第1章 再会 (2)
天気の良い日だった。
雲ひとつない青空と、少し散り始めて枝々が見え隠れしている桜が並んでいる。
やっと暖かくなってきた。
春は出会いの季節。そう、出会いの季節なのだ。
僕は、彼女の笑顔を思い出していた。
ペシッと何かが、頭に当たる。
顔を上げると、そこには呆れ顔の数学教師の若林が自分の机の前に教科書を片手に立っていた。
「ぼーっとするな。この問題解いてみろ。」
ふふん、今日は機嫌がいいんだ。このくらい許してやろう。
そう、僕は今菩薩のように寛大なのだ。
「てか、名前も知らないんだろ?彼女にどうやってもう一回会うんだよ。」
昼休み、いつもの二人に対して自慢げに昨日のことを話していると、裕二は僕に言った。
確かに。どうやってもう一度会うのだろう。考えてみたら、連絡先も住所もひいては名前さえも知らない。
・・・あれまずくない???
僕は再び頭を抱えた。
「やばい、どうしよう・・・。何も考えてなかった。」
「いや、詰め甘すぎるよ。女子と少し関わったくらいでいい気になるなよ!」
守は男子校特有の嫉妬を振りまいていた。
何はともあれ困った。
放課後、たわいないホームルームが終わった瞬間、僕は席を立ちあがって、走って河原へ向かった。
もう一度だけでも会いたい。一心に願った。それが何の感情なのかはよく分からない。ただ、このまま思い出になるのはごめんだ。だから僕は走った。
河原に着くと、長い黒髪の彼女がギターケースを地面に置いて、何やら様々な道具を準備しているのを、すぐに発見した。
あまりにすぐ見つけたので、走ってきた勢いで彼女の眼の前まで、たどりついてしまった。
彼女はしゃがんでいたが、目に前に急に影が差したことに気がつき、顔を上げると、僕と目があった。
長いまつげ、吸い込まれそうな彼女の瞳をつい凝視してしまった。
彼女は、ハッと顔を赤くして、すぐに俯いてしまった。
まずい、何かを話さなければ!と焦る頭とは裏腹に、何も気の利いた発言が浮かばない。
何で、何も考えてこなかったのだろう。最初の一言くらいは考えておけばよかったのに。彼女にもう会えないのではないかという不安でいっぱいになり、無我夢中で彼女の前まで走ってきてしまったのである。
「・・・名前なんていうの?」
「・・・」
しまったー!!!これじゃナンパみたいじゃない!?怖がられたかな?どうしようどうしよう!!
彼女は、黙ったまましゃがりこんで、体は強張ったまま動かない。
ふと、思い出した。
彼女は、僕にどうやって意思を伝えたんだっけ??記憶をたどっていく。
・・・そうだ手紙だ。
そう思い立ったやいなや、僕は鞄から紙と何か書くものを取り出そうとした。
僕は鞄の中をゴソゴソと探ったが、こういう時に限って、適当なものが見当たらない。いつも、何も考えずバッグにものを詰める自分の性格を恨めしく思った。
やっとのことで、ルーズリーフとシャーペンを取り出すと、僕は大きな文字で書き始めた。
HBのシャプペンの書き出す軌跡は、何となく弱々しく頼りないものであった。
「ぼくは、藤本彰といいます。」
それだけ書いて、彼女に見えるように差し出すと、彼女は少しだけ顔を上げて、ルーズリーフを見るとキョトンとした顔で僕の顔を覗き見た。
続けて、僕はその文字の下にこう書き加えた。
「よろしくおねがいします」
それを見ると彼女は、少しだけ笑って、
「私は遠藤ハルといいます。よろしくおねがいします。」
と言った。