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13話 化物の開業準備


 医師ギルドから出て、歩いている途中。


(誤解、解かなくて良かったの?)


(面倒だから放置で。誤解を解いてやる義理は無い)


 仲良くできるならそれが最善だが、無理にそうする必要はない。


(このまま医師ギルドに所属できないままだと仕事できないんじゃない?)


(もし免許を持っていても医師ギルドに所属しないと仕事できないなら、彼はその点を強調していただろうから、それはないと思う)


(確かにあの状況で言わないってことは……って推測できるね)


(まぁ、医師ギルドに所属できない立場がどれだけ悲惨でも構わないんだけど)


(俺は医者として大成したいわけじゃないから。不安定な身の上を医者という肩書きでメッキしたいだけ)


(お金に関しても知識を切り売りすれば飢えることはないだろうし)


(この町に長い間滞在している理由だって都合が良いからというだけだ)


(この町で生きていけないなら最低限の領主への義理を果たして別の街に逃げるし、そうでなくても飽きれば出ていく)


 そもそも未知なるこの世界を見て回って知識欲を満たす為にあの洞窟から這い出たのだから。


 所詮、どんな職業でメッキをしようとも行動原理は旅人だ。


(自分の本心に反するならどんな鎖を断ち切ってでも逃げるよ、俺は)


 人間関係、仕事、将来への不安、色々なものが絡み付いてくる。


 断ち切るべきかよく考える必要は当然あるが、逃げられないとすぐに諦めるのは浅慮だろう。


(そっか……)


 まぁ、どこにも行けない人に聞かせる話ではなかったか。


 俺のスタンスは知っておいて欲しいし、話したことを後悔はしていない。


(それで、これからどうするの?)


(他に医師ギルドに所属せず医者の仕事をしている人は居るはず)


 多分。


(だから、その人について役所に話を聞きに行こうと思う)


 外の人間がどこの宿に滞在しているのかすら知っていたのだから、この町での開業医事情なんて当然知っているだろう。


 先程医師ギルドに来た時と同じ道を通って、途中早めに昼飯を買いつつ、役所に到着。


 領主やメイドが居れば話は早いが……居ないか。横着せずに受付に並ぼう。


 以前対応してくれたスーツの男性ではなく、眼鏡の女性がカウンター越しに座っている。


「ご用件をお伺いしても宜しいでしょうか」


「私はこういう者でして」


 免許を差し出す。


「お医者様でしたか」


 声が一段階高くなった。


「医者の仕事に関して知りたいことがありまして」


「それでしたら、こちらへどうぞ」


 受付の女性に案内されたのは、衝立で仕切られた相談スペースだ。


「仕事関係の担当者が参りますので、少々お待ちください」


(スムーズに話が進むね)


(免許を貰う前だったら医者の仕事について尋ねても追い払われていただろうし、免許様様だな)


