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16話 式典 


 前線基地のベッドの上で起きると夕方になっていた。


 周囲を見渡すと、明らかに寝る前より人数が減っている。


 まだベッドで寝ている人もいるが、大半は町に帰ったという事だろう。俺も町に戻るか。


 町が滅んでいない事を祈りながら町に向かって歩くと、少しずつ町を囲む壁が見えてくる。


 しかし、この段階だとまだ分からない。


 町の入口の扉が見えるくらい近付くと、門の前に大きなドラゴンの死骸とそれを取り囲む人の群れが見えた。


 どうやら町の滅亡は免れたらしい。


 適当な人に話を聞いてみるか。人当たりの良さそうな子連れのおじさんに話しかける。


「こんにちは」


「おっ、前線基地の医者か!今回は大変なモンスターフローだったなぁ!お疲れ様!」


「ドラゴン、倒されたんですね」


「そうなんだよ!一時はどうなる事かと思ったんだが、ハインくん達が頑張ってくれてねぇ〜」


「自分は偶然ハインくんがトドメを刺す瞬間を見れたんだが、あれは痺れたね!正しくあれは英雄の所業だったよ」


「えっ!なにそれずるい!あたしもハイン様のカッコいいところ見たかった!」


 そう言って口を挟むのは彼の娘だろう。


「危険な時には避難しないとダメだぞ。結果的にハインくんが倒してくれたから良かったものの、お父さんもあの時は危なかったんだから」


「ちゃんと逃げたよ!お母さんといっしょに!」


「そうかそうか。今度ハインくんに会った時に直接、お父さんと町を守ってくれたお礼を言おう、な」


「うん!」


 親子のほのぼのとした会話が途切れた隙を突いて話しかける。


「そのハインくんは今どこに?」


「多分どこかで治療を受けていると思うよ。町の入口で待機していた医者がボロボロになったハインくんを担いでいたから」


「そうですか。教えてくれてありがとうございます」


 「失礼します」と言って足早に退散。


 ハインくんを見ていた彼のテンション感から察するに、命に関わる怪我ではなさそうなので良かった。


 お世話になった人に死なれたら悲しい。


 ドラゴンを横目に町に入り、町内を見渡すが、今朝の様子と変わりなく見える。


 建物は1棟も倒壊せず、通行人は皆平然とそれぞれの目的地に向かっている。


 平和なのは結構だが、俺はこれからどうしようか。


 モンスターフロー終了後に医者はどうすべきか誰かに訊くべきだったな。


 現地解散なのか、それともどこかに1度集まるべきなのか。はたまた医者の仕事はまだ終わっていないのか。


 このまま家に帰って後で何か文句を言われるのは面倒だ。


 冒険者ギルドにでも行って適当な人に尋ねるか。


 そう思い立って冒険者ギルドに行ってみると、冒険者の姿はなく、フォーマルな制服を着た人々が忙しそうに仕事をこなしていた。


 彼らはここのギルドの職員だろうか。


 誰も彼も忙しなく働いていて、とてもではないが話しかけられる状況ではない。


 これは困った。


 冒険者ギルド内で突っ立って代替案を考えていると、後ろから声が掛かった。


「そこにいるのはカイト先生ではないか?」


「はい、そうですが……」


 そう言いながら振り向くと、そこにはボディビルダーのような筋肉を誇るおっさんが居た。


