2話 囚われる化物
……あ゛~眠いし気分が悪い。それに、首の後ろが痛ぇ。
そして、目を開けて一言。
「ここどこだよ……」
滅多に独り言をしない俺でも思わず漏れてしまった。
そして、最初に目に入ったのは、空気中で淡白く光る無数の謎の粒子だ。
これ、吸い込んでいいのか?
発光する物質を体内に取り込んで無事でいられるとは思えない。毒ガスの可能性もある。
だが、どっちみち呼吸しないと死ぬ。
「はぁ……はぁ……」
……吸い込んでみたが、見た目の悪さ以外は空気と何も変わらなかった。
変な香りは勿論変な風味も無い。呼吸器系も一切反応しないというのが逆に不安を掻き立てる。
だが、他にも気になることだらけなので一旦保留。
次に気になったのは感覚の異常だ。
……手足が動かねぇ。壁に深く刺さった釘に縄で手足が縛り付けられて、磔にされている。
縄を引き千切ろうと何度も試みるがビクともしない。碌に鍛えていない細腕では無理だな。
仕方ないので、周囲を見てみる。
ここは削られた岩石に囲まれた空間で人工洞窟のようだ。少し肌寒くてひんやりとしている。
そして、洞窟の中には自然物だけではなく人工物も幾つか散見される。
壁沿いには大きい本棚と大量の本と棚。部屋の隅に四角い机。その上には歪な形のガラス。床には本が散らばっていて全体的に汚い。
ここに住んでいるであろう人間――人かどうかも分からないが――は、部屋のレイアウトから考えれば研究者だろう。
状況から鑑みるに、サメによってここに拉致されてきたと。
体も服も水に濡れたままで乾いていないので、拉致されてからそれ程時間は経っていない。
また、地中に潜るような体勢で喰われたので、洞窟に居るというのはそこまで違和感は無いが……如何せん地球とは思えない要素がちらほらと見えるので、地球であると断言するのは難しい。
とか考えていると、あることに気が付いた。
それは、常に俺を追い詰めてきた精神攻撃が消えて、心に余裕があるという事だ。
今までの自分は、現実逃避先が無い状況で自殺を考えずにはいられなかった。
そのような状態から抜け出せたのは、間違いなく人生で一番嬉しい出来事なのだが、その喜びよりも疑問が先立ってしまう。
何故今になって精神攻撃から解放された?
俺には膨大な量の知識を蓄えている自負がある。しかし、全知全能とは到底言えないし、無論ラプラスの悪魔でもない。
なので、疑問を解消するためには、それが可能な数の材料が必要となる。
材料が少なければ推測で埋めなければならない論理の穴が増えるのは必然で、今回の俺の心理状態について考えると仮説が多すぎてどうしようもない。
それに、ここで殺されれば何を考えても無意味だ。
態々拉致した以上すぐには殺されないと思うが、相手の目的が果たされた後高確率で殺されるだろう。友好的に接するつもりなら、拘束する必要は無いだろうし。
……ふむ。何か忘れているような。
あっ、そうか。自分が生き残る為にどうするべきかを考えていたが、それよりも前に自分に問わねばならない事があった。
それは自分が生きたいのか、それとも死にたいのかという事だ。
焦点は”生きるという選択に労力を費やす価値があるのか”ということ。
何者かに拉致されるという人生の大きな分岐点。惰性で生きるという中途半端が許されない状況。
それらを鑑みれば、安易に“生きる”と決めてしまうと、後で後悔する可能性が高い。
なので、生きるか死ぬか……どちらが自分にとってメリットの多い選択なのか、慎重に自問自答する。
死についてはどうだろうか?
生と死の境界で人生を浪費した経験が役に立ったのか、ただ感覚が麻痺しているのか……死が恐ろしいと思わないし、死ぬことに不安も無い。
……肉体と精神に大きな負荷を掛けるような苦しい死に方はもう御免だが。
それに、死に方さえ楽であれば死は逃げ道と捉えることができる。
生きていても幸せになれる見込みが無く、熟考した上の一時の気の迷いじゃなければ、死ぬのも悪くないと本気で思っている。
生についてはどうだろうか?