「お待たせしました。担当のカーネと申します」


 スーツを着た小太りのおじさんが来た。


「カイトと申します」


「カイト様ですね。医者の仕事に関する相談ということですが……」


「医師ギルドに所属せず医者として働いている人についての話を聞きたいと思っていまして」


「それはカイト様が開業医として働くということですか?」


 この反応から察するに、普通は医師ギルドで働くのだろうな。


「そうですが……何か不都合でも?」


「いえ……ただ少し珍しいと思っただけです。開業医として働くというのは大変な選択ですから」


「そうなんですか?」


「ええ。詳しく説明しましょう」


「医師ギルドについては知っているものとして進めても宜しいですか?」


「はい」


「基本的に医師ギルドに所属できない人が開業医となるのですが、この町にはデスクワーカーが多いのでマッサージを主軸にしている方が多いです」


「また、風邪などの病気を治療することもありますが、病気の治療は難しいですし、病気に罹る人も少ないですから。病気の治療だけを取り扱う医者はいないですね」


「なるほど。開業医として働くために必要な手続きなどありますか?」


「開業した際にその報告だけ頂ければ。免許を持っている方はご自由に診療所を運営して頂いて構わないですよ」


「丁寧に教えてくださってありがとうございます」


「最後に参考になりそうな診療所の場所を教えてくれませんか?」


「大丈夫です。診療所の場所ならお教えできます。地図に書いてお渡ししますので、待合所でお待ち下さい」


「助かります」


「お役に立てたのなら良かったです。開業医は苦労も多いでしょうから頑張ってください」


「ありがとうございます。失礼します」


 待合所で数分待っていると、受付の人に呼ばれて地図を手渡された。


 役所の外へ。


(なんとなくこの町の医者事情が見えてきたね)


(ああ。それに、免許があれば自由にしていいってのは大きいな。個人の裁量でできることが多いのは助かる)


(でも色々と考えなきゃいけないことが多いよね。どこに診療所を作るのか、どうやって宣伝するのか、とか)


(宣伝方法は考えてるんだが、診療所の場所に関しては宿の主人と話してみるしかないな)


 宿の一室を借りて診療所として使えれば1番良いが……


 宿に戻る前に他の診療所を見て回るか。


 現在地から最も近い診療所に着いたが……ここか?


 外観が普通に集合住宅なので入るのに躊躇ってしまう。


 地図に書かれた部屋に行くと、扉に診療所の看板が取り付けられている。


 内装や治療の手順、料金設定などを見ておきたいので、実際に治療を受けるか。


「失礼します」


 部屋に入って最初の印象は、とても狭い。ベッド一床、机一卓、椅子二脚で部屋の半分以上を占めている。


 内装はシンプルで特別な道具などは無く、机の上には料金表だけ。


「あっ、どうぞお掛け下さい」


 ベッドメイキングをしていたおばさんが椅子を指して座るように促してきた。


 おばさんは白衣を着て限定医師免許を首から下げている。この診療所の医者か。


 机を挟んで向こう側に座ったおばさんは口を開く。


「初診ですよね」


「はい」


「どのような理由で来院したのか教えて頂いても宜しいでしょうか」


「はい。実は腰が痛くて、マッサージをお願いできればと思っているのですが」


「承知しました。料金はこのようになっていますが宜しいでしょうか?」


 おばさんは机の上に置いてある料金表を指差している。


 1回の治療で5000ルク。妥当かどうかは他の診療所も見ないとわからん。


「はい。大丈夫です」


「では、隣のベッドにうつ伏せになって下さい」


 タオルが敷いてあるベッドに体を乗せる。


 視界が枕で覆われているのでどうなっているのかは見えないが、腰の辺りに手を乗せられた感覚がある。


 そして、おばさんが30秒ほど深呼吸して集中し、小声で「3、2、1、0」と言うと、手を当てられた腰が俄に暖かくなった。


 この血行が良くなる感覚は洞窟の中で体験した魔法か。


 そのまま15分ほど手を当てる場所を変えながら魔法を使って、


「はぁ……!はぁ……!」


「ふぅ……治療はこれにて終了となります。お、お疲れ様でした!」


 顔を上げてベッドに座ると、これはなるほど。明確に腰が楽になっている。


 これほど効果があるのなら、需要は多いだろうな。


 それは良いんだが、医者のおばさんが尋常ではない汗と疲れを見せているのが気になる。


 指圧しない分楽だと思っていたが、案外治癒魔法を使った治療も大変なようだ。


「ありがとうございました」


「では、お支払いをお願いします」


「これで」


「はい、丁度ですね。お大事になさって下さい」


「失礼します」


 部屋から出る。


 色々と知る事ができて良かったな。


 まず、治療法は俺の知っているやり方がスタンダードっぽい。


 そして、最低限用意するべき設備は、ベッド、タオル、看板程度か。


 最後に、料金については他の診療所にも行って見ておこう。


 ということで、他の診療所を幾つか回った。


 立地はどれも悪く、細道の奥まった所や、大きな店と店の間の隙間などにあった。


 治療を受ける気はなかったので、窓の外から壁に貼ってある料金表を見たりした。


 どれも同じような価格帯だったので治療費の相場があるのだろう。


 情報収集を終えて宿に戻る。

 

