いつだって敵わない
「聞いて、あのね、彼がね、結婚して下さいって言うの」
「……それはおめでとうございます。ご婚約はいつ交わされますか?」
「でもね、あの、何か違うと思うの」
「違う、とは?」
困った顔の王女を見上げながら、読み途中であった仕事の書類を机の上に置きつつ小さく溜息を吐き出したのは、この国の宰相第二補佐官である。
宰相の息子でもある彼は、小さな頃からその優秀さを如何なく発揮させ、国王の覚え目出度い花形官吏であった。
「だって……、あの人、私を見ている訳じゃないと思うんだもの」
突然自分の執務室にノックもせずに入って来て、執務机の前でそんな話しを始めた王女に、第二補佐官はにっこりと笑みを浮かべて見せた。
その笑みは国の貴族子女達がうっとりと惚れ込む笑みで、彼のモテっぷりに嫉妬する貴族子息達を逆に叩きのめしたのは有名な話。
「王女殿下、彼は」
「やだ、誰もいない時には名を呼んでと言ったじゃない」
第二補佐官執務室でその補佐官の仕事を手伝っている文官が、気まずそうに視線を巡らせた後、音を立てないようにそっと立ち上がって執務室を出て行った。
「……アスティ?良く聞いて?」
「ねえ、お茶を飲みながら話しましょう?」
「…………誰か、お茶をお願いします」
先程まで補佐官助手の彼が座っていた椅子を持って来て、机の向こうに勝手に座り込んだ王女に、補佐官は溜息を吐きながらどう説得しようかと頭を捻っていた。頼んだお茶とお菓子が用意され、執務室内に運び入れられ、ドアを開けて出て行った侍女にほっと息を吐く。
「エルダ、私だって色々考えてるのよ?だけどやっぱり、格好良い人にはときめくでしょう?」
「はい、そうですね」
「その人が好きになって、その人も好きになってくれたら恋よね?」
「そうですね」
「だけど、いざってなると何か違うって思うのよ」
「……王女、アスティ、いっその事このまま結婚してしまえば、意外と落ち着いてしまう物かもしれませんよ?」
「そうかしら?」
「今のアスティは所謂『マリッジブルー』の一種だと思います」
「やだエルダったら。私はそんな即物的な病にはならないわ?」
「…………アスティ、君は彼の事が好きなんですよね?」
「そうよ?」
「彼も、アスティを好きだと言ってくれているんですよね?」
「勿論」
「付き合いを続け、結婚して下さいと膝を付いたのでしょう?」
「そうなの!こう、物語に出て来るようにちゃんと片膝を付けてね、右手をこう胸に当てて左手を出してえ」
その時の事を思い出したのか、王女はそう言って照れたように可愛らしく「きゃっ」と声を上げて頬を抑えた。それを真正面から見ていた補佐官は、特に何の表情も浮かべずにそれを眺めている。
「王女殿下、愛しています。私と結婚して下さいって、私の右手を軽く握ったの」
「はい、先程伺いました。そして、何故それで違うと思われたのか伺っても?」
補佐官がそう言うと、王女は「ほう」と憂いた溜息を吐き出し、視線をお茶へと落として暫く黙っていた。
「……あのね、彼の眼がね、何て言うか、恋焦がれている目じゃないって言うか……」
それを聞いた補佐官の左の眉がピクリとほんの僅か持ち上がったが、お茶を眺めている王女は気付かなかった。
実の所、補佐官はこの時『良くそれに気付いたな』と、ほんの少しだけ王女を見直したのだ。あんなにあからさまな権力欲も珍しいと、彼と王女の逢引きを見張っていた補佐官としては、何となく感慨深い物がある。
大体にしてこの王女は、恋多過ぎてどうしようもないと評価されている王女で。
惚れやすいと言えばいいのか、それとも頭のネジが緩いと言えばいいのか。爽やかににこりと微笑まれただけで惚れてしまう阿呆だと、補佐官は随分前に実感していた。
「どうしようエルダ。彼も違うの」
