14話 幼女との生活 剣術指南編
ボルメンシュタイン城での初日はまず、アルナとカーナに着いていくことから始まった。
いや、着いていく、というよりも連れられる、というほうが正しいな。
最初に僕が連れてこられたのは城の書庫だ。
図書館といっても差し支えないぐらいの量の本がずらりと並んでいる。
書庫には既に執事と思われる人が待機していて、アルナとカーナが部屋に入ってくると胸に手を当て深く頭を下げた。
そして直ぐにアルナに抱えられている僕に気づく。
「貴方が閣下の仰っていた使い魔ですね」
執事は身長が高く、白い髪に、青い瞳、口元にも髭を生やしていた。
年齢はどうにも判断しづらく、だいたい4、50代と思われた。
いかにも忠誠心が厚そうな厳つい顔立ちの持ち主で、一分の隙もなく着こなした紳士服とピシッとした立姿が印象的な人だ。
「一応………」
とだけ言葉を返すと、執事は
「お初にお目にかかります。
ハウゼン家のバトラーを務めておりますクライセルと申します。以後、お見知りおきを」
と、とても堅苦しい挨拶を返してきた。
『ああ、よろしくな』
と、それに平然と軽い口調で受け答えできるレギオンの天然さは何なんだ。
「僕はシーザー、この上に乗ってる生意気なのがレギオン」
レギオンが勝手に口を開いてから、付け足す形でそれぞれの名前を名乗っておいた。
『何が生意気だ。それならお前もいい勝負だろ』
と頭上から不満げな声が聞こえたが無視する。
誰がどう見ても僕は謙虚だろ。バカが。
「閣下からは貴方に城の内部を案内するよう申し付かっておりますが、これからアルナ様とカーナ様の算術と読み書きの授業あるため、今しばらくお待ちください」
「へぇ、5歳でもうそんなことしてるんだ」
流石、貴族様の御令嬢。お受験があるわけでもないのに頑張るね。
「無論です。アルナ様とカーナ様は大公爵の御息女。
閣下のお名前に恥じぬよう優れた知性と教養を身に着けて頂かなくてはありません」
ということで、アルナとカーナはこれからお勉強タイムらしい。
なら、邪魔にならない所にでも置いておいてもらえれば―
ゴトン……
と、アルナが勉強に使うと思わしき長机の上に僕を置いた。
「いいでしょう。では、アルナ様、カーナ様、授業を始めますよ」
と、アルナとカーナは図書館にある本を教科書に、クライセルさんから算術と読み書きを教わり始める。
僕は並んで勉強する二人の脇からその姿を見守った。
(この世界にも四則演算ってあるんだな)
足し算、引き算、掛け算、割り算、まあ、あって当然なのかもしれないけど違う世界で元の世界と同じものがあるって不思議な感じだ。
文字だって違うのに、数字は同じだなんて変な話だよな。
いちいち突っ込んでいたらきりがないのかもしれないけど。
なんて二人が勉強しているのを眺めていると
「シーザー様、レギオン様」
と、アルナとカーナに問題を解かせている間にクライセルさんが話しかけてきた。
「お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
と真剣な目線を送ってくる。
もちろん、断る理由は無いので
「どうぞ」
「お二人は、文字の読み書きは出来ますか?また、数を数えることは?」
どうやら僕たちの知性がいかほどかをチェックしたいらしい。
「読み書きは……どうでしょう、ちょっと自信がありませんけど、算術なら」
と僕は答えた。
今のところ文字や言葉は全て理解できているが、その理由がわからない以上、確実に大丈夫とは言い切れない。
だが、算術というか数学なら元の世界でたっぷりと勉強してきた。
なんなら、クライセルさんよりも出来る自信がある。
「レギオン様は?」
『俺も問題ないぜ』
「なら、御二方にテストさせていただいても?」
「構いませんよ」
『いいぜ』
ということで、いきなり悪霊である僕たちの学力テストが始まったわけだが、結果から言わせてもらえば全問正解だ。
僕もレギオンも、両方とも満点を取った。
いや、取れて当然だろ、というレベルの問題なのだが、クライセルさんは
「凄い、本当に知性のある悪霊とは……」
と驚いていた。
「閣下からお手紙で御二方のことを知らされた時はまさかと思いましたが、驚きました」
ま、当然だな。
中身は高校生だ。
それぐらいできる。
結局、算術と読み書きの授業で習う事が無いため、この時間はアルナとカーナの勉強する姿を見守ることにした。