 カウンターに座っているご主人に相談してみると、家賃の2倍の金を出せば一階の一室を診療所として貸してくれるとのこと。


 住むには狭いが、診療所としては十分な広さでベッドもある。他の診療所と比べてもそこそこ広い。


 ここは元々子供の部屋だったが、子供が自立してしまったので早く誰かに貸したかったらしい。


(すんなりと場所に関する問題はクリアだね。それで宣伝はどうするの?)


(宣伝に関してはホワイトくんの配るチラシに広告スペースを貰おうかなと)


(あ〜なるほど。新聞広告みたいな感じね)


(図書館の客層とうちの診療所の客層が重なってるし効果はあるだろうから)


 これからの開業準備を考えると、正直現金だとすぐには纏まった額を用意できない。対価に関しては要相談だな。


 という事で早速図書館へ。


「あれ?今日はどうしたでありますか?」


「ちょっと相談があってな。今良いか?」


「もうすぐお昼休憩なので、その時なら大丈夫であります」


「じゃあ、暫く待たせてもらうよ」


「はい。どうぞごゆっくりお過ごし下さい」


「ありがとう」


 他の利用者と同じように過ごさせてもらった。


 そして、昼休憩の時間。


「こちらへどうぞ」


 案内されたのは図書館の隣の住宅。


「ここは?」


「わたくしの借りている家であります」


 一人暮らしと考えるとそこそこ広くて良い家だ。それに割と片付いている。


 普段から使っているであろう生活感のあるリビングテーブルに案内された。


「それでご相談とは何でありますか?」


「この度診療所を開業することになってな」


「おお!おめでとうございます!友人として祝福させていただくであります!」


「ありがとう。それで、図書館のチラシに俺の診療所の広告を入れて貰えないかと相談に来たんだが」


「なるほど!少し前の図書館と同じ問題を抱えているということでありますね」


「そうだな」


「わたくしとしては全然OKでありますが、今はチラシ配りに関してアルバイトに任せていまして」


 俺のアドバイスに従って人を雇ったらしい。


 まぁ、図書館の開館時間を考えるとチラシ配りまで手が回らないからな。


「そうか。それで広告料に関してなんだが、どの程度支払えば良い?」


「ん〜……そうでありますね」


「あ!そういえばそろそろチラシのデザインを更新したいと思っていたであります」


「新しいデザインのチラシを作ってくれるなら、空きスペースに広告を入れていいでありますよ」


「分かった。じゃあ明日までに大まかに作っておく。明日の集合はどうする?」


「閉館後でお願いするであります」


「了解」


 今日のところは一旦解散。


 デザイン用の道具を買うついでに、自分の診療所の看板用に板材とペンキを買って帰宅。


 部屋備え付けの机に紙を広げて、硬い木製の椅子に座って考え込む。


 おそらく、広告料としてデザインしさえすれば良いというのは友達価格だろう。


 俺も友人の為に以前考えたデザインを一新して目を引く様なものを考えたい。


 ……と、暫く考えたがどうにもデザインの引き出しが少なく、良いものは描けそうにない。


 こういう時こそ、一晩寝て記憶の引き出しを開けるべきだな。


 目を閉じて夢現図書館へ。


 どうやら今日はいつもの机じゃなくて、天窓広場の机で作業をしているようだ。


「どうだ?教科書の翻訳作業は進んでるか?」


「う〜ん、そこそこ」


 桜ちゃんは腕を伸ばして筋肉を解しながら答える。


「こっちの文字を書くのには慣れてきたけど、文法とかまだ染み付いてないから脳が疲れるね」


「だからラムネで糖分補給したり、机を変えて気分転換したりしながらやってる」


「途中経過見ても良いか?」


「うん。なんか修正箇所あったら言って」


「……文字は丁寧に書けてるし、文法も間違ってない」