「……案外結婚してからまた別の愛が産まれるかもしれませんから、このまま結婚してしまっては如何ですか?」
途端に驚いた顔をして補佐官の顔を凝視して来る王女に、補佐官が戸惑う。
「エ、エルダ……」
「はい」
「貴方、今、私を見捨てた?」
「……いいえ?」
何故バレタんだろうと思いながら軽く笑んで答える補佐官に、王女は盛大に声を上げて泣き始めた。
「やだー、エルダ、私を見捨てないでえええええっ」
「はいはい、落ち着いて下さい王女殿下。外に聞こえてしまっては私が」
「エルダ、エルダ、お願い、捨てないでえええええっ」
「外聞の悪い事叫ぶんじゃねえっ!この莫迦王女っ!」
慌てて王女の口を塞いだが、それが却って悪かったと今ならわかる。
王女の泣き叫ぶ声に、王女の近衛達が執務室へと雪崩れ込んで来て見た物は、我が国の大切な宝玉である王女殿下を羽交い絞めにし、尚且つ口を押えて声を出さないようにしている補佐官と、涙をハラハラと零し悲しそうな顔をしながら補佐官を見上げる王女であった。
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思えば、小さな頃からこうしてアスティの我儘に振り回されて来た。
優秀だ、神童だと持ち上げられながらも、何故か莫迦なアスティにだけはいつもしてやられて歯噛みしていたように思う。
我国の王女殿下に対し『莫迦』と言う形容詞は似つかわしくないとは思いつつ、アスティは小さな頃から本当に莫迦だったのだ。
「エルダ、知ってる?あのね、蛙ってねゲコゲコって鳴くのよ?」
そう言って嬉しそうに笑うアスティを見下ろしながら、五歳年下のアスティがどうして自分に懐いたのか良く解らなかった。王女殿下のお友達として何人もの貴族子息や子女達がいると言うのに、アスティはいつも必ず「エルダッ」と叫んでやって来た。
蛙の泣き声が気に入ったのか、返事をする時はその後「ゲコゲコ」と鳴いていた。
その次は羊で「メエメエ」。その次が犬、鼠、鶏と変わって行き、猫やアヒルまで網羅した後、「この鳴き声なあんだ?」と言って来た。
「ガラガラガラガラガラガラガラガラ」
「それは毒蛇だ、アスティ。そして鳴き声じゃない」
「……どうしてわかったの?」
「アスティ、何度も言うけど僕は君より五歳年上なんだよ。だからアスティが今習っている事は既に習得済みなんだ」
そう、確かに何度も言い聞かせたのだ。
五歳年上だからアスティが言う事ぐらい解ると。
「でも、知らない事もあるかもしれないでしょう?」
「……ないよ。アスティの先生は僕の先生でもあるからね」
そうして途中で邪魔された読書を再開し、これ以上話し掛けるなオーラを出したのに、アスティは全く気にせず「今日も天気が良いわね、エルダ」と声を掛けて来る。全く懲りないこの王女殿下に、莫迦だなとずっと思っていた。
父が宰相位を拝命したのは僕が十二歳の時だった。
寄宿舎に入学するのと同時に宰相に任じられた父を誇りに思いながら、必ず父と一緒にこの国を支えて行こうと決意した物だ。寄宿舎での勉強では常に学年一位を取り続け、運動は駄目だけどせめて頭脳では誰にも負けないと意気込んでいた。
「エルダーッ!どうして長期休暇に会いに来てくれないのっ!」
学校にまで押しかけて来たアスティに、コイツは本当に莫迦だと溜息を吐き出した。
理事長室の窓からそう叫ばれた僕は、一気に学校の有名人になり、それまでいた友人達から遠巻きにされてしまったり、王女殿下と親しいと思い込まれ、執拗ないじめを受けた。
そんな事は叫ばれた瞬間から想定していた僕は、逆にそいつらをやり込め、学校から追放すると言う恥辱を与えてやる。それくらい出来なければ、父の補佐官など務まらないと、理解していた。
