッチボールが上手くいかない相手だ。
「それなら明日、彼の力を使ってみればいい」
ハウゼンがそう提案する。
「我が領内にはいくつか魔物が出没する場所がある。
普段は騎士達を派遣して手入れをするのだが、最近は戦争の影響で魔物を駆れていない状態が続いている。
出来れば、彼の力を試すついでに魔物退治をしてもらえたらありがたい」
「なるほど、それはいい案だ」
実戦で彼の力を試してみるが一番、手っ取り早いだろう。
ただ
「疑うわけじゃないんだけど、大丈夫だよな?」
『然り。この世界の卑しき魔物風情、我が敵にあらず』
なら、問題ない。
まずは試すことから始めよう。
今後もAmredを製造することになるかもしれない。
第一号でしっかりと実験してみないと。
明日からの方針も決まった所で夜も更けてきた。
読書の時間は終了し、それぞれの部屋に戻った。
僕は無論、アルナとカーナの部屋に。
二人の部屋もブリアオレスの被害を免れていたため、綺麗なままだ。
双子はガラス瓶に入った僕を腕に抱いたままベッドの中にもぐりこむ。
「おやすみなさいませ」
ノルエールさんは寝室から出ると同時に、蝋燭の火を消した。
それからしばらくして、僕の耳元に少女達の小さな寝息が聞こえてくる。
耳なんてないけど。
「すぅ……すぅ……すぅ……」
目とも体とも言えない球体をぐるりと回すと、目の前にアルナの寝顔があった。
子供のくせに目つきの悪い彼女だけど、今は天使のように無垢な寝顔を晒している。
反対を向けば、今度はカーナの寝顔があった。
気怠そうな半目をしているこの子も、寝ている時だけは5歳児の女の子。
『悪霊の身分で両手に花とは贅沢だな、シーザー』
と、レギオンがひそひそ声で囁いてくる。
(何度、同じことを言えば気が済むんだ、こいつ)
毎晩のように。
耳にタコができる
『英雄、色を好む。我が主は好色なり』
お前もか、ブリアオレース。
レギオンだけでも扱いづらいのに、また変な奴が増えてしまった。
早めに耐性を付けておかないとノイロウゼになりそうだ。