「あなたは……災害前に壇上で話していたギルド長ですよね?」


「そうだ!今回のモンスターフローでは非常に貢献してくれたそうだな!」


「冒険者がこぞってカイト先生の治療の早さと質を誉めていたぞ!あんなに素晴らしい治療をする人は見たことがないと」


 こぞって、とは。


 治療を担当したのはせいぜい冒険者の半分だ。かなり誇張されているな。


 第三者から自分の良い評判を言われるのは素直に嬉しいが、半分はギルド長の世辞だろう。


「そう言ってもらえて嬉しいです。それにしても皆さん忙しそうにしていますね」


「ああ。モンスターフローの事後処理でな。冒険者は皆療養していて職員しか今は動かせないのだ」


 あ、そうだ。ギルド長に逃げられる前に、医者はどうすべきか訊いておかないと。


「なるほど。医者ってこの後何か仕事はありますか?」


「いや、特にない。ないんだが……実は3日後に今回の功労者を讃える式典を開こうと思っていてな」


「あ〜ハインくんとかこの町を救った英雄ですからね」


「そうだな。ハインらはドラゴン退治をよくぞやってくれた……いざとなれば私が出ていたがな」


「ハインチームの表彰は当然行うんだが、カイト先生も功労者として出てくれないか?」


「私がですか?」


「ああ、そうだ」


 いやぁ、困る。


 不特定多数の人間に注目されるのは苦手だ。


 それに、それ以外にも表彰されたくない明確な理由がある。


「そこまで評価してくれているのは嬉しいですが、お断りさせてください」


「ふむ……理由を教えてくれないか?」


「ギルド長はご存知ないと思いますが、前から私と医師ギルドの間にはいざこざがありまして」


「災害前に彼らが私を前線に推薦したのは嫌がらせだったんですよ」


「そうだったのか……事情を把握していなくてすまん」


「いえ、前線に行ったのは私の選択なので気にしないでください」


「ここで私が表彰されると過剰に医師ギルドを刺激することになると思ったんです」


「ふむ。それなら式典に無理に出なくていいぞ」


 建前があって良かった。今だけは医師ギルドに感謝しておこう。


「ただ、それなら式典が終わった後、2時間後に冒険者ギルドの応接室に来てくれ」


 くっ……何とかこの場をやり過ごせたと思ったのに、即座に言葉を差し込まれた。


 一度譲歩されると2つ目のお願いを拒否しづらい。


 返事に窮していると、


「大丈夫だ。そちらにとって悪い話ではない」


 それを言われると逃れられないんだが。


「分かりました。式典が終わり次第応接室に向かいます」


「おお!待っているからな」


「それでは、また」


「おう!」


 知りたい情報は引き出せたし、帰るか。


 宿で休んでいると、


(お、無事に終わったんだね)


(町が滅びかけたけどな)


(そうなの!?)


(ドラゴンが飛んできて危なかった)


(前に道案内でお世話になった例のイケメンが倒したらしいが)


(大変だったね……お疲れ様でした)


(それで、こっちに来る?)


(疲れてるから今日は寝る)


(そっか、おやすみ)


(おやすみ)


 いつも通り診療所で仕事をして3日後の休診日。


 宿で寝ていると、けたたましい鐘の音が耳穴を穿つ。


 本当に勘弁してくれ。


 式典の日は鐘を鳴らすだろうなと思っていたが、まだ寝ている人が多い時間帯だろ。


 俺の起きる時間が遅いのか?


