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巨神機兵の契約者 ―破滅のオーメン―  作者: Super Soldier
第2章 魔神の産まれた日
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11話 殺戮考察

あっけないものだ、とハウゼンは息をつき、自分のスキンヘッドを撫でた。

彼の背後には何もない。

ついさっきまでは宙に浮く謎の巨石があった。

だが、それは巨大な騎士の化け物となって聖典騎士たちを駆逐しに行った。


もし、あのランタンの悪霊が伝承にあった通りのArmedでなければハウゼンの命運は尽きていたかもしれない。

そう考えると、久々にゾクっとした感覚が全身を駆け巡る。

シュナイゼルを使う手も彼にはあったがそれはあまりにも危険な賭けだった。

博打を打たずに済んでよかったとハウゼンは胸を撫で下ろす。


(しかし、死が間近に迫っていたことを後々になって知るのはいつだって刺激的だ)


年を取り、鈍感になっていく一方の自分の感覚がそれによって再び覚醒させられるのは快感にも近い。

命というものを実感できる。


「さて、そろそろ終わったかな」


 つい先ほどまで騒がしかった神殿の外が静かになった。

 きっと終わったのだろう。

 ハウゼンはシュナイゼルと、生き残ったわずかな兵を引き連れ神殿の外へと向かう。


 その途中でハウゼン達は凄惨極まる血と肉片の数々を見た。

 あの化け物の喰い散らかした跡だ。


 むせ返りそうな死臭に生き残った殆どの兵が吐いた。

 だが、ハウゼンとシュナイゼルだけは平然とその中を歩いていく。 


「どうかね、シュナイゼル君。彼はやはり伝説通りの存在だっただろ?」


 スキンヘッドの老人はぶちまけられた臓物の上を歩きながら、満面の笑みを浮かべて後ろを歩くシュナイゼルを振り返った。


「はい、閣下。僕が間違っていたようです」


 と自らの認識が間違っていたことを認める。

 ハウゼンらが召喚した魂はレイヴァン皇帝のものではない。

 だが、彼は伝説にあったArmedなのだ。


「これから楽しくなるぞ、シュナイゼル君」


 ハウゼンは年齢不相応に真白な歯を覗かせて微笑んだ。

 興奮気味に、息をわずかに乱して。

 そんな老人の姿をシュナイゼルは初めて見る気がする。





 ハウゼン一向は黒い部屋を出て、戦闘の爪痕が色濃く残る巨大な通路を抜け、壁に空いた大穴から外に出た。


「おお、素晴らしい……」


 そこでハウゼンは感銘を受けたかのような声を漏らす。


 大穴からは神殿から遺跡の入り口までを一望できた。

 眼下には、ヘクトリア王国軍が設営した野営地だったものが広がっている。

 見渡す限り、血の海だ。

 かつては人間だったであろう肉片や臓物がいたるところに散らかっている。

 これも神殿の中でみた彼の喰い散らかした跡なのだろう。

 

 死体が遺跡の出口付近に一体も転がっていないことから誰も逃げ切ることができなかったと推測できる。

ヘクトリア王国軍は一人残らず彼に食い殺されたのだ。


「流石、といったとことですか」


 ハウゼンに並んで地獄絵図を見下ろすシュナイゼルは冷静だった。

 これだけの力があれば戦力として申し分ない、とその《性能》を評価していた。


「こんなのは序の口だよ、シュナイゼル君。彼はもっと、もっと強くなるぞ」


 ハウゼンは視線を地獄絵図の中を泳がせ、そして彼を見つけた。


 血の海の中にポツリと浮かんでいる一つの球体。


 彼は神殿に背を向けるような格好で、自分が作り上げた地獄を眺めていた。


 頭上にちょこんと乗っている、レギオンと共に。



◇◇



気が付くと僕は赤黒い渦の中を落ちていた。

 人間として生きていた頃、何度も夢に見たあの渦だ。

 中は戦争の音で満ちていた。

 剣戟の音、悲鳴、勝利の高笑い、敗者の怨嗟の声。

 

