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17話 利他主義者の爆発


 魔法の練習や本の翻訳で暇を潰しながら患者を診療する日々。


 最近気晴らしに取り組んでいるのは人相を変える魔法だ。変身魔法とでも言っておこうか。


 人皮、脂肪、髪を魔素で作り出し、顔や身体に癒着させて外見を変える。


 物を生成する魔法の応用で、身体の上から極端に厚塗りすると、もう元の人間と同一人物だとは誰も判断できない程だ。


 変身すると内面にまで影響が及ぶ。


 1人で鏡を見ながら色々な姿に変身していると、外見に引っ張られて俺の人間性が変わっていくのを感じて面白い。


 見栄えの良い見た目になると、自信が湧いてくるし他の人にも見てほしいという気になる。逆に悪い見た目になると卑屈になる。


 それに、変身した状態で街を歩いていると周囲の視線の質の変化を感じられて勉強になる。


 特に柄が悪い外見で街を歩いていると明確に好奇の視線が減って人から避けられる。歩きやすくなるので最近のお気に入りだ。


 しかし、魔法の性質上身長を低くしたり、体格を小さく見せたりできないのが惜しい。


 まぁ、変身魔法についてはこんなところか。

 

 次に、お嬢の授業は順調に進んでいる。毎回の宿題を十全にこなしているし、授業態度も良いので言う事は何もない。


 未だにお嬢の本心は聞けていないが、やる気は行動で示されているのでそれで十分。全力で教えるつもりだ。


 ホワイトくんは……最近会ってないな。気が向いたら図書館に行ってみるか。本も読みたいし。


 そんなこんなで、ギルド長との対談から1週間が経過した。


 いつも通り診療所で診療をしていると、扉を叩いて入ってきたのは常連ではなく、冒険者ギルドの職員だった。


 遠目に見たような記憶がある。


「失礼します。今お時間よろしいでしょうか……?」


「どうぞ、入ってください。例の件の報告ですよね?」


「は、はい。そうです!」


「こちらにお座りください」


「お茶を用意するので少々お待ちを」


「お構いなく!」


 お茶を飲みながら話を聞いたところによると、冒険者ギルドと医師ギルドの話し合いは互いの主張が対立し、数時間に及ぶ大激論になった。


 しかし、最終的に互いの意見を擦り合わせて折衷案を作ることになったようだ。


 具体的な条件としては、頻度は最大週一回、場所は冒険者ギルドの一室、診療費は医師ギルドの基準に合わせること。


 頻度と診療費に関しては確実に指定があると思っていた。


 安い値段で週何回も診療されると医師ギルドの値段設定が適切でないと思われるから。


 しかし、場所に関する指定があるのは……未だに金に関して不正をする人間だと思われているのだろうな。


「こんな感じで決まってしまったんですが……どうですか?」


 職員は俺の機嫌を伺うような上目遣いで問う。


「かなり自由にやらせてもらえるようで、ありがたいです。承知しましたとお伝え下さい」


「は、はい!それで、えっと……今から診療日、診療時間を決めることって可能ですか?」


「大丈夫です」


 カレンダーを見ながら冒険者ギルド側との予定を擦り合わせた。


 これで用事は済んだので、


「そ、それでは失礼します!」


 ペコペコと頭を下げながらギルド職員は帰っていった。


 数日後の冒険者診療予定日。


 冒険者ギルドに到着した俺はスタッフに空き部屋へ案内された。


「ベッドと机椅子は必要だろうと思って用意しておいたんですが、配置とかどうしますか?」


「ベッドはその部屋の角で。机椅子はその位置で大丈夫です」


「はい!移動させますね……!」


 冒険者ギルドのスタッフに手伝ってもらって、診療しやすいように模様替えした。


「他に何か必要なものはありますか?」


「仕事道具は持参したので大丈夫です」


「それでは冒険者を呼んでも?」


「はい、お願いします」


 椅子に座って暫し待っていると、早速最初の患者が来た。


「おっ、誰も並んでない。俺が最初か。よっしゃ!」