生きることは常に困難の連続で、生きているだけで人間は消耗する。
“生きていれば良いことがある”というのは、人を慰める際の常套句であるが故に、人にとって都合の良い部分しか捉えていない。
“生きていたら良いことも悪いこともある”というのが真実であり、生きていれば感情の上下や、幸福と不幸の波、変化のストレスに常に振り回されるものだ。それがどれだけ大変なことか。
我々は命を削って日々生きている。分の悪い勝負から降りて誰が石を投げられるというのか。
だが、それでも、
心の平穏を手に入れた後の人生を味わってみたい。この場所に存在する様々な未知について知ってみたい。
と、思ってしまったので分が悪くとも勝負に参加しよう。
……自死の瀬戸際から解放されて気が付いたが、俺を突き動かすのはどうやら知識欲らしい。
今までは精神を保つ手段としてしか情報媒体を見ていなかったが、呪縛から解放された今俺の心を支配するのは疑問を解消したいという欲だ。
そんな感じで最終的に生きる為に努力することとなった。
……結論の決まった問答でも頭は理屈を求めたがる。だから無駄なように見えても心を整理するために必要なのだ。
体力を温存して過ごしていると、サンダルのペタペタという足音が微かに聞こえ、同時に木で何かを叩く音がカンカンと高音で響いてきた。
そして、少しずつこちらに近付いてくる。
さてさて、どんな奴が犯人なのか。どんな目的で俺を誘拐したのか。
……と、そうして目の前に姿を現したのは、背を丸めた小柄な爺さんだった。
無秩序に生えた白く染まった髭と髪の毛。深く刻み込まれた皺。ボロボロになった衣服。その衣服の間から覗かせる汚肌。その全てが、浮浪者を彷彿とさせる風貌だ。
そして、下卑た笑み顔と、口の間から覗かせる黄ばんだ不揃いな歯、滴り落ちる唾液が気持ち悪さに拍車をかける。
自力で立てないのか、渦を巻いた形状の長い杖を支えにしながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。距離はそこまで縮まっていないのに、既に饐えた匂いと埃っぽい空気で不快だ。
その上、「ひゃっひゃっひゃ!」と品性の欠片も無い笑い声を上げているので役満と言わざるを得ない。
「うわぁ……」
完全にドン引きである。俺が嫌いなタイプの社会不適合者だ。
話し合うまでもなく第一印象は0点を通り越してマイナス。一次面接で確実に落とされてる。
まぁ、印象の話は置いておいて、このジジイの平常時の笑い方がこれだったとしても、言葉に籠る感情を読み取れば明らかに俺を嘲笑っているのが容易に理解できる。
このジジイが誘拐犯である可能性は高いだろう。
しかし、先入観で決めつけるのは危険なので、警戒しつつ意思疎通は試みる。
「おーい爺さん。こっから出してくれ」
取り敢えず親近感を出しながら声を掛けた。
こっちの言葉が伝わっているのなら、何か反応がある筈だ。
「あっひゃっひゃっひゃ!$“<*\€#*<=}”\‘」
うーん。前半が笑い声なのは分かるが、後半はマジで聞き取れねぇ。
俺は生きる為この世の主要な言語を学んだが、このジジイの言葉はどの言語にも掠っていない。非常に不気味だ。
まぁ、こっちを指差しながら笑っている状況と、言葉に乗った感情から推察して馬鹿にしているのは十分すぎる程に伝わっているが。
様々な状況証拠から誘拐犯として確定しても良いと思うが……こっちの言葉を理解しているのか、それとも命乞いだと勘違いしているのか。
今の俺には口しか武器として使えないし、どっちか見定めるために一度罵倒して反応を見てみるか。罵倒だと理解していれば少しは反応するだろう。
「おいクソジジイ。お前汚いし死ぬ程臭いんだけど。なんで人体から牛乳を雑巾に吸わせて1週間発酵させたような臭いがするんだよ。あと、その目が気持ち悪いわ。焦点が合ってないし、濁ってるし、狂気が奥底に見えてんだよ、このサイコパス野郎」
罵倒に慣れていないので棒読みになってしまった。
内容を理解しているのかどうかが重要なので別に良いか。
一応英語や中国語でも言っておこう。反応があるかもしれないし。
「Fuck you. You’re stupid. You’re an idiot. You’re super annoying. You suck. You’re no match for my brains.从我面前消失。你脑子有毛病。你脑袋没问题吗?你这个老家伙。你这该死的。你这个坏东西」
俺の言葉を黙って聞いていたジジイは、自分が主導権を握っていると信じて疑わないようなサディスティックな笑みを崩さない。