「アルナ様、カーナ様、出来ましたか?」
と、解かせている問題の進捗具合をクライセルが二人に尋ねると
「うるさい」
「ウザ」
平気で悪態をついた。
どうやらこの双子、クライセルさんにも普段から生意気な態度を取るみたいだな。
「アルナ様、カーナ様、ハウゼン家の令嬢としてお言葉は慎重にお選びください。
それに、いつも言っているようにもっと愛想よく他人の言葉を交わすよう御心がけを」
「ヤダ」
「ウザ」
アルナとカーナの傍若無人ぶりは凄まじかった。
「はあ……」
クライセルさんは額に手を当てて、困り果てた様に頭を振る。
苦労してるんだな。
午前を勉学に費やした二人は授業を終えるとそのまま食堂へと移動する。
食堂は流石、お城のものというだけあって立派なものだ。
海外ドラマに出てくるような長い机に、キャンドル、銀の食器、高そうな椅子。
そして壁際に控えるメイドたち。
アルナとカーナが食堂に入るとメイドたちはいっせいに頭を下げて出迎える。
そして顔をあげると一人の若いメイドがアルナの手に持たれている僕の存在に気が付いた。
「あら、貴方が閣下の仰っていた使い魔ですか?」
金色の髪を後ろで束ね、赤い目をした愛嬌のある美人。
年齢は20代前半に見える。
そして頭には他のメイドよりも立派なカチューシャを被っていた。
「ええ、一応」
クライセルさんの時と同じく、一応で返答する。
「わたくし、ハウゼン家で家政婦長を務めさせていただいております、ノルエールと申します。以後、お見知りおきを」
ノルエールと名乗ったメイドさんは礼儀正しくスカートの裾をちょこんと摘まみ、会釈する。
礼儀正しいね、誰かさんと違って。
双子は何一つ憚ることなく、メイドに椅子を引いてもらって席に着くと、僕を机の上にポンと置いた。
まるで食卓を彩るキャンドルみたいな扱われ方だな。
二人が席に着くと直ぐに銀の皿に盛られた料理が次々と運び込まれてくる。
だが
(え、キノコ?)
双子の前に置かれた料理を見て僕は思わず目を見開いた。
本来は主食が置かれているであろう皿の上に巨大なキノコが鎮座していたのだ。
また、他の皿の料理にもキノコが付け合せに乗っている。
「アルナ様、カーナ様、本日のメニューはハランキノコのバター焼き、ハランブタのから揚げ、ハランブタの腸詰、ハランキノコのサラダとなっております」
(やっぱり、キノコなのか?)
とにかく一番目を引くのが巨大なキノコを丸ごと焼いた料理、おそらくはハランキノコのバター焼きという料理だ。
ヨーロッパだとパンやジャガイモとかが主食としてよく食卓に並んでいるのに、この食卓では巨大なキノコがその位置にいる。
しかも、アルナとカーナは気にする素振りもなくナイフを焼かれた巨大きのこに突き刺し、切り分けるとムシャムシャと食べ始めた。
「キノコ料理は珍しいですか?」
僕が二人の料理に注目していると先ほどのノルエールさんが声をかけてくれた。
『いや、ブランじゃ定番だからな』
と僕の頭上の上でレギオンが体を左右に振るが、ちょい待て
「僕は知らないぞ」
『あ、そっか、お前は初めてだったな。すまん、すまん』
全く、余計なことを言ってくれる相方だ。
「ブランが初めてということでしたら、差し支えなければ私がこの国の食文化についてお教えいたしましょうか?」
とノルエールさんが申し出てくれたのでお願いすることにした。
「ブランでは主食としてキノコが定番でハランキノコという種類のキノコを使っています。今は調理されているため見た目が変わってしまっていますが
真っ白な傘に赤の斑点が散りばめられている独特な模様をしています。
名前の由来は、このキノコを洞窟の中で見つけ、最初に口にしたハランという方から取ったと伝えられています」
「なぜブラン人はキノコを主食に?」
しかも、洞窟で見つけたやつを主食にしたのだろうか。
「その理由はレイヴァン地方特有の問題にございます。
この地では一年のほとんどが分厚い雲に覆われているため太陽の光が届かず、土地も痩せこけているため作物の生育に向きません。
ですが、暗い洞窟の中で生息しているキノコなら栽培可能なのではないかとハラン氏が試みたところ、予想は的中し、ハランキノコは劣悪な環境下でも強い繁殖力を発揮して栽培に成功したのです。
それ以降、ハランキノコはレイヴァン地方に広がり、我らの主食となったのです」
「なるほど」