 扉の向こうからそんな独り言が聞こえる。


「どうぞ、お入りください」


「お邪魔しま〜す!」


「お座りください」


「おー、さんきゅ〜さんきゅ〜」


 患者は片肘をつきながら足を組んで座った。


「今日は診察をしてもらいに来たんだよ。別に怪我とかしてないんだけどな」


「あんた。身体の不調を見れるんだろ?他の先生にできない特別な技だってハインから聞いてるよ」


「ハインも今日あんたの診察を受けたがってたんだけどな」


「今日来れないんですか?」


「ああ。今日は他の冒険者の付き添いで依頼をこなしているらしい。昨日もたしか……町の人の依頼で忙しそうだった」


「いつもそんな感じなんですか?」


「前から依頼はなんでもやって、相談されたら断れない。そんな性格だから冒険者の間で頼りにされてたけどな」


「特に最近は異常だ。ほら、例の表彰式があっただろ?あれからハイン指名の依頼が激増してな。本当に休みなく働いてるよ」


「それは心配ですね」


「……ん〜」


 あれ?同意すると思っていたが、そうではないらしい。


「いや、心配はそんなにしてないな。今まで調子が悪いところを見たことないし」


「やっぱりハインは凄い奴だから」


「そうなんですか」


 扉の向こうから話し声が聞こえてくる。順番待ちの人だろう。


「そろそろ、診察しますか」


「ああ、全身余すとこなく診てくれ」


「ではベッドに横になって下さい……って、脱がなくていいんで」


 1人目の診察とその後の治療は無事に終わり、2人目以降もトラブルなく、今日の診療は無事に終了した。


 何事もなく時が経って次の冒険者診療日。


 冒険者ギルドに着くと、広間の一角に冒険者が集まっていた。


 人々の隙間から見ると、どうやら中心にハインくんが居るらしい。


「はーい、皆さんちゃんと並んでね〜♪」


「大丈夫だよ〜ハインくんは逃げないから☆」


 愛嬌のある声で取り巻きをまとめているのは、先日の表彰式で登壇していたハインくんのパーティメンバーで、姉っぽい人物だ。


「依頼がある方は、こちらの用紙に依頼内容と依頼料、お名前をお書き下さい。何か相談がある方は、あちらの用紙に記入して下さい」


 感情がこもっていない平坦な声で取り巻きを誘導しているのは、同じくハインくんのパーティメンバーだ。事務的にハインを補佐している。


 そんな様子を遠目に眺めていると、この間ハインくんについて教えてくれた人が椅子に座っていた。


 彼に尋ねてみるか。


「こんにちは」


「おっ、今日も頼むよ先生〜」


「あれは何ですか?ハインくんを中心とした集団だということは分かるんですが」


「なんだ?やっぱり先生も気になっちゃうか?」


 小馬鹿にしたような言い方が鬱陶しいな。


「取り巻きの大半は冒険者だな。町の人も最近は多いが」


「ずっとハインの取り巻きをやってる奴もいるし、最近ハインに媚を売り始めた新人冒険者もいる」


「ハインは時の人だからな。あいつのところに転がってくる割の良い仕事を取ろうとしてるんじゃないか?」


「ハインくんに依頼した仕事を他人が受けても良いんですか?」


「良くはないよな」


「だが依頼の量が多すぎてハインが全部受けたらどうしたって時間が足らないんだよ」


「だから仕事を他の人に振るのも分かるんだが……ハインは面倒で儲からない仕事もやってるんだよな。楽で儲かる仕事だけ選んでやれば良いのに」


「それに冒険者の相談を受けたり、仕事を手伝ったりもしてる」


 彼は周囲を見渡した後、俺に顔を近付けて小声で話した。


「ここだけの話なんだが、ハインのパーティーの美女2人がやべーらしい。外見は良いが中身は酷い自己中だって」


「それに、彼女達が戦闘で活躍するところを誰も見たことがない。ハインの補助しかできないんじゃないかって話だ」


「取り巻きの冒険者の中でもほんの少ししか知らない情報なんだけどな」


「どうしてそんな情報を俺に教えてくれるんですか?」


「ハインが先生を信用しているようだったしな」


「それに、俺があいつの為にできることはないか考えて話したんだ」