聞き終わっても俺の言葉に反応せず、ニタニタと笑うだけ。
これで、ジジイが俺の習得している言語を理解していない可能性が高まった。
それは1つの情報として使い道はあると思うが、現状の打開には役立ちそうもない。
言葉が通じれば舌戦で有利な状況を作れたかもしれないが、言葉が通じないなら無理だ。
言いたいこと言えてスッキリしたし、無駄ではなかったが。
何もできないなら、今は何か状況が変化した時に備えて脳を休ませるか。
ということで、ジジイから目を離さずに休憩。
暫く黙っていると、俺を嘗め回すように観察しながら徘徊していたジジイは、次第にニヤケ顔を歪ませ、目に見えてイライラしだした。
俺が取り乱さないのが、気に入らないのだろうか。
次に、ジジイは舌打ちをした後、大きく深呼吸して息整えて、目を瞑り、手に持っている杖を回すようにして振る。
すると、空気中の光る謎粒子が杖に集まり、鋭く先が尖った釘を形成した。
杖とは反対の手で釘を持ち、その感触を確かめるように手で弄び、自分の優位性を示すように笑った。
そして、杖を突きながらゆらゆらと体を揺らしてこっちに迫ってくる。
ギリギリまで俺に近づいたジジイは手に持った釘を思いっきり振り上げ俺の左太腿に突き刺した。
このクソジジイが。
皮膚が裂け、筋肉が千切れ、神経が潰れ、骨が削れる。
最初に大きく聞こえたのは、ガンッ!と釘が洞窟の壁に突き刺さる音。
次に、地面に液体が滴る音が妙に遠くに聞こえた。
下を向くと、釘と皮膚の間から噴き出した鮮血が破れたズボンに広範囲の染みを作っている。
と、認識した後に潰れた神経が電気信号を脳に送り、凄まじいストレスに変換される。
命の危機を認識した脳の中に警笛がガンガン響いて、赤信号が網膜の上でチラつく。
だが、こっちは激しい精神的ストレスに飽きるほど曝されてきたんだ。ストレス耐性が嫌でも身に付いてんだよ。
俺の左太腿から滴る血を見て嬉しそうなクソジジイは、厭らしい笑みを崩さず、俺を隈なく観察する。
表情を変えない俺を見てどう判断するのだろうか。
と、考えていたら、クソジジイは不思議そうに首を傾け、俺の左太腿に刺さっている釘を引き抜き、その釘を一回り大きく再構成してから右腕に突き刺し、グリグリと肉を抉る。
数多の細胞が破裂してぐちゅぐちゅと鳴る。
生々しくて不愉快な音が、脳に傷の状態を想像させて吐き気がする。
正直激痛によるストレスよりもこっちの方がキツい。不快感を表に出すのは癪だから我慢するが。
それはそれとして、出血量がやばい。目が霞むし思考もぼやける。
精神の前に生命活動が終わりそう。こんな雑な拷問があるか。もっと上手くやれよ。
瀕死になった俺の白い顔から何か感じ取ったのか、霞む視界の端で舌打ちするクソジジイはその手の中に光る謎粒子を集める。
謎粒子を手に集めたクソジジイは、突き刺した箇所にその手を当てた。
すると、献血した後のような体の火照りが全身を駆け巡り、次第に体調が良くなってきた。
造血幹細胞を刺激しているのか、代謝スピードを早めているのか……どちらにせよ、傷をただ塞ぐだけの効果ではないのだろう。
思考も回復してきたし、視界も良好だ。
右を向くと、腕の穴の空いた部分に新しい皮膚が再生されていて、さっきまで穴が開いていたとは思えない。
意味不明すぎて笑える。
拷問をする理由が何にせよ耐えながら状況の変化を待つだけだ。
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と、考えてから何時間経ったのだろうか。
一度怪我を治された後に行われた仕業は、想像絶する地獄だった。
スーパーサディスティックゴミカスクソジジイは俺を一度治療した後、釘の威力を確かめるように、釘で俺の体を蜂の巣にしては回復させるという行為を繰り返した。
スーパーサディスティックゴミカスクソジジイは……ってめんどい。
クソジジイは、その行為に何も反応せず無表情で見返す俺の目を見てこれまで以上に不機嫌になり、徐々に行為を加速させた。
水責め、絞首、殴打、火炙り、吹き矢……などなど。
その行為を客観的に見ると痛みを想像して吐きそうになるが、処刑されている俺からすれば、どれも大して変わりは無い。
痛みや窒息感などは結局受容しないと精神にダメージは与えられないし、受容には限界があるからだ。
つまり、痛点を刺激する行為だけでは俺の心を折るストレスを与えることができず、精神よりも先に肉体が音を上げる。
数多の悪夢によって死に直面する恐怖は既に麻痺しているので気にならない。
最悪な人生経験でも時には役に立つということか?