確かに、ボルメンシュタインに向かう途中で見たあの青黒い土じゃ真面な植物は育たないよね。
太陽だって出てこないんだもん。
「また、ハランキノコは畜産にも大きな影響をもたらし、家畜に食べさせるための餌がなかったブランにハランキノコという新しい飼料を与えたのです。
おかげで、それまで不可能とされていた牧畜がブランの地でも出来るようになったのです」
昼食のメニュー出てきたハランブタとはハランキノコを使って飼育した、という意味ならしい。
他にも、鶏、牛、羊、馬、家畜として考えられる殆どのものがハランキノコを餌として育てることが出来た。
そのため、そうして育てられた家畜には必ずハランという言葉がくっついている。
でも、米を主食として生きてきた日本人である僕はキノコが主食という食文化にはなじめそうもない。
まあ、悪霊である僕は食事を必要としないからいいんだけどね。
僕はアルナとカーナがむしゃむしゃとハランキノコを頬張るのを眺めながら朝食の時間を過ごした。
食事後、1時間の休憩を挟んで剣術の授業に入る。
場所は城の中庭。
二人はまだ幼いため木刀を持っての稽古だ。
剣術の先生は午前に算術と読み書きの教師をしていたクライセルさんが務めている。
僕は庭の端っこからアルナとカーナを見守る。
クライセルさんも流石に悪霊に剣の腕前までは求めなかった。
剣術の鍛錬はかなり本格的に行われる。
まず、二人は服装からして違った。
ゴスロリ調のドレスから、動きやすい革の短パンと白のシャツに着替え、腰には子供用と思われる、木でできた小さな剣を差していた。
クライセルさんも紳士服のジャケットを脱ぎ、上はワイシャツのみという格好だ。
手にはやはり木の剣が握られていた。
クライセルさんはまず、二人に剣の型を徹底に指導した。
素振りをさせ、悪いところを指摘し、型を固めていく。
それが出来ると訓練用の藁人形を倉庫から引っ張り出してきて、実際に打ち込みをさせることで基礎力を養う。
これが終わると一端、休憩だ。
アルナとカーナはクライセルさんに絞られて疲れ切った顔をして芝生の上に座り込んでいる。
僕はというとちょうど機会なのである質問をクライセルさんにぶつけてみた。
「この世界の武器って剣が主流なんですか?」
「いえ、剣だけではありません。槍、斧、弓の4つが武器の中では主流です」
アウターヘヴンでは剣や槍といった古くから伝わる武器が重要視されているようだ。
伝説に本に出てくる英雄も皆、聖剣や聖槍で武装しているとクライセルさんが教えてくれるのだが
(質問の仕方を間違えたな)
僕は単純にこの世界に銃器はあるのか知りたかっただけだ。
蒸気機関が既に存在していることから地球でいうところの産業革命はこの世界でも起きている筈。
地球ではそれに伴って武器も発展していったがこの世界では未だ剣、槍、斧、弓などが主力だ。
「銃ってないんですか?」
「ジュウ?聞いたことがありませんが、何かの武器ですか?」
「いえ、まあ、そんなところですが。じゃあ、火薬はどうですか?」
「カヤックですか?さあ、聞いたこともありません。それも武器ですか?」
「やっぱりいいです。忘れてください」
どうやら、この世界には火薬も銃器も無いみたいだ。
「シーザー様はあまり剣に興味が無いようですね」
「え、そう見えましたか?」
「アルナ様とカーナ様の鍛練をどこか陳腐なものを見る様な目で眺めておられました」
なるほど、ばれてたか。
地球では剣や槍なんてとっくの昔に姿を消した武器だ。
もっと強力な兵器を沢山、知ってる。
それに比べたら剣や槍なんてしょぼい武器としか思えなかった。
ただ、そんなことを正直に言える筈も無く
「いえ、そういうわけではありません。
剣の鍛練を初めて見たものですから、不思議な気分になっていただけです」
「まあ、確かに、それもそうでしょうな」
ハウゼンに連れてこられた使い魔という設定のかげで、剣の鍛練を見たことが無いと言ったら簡単に信じてもらえた。
まあ、でも、剣の鍛練を見たことが無いというのは本当だけどね。
見たことあるのは剣道の稽古ぐらいだ。
「アルナ様、カーナ様、お時間です。お立ちください」
休憩が終わると剣術の授業はクライセルさんによる技の実演に入った。
居合術でも見せてくれるのかな、とどことなくバカにした気持ちでそれを見ていたのだが、クライセルさんはなぜか用意した藁人形から離れた位置に移動してしまう。
距離にしてだいたい5mぐらい。
(なんだ?)