 俺に話をするとハインくんの利益になるのはなぜなのか。


 首を傾げて考えていると、彼はそれを察して神妙に理由を話し始めた。


「この状況はどう考えてもおかしいだろ。自己中な冒険者やパーティメンバーに振り回されすぎだ」


「でも、俺には何かを言う資格は無いんだ。まだこの町に来て日の浅い余所者だし、冒険者としての実績もないから」


 その理屈なら俺にも資格が無いことになるが。


「俺には何もできないが、先生は色々やれるだろ?俺が先生にハインのことを伝えることで何か役に立つかもしれない」


 ”何もできない”……ねぇ。


 まぁ、いいけど。


「何故そこまで?」


「……恩があるんだ」


「俺がこの町に来たばかりの時に、ハインだけが親身に俺の悩みを聞いてくれて、助けてくれた」


「その時の恩返しをしたいって思ってる」


「そうだったんですか」


「何か知りたいことはないか?俺が知っていることなら何でも話すぜ」


 何でも、か。


 そういえば冒険者について詳しく知らないな。聞いてみるか。


「冒険者の皆さんって、普段どんな仕事をしてるんですか?」


「本当に強い冒険者は山の向こうまで遠征して魔物を狩ったりする。未知、未踏に惹かれる命知らずが新発見や一攫千金を求めてな」


「だが、そんな冒険ができる冒険者はほんの僅かだ。殆どの冒険者はこの町で不定期の依頼を受けて生活してんのよ」


 相槌を打ちながら興味深く聞いている。


「誰でもなれる職業だから仕方ないんだが、見下されることも多い」


「そうなんですか?」


「ああ。この町以外は比較的平和だからな。首都に行けば俺の言っていることがよく分かるはずだ」


「他に質問はないか?」


「大丈夫です」


「よし。カイト先生、今日も診てくれるんだろ?先に診療室行ってるぜ。今日も俺が最初だからな」


 自分もそろそろ仕事に向かうかと考えていると、ハインくんの一団がこちらに向かってきた。


 集団で歩いてこられると圧を感じるな。


 取り巻きの誰かが常にハインくんに話しかけているようで、彼は愛想良く対応しながら歩いている。


 周囲の冒険者に申し訳なさそうに断りを入れて、ハインくんが話しかけてきた。


「カイト先生。少し相談いいか?」


「はい、なんでしょうか?」


 この場でハインくんと仲良さそうに話すのは嫌すぎるな。取り巻きの視線が痛い。


 敬語を使って距離を作らないと何をされるか分からない。


「次の診療日で少し診てほしいのだが、予約はできるか?」


「勝手に決めないで下さい。予定を決める時は私に話を通すように言いましたよね」


 パーティメンバーの補佐子が口を挟む。


「朝の鍛錬の時間はどうだ?急いで終わらせれば多少は時間を取れるだろう?」


「それはそうですが……」


「いいんじゃない〜?最近ちょ〜っと疲れ気味だし☆」


「お姉ちゃんは、ハインくんが短い時間でリフレッシュしてくれるなら全然OK☆」


 やっぱり姉だったか。


「……そうですね。では、許可しましょう」


「そういうことになったんだが……どうだ?カイト先生。朝の6時からで良ければ診てくれるとありがたいんだが……」


「勿論無理なら構わない!通常の診察時間から大きく逸脱しているからな」


 朝6時はかなり早いが……まぁ、良いか。話したいこともあるし。


「いいですよ、では次回の朝6時にお待ちしてます」


「そうか、ありがとう!では次の予定があるのでここで失礼!」


 丁寧に礼をしてハインくんは外に出て行った。


 俺も人を待たせているし、行くか。


 次の診療予定日。


 ハインくんと約束をした朝。冒険者ギルドの診療室で待っていると、


「予約したハインだが、入っていいか?」


「勿論、どうぞお入りください」


 扉を開けて最初に入ってきたのはハイン姉だった。


「お〜☆こざっぱりしてる〜☆」


「いいですか。次の予定まで10分ですのでお忘れなく」


「それで、診療なんだが……」


 ハインくんは言いたいことがあるのに言えないような顔をして、後ろの2人をチラチラと横目に見ている。