いや、最悪な人生だったからこそ存分に活躍してくれないと割に合わない。
まぁ、その話は置いておいて、目下の問題は体力の消耗が凄まじい事だ。
疲れだけは魔法(仮)で回復しないようで、猛烈な眠気と吐き気と怠さに襲われている。
だが、地獄を味わわされた俺よりも明らかにクソジジイの方が疲労しているように見える。
道具の生成と治療を繰り返す度に、全身に脂汗を掻き、浅い呼吸で空気を吸う。
作った道具は消えず、矢は壁に突き刺さり、拷問器具は投げ捨てられ床を埋め尽くす。
因みに、一部の矢は手の届く距離の壁に突き刺さっていて、縄を切るのに使えそうなんだが……隙が無い。
疲れと苛立ちが混じった表情には、かつての余裕は見られない。明らかに魔法(仮)によって疲弊していた。
そして、処刑と治療のサイクルの最後、顔を真っ赤にしたクソジジイは皺だらけの細腕で一発俺の腹を殴った後、杖を突きながら一定距離離れ、真剣な顔をしながら目を瞑り呟く。
「$\€_\^#+“\|€*%=¥」
謎の言葉を呪文のように吐き出しながら杖に空気中の全ての粒子を集め、道具を蹴り飛ばしながら洞窟内を闊歩し、地面に不思議な文様を浮かび上がらせる。
そして、星を描く開始地点と終了地点が重なった後、星の中心に移動し、杖を振り上げる。すると、杖に集まっていた粒子は俺の頭とクソジジイの頭を線で結んだ。
「これで終わりだ」と言わんばかりのしたり顔でクソジジイが杖を勢いよく振り下ろすと、俺の脳に異変が起こった。脳から何かが吸い出されているような感覚で、頭が酔ったようにフワフワしている。
自身の異常は無視できないが、クソジジイの様子も気になる。
粒子を集める前はあれだけ疲労とストレス、不安で顔を歪ませていたのに……今は幸福と快楽で顔を歪ませているように見える。
口が三日月状に歪んでいき、遂には口元から「くっ……ふっふ……ふっぁ!ふっぁ!」と悦びが漏れるまでになった。
非常に嫌な予感がする。
その予感を裏打ちするように、判断力や思考能力が衰えていくのを感じる。
正直何かを考えるのも、目を開けているのもキツい。まるで脳の中を棒で掻き混ぜられているような感覚で、思考が纏まらない。
だが、思考だけはダメだ。絶対に止めるわけにはいかない。
思考を停止した瞬間に生存の可能性は無くなる。生きると決めたからには、全力で抗わないと俺に失礼だ。
そう決意し必死に意識を保っていると、衰える脳や視界とは反対に過敏になった聴覚で1つの音を拾った。
「……ぐっ」
その音はどうやらクソジジイの唸り声のようだ。限界まで視力の弱った目を細めながら、霞む視界の中で、クソジジイの表情が少しずつ変化していくのを捉えた。
愉悦に歪んでいたクソジジイの顔は、いつの間にか苦悩に歪んで、頭を片手で押さえながら作り笑いを浮かべるまでになっていた。
事情は分からないが、どうやら向こうも余裕ではいられないらしい。
それならどっちが先に力尽きるかの我慢比べか。
なけなしの脳力を全て使って耐えていると、遂にクソジジイは呻きながら両手で頭を抱え蹲る程になっていた。
「ぐぁぁっ、がぁああ……っ!!!」
絶叫し必死に頭を掻き毟るが、それでも俺とのラインは繋がったままだ。明らかな原因である線を消さないのか、消せないのか……どっちにしろ俺は耐えるしかない。
「ぐおおぉおおお!ガァ……ッッ・・・・・・」
遂に耐え切れなくなったのか、クソジジイは獣のような咆哮を吐き出しながら気絶した。
「はぁ……はぁ……」
俺も気絶しそう。
しかし、この状況から抜け出す為には今努力するしかない。手首を回して矢を抜き取って縄を削る。
数分かけて両手を解放した後、床に落ちているナイフを拾って足を自由にした。
気力だけで手足を動かして四つん這いになると、ポタポタと鼻血が垂れているのが視界に映る。
拷問中の方がよっぽど痛い思いをしていたが、体の力を抜けるようになったせいか、鼻血を見た途端に今日はとことん厄日だと実感が湧いて心が疲れてきた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ……きっつい!死ぬ!」
そりゃこんな濁った弱音も出るわ。修羅場が過ぎる。
空腹感を少し感じるが、殆ど気にならないくらい尋常でなく眠い。
しかし、今この状況でその欲望に従うとマズい事は理解できている。
