第3章 知覚 (1)
次の日も、僕は彼女と会うために河原に向かっていた。
そして、彼女とのメールでの昨晩のやり取りを読み返している。
特に、これと言って内容のあるものではなかった。お互いにメールアドレスを確認するような、たわいもない内容ではあったが、それを見返していると彼女が自分にメールを打っている状況が想像できて、幸せな気分になるのだ。
相当気持ち悪いな、と自分に対して思う。
学校では、随分と裕二と守には冷やかされた。
「結局、メアドゲットしたのかよ?」
裕二はニヤニヤしながら、俺に問う。
「・・・おう。した。」
やばい、にやけが抑えられない。
「マジかよ、俺なんか、知ってる女子のメアドなんか母親と姉貴ぐらいだぜ!?」
守が泣きマネをしながら、机にしがみついている。
「いや、それ女子じゃねーから。」
「姉貴はまだ大学生だから!それ失礼だろ!」
俺は笑いながら、守には悪いが、連絡先の欄に、「遠藤ハル」という名前が載っている事実が本当に嬉しかったぜ、と考えていた。
河原に着くと、いつもの場所に彼女はいた。
今日はいつも違うぜ。
なんてったって、今日はちゃんとメールで待ち合わせをしたんだからな!偶然じゃないぜ!
なんとなく、誇らしかった。
そして、やっぱりそんなことでにやけている自分のことが気持ち悪いな、と思った。
「遠藤さ、っじゃなくてハル!」
後ろから呼びかけたが、彼女は反応しない。
そういえば、同じようなことが何度もあった。
彼女に対して呼びかけたり、急に話しかけたりすると反応しないことが多かったのだ。
まるで、耳が聞こえないかのように。
背筋がひやっと冷えるのを感じた。
・・・まさかな。
今度は、声をかけながら、肩を軽く叩いた。
「ハル!こんにちは。」
「あ、あきらさん。こんにちは!」
彼女は満面の笑みを僕に向ける。
可愛い、なんでそんなに可愛いのか。彼女の臆面のない無邪気な笑顔は、僕の心拍数を容赦なく叩き上げる。
僕は、動揺を隠そうと無理やり話題をつないだ。
「ハルって、結構ぼんやりしていることがあるよね。」
話している途中で、ハルは僕の顔を覗き込むようにして、不思議そうな顔をした。
「いやさ、話しかけても答えなかったり・・・」
そう言うと、彼女はハッとして急にうつむいてしまった。
しまった、と思った。
僕の軽口が彼女を深く傷つけてしまったのではないか。
彼女は体育座りのまま、自分の靴を見つめるようにして、うつむいている。
どうしよう。
一人で焦っていると、彼女はおもむろに鞄の中からペンと手帳を取り出して、何かを書いて僕に見せた。
そこには、少し震えるような文字でこう記してあっった。
『私は耳が悪くてあまり聞こえません。今まで黙っていてごめんなさい。』