 空気を読もう。


「申し訳ないのですが、診療中ご本人様以外は扉の外で待っていただいても宜しいですか?」


「なんで?家族なのに?」


 会話の間を取らずに差し込まれる鋭利な疑問が突き刺さる。


「ご本人様のプライベートな話をすることもありますので」


「何それ?私に聞かせられないような変な話でもするつもり?そんな話しないよね?ハインくん?」


 この姉、怖すぎる。


「う、うん。しない……けど」


 そりゃハインくんも狼狽えるわ。


 仕方ない。ここで俺が一芝居打ちますか。


「診療のために服を脱いでもらう必要があるので、家族であっても異性の方には出て行って欲しいのです」


「年頃の男の子に恥ずかしい思いをさせるつもりですか?」


「そ、そうなんだ……ごめんね!お姉ちゃん外に出てるね!」


 ハイン姉は、黙って腕時計を眺めている補佐子の腕を引っ張ってドアの外に出た。


「これで……」


 「良かったか?」と言う途中で、


「あっ!後9分で迎えに来るから!先生それまでに宜しく!」


 勢い良く開けたと思ったら、そう言ってすぐに扉をバタン!と閉めた。


 う〜ん、この人間性。


「……非常に疲れたが、時間もないし早速始めるか」


「うちの身内が申し訳ない……」


 ハインくんとは真逆の性格だな。とは言わないでおいた。


「ベッドで横になってくれ。身体を診る」


「……どうだろうか?」


「胃痛、筋肉痛。そして身体全体に疲れが溜まってるな。自覚はあるだろ?」


「……ああ」


「巧く隠しているが、目の下の隈と気怠そうな雰囲気が目立ってきている。顔色も以前と比べて格段に悪い」


「……俺はカイト先生のこと本当に尊敬してるよ。素晴らしい観察眼を持っていて、治癒魔法も一流だ」


「だからカイト先生ならこの体調不良を治せると思って来たんだが……」


「高く評価してくれて有難いが、それは無理な相談だ」


「一時的に身体を楽にすることはできるが、生活習慣を変えないと何も治らないな」


「俺はどうすればいい?」


「兎に角身体を休めることだ。それで不調の半分は治る」


「そう……か……」


 彼は肩を落とした。


「もう半分は心因性の不調だから確実な事は言えない」


「だが、勝手な俺の見立てだと、人間関係のストレスが非常に大きいように見えるが、どうだ?」


「ああ。そう……だな」


 そう言いながら、心ここにあらず。


 頭を抱えて考え込んでいる。


「確かにそうだ。人間関係だ」


「でも……俺は……どうすればいいんだ?」


 この様子を見て確信した。ハインくんはニセモノだ。


 人よりも能力が高くて、人よりも利他的なだけだった。


 だが、それはそれとして、なんとかしてあげたいとは思っている。


「君は自分の姉を見習って利己的になるべきだと思うが」


「困ってそうな人を助けなくてもいいし、面倒な事から逃げてもいい」


「頼み事を断ってもいいし、気軽に人に頼っていい」


 ハインくんは小声で、「でも……でも……」「ごめんなさい……」「裏切れない……俺は……」などと呟いて上の空だ。


 割と大事な事を言ったつもりなんだが。


「まぁ、兎にも角にも休むのは絶対だ。そうじゃないと壊れるぞ」


「でも、このまま2人が俺を休ませてくれるとは思わなくて……」


 ハインくんは俯きながらそう答える。


「それなら診断書を出してやろうか?休む理由を書いて渡す」


「だけど……」


「治療しながらでも片手間に書けるから。あとで渡すよ」


「ありがとう」


 一時凌ぎの治療をしながら残りの時間で診断書を書く。


 最初に決められた時間になった途端に2人が入ってきた。


「先生!どうだった?ハインくん治った〜?」


「治療はしましたが普段の生活習慣を変えないと治りません。彼を休ませてください」


 診断書を渡してそれを読ませると、


「休まないとハインくんが倒れる?ハインくんがどれだけ強いのか私は家族だからよく知ってんの!お医者様だかなんだか知らないけどね、うちの弟が疲れて倒れるなんて言わないで!」