「内容に関してだが、この文は翻訳しなくても良いんじゃないか?」


「あー、そうだね」


「各医学書の要点だけ書いてくれれば、後は俺が詳しくお嬢に説明するから。一冊全部翻訳するのは手間だしな」


「おっけー」


「手、出して」


 翻訳作業を頑張っていたので、色を付けて給料を渡した。


「お〜、やった!このペースならすぐにあれが買える♪」


 桜ちゃんは嬉しそうな笑顔を見せる。


 どうやら何か手に入れたいものがあるらしい。物欲が動機になってくれているなら良かった。


 俺も作業をしよう。


 図書館に入ってデザイン関係の本を取り寄せる。


 幾つか読んでみると、広告での色の使い方や文字の配置など気を付けるべきことが色々と書いてある。


 その中に実践できていない事があったので、それらを頭に入れながらデザインを考える。


 ……よし、デザインはこれで良いか。今日は寝よう。


 そして、次の日。


 起きてカーテンを開けると太陽が西に見える。


 ……久しぶりに長時間寝たなぁ。


 最近修行とかで忙しかったし、その疲れだな。


 脳が覚醒してから考えておいたデザインを描こう。


 まず、読者にとって有益な情報は大きく暖色で強調。一目で読む価値があると思わせる事ができれば大成功。


 そうなった人は捨てずに隅々までこのチラシを読んでくれるはずだ。


 以前のチラシからパワーアップさせた点は、利用者の読解力の程度によって、初心者、中級者、上級者それぞれに向けたオススメの本紹介の欄を作った事だ。


 本を読む経験が少ない人は簡単で短い本から読んだ方が良いだろう。


 また、本の種類として以前はビジネス書ばかりをオススメしていたが、利用者層の拡大に伴って別のジャンルの本を紹介できる欄を用意した。


 本を愛している彼なら幾らでも紹介文を書けるだろう。多分。


 次は、診療所の広告を描こう。


 治療費は基本的に相場と同じ値段。


 そして、冒険者以外なら誰でも歓迎。


 最後に、診察時間、診察日、診察場所を丁寧に大きく。


 ……まぁ、こんなもんかな。


 診療所用の広告はそんなに凝る必要がない。患者が多くても対応できないから。


 閉館時間になったので図書館へ。


 図書館の掃除作業をしているホワイトくんに声を掛ける。


「よ。お疲れ様」


「お疲れ様であります!」


「掃除手伝うよ」


「ありがとうございます!」


 1階の雑巾がけや本棚の埃取りなどを一通り手伝った後、


「これが新しいチラシだ。確認してくれ」


「おお!以前とは全く違うでありますね!」


「有益な情報を強調する事で、即捨てされなくなるテクニックだ」


「今までこんなに凄いチラシは見た事ないであります!」


 食い入るようにチラシを隅まで読んでいる。


 現代のあらゆる技術を詰め込んだ消費社会の結晶だからな。それも無理ないだろう。


「デザインはこれで良いか?」


「はい!」


「あと、ホワイトくんの本紹介コーナーを増やした。負担になるようならそのコーナーを削るけど、どうする?」


「大丈夫です!読書の普及のために頑張るであります!」


「まぁ、椅子に座れないくらい利用者が増えたら領主に予算をねだりな」


「図書館を増やしたりとか、司書を増やしたりとか、色々できるだろう」


「お〜夢が広がるでありますね!」


「じゃあ、チラシ配りは頼むよ」


「はい!お任せ下さい!」


 その後、役所に開業を報告したり、診療所の内装を整えたりなど1日準備を行なって開業。


 開院できて取り敢えず一安心だ。


 白衣を着て、免許を首に下げて一応待機しておこう。


 だが、すぐには人は来ないので、暇な時間でお嬢向けの本の翻訳と隕鉄版の修行だ。

 

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