明らかに剣のリーチ外なのに何をするつもりだ、と見入っていた時、それは起こった。
クライセルさんが剣を鋭く横に振り払うと、半瞬遅れて藁人形の首が飛んだのだ。
「は!?」
(な、何が起こった!?)
切先は全く藁人形に届いていないのになぜ首が落ちた?
まさか、人形に最初から細工が?
『なんだシーザー、見えなかったのか?』
「え、何を?」
『風だよ』
風?
「ほう、レギオン様には剣の心得があるとお見受けしました」
剣を鞘に収めながらクライセルさんが得意げな顔で僕たちを見てきた。
そしてどこか誇らしく胸を張って
「シーザー様、これが剣を極めるということにございます」
(いやいやいや)
絶対におかしいだろ。
剣の一振りで鎌鼬でも引き起こしたとでもいうのか?
鎌鼬現象は現代科学でもその存在を疑われているものなのに、それを、中世さながらの武器を使って引き起こしたっていうのか?
だが、クライセルさんが実演した技はこれだけではい。
乱雑に設置した複数の藁人形を、一瞬で真っ二つにしてしまった。
一瞬でだ。
その速度は目にも留まらない程のものであり、残像すら見えた。
「剣を極めれば誰にでもできることにございます」
と、涼しい顔で言ってのけるクライセルさんだけど僕には信じられない。
(絶対、裏がある。何か仕掛けがあるんだ)
『ねぇよ。極めればああなるんだ』
と頭上のレギオンが小ばかにするように笑いながら言ってきた。
球っころのお前に何がわかるって言うんだ。
しかし、クライセルさんは僕の度肝を抜けたことがよほどうれしかったのか、それからも色々な技を実演して見せてきた。
一回の抜刀で複数体の人形を同時に切り倒して見せたり、中庭に置いてある巨大な岩を両断したり、鉄で出来ているだろうと思わしき街灯までも真っ二つにしてしまった。
途中からは器物破損に当たるんじゃないかと不安になるようなものまで両断しだし、気づけば中庭にはクライセルさんの剣の餌食となった物品が散乱していた。
「まあ、こんな所でございます」
優越感に浸る様な笑みを浮かべて僕を見下ろすクライセルさん。
だが、なんだろう、全くムカつかない。
それよりも
(いいのか……これ……?)
クライセルさんの背後に山と積み上がる、両断された品々。
これ、ハウゼンに見つかったら流石に切れられるんじゃね?と思っているのは僕だけなんだろうか。
「ふぁ~」
「はぁ~」
僕の横でアルナとカーナが退屈そうに欠伸をしている。
どうやら、この二人はあまり剣の技に興味が無いらしい。
だから僕が食いついたときクライセルさんが喜んだのか。
その後、中庭の掃除が終わるまで剣術の授業を再開できなかったのは言うまでもない。
◇◇
この世界では、扱う武器によってそれぞれクラスが存在する。
一つは剣を専門に扱うクラス《グラディエーター》。
剣はオーソドックスでバランスに重点を置かれている武器のため汎用性が高く、剣術の型を複数踏み合わせることで戦術の幅も広げやすい。
その代り、突出した能力もないため器用貧乏になりやすいというデメリットもあるが
極めればことでどんな敵にも対応できる究極のバランスタイプだ。
一つは槍を専門に扱うクラス《ランサー》。
こちらはグラディエーターとは違い、攻撃特化型。
槍を使った鋭い一突きによる一点突破。
攻撃こそが最大の防御であり、とにかく敵の防御を貫くことに重点を置いている。
一つは斧を専門に扱うクラス《ウォーリア》
こちらもランサーと同様、攻撃型特化のクラスだ。
斧から繰り出される強烈な一撃をもって敵を撃破する、バリバリのパワータイプ。
腕力に自信のある者にはお勧めのクラスだそうだが大きな斧というのは扱いも難しく、極めるには才能と技術も必要とされるらしい。
一つは弓を専門に扱うクラス《シューター》
このクラスはとにかく遠距離からの攻撃を主眼においたクラスだ。
近接系の大御所である《グラディエーター》、《ランサー》、《ウォーリア》のアウトレンジから一方的に攻撃を加えることが可能で、倒しきれなければヒットアンドアウェイを繰り返す。
この世界で武器を扱うクラスはこの四つが主流だ。
ただし、格クラスの頂点にたどり着くには飛び抜けた才能と血のにじむような努力が必要であるため、大抵の人間はある程度のレベルまで達したら次のクラスへと転職して裾野を広げるのが基本だそうだ。
