第1章 再会 (3)
それから、僕は彼女と会うために河原に行くことが下校時間の楽しみになっていた。
相変わらず連絡先を聞くことはできなかったものの、河原に行けばいつも彼女は決まった場所にいた。
「こんにちは、遠藤さん。」
と声をかけると、彼女は微笑んでくれた。その笑顔は本当に最高だった。
この感情は恋愛感情なのかどうかは正直よくわからなかった。恋愛小説やドラマなどで知識としては仕入れていたのだけれど、実際現実に起こってみると、なんと形容すればいいのか。
授業中やお風呂に浸かっている時、寝る前などに、彼女の笑顔を思い出しふと会いたくなる衝動に駆られた。恋をしている、といえばそれまでなのだけれど、そんな風に名前をつけてしまうのは違う気がするし、陳腐だし、むず痒い。
そうして、二人で並んで河原に腰掛け、彼女のギターを聞くのが日課であった。特に会話するでもなく、アコースティックなギターの温かな響きと、少し調子外れな彼女の歌声を聴いて、夕日が沈み暗くなってきたら、どちらが何を言うでもなく、帰り支度を始め商店街まで一緒に帰るのであった。
しかし、今日は少し違った。
珍しく(というよりも初めてかもしれない)遠藤さんから声をかけてきたのだ。
「・・・ギター、弾いてみませんか?」
「えっ、ギター?」
そう言って彼女は、ギターのストラップ(肩掛け)を外して、僕に差し出した。
「・・・でも、ギター弾いたことないんだけど。」
困ってしまった。本当に僕は不器用なのだ。
小学生の時、折り紙でつるが折れなくて、恥ずかしい思いをしたのを未だに思い出す。
それでも、彼女は僕にギターを差し出し続ける。
彼女から話しかけてくれたことが嬉しかったし、やっぱり少しだけ興味もあった。
「・・・わかった、ちょっと借りるね。」
初めて持ったアコースティックギターは意外と軽くて、中身がないようにと感じた。いや、中身は空洞なんだけど。
木でできた板と、金属でできている6本の弦。その不思議な組み合わせは芸術的であった。
試しに1本の弦を弾いてみると、ポーンと情けない音が響いた。
「えっと、どうすればいいのかな?」
「・・・一番簡単なコードはね、Em7(イーマイナーセブンス)っていって、5弦の2フレット目を押さえる感じ・・・です。」
彼女は、一生懸命説明しているようだが、僕は何言ってるのか全くわからなかった。
「えっと、もう一回いい?」
多分もう一回言われても分からないだろうと思いながらも、僕は苦し紛れでそんなことを言った。なんとなく、彼女の前では出来る男でいたかった。
彼女は不思議そうな顔をしてこちらを見つめると、ハッとして顔を赤くした。
「・・・ゴメンなさい。急にそんなこと言われても・・・分からないですよね。・・・こんな感じです。」
そういって、彼女はギターの二番目に太い弦を中指で抑えた。
彼女の小くて少しふっくらとした指が、不自然な形で弦を押さえているのは、とても可愛かった。小さな動物が頑張って歩いているのを可愛いと思う感情に近い。
あれ?彼女との距離近くない??
ギターで精一杯になっていたから気づかなかったが、二人の距離は今までにないくらい近い。というか肩少し当たってるし、心なしかいい匂いもする。意識した途端、心臓が痛いくらいに高鳴る。
「・・・・本さん、藤本さん?」
ふと彼女の声で、意識を取り戻した。
「えっと、ごめん、何?」
「コードを抑えているので、藤本さんは右手で、すべての弦を弾いてみてください。」
と言いながら、彼女は右手をふるふるた上下にふる。
何これ、犬みたいで超かわいい、その動き。
「わかった、こう?」
僕は、人差し指で、上から下へと6本の弦を弾いた。
すると、ジャーンと綺麗だけど、どこか物悲しい音が響き渡った。
ギターは弦の振動がギターの空洞の中で反響して増幅するため、ギターを通して、振動が体に伝わってくるのを感じた。
気持ちの良い感覚であった。
「・・・今のがEm7です。綺麗なコードですよね。藤本さんを弾いてみてください。」
そう言うと、彼女は僕の手を優しく包んで、ギターを握らせた。
ちょっとまって、手めっちゃ柔らかいんですけど、暖かいんですけど!?全く集中できない、というかギターどころじゃない。
「・・・そうです、左手はその5弦以外を触らないようにしてください。」
「う、うん」
そうは言ってるけど、難しい。どうしても、指の腹が別の弦に当たってしまうのだ。
無理やり、右手ですべての弦を弾いてみる。
幾つかの弦がうまくならずに、少しマヌケな音になってしまったが、やはりギターから伝わる振動は心地よかった。