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14話 化物の診療と授業


 開業してから数日経過。


 相変わらず患者は来ず、開店休業。


 持て余した時間で隕鉄版に魔法を刻む技術を得てしまった。


 流石にまだストックできない魔法もあるが、慣れればそれも難しくないはず。


 他の魔法のアイデアを考えたり、練習したりする時間にでもしようか。


 気の赴くままに魔法を使って遊んでいると、突然ドアをノックする音が聞こえた。

 

「ここは診療所であってますかな?」


 恐る恐るといった様子で気の弱そうなお爺さんが扉を開けて入ってきた。


「はい。どうぞお入りください」


 お爺さんはこっそりと部屋を見回し、小さく頷きながら「ふむふむ内装は……」と小声で独り言。


「こちらの椅子にお座りください」


「あいわかった」


 椅子に座るなりお爺さんは上半身を前に傾けて、目を細めながらジロジロと俺を見る。


「どうかしましたか?」


「すまない、目が悪くてね。その免許を良く見せてくれないだろうか?」


「良いですよ、どうぞ」


「ふむ。全国医師免許とは。高名なお医者様だとお見受けする」


「まだまだ若輩者ですよ」


 名声もなければ経験もない。客観的に見て明らかに若輩者と形容されるのが正しい。


「最近の若いお医者様は皆謙虚なのだな」


「昔は”向こうの医者より自分の方が優秀なのだからこっちで治療を受けろ”などと言う高圧的な者が多くて評判が悪かった。実際多くの患者が医者に振り回されたものだ」


 この昔話は長くなる奴だ。


「それはそれは大変だったんですね」


「それで、今日はどのような症状で来られましたか?」


「おお、そうだ。今日は腰痛を治してもらいに来たのだ」


「それならマッサージはいかがでしょうか?料金表はこちらです」


 食い入るように見つめるお爺さん。


「ふむ。値段は相場より少し安いな……ん?マッサージ以外にここで治療ができるのか?」


「はい。風邪や怪我であれば治せますので」


 免疫系に働きかける魔法だから大抵の体調不良は治せる。ただ、生活習慣病などは無理だが。


「それは素晴らしい。優秀な人だ」


「別の病気でお世話になるやもしれん。料金などをメモしても良いだろうか?」


「ええ、お好きに」


 自前の紙とペンでせっせと書いていく。


「よし、こんなもんで良いだろう。それではこのプランで頼む」


「はい。マッサージのプランですね。では、ベッドにどうぞ」


「腰痛で来られたとのことですが、一応身体全体の歪みや炎症を見ますね」


「そんな事ができるのか?……まぁ、よしなに頼みよ」


 怪訝そうな顔をしたお爺さんはベッドにうつ伏せに寝る。


 身体の不調は魔素の流れを見れば簡単にわかる。


 だが、身体の節々を触ってどこが凝っているのか探すふりをしておこう。

 

 このお爺さんは腰痛が辛いとのことだったが、肩凝りも併発している。どちらも治す必要があるだろう。


「肩凝りも治しておきますね」


 お遊びの魔法でかなり魔素を消費していたが、この程度の治療なら片手間に終わる。


 5分程度で治療完了。


「はい。終わりましたよ」


「もうかい?随分と早いのだな」


「起き上がってみて下さい」


「お?おお!座っている時の腰の痛みが消えた……」


「それに、肩凝りは気になっていなかったが、治してもらうと全く違う」


「腰痛や肩凝りに関してですが、悪い姿勢を続けていたり運動不足だったりすると悪化するのでお気をつけ下さい」


「……腕の良い医者の言う事だ。肝に銘じるとしよう」


「それで、料金はこの場合どうなる?」


 最初に提示した料金は腰痛を和らげるプランだ。


 肩凝りも同時に治すとなると追加で料金を取られるのが他の診療所のスタンダードだが、まぁいいか。


「最初に提示した料金で大丈夫です。この診療所に追加料金を請求する制度はないので」


 お爺さんは驚いた顔をして、一転。「納得できない」と言わんばかりの渋い顔。


 治療の効果とその対価に関する価値観があまりにずれていたのだろう。


 これは良くないな。


 サービスし過ぎるのも変な軋轢を生みそうだ。価値観を合わせよう。


「もし治療と釣り合わないと思うのなら、お仲間に見て感じたそのままをご報告ください」


「何のことですかな?」


「隠す必要は無いですよ。ただし今後は治す部位と料金を決めてから治療を行うので、今回のような破格は無いと思ってください。そこはお願いします」


「何のことか分からないが、合点承知した」


 料金を丁度払ってもらって、


「それではお大事になさって下さい」


「ああ。本当に満足できる治療だった。また来るよ」


 そう言って去っていった。


(途中から見てたけど、初めてとは思えないほど上手くやるね)