 そして気が付くと僕は巨大な騎士になっていた。

 祖父を亡くした直後から見るようになった、あの夢のように。


でも、僕の目の前にあったのは燃え盛る街じゃない。

光り輝く何かが沢山あった。

それが無性に許せなかった。


 殺してやる。

惨殺してやる。

虐げ尽くしてやる。


 そんなどす黒い負の感情が無尽蔵にこみ上げてきて、気づいた時にはその光の一つに食らいついていた。


 でも、感じていたのは何も憎悪だけじゃない。

僕は強烈な飢餓感にも苛まれていた。

 耐えがたいほどの飢えと渇き。

 でも、それを満たす方法を僕は誰にも教えられることなく理解できていた。


 光を食らうんだ。

とにかく光を。


僕は必死に光に手を伸ばしてた。


 捕まえて、引きずり下ろして、食い殺して。

 足りないと、次から次へと食い殺して。

そして飢えが満たされ始めると今度はまた違う感情が込み上げてきた。

それは愉悦だ。


殺すことが楽しくなってきた。

夢中になっていた。

逃げまどう奴らを一人、一人、捕まえて、死への恐怖を堪能させたのちに殺し、さらに深い絶望へと落としていく。


 初めて僕が虐げられる側から虐げる側に変わった瞬間だった。

狩られる側だった僕が初めて狩る側に回って人の命を弄んだ。


 ただ、そのすべてを詳細に覚えているわけじゃない。

 まるで高熱にうなされた時のように、記憶があやふやになっている。


(でも楽しかった……)


 嘘偽りない僕の本心だ。



そして気が付くと、僕は目の前の光景をただ茫然と見ていた。


見渡す限り、血と臓物の海。

 全て僕がやったことだ。


 でも、罪悪感は無い。


『どうだ、シーザー。初めて奪う側になった感想は?』


 頭上のレギオンが僕に問いかけてきた。

 目の前の地獄絵図を描いた共同制作者でもある。


「ああ、悪くない」


 と僕は言うが、その声には全く気が籠っていなかった。

 でも不満があるわけじゃない。

 満足している。

 でも、不思議と興奮してこない。


『楽しんでもらえたならなによりだ』


 ああ、十分だよ。

僕は奪う側の心地よさを知ることができた。

そのうえ、体中から力が漲ってくる。

人を喰らったことで力が増したようだ。


でも、不思議と僕の心は白けていた。

なんでだろう?と自分の内側に問いかけてみると直ぐに答えが返ってくる。


僕は奪う側に回って、命を弄んで、その感覚を堪能してみて、目の前の惨劇の後の景色を眺めた結果、飽きたんだ。


 それはゲームが飽きるまでの過程とよく似ている。

 買った当日は無我夢中でやりこんで、ゲームが楽しくて仕方がない。

 でも、時間が経つにつれて興奮も冷め始め、次第に同じ作業を繰り返していることに気付く。

 そこから飽きるのは早い。


 気が付くと、まあ、こんなものだったか、とそのゲームをやらなくなる。

 残ったのはあくまでも《楽しんでいた》という記憶だけ。

 その時感じていた興奮も僕の中に《記録》として残っているだけで、思い出すことはできない。


 僕は目の前の血の海を見てその時と同じ感覚を覚えている。


 人を殺すのは別段、悪い気分でもなかった。

 初めて奪う側を堪能した。


でも、数百人と殺していくうちに飽きてきた。

奪うことに満足したということなのかもしれないけど。


そして、意識が戻ると目の前には地獄絵図。

その時、思った感想が、ああ、こんなもんか、だ。


奪われる側にいるくらいなら奪う側にいた方が得。

それぐらいの感情しか浮かんでこなかった。


 でもいいさ。


「新しい目標が出来たよ」


 これだけの力があれば成し遂げられること間違いない、僕の幼い頃からの夢。


『おお、夢か。いいじゃねぇか。なんだよ、その夢って?』


 なに、幼稚な、本当に幼稚な夢さ。

 ずっと憧れて、でも諦めた夢。


「僕は、この異世界で《独裁者》になる」


 この力を使って、必ず世の支配者になってやる。

 そして今度は僕が世界を虐げてやるんだ。



◇◇



 人は大別すると、自らの苦しみを糧に他人に尽くすものと、自らの苦しみを盾に他人を害すものがいる。

河崎零という少年は、間違いなく後者の人種だった。

 