冷静に考えよう。
今すぐにすべき事は、気絶したクソジジイの処理と周囲の安全確認だ。
クソジジイに関しては、このまま放置すると意識が回復した時に間違いなく殺される。
だからと言って拘束したり弱らせたりするのは最善策とは言えない。
何故なら、クソジジイは魔法のような力を使っている以上、半端な外傷を与えて気絶状態から回復されたら勝てない。
それに、攻撃に対する自動反撃魔法が備わっていても不思議ではないからだ。
つまり、ここでクソジジイを殺すしかない。危険を冒してでも即死させるべきだ。絶対に。
そう考えると、脳と心臓を同時に潰す事が最善策だろう。この2箇所を潰しても生き残るのならどうしようもない。
具体的な殺害方法は洞窟内の安全確認をしながら検討するとして、今為すべきことを為そう。
這い蹲りながら部屋の壁沿いに配置されている本棚まで移動し、本棚を掴みながら立ち上がった。
取り敢えず他の部屋を見回って安全確認して……洞窟の外を確認して……他に誰か居ないか確認して……人殺しに使えそうな道具を見繕って……外がダメそうなら、洞窟で継続的に住めるかその確認もしないと。
拙いフラフラとした足取りで、洞窟内の様々な部屋を見て回った。
寝室のような部屋、外に繋がる玄関のような部屋、水回りとキッチンが一体となったような部屋、重厚な鉄の壁に囲まれた牢屋が並んでいる部屋……
思っていたよりも広くて、見て回るのに骨が折れた。
だが、収穫も大きかった。この洞窟には他の生物は居ないし、安全性に問題はなさそうだ。
そして、洞窟を広げる為に持っていたのか、鉄製の巨大なハンマーとピッケルが通路上に放置されていた。
外も軽くだが見てきた。周囲1メートルも満足に見えない真夜中だったが、この洞窟が山中にある事はなんとか確認できた。
が、不用意に外に出たらそのまま野垂れ死にそうなので、暫くは洞窟で生活しよう。それが可能な程度の衣食住はあったし。
取り敢えず脱水症状が怖いので、氷室に貯蔵されていた水を飲んだ。
異臭はしないし大丈夫だとは思うが……緊急事態なので検査が甘くても仕方ない。
そして、最後はクソジジイの処理か……気が重い。
自分にこれは私怨ではないと言い聞かせよう。心を整理しよう。
俺の障害に絶対にならないという確信があれば殺さずに無視しても良かった。
話し合いができる状態なら、互いの妥協点を探り合いながら落とし所を見つける方法も取れた。
しかし、俺を害したいジジイ。生きたい俺。
今の現実的な構図として、明らかにジジイと俺の利害は対立していて、ジジイは会話できる相手ではない。気絶状態から回復したらノータイムで殺しに来るだろう。
解決も妥協もできないなら衝突は避けられない。その場合は力の強い方が勝って生き残るだけ。それ以上でも以下でもない。
そう割り切っていても同族殺しは人にとって特別な意味を持つ。
社会的な倫理や法をこんな場所で持ち出す気は毛頭ない。
しかし、殺人の責任やジジイの縁者友人の怨恨を背負って生きていく覚悟は人として必要だ。
ここで俺は自分の為に人を殺す覚悟を決める。
引き摺ってきたハンマーとピッケルを気絶しているジジイの横に置いた。
ジジイを仰向けにして、ピッケルを握る。
持ったピッケルに振り回されながらも、全力で振りかぶり、心臓を突き刺す。
血が噴き出すが、怯んではいられない。急いでハンマーに持ち替え、全力で振りかぶり頭を潰す。
すると、脳漿や骨片と同時に、光が溢れ出て網膜を焼いた。
どうやら異常な密度で光る謎粒子が飛び出してきたらしい。
その光景に呆然としていた俺は、その粒子がジジイの頭を包み込むまで動けなかった。
しかし、ジジイの脳の損傷部位が少しずつ治っている光景が目に入った時に、我に返り、ピッケルとハンマーを使って執拗に何度も頭を殴った。
そして、謎粒子による回復が追い付かなくなった後、謎粒子は宙に霧散し、死体に変化なし。
数分経ってようやく死亡確認。
「……はぁ、寝よ」
血飛沫を浴びた服を洗うとか、死体の処理をしなきゃいけないとか、全てがどうでもいい。
色々な意味で限界だ。
もう寝よう。明日の仕事は明日の俺に任せればいい。
部屋を移動するのも億劫だ。
死体と同じ部屋で、しかも床は岩で硬いという悪条件でも目を閉じたら死んだように眠ってしまった。