(まぁな)


(カイトくんはあのお爺さんがただの患者じゃないと思っているみたいだったけど、どういうこと?)


(先兵とか斥候とか言われるような役回りでここに来たんだろうなぁと思っただけだ)


(確かに見定めるような行動が多かった気がするけど……)


(それもあるが、それだけじゃない)


(この町の人の立場になって考えると、得体の知れない人間が開いた不気味な診療所。どんなもんか気になるけど、最初には行きたくない)


 特にこの町は排他的で保守的。真っ先に危険に飛び込むような人間が多く育つ土壌ではないと思う。


(そうなった時、集団内で誰が先兵になるのか決めるはず。弱い立場の人間に行かせるのか、罰ゲームで負けた奴に行かせるのか)


(確かに)


(まぁ、最初の印象は悪くないだろうし、待っていればその内良い噂が流れて患者が来ると思う)


(そうだね)


 そんな話をしながら次の患者を待っていたが来ず。


 次の日。


 今日は休診日でお嬢に医学を教える予定の日だ。


 桜ちゃんに手伝ってもらいながら作った医学書の総集編を具現化。それを持って行こう。


 役所の時計を見ると、今は5分前か。


 役所を通って階段を上がって館の2階へ。


 廊下を曲がると、お嬢が足を揺らしながら壁に寄りかかって待っているのが見えてしまった。


 あ、気付かれた。


 パッと咲くような明るい笑顔を見せて小走りでこちらに近付いてくる。子犬かな?