 まぁ、身支度してさっさと外に出るか。


 普段の通勤通学時間よりもかなり早かったが、多くの人が広場に向かって歩いていた。


 皆さん早起きがお得意なようで。


 人の流れに身を任せて広場に着く。


 すると、モンスターフロー前の説明会とは比べ物にならないほど人で溢れ返っていた。


 式典の開会を待つ間、周囲の世間話に耳を傾けると、ハイン、ハインくん、ハイン様と同じ単語ばかりが聞こえてくる。


 英雄様の表彰式以外に何をするのか知らないが、俺はファンの皆様に場所を譲って壁際で待つか。


 人の集団を眺めて少し待っているとギルド長が登壇し、良く通る大声で開会を宣言した。


 彼が降壇した後、冒険者ギルドの中で見た職員の1人が登壇し、


「ギルド長ありがとうございました!!!続いて表彰式に移ります!!!」


 と、広場全体に響くように声を出している。彼が司会なのか。


「町を襲ったドラゴンを討伐し、平和を守ったハイン様御一行に盛大な拍手をお願いします!!!」


「うぉ〜!!ありがとう!!ハインくん!!!」


「きゃ〜!!!ハイン様〜!!!」


 耳が痛くなるほどの拍手喝采だ。まるで地響きのようにこの広場を揺らしている。


 ハインくんとその御一行は観衆の熱に浮かされて壇上に上がった。


 ハインくんは多少身体に不調があるようで、ぎこちない動きをしている。


 包帯などが見えないように上から礼服を着ているのだろう。


 また、いつものイケメンスマイルが崩れている。流石に緊張しているらしい。


 そして、ここで初めて2人のメンバーの姿をまじまじと確認できた。


 どちらも美女で、高身長なハインくんには届かないものの、女性としては充分に背が高い。


 壇上で2人は目を惹く華やかさを身に纏い、上品な立ち振る舞いで視線を集めている。その様はハインくんのカリスマ性にも引けを取らない。


 その内の1人は非常に可愛らしい顔立ちをしていて、雰囲気はどこかハインくんに似たものを感じる。姉弟だろうか。


 もう1人は吊り目でクールな顔立ちをしている。理知的な印象と近寄りがたい雰囲気のどちらも感じる。


「え〜、今回の災害において、ドラゴン討伐を成し遂げ、町の平和を守った功績を讃えて、特別に英雄勲章を授与したいと思います」


 そう領主が言うと、


「「「謹んでお受け致します」」」


 3人が順番に勲章を受け取り、胸に付けて観衆に向かって並ぶと一層絵になっている。


 その姿に、ただでさえ興奮していた観衆がより熱狂する。


 また、先程まで冷静に式典を見ていた人も、


「うぉおおおお!!!かっけぇーーー!!!」


「美しすぎるーーー!!!!!!」


 と、一転。


 観衆の熱と脳が溶けそうな空気で、距離を置いている俺まで気持ち悪くなってきた。


 もうちょっと遠くから見るか。


 集団心理はあるにしてもこの熱狂は異常だ。


 そういえば、図書館で読んだ本の中に似たような物語があったな。


 古の物語の英雄と重ね合わせて彼らを観ているのだろうか。


 町を救ってくれた英雄がこれだけ眉目秀麗で、その両隣も容姿端麗。


 以前から町中で度々ハインくんらの良い評判は聞いていたが、この一件で彼らの立ち位置が明確に上がっただろう。


「それでは!……それでは!!!ハイン様御一行は降壇してください!!!」


 スタッフの声が掻き消されるほどの拍手喝采は壇上から降りるまで止まなかった。


 その後にギルド長の真面目なお話があったものの、聞いている人は何人居たのか。


 俺の目の前の人は、どうにかしてハインくんを見ようと身体を揺らしてみたり、背伸びをしてみたりと、全く話を聞いていない。


 結局式典は20分ほどでさっさと終わり、ハインくんらに追従する形で多くの町民が消えてしまった。


(観客の熱狂がこっちまで伝わってきたよ)


(遠目でもかっこよかったねイケメンくん……ハインくんだっけ?)


(ああ。この後ファン対応とかすんのかな。大変そうだ)


(……他人事みたいに言うね)


(他人だからな)