 ハイン姉は顔を真っ赤にして捲し立てる。


「もう2度とこんな所行かせないから!」


「ほら、いくよ!2人とも!」


 あっかんべーをしたハイン姉はハインくんと補佐子の首根っこを掴んで去っていく。


 ちゃんと説明すれば多少は医者の言うことを聞くだろうと思っていたが、そうではなかったらしい。


 これでハインくんに簡単には近付けなくなった。


 ハイン姉が自己中、横柄、無理解の役満人間だと見抜けなかった俺の判断ミスだな。


 まぁ、ここで「ちゃんと休ませろ」と言っても言わなくても結果は変わらないような気はするが。


 こんな人間が側に居たら誰でも頭がおかしくなるわ。


 朝一から気分悪いが今日の診療は始まったばかりだ。


 いつもよりも精神的な疲れを溜めて診療時間が終わったので、一刻も早く身体を休めるために宿に帰る。


 その通勤路を歩いていると、人通りが少ない道で突然、妙に周囲を気にしているフードを被った大男に話しかけられた。


「おい、お前ちょっと来い」


 大男は、誰もこっちを見ていないタイミングで俺の腕を掴んで裏路地に連れ込む。


 ここで手を振り払って逃げるという選択肢もあるが、それよりも何が目的か知りたいので素直に引き摺られよう。


 裏路地の最奥で俺の胸ぐらを掴んで睨みつけながら、濁った太い声で俺を脅迫してきた。


「カイト先生よぉ、この町から出ていってくれねぇか?この町の人間は皆、お前みてぇな余所者を歓迎してねぇんだ。医者だってもう十分いるからな」


 フードの隙間から覗くこの顔は冒険者ギルドで見たことがある。


 ハインくんの取り巻きで特にデカいから覚えている。


「嫌だって言ったら?」


「あ゛?ボコボコにして、二度と人前に出れねぇ顔にしてやるよ」


 ふん。


 俺は魔法で身体強化して大男を取り押さえた。腕を取ってうつ伏せの体勢にしている。


「痛い痛い!!肩外れるだろ!!おい!!!手を離せこの野郎!!!」


「お前、ハインの取り巻きの冒険者だろ?雑な脅迫して何が目的だ?」


「金で依頼されたんだよ!依頼者はしらねぇ!」


「冒険者ギルドはこんなヤクザな仕事も斡旋してんのか?」


「これは非正規だ!冒険者ギルドの検閲を通ってねぇ!」


 冒険者ギルドはこの件に関わっていないのか。


 というか、ペラペラと喋りすぎだ。人を脅すならもっと根性見せろ。


(カイトくん本当に強いんだね)


(フィジカルでは完全に負けてたが、ここは地球じゃないからな)


 それにしても依頼者は誰だろう。


 俺を恨んでいそうなのは医師ギルドの連中だが。


 しかし、本当に顔も見たことのない奴に予想外の方面から恨まれている可能性もある。


 現状は不明だ。


「まぁ、いいか」


 大男を離してやる。


「行っていいぞ」


「ギルドに突き出さないのかよ」


「捕まりたいのか?悪趣味だな」


「……後悔しても知らねぇからな」


 そう吐き捨てて大男は帰っていった。


(逃して良かったの?)


(あの程度の人間なら問題ない)


(次来たらどうするの?また捕まえて依頼人を吐かせる?)


(いや、末端の人間から依頼人まで辿るのは面倒だ。逃げ続けた方がまだ楽だな)


 襲撃が激しくなればそうも言っていられない状況になるかもしれないが。


(ん〜……それが良いかもね)


 その後は無事に宿に到着して休んだ。


 次の冒険者診療日。


 今日も相変わらず、というか以前よりも多くの人に囲まれているハインくんを横目に俺は座って休憩している。


 人混みの間から見える彼の顔を見ると、そのヤバさに気付く。


 化粧で巧妙に隠しているが、顔色の悪さと気怠そうな雰囲気が増している。


 周りの人間は気付かないのか?


 元々神経質なホストっぽい顔はしていたが、それにしたって異常だ。


 彼が壊れる前に一言言っておくか。


 人の間を縫うようにして進むと、周りから「今私がハイン様と話してたのに!」「ちょっと、横入りしないでよ!」「私の依頼が先ですからね!」などなど色々と聞こえてくる。一瞬だけだから許してくれ。


 ハイン姉に追い出される前にサラッと一言。


「ハインくん。なんかあったらうちの診療所に来なよ。待ってるからな」


 ハインくんの反応は乏しかったが聴いてはいるらしい。


 予想通りハイン姉が間に割り込んで来たので去る。


 「なにあれ?宣伝しただけ?」「なんでわざわざハイン様に言いに来たの?」と俺の後ろから聞こえてくる。


 言うべきことは言ったので良し。


 そして次の冒険者診療日。


 今日はギルド内が静かだと思っていたら、いつもの連中が居ない事に気付いた。


 どうやら聞くところによると、ハインくんが体調を崩しているらしいが、自明だな。


 通りすがりの冒険者に話を聞くと、ハインがこなしていた溜まった依頼の消化に皆駆り出されているらしい。


 数時間待ってみたものの、患者が来る様子すら無かったので張り紙を出して宿に帰った。

 

 夜雨の音だけが聞こえる時間帯。明日の為に宿の診療所を掃除していると、静かにドアの開く音が聞こえた。


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