逆に、各国の騎士や武名を挙げたいと思う者達は一つのクラスに重点を置いて徹底的に極めていくそうだ。
ぶれることなく、一つのことを貫き通すというのが騎士や武人の美徳だそうだ。
僕には理解出来ない価値観だけどね。
そしてハウゼン家の執事を務めているクライセルさんの爵位は騎士公だ。
そのため彼も一つのクラスに重点を置いており、今日まで《グラディエーター》一筋で来ている。
ちなみに、格クラスは実力に応じて共通のランク分けがされており、下から順に
イニシエイト(見習い)
ナイト(騎士)
バロン(男爵)
ヴァイカウント(子爵)
カウント(伯爵)
マーキス(侯爵)
デューク(公爵)
キング(王)
となっている。
貴族の階級と同じだ。
格クラスごとに昇格するための条件が定められているらしく、それをクリアするとランクアップして自らの称号として名乗れるのだそうだ。
一般的にカウント(伯爵)の位を得ていれば一目を置かれる存在になるらしい。
確率的な話をするならば、マーキス(侯爵)にたどり着けるのはだいたい数万人に一人、デューク(公爵)は数十万人に一人、キング(王)は数千万人に一人らしい。
また、キングの上にはエンペラー(皇帝)という階級があるそうだが今までの歴史上、ここまで到達できたのはわずか数名であり、そこまで辿り着ける才覚を持つ者は数億人に一人と言われている。
そして、その才能ある持ち主が剣と出会い、良き師匠と出会い、技を研鑽できる環境に入れるかというものも併せて考えると出現する確率は果てしなく低い。
そんなわけで、各クラス、共にエンペラー(皇帝)の位は長年空位になっているのだとか。
ちなみに、現在のアルナとカーナはイニシエイト(見習い)であり、次のクラスであるナイト(騎士)に昇格するにはまだ時間が掛かりそうだ、とのこと。
それは二人の才能云々よりも体格的にまだ子供であるため剣を扱い切れないのが原因らしい。
ただ、それも成長と共に勝手に克服される問題だそうだ。
一方のクライセルさんはというと、グラディエーターでデュークの称号を持っているとか。
数十万人に一人と言われるデューク・グラディエータ、というわけだ。
◇◇
当然のことながら、アルナとカーナはクライセルさんから指南をうけているのは《グラディエーター》のクラスだ。
バランス重視の、オーソドックスなタイプ。
アルナとカーナは二人がかりでクライセルさんに切りかかり、実戦さながらの気迫で模擬戦を行っている。
一方のクライセルさんは二人の幼女を木剣で簡単にあしらいつつ
「いいですか、アルナ様、カーナ様。《グラディエーター》というクラスはその性質上、全てのクラスの基礎となるものです。ここで学びえた知識や経験は今後、大いに活かされるでしょう」
と持論を展開している。
クライセルさんの話では、剣の道を究めていくと同時に身体能力もアップしていくらしい。
極めれば極めるほど、無限の可能性を秘める。
それが剣の道ということらしいが僕には信じられない。
ゲームで剣士を育成しているとレベルアップと同時に攻撃力だけではなく、HPやスピードなどその他のステータスも上昇するがそれは所詮、ゲームの話だ。
現実とは違う。
何かメカニズムがある筈だ。
地球では起こり得なかった現象が起こる理由が。
などと思っていたら、アルナとカーナがクライセルさんに吹っ飛ばされた。
誇張ではなく、クライセルさんは剣を一振りしただけで強い風をお越し、二人を軽く転倒させてしまったのだ。
絶対におかしい。
アルナとカーナは背中を強く打ったらしく、痛む部分を摩りながら鋭い視線でクライセルを睨む。
「さあ、アルナ様、カーナ様、早くお立ちくださいッ!
ハウゼン家の御令嬢として恥ずかしくないよう、このクライセルがみっちりと剣の指南をして差し上げますぞッ!」
クライセルは木剣を構えると、双子の姉妹にかかってくるよう声をかける。
それに対してアルナとカーナは直ぐに立ち上がり、全力で切りかかっていった。
しかし、二人ともクライセルさんに叩きのめされ最後まで歯が立たなかった。
そして剣術の稽古が終わると、アルナとカーナはクライセルさんに勝てなかった腹いせに僕のランタンを木剣でぶっ叩いてきた。
乱暴者め。
本当に傍若無人な子供だな。