学校を卒業し、文官となった僕は最初は各部署の小間使いから始まり、それぞれの部署の流れを理解して行く。それなのに、アスティは所構わず襲撃して来て、一通り喋り倒して帰って行くのだ。
アスティが十五歳を迎える頃には何度か開かれているお茶会や、王城のサロンでの顔合わせで何人もの男達と浮名を流していた。
恋多き王女殿下と揶揄されながらも、アスティはいつも、至って真面目に恋愛をしているつもりだった。
と言っても、さすがに自国の王女殿下と結婚前に深い仲になろうなんて不届きな奴はいない。遊びの最中にも護衛達の監視の目が光っているから、その目を掻い潜って楽しむと言う冒険を犯す奴がいなかったのが救いだった。王城の庭を散策するだけの逢瀬は、僕が王城に遊びに来ていた頃と何ら変わりのない物であった。
「エルダ、あのね、彼がね、今度一緒に城下に行きませんかって言うの」
「王女殿下、城下に行かれる際は必ずイェルダを供にした方が良いですよ?」
「あら、どうして?」
「イェルダは、城下の美味しいお菓子を知ってますから、案内させるのは丁度良いと思います」
「そうなの!?美味しいって、どれくらい美味しいのかしら?」
「さあ?だけど、人気のお菓子は全部知ってます」
「そうなのねえっ!解ったわ、必ずイェルダを連れて行くわっ!」
莫迦な王女は喜色満面にそう返事をして、城下に誘い出される度にイェルダを同行させた。イェルダは、近衛の中でも一番大きな身体で、凶悪なその顔は泣く子がもっと泣き叫ぶと言われているのだ。
そのイェルダの前で王女殿下に何かをしようとするような勇気のある者はいなかった。
「あのね、今日はこれを買って来たの。一緒に食べましょう?」
城下に出た後は必ず僕の所に来てそう言う王女殿下に、仕事を途中で止めて付き合う。
イェルダには、事前に調査した城下のお菓子屋で買う物をリスト化して渡していたが、その情報をくれる侍女達へのお返しが大変だった。
休日に一緒に城下を歩いてくれれば良いと言うのだけれど、それを同じ官吏に見られ、いつも違う侍女を連れていると噂されてしまう。
どうして僕一人が莫迦なアスティの為にこんなっ、と何度思った事か。
妬みとやっかみから、理不尽な量の仕事を押し付けられ、それでもそれを熟し夢中で仕事をしていたら、気が付けば僕は昇進しまくり、宰相第二補佐官の地位まで登っていた。願わくば、第一補佐官に昇進できますようにと、いつも祈ってから眠りに付いているのに、何故、こんな事になったんだろう。
そう、いつもアスティには敵わないんだ。
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「莫迦だな、君は」
初めてエルダに会った時、私は庭を転がりまくっていたと思う。
花が咲き誇ったそこは、花の絨毯が敷かれているようでとても気持ち良さそうだったから転がったのだった。どれくらいゴロゴロと転がっていたのかはもう覚えていないけど、ドレスの汚れや顔の汚れ、頭に付いた花びらを覚えているから、随分長い事転がって遊んでいたのだと思う。
ふと影が差して見上げた先に、分厚い本を持ったエルダがいて、私を見下ろしてそう言ったのだった。
「……お花の絨毯なのよ?」
「君は女の子なのだから、転がるとドレスが捲れて足が丸見えになるんだよ」
そう言われて初めて自分の足元を見て仰天したのも覚えてる。
足どころかドロワーズまで丸出しになっていたから、とても慌ててしまった。
「あ、あの、」
「寝転がるくらいなら大丈夫だろうけど、ゴロゴロと転がるのは止めた方が良い」
至極真面目な顔でそう言ったエルダは、そうして木陰に行って持って来た本を読み始めたのだった。
確か私が三歳だから、エルダは八歳だったと思う。
三歳の私を女の子扱いしたのはエルダが初めてで、やけに嬉しかったのだ。
「………………なに」