 対談の時間まで気の向くままに散歩をして、冒険者ギルドの受付へ行って応接室に通してもらった。


「失礼します」


 部屋に入ると、大男がソファに座りながら書類仕事をしている。


「おっと、もうそんな時間か」


「座ってくれ、カイト先生」


「はい」


「すまん、先にお茶でも用意しておくべきだったな」


「書類を片付けてお茶を持ってくるから少し待て」


「お構いなく」


 数分待っていると、高級そうなカップに注がれた紅茶と、おしゃれな菓子が机の上に並べられた。


「遠慮なく寛いでくれ。領主様ほど大層なもてなしはできないがな」


 これから何を言われるのか若干恐ろしくなってきた。


「ありがとうございます」


 数分待って出された紅茶は香り高く味が良い。お嬢に淹れてもらう紅茶と同じ品種か。


「忙しそうですね」


「まだ事後処理が終わっていなくてな。本調子でない冒険者が多くて、外での作業が中々進まないのもある」


「お疲れ様です」


「今日の式典を見ていましたが、非常に良かったですよ。ギルド長の声が良く通っていて、会場も非常に盛り上がっていましたね」


「そうか?盛り上がったのはハインらのお陰だろう。外見が特別良いのもあるが、元々人気のあるチームだからな」


「町民の皆さんは、こんなむさ苦しいオッサンに興味ないだろう」


 まぁ、そうだろうね。


 ギルド長、お世辞に弱そうな外見をしているのに、案外謙虚で事実をしっかりと認識できている。


「カイト先生もあの空気で壇上に立てば賞賛を浴びただろうに。勿体無いな」


 想像しただけで身の毛がよだつ話をしないでくれ。


「まさか。私を知らない人ばかりでしょうし、外見も良くない。盛り下がって石を投げられるのがオチでしょう」


「そんなことないだろう。少なくとも冒険者は皆感謝している」


「特にハインはカイト先生の手腕を非常に評価していた。もし登壇していれば積極的に賞賛したはずだ」


 話が良くない方向に持って行かれている。


「今日相談したいのは冒険者の治療に関することだ」


「実際に治療を受けた冒険者からの強い要望があってな。今後もカイト先生の治療を受けたいと言う者が少なくない。どうだ?」


「それは一度だけということですか?」


「いや、定期的にお願いしたい」


 どうしようかな……


 う〜ん


 ……ま、いっか。


 前線基地で治療した冒険者は頭のネジがぶっ飛んでいて面白かったし、ホンモノも中には居るかもしれない。


 それに、常連さんは皆お行儀良くて飽きていたところだ。


「そうですか。個人的には構いませんが」


「受けてくれるのか?」


「ええ。私は診療所に来た人を平等に治療するだけなので」


「おお!そうかそうか!」


 ギルド長は嬉しそうに膝を叩く。

 

「しかし……詳しくは知りませんが、医師ギルドと冒険者ギルドは何かしらの独占契約をしているのでは?」


 水を差したのだが、ギルド長は動揺することなく答える。


「良く知っているな。その事に関しては医師ギルドのお偉いさんと話し合うつもりだ」


「先にカイト先生の意思を確認してからでないと無意味な会合になるからな」


「それもそうですね」


「契約上カイト先生はその会合に出られないのだが、譲れない労働条件や向こうのギルド長に言っておいてほしいことはあるか?今回の件に関係なくても大丈夫だ」


 俺と医師ギルドの仲立ちをしようとしているのだろうか。


 しかし、直接話ができないなら誤解は解けないだろうな。


「特にないですね。任せますので、どうぞよしなに」


「ふむ……そうか、承知した」


「あ……」


 これは確認しておかないと。


「どうした?」


「最終的にそちらで決まった私の冒険者に対する治療に関して、強制力や罰則は無いですよね?」


「……?当然だ」


「うちと医師ギルドの契約を変えるというだけの話だからな。その場に同席できないカイト先生に対して拘束力のある契約などできるはずもない」


「そもそもカイト先生の厚意で今回の件は成り立っているわけだからな」


 契約に関してはこちらと同じ認識で良かった。


「何か決まったら教えてください。これ診療所のチラシです」


「今日はありがとう。今後とも宜しく頼む」


「ええ、こちらこそ。それでは失礼します」


「おう、またな」


 冒険者ギルドから出て帰宅する道中。


(聞いてたけど、断らなくて良かったの?なんか労働条件とか勝手に決められるっぽいし。医師ギルドとの衝突も避けてたじゃん)


(まぁ、良いんじゃない?)


(なんか適当というか……今日は随分と投げやりだね)


(ずっとこの町で生きていく気なら医師ギルドに媚び売って冒険者とは縁を切るが、そうじゃないからな)


(それに、これは楽観的に考える練習の一環だ。今まで過剰に気を張り詰めて疲れることが多かったし)


(そうだね。カイトくんは頭の回転が速いけど、疲れていることが多いし心配して……た……)


(というか、今までの私の言動を振り返ってみると、私いつも心配してない!?)


(そうだけど、ある程度は仕方ないんじゃないか?桜ちゃんはこちらに干渉できないし)


(あ゛〜〜〜私うざかったよね!?)


(自分を客観視できているだけでも凄いと思うが)


(以後気を付けます……)


(俺も桜ちゃんも成長しないとな)


(そうだね……)


 そんな話をしながら宿に帰宅した。

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