「カイト先生!お会いできてうれしいですわ!」


 俺の手を取って、両手でぶんぶんと振り回す。


 天性の甘え上手だ。素直に可愛い。


「お嬢。お久し……」


「さ!こちらへどうぞですわ!」


 俺の挨拶が言い終わる前に、お嬢は俺の手を引っ張って部屋に連行する。


 ここはお嬢の私室か。以前往診した際に入った部屋だ。


「どうぞ!お座りくださいまし!」


「おう」


 お嬢も反対側に座る。


「この教科書を使ってくれ」


 間髪入れず教科書を渡す。


 今日は授業をしに来たので、先手必勝。


「あ、ありがとうですわ」


 戸惑いながらも教科書を受け取ってページをパラパラと捲る。


「この教科書はどこで手に入れたのですの?」


「これはどこかに売っているものじゃなくて、自分の医学知識を詰め込んで書いた複本だ」


「ふくほんとはなんですの?」


「魔素で自分の本を複製したんだ。だから数ヶ月で消えてしまう」


「悪いが、本物の本は自分の商売道具なんでね」


 翻訳しつつ書いた本は頭の中にしか存在しないが、嘘ではない。


「数ヶ月で消えてしまうとは……でも、しかたないですわね」


「それは渡しておくが、内容をずっと残したいなら白紙の本に書き写してくれ。書くのも勉強だ」


「わかりましたわ」


「じゃ、早速始めるか」


「最初のページを開いてくれ。そのページに知っておくべき医学知識を難易度順に羅列している」


「具体的に何から教えるべきか知りたいから、知っている概念を紙に書いてくれ」


 お嬢は「う〜ん」と唸りながら教科書を睨むが、手元の紙に多くは書けなさそうだ。


 ペンの動きが止まった頃、


「その紙を見せてくれ」


 やっぱり衛生に関しては少々知っているが、それでも所々抜けがあるな。


 そして、それ以外の医学知識は殆ど全滅だ。


「ふがいないですわ……」


「これから学ぶ人間が何言ってんだ。できないのは当然だろう」


 まぁ、これなら最初から教えるべきだな。


「わかった。一旦教科書を貸してくれ」


「どうぞ」


 受け取った教科書で最も基本的な内容のページを開いて返す。


 しかし、教科書を2冊用意しておくべきだったな。一々教科書を借りる手間が増えてしまった。


 まぁ、椅子の位置関係を変えれば一緒に見れるんだが……距離は離しておきたい。


「ここからやっていこう」


「了解ですわ!」


 ……授業開始から30分程度経過したか。


 基礎から解説をしているんだが、どうしても教科書で確認したい部分があると教科書を借りてしまう。


 その煩わしさにお嬢も気付いているようで、


「わたくしがカイト先生の隣に移動すれば一緒に見られますわ。隣に行ってもよろしいでしょうか……?」


 遂にその話をされてしまった。


 上目遣いであざとく許可を求めてくる。


 天然なのか?これ?


 天然にしろ、計算にしろ、お嬢は生粋の男殺しだな。


 今回ばかりは教科書を2冊用意しなかった俺が全面的に悪いんだけど。


「……どうぞ」


「わぁ……!嬉しいですわ!」


 不安そうな顔から笑顔に切り替わったと思ったら、お嬢は瞬く間に椅子ごと俺の隣に移動してきた。


 隣からお嬢の息遣いやフローラルな香りが襲ってくる。


 テンションが上がる状況だが、反応すればするだけ面倒な事態になるのは目に見えている。


 態度や表情を変えず接する。


「やっぱりこっちの方が授業を受けやすいですわね!」


「そうっすねぇ……」


 苦笑いが出そうになった。


「カイト先生、この言葉の意味を教えてくださいませんか?」


「はいよ。これはな……」


 そんなこんなで、途中休憩を挟みながらしっかり時間一杯まで医学知識を教えた。


 最初は動揺しかけたものの、もう慣れた。


「次回までにこの教科書を一通り読んでおきな。分からないところがあったら次回質問してくれ」


「そんな形式で暫く授業を進めていくから、宜しくな」


 そう言って、帰ろうと立ち上がった俺の手を握って、


「お忙しい中授業をしてくださって本当に感謝していますわ。ありがとうございます」


「どういたしまして」


「……」


 手を離してくれない。


「何?」


「ぜったい次回も来てくださいね!わたくしずっと待っておりますから!」


 真っ直ぐに目を見つめながら言われると、軽々しく言葉を紡がせないという圧を感じる。


「俺は守れない約束はしない。必ずまた来るから安心しな」


 そう言ったら離してくれた。


「じゃあ、またな」


「はい!またですわ!」


 領主の館から出ると、緊張から解き放たれて溜息が漏れる。


「ふぅ……次回は教科書を2冊持っていくか」


 今日はもう外の用事を終えたので、帰って寝て翻訳とかその他諸々の雑事を進めておこう。


 明日からまた診療所で待機だな。





 そんなこんなで一週間経って今日は2回目の授業の日。


 診療所に関しては、この一週間で爺さん婆さんがよく来るようになった。


 最初のお爺さんが爺婆コミュニティに良い報告をしてくれたのだろう。


 また、チラシを見て若い人も極少数だが来てくれた。


 総じて診療所運営は順調だと言って良いだろう。

 

 お嬢の授業に関しては前回の教科書を複製して授業に臨む。


 今回は流石に廊下で出待ちはしていないだろうと思ったが、


「お待ちしておりましたわ!カイト先生!」


 居るんかい。


「元気だったか?」


「はい!カイト先生の授業を首を長くして待っておりましたわ!」


 まぁ、そうだろうね。


「じゃあ席に着いて早速やるか」


「教科書を一通り読む課題を出したが、やってきたか?」


「ばっちりですわ!すみずみまで読みこんで質問を用意しましたわ」


「お〜良いね。最初はどこだ?」


「13ページの最初ですわ……もしよろしければ隣でいっしょに教科書を見ませんか?」


「いや、今回は自前の教科書を用意したから大丈夫だ」


「わたくしは隣が良いですわ!……ダメですの?」


 あざとく上目遣いをしてもダメですの。


「前回は教科書が1冊しかなくて対面だと授業に支障があったが、今回は対面で問題ないわけだしな」


「この際だから聞いておくが、お嬢は本当に医者を目指しているのか?」


「……っ!」


 今まで見たことないほど驚いた顔をしている。


 図星なのか?