◇◇



ハウゼンは神殿を出て、彼のもとへと歩いた。

ぴちゃぴちゃと軍靴が血を散らし、軍服が汚れるのも気に留めない。

時折、人の臓物を踏みつぶす柔らかな感触が足裏に伝わってくるが、ハウゼンはそれすらも快感を覚える様に白い歯を覗かせた。

 

「いい景色だ」

 

ハウゼンは悪霊の真横に静かに並ぶと、さっそく、目の前の地獄絵図の感想を漏らした。

 しかし、その言葉に悪霊が反応することはない。

悪霊はとても落ち着いた様子で、歴戦を戦い抜いた戦士のようにどっしりしている。


「どうだったかな、初めての戦場は?」


 と尋ねると、頭上のレギオンだけが小さな丸い胴体をクルリと回転させてハウゼンを見た。

 でも、シーザーは目の前の惨劇に目を向けたまま動かず


「特に」


 と、抑揚のない声で返してきた。


「人の命を弄ぶのは楽しいだろ?」


 焼けただれた頬を吊り上げ、老人とは思えない程に見事に整った白い歯を覗かせる。

 邪悪で、不吉な笑みだ。

 その赤い瞳には狂気が滲み出ていた。


「ああ。楽しかったよ」


 楽しかった。

 それは過去形だ。

 つまり、もう殺人には飽きが生じたらしい。


 だが、ハウゼンは気づいていた。

 彼の真赤な瞳が邪悪に輝き、《あくどい》ことを考えていることに。


「私と一緒に来ないか、シーザー君?行くあてがあるわけでもないのだろ?」


 シーザーを連れ帰るのがハウゼンの任務だ。

 だが、彼は今、任務としてシーザーを連れて行こうとしているのではない。


 彼は何を考え、これからどう行動していくのか、それについての興味が無尽蔵に湧き上がってくる。

 つまり、自分の好奇心を満たすために声をかけているのだ。


「確かに、行く当ては特にないな」


 ハウゼンからの誘いを受け、悪霊はようやく彼を振り向いた。

 真紅に輝く光がハウゼンの瞳をのぞき込んでくる。

 その目はまるで、ハウゼンに付いて行くだけの価値があるかどうかを値踏みしているかのようだった。


「見たところ君はこの世界に来たのが初めてのようだ。よければ私がこの世界を案内しようじゃないか。きっと楽しいぞ」


 楽しい、それが何を意味するか悪霊にはよく理解できた。

 ハウゼンが何のためにシーザーをこの世界に召喚したのかを考えれば、これから先に何が待ち受けているのかは容易に想像できる。


(でも、それも悪くない)


 ハウゼンに付いていくという話は悪霊からしても悪くない話だ。

 ちょうど彼にも新しい目標ができた。

権力者に寄生してなり上がるほうが楽でいい。


「わかった。なら、僕はあんたについて行くよ」

「おお、それはよかった」


 ハウゼンの赤い眼が少年のような輝きにあふれてくる。

 欲しかった玩具を手に入れたときのような、そんな眼だ。


「暫くは我が家でくつろいでくれるといい。今後のことはまたその時にでも話し合おう」


 などと老人も口では言うものの、既に脳髄の中は真紅に染まり切っていた。

 倒さねばいけない敵は多くいる。

 殺さなければならい敵兵は無数にいる。

 そしてそれを殺しつくせるだけの力は手に入った。

 

 あとは、悪霊のために万事を整えるだけ。

 ワクワクが止まらなかった。


「わかった」


 と、悪霊は了承した。

 そして悪霊は醜い手をハウゼンに向かって差し出した。


「よろしく、ハウゼン」

「ああ、こちらこそよろしく頼むよ、シーザー君」


 一匹の悪霊と一人の悪魔が静かに手を握りしめあった。


『ははははは』


 そして頭上のレギオンが興奮気味に笑う。


 これが大いなる力を得た一匹の悪霊と、狂気に歪んだ一人のネクロマンサーとの出会い。

後にこれが世界に大いなる災いをもたらすことになるとは、この時、まだ誰も知らなかった。





―――――――――――――――――――――――


 繁栄の絶対条件とは全ての善人を排除することである


 ???の言葉


―――――――――――――――――――――――


これで一章は終わりです。

説明のされていない用語が今までいくつかあったと思いますが、物語を紐解くための伏線と思っていただけますと幸いです。


次回 荒涼の土地

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