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序章

純粋なボーイミーツガールを書きたい。

楽しんでいただければ光栄です。

 彼女、遠藤ハルと出会ったのは、商店街のはずれだった。


 彼女はギターを肩に下げ、綺麗な声で歌っていたのだった。


 そして、僕は彼女に話しかけた。それが義務だったからだ。


 彼女は僕の存在などなかったように、その場を立ち去ってしまった。


 つまり、一言で言ってしまえば、お互いにとって最悪の出会いだった。








 最低な一日だった。


 自称進学校である西城高校の2年生である僕、藤本彰は、昼休み恒例の「賭けじゃんけん」に負け続けた結果、パシリにされ、ジュースをおごらされ、そしてもっと最悪なことに、学校からの帰り際には、通りがかりに見ず知らずの女子高生に話しかけることが義務付けられていた。

 女子高生からしたらいい迷惑だろ、と僕は心の中でそっと悪態を吐く。

 その「賭けじゃんけん」の相手方である同じクラスの片山裕二と木村守は、下校中、上機嫌に僕を急かした。


 「お、あの娘、かわいいじゃん、行こうぜ、あーきーら!」


 女子高生を見かけるたびに、裕二は僕にいやらしい口調で催促する。その横で、守はニヤニヤと僕を見つめている。


 「わかってるよ、今やるから、急かすなって!」


 正直、無理だ。

 中高一貫校で男子校の僕は、女子が苦手だ。小学校は一応共学ではあったが、男子が38名であったのに対し、女子は5名。当時、女子に話しかける男は馬鹿にされたものだったから、小学生の時も僕は全くと言っていいほど女子と話すことはなかった。

 むしろ、苦手というよりは、未知のものに対してどうしたらいいか分からないという、一言で言えば、経験不足だと思う。


 僕にとっては、女子というものは、未確認生命物体であり、宇宙人であり、少なくとも同じ人間とは思えないものであった。たまに、女子の店員に話しかけたりされれば、頭が真っ白になり、口から出るものといえば自分の声とは思えないほど上ずった声が出る。しかも、どもる。

 僕は、なぜ男子校に入ったのか、そしてなぜ女子ともっと接しなかったのか、小学生の頃の自分を24時間問い詰めたい気分であった。



 「おい、そろそろ商店街抜けちゃうじゃん!やばいって!」


 守は、全くやばい風ではなく、楽しげに言う。

 商店街を抜ければそれぞれの帰路が分かれ、5分もすれば自宅に着く。もう逃げる時間はない。猶予がついになくなった僕は、胸の奥がずんと重くなるのを感じた。

 やばい、マジで話しかけられないって。女子高生なんて自意識高くて、変に話しかけられたりしたら、後できもーいなんて友達と話の種になって終わるんだって。そのあと、LINEで晒されたりされちゃうんだって。

 結局、こんなチンケなプライドのせいで僕は、ここまで逃げ場を失ってしまったのだ。

 焦りは背筋を伝って、手足は震え始めた。なんだこれ、何かの禁断症状ですか。僕変な薬飲みましたっけ。女子禁断症状ですか。それだったら、意味は逆じゃないですか。頭だけは、妙に冷静に思考し続ける。


 ああ、本当に最低だ。


 その時、透き通った声と、かき鳴らされた弦楽器の鋭くも暖かい音が、聞こえてきた。その方向に顔を向けると、商店街のはずれでアコースティックギターを肩にぶら下げ、熱心に右手首を上下に振っている女の子が目に入った。

 彼女は、艶やかな黒く長い髪を無造作に腰のあたりまで下げていた。

 彰と守もその女の子に気づいた様子で、首をひねって視線を向けていた。


 耳にスーッと入ってくる心地良い声と、対照的に感情を打ち震わしているようにかき鳴らされるギターは不思議と自然に調和しており、体中の筋肉が弛緩してそのまま動けなくなってしまうような感覚に陥った。


 しかし、彼女の歌は音を外すことが多く、あまり歌が上手とは言えなかった。

 ・・・というよりも音痴の部類である、確実に。声が綺麗だから、ジャイアンではないが。


 そして、最悪な事にその彼女が、セーラー服を着ていた事に裕二は気づいてしまった。つまり、彼女が外見上女子高生だった。


 「おい、最後のチャンスだぞ!」


 尻を蹴られるようにして僕は、彼女の前に立たされる事になった。

 丁度、その間に曲が終わったらしく、彼女はジャーンとコードを弾くと、ふうっと息をはいた。そして、唯一の観客である僕は、演奏中に少し乱れたであろう髪が顔を半分隠している彼女と目があった。

 その顔立ちに整っており、はっきりとした鼻筋と愛嬌のある目が絶妙に調和していた。その端正な顔は、未だ少女らしいふっくらとした可愛さや可憐さも残されていた。そして、透き通ったような白い肌は、艶やかな黒色の髪と綺麗なコントラストを作り出しており、あたかも人形のような芸術性があった。


 僕は彼女の顔に見惚れてしまった。




 無音。



 今までの商店街の雑踏が嘘のように消え、ここにいるのが二人だけのように感じた。高鳴っている自分の心臓の鼓動だけがやけにうるさく感じられた。やばい、この音、彼女にも聞こえているんじゃないか、なんてバカな想像もした。


 その無音に耐えられなくなってしまった僕は、苦し紛れに言葉を紡いだ。


 「・・・き、綺麗な声ですね。」


 上ずったし、どもった。その事実がなおさら僕を焦らせた。顔や耳が太陽のように熱を帯びるのを感じる。

 ああ、消えて無くなってしまいたい。絶対、きもいとか思われてる。どうしようどうしようどうしようどうしよう。

 

 僕には30分に感じられたが、実際は10秒も立っていないだろう。

 彼女はふいっと目をそらして、ギターを下ろして、撤収の支度を始めたようだった。僕は何が何だかよく分からないまま、彼女の一つ一つの動作を目で追っていた。


 そして、彼女がギターケースを担いで、自分の前からいなくなった姿を消した時、我に返ってその事実に愕然とした。気づきたくなかった。


 僕の勇気の結果は、




 ・・・完全なる無視だった。

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