「もしかして、この授業って意味ない?」


「そんなことないですわ!!!」


 声がでかい。動揺しすぎ。


 口元に人差し指を当てて静かにしてくれのポーズをする。


「……」


 一旦沈黙。冷静になったところでお嬢が話を切り出す。


「医者になりたいという話。最初は確かに口実という面がありましたけれど、嘘ではないですわ」


「カイト先生に教わった今、本当に真剣に勉強したいと考えていますの!」


「これを見てくださいまし!」


 お嬢が渡してきたのは100枚以上の紙の束だ。


 めくって見ると、両面びっしりと教科書の内容が書かれていた。


 勉強に対するやる気はひしひしと感じる資料だ。


 まぁ、医者になりたいという話は嘘ではないのだろう。それが最優先ではないというだけで。


「なるほど。確かに医者になる気はあるんだな」


「はい!ありますわ!」


「それで!……えっと、その……なんというか……」


 気持ちを言葉にできなくて混乱しているのだろう。


「まぁ、お嬢の気持ちを決めつける気はない。俺の言葉は特に影響を与えそうだし、それで心を見失う可能性もある」


 他人の方が自分の心をよく理解している場合は多い。


 だけど、本当に深くまで自分の本心を知ることができるのは自分自身しかいない。


「だから、自分がどう思っているのか、どうしたいのか、自分自身でよく整理して確認しておいて欲しい」


「お嬢の心はお嬢自身の持ち物だから」


 心は移りゆくもので、複雑なものだ。その場その場の気持ちを解かないとちゃんと理解できない。


「あ、俺の都合を含めて他人の都合は考えるなよ。不都合があったとしても後でぶつかり合えば済む話だしな」


 他人を巻き込む内容の本心に従って衝突することは悪い事だとは思わない。


 本心を仕舞い込んで見えなくする方が人生にとって不利益だ。


「そう……ですわね。よこしまな気持ちで授業を受けて申し訳ないですわ。後でしっかり考えます」


「今はそれで良い。じっくり考えな」


「じゃあ授業を続けるか。次はどのページの質問だ?」


「えっと……」


 お嬢は慌てて教科書を開く。


 と、その後は極めて平和に授業が終了した。


「じゃあ、またな」


「はい!わたくし課題を頑張りますので!次回もよろしくお願いしますわ!」


「はいよ」


 本日も他に用事は無いので帰ろう。


 と、思って領主の館から冒険者ギルドの前を通ると、冒険者が慌ただしく物資を運んでいる様子が珍しくて気になった。


 その様子をじっと眺めていると、


(何だろうね?)


 桜ちゃんから声を掛けられた。


(タイミング見計らってたな)


(な、何のこと?)


(何でもいいけど、冒険者は気になる。話を聞いてみようか)


(そうだねぇ)


 休憩中のおじさんに話しかける。


「こんにちは」


「お?どうした坊主」


 坊主じゃないけどな。


「今日冒険者の皆さんは忙しそうですね。何かあるんですか?」


「あ〜、モンスターフローが来るから準備してんだよ。いつもの事だろ?」


 何となく聞き覚えのある単語だ。


「モンスターフローというのは?」


「あ?ああ……坊主余所者か。教えてやるよ」


「この町は山の向こうの魔物の世界から国を守る砦なのは知ってるだろ?」


「はい」


「いつもは少数の魔物が山を越えてこっちに来るんだけどな。偶になんかの原因で一斉に魔物が襲いかかってくることがあんのよ」


「それがモンスターフローで、もうすぐ来るから準備してるってワケ」


 内容は物騒だが、危機感は感じない。


「なるほど。教えてくれてありがとうございます」


「良いってことよ。お前さんみたいなヒョロは町で大人しくしときな」


「はい。じゃあそれでは」


「おう」


(良い話を聞けたね)


(そうだな)


 実際にモンスターフロー当日になってみないと分からないな。


 特別することもなさそうだし、普通に過ごすか。

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