木陰で本を読み始めたエルダの横に腰を下ろし、エルダと同じように木に凭れてみたら、エルダは本から顔も上げずにそう聞いて来た。
「私、アステアラと言うの。貴方は何てお名前なの?」
この時エルダが驚いた顔をしたのは、私が王女だと気付かなかったからだと後で聞いた。
「……エルディス・ラバンクラインです。お見知りおきを、王女殿下」
分厚い本を閉じて慌てて頭を下げたエルダに、お友達になりましょうと声を掛けた。
いつも遊びに来てくれるエルダに、庭で見付けた物や教えて貰った事を自慢すれば、エルダはそれを受け取った上で色んな事を教えてくれた。
残念ながら小さな私はそれを全く理解出来なかったけど、エルダはいつだってそうして私に向き合ってくれたのだ。
エルダが寄宿学校に入ってしまってから、毎日がつまらなくて気落ちしてしまった私に、父が他の友達を作るようにと言ってお茶会を開いたり、サロンを解放して気軽に遊びに来られるようにと、色々と動いてくれたのだけれど。
長期休暇に入ったエルダが遊びに来てくれた時は、お茶会もサロンもそっちのけでエルダにくっ付いていた。
三年目にエルダが戻って来なかった時は、寄宿学校に押しかけ、窓から外を眺めていた私の視界に、エルダの蜂蜜色の髪が飛び込んで来て嬉しくて叫んでしまった。
ちょっと会わない内に逞しくなってしまうエルダが、遠くへ行ってしまう気がして寂しかったのだ。だけど、学校へ行った私はエルダに叱られる。
「アスティ、僕は勉強がしたいんだよ。この国の為に働きたいから勉強しているんだ。それを王女である君が邪魔をしてはいけない」
そう諭された私は、泣きながら城に帰り。
もうエルダなんて知らないっ!と開かれるお茶会やサロンに積極的に参加し、好きになれそうな人を見付けてた。
エルダより格好良くて、エルダより優しそうな人を見付ける度、お付き合いをする。
父が「恋人と言うのは、庭を散策する仲だ」と言っていたので、王城の庭を散策する逢瀬を重ねる。
城下に行きませんかと誘われたのは初めてで、どうしたらいいのか困ってしまった。
お庭を散策するのが恋人ではないのかしら?と思いながら、王城で働き始めたエルダの元に駆けて行き城下に誘われたと伝えた所、エルダは護衛のイェルダを供にするようにと言う。やはり恋人と言えど城下での逢瀬では護衛を連れて行くものなのだと納得し、父に伝えれば「さすがラバンクラインの息子だ」と言って頷き、イェルダに事細かに色んな事を指示していた。
父がエルダの事を褒めた事だけは解ったので、とても嬉しかった私はイェルダと一緒に菓子屋に入り、イェルダが勧めるお菓子を買って城に帰る。そして、そのお菓子を持ってエルダの元へ行き、二人でお菓子を食べるのがとても楽しかった。
いつの間にか彼に避けられるようになって、一緒にお庭の散策もしてくれなくなったけど、今度は別の方が誘ってくれたので、一緒にお庭の散策をした。
「エルダったらね、いつもあの木の根元に座ってね」
お庭を歩いている時は、何を話したらいいのか解らなかったからいつもエルダの話しをしてた。だって、流行りのドレスや化粧品なんて知らないもの。人気のお菓子も聞いたってピンと来ない。だけど、エルダと一緒に食べたお菓子なら全部覚えてる。
「……アステアラ王女殿下、貴女を愛しています」
いつものように庭を散策していたら、彼が突然跪いて私を見上げて来た。
「私と、結婚して下さい」
私の右手を軽く握りながらそう言った彼を見下ろしながら、彼のその眼が私を見ていない事に気付いたわ。彼が好きなのは王女殿下で、私じゃないと解ったのよね。
「……ありがとう。だけど……」
彼から目を逸らし、視界に入ったのはいつもエルダが寄り掛って本を読んでいた大きな木。あそこはエルダの特等席で、他の誰も座らない。
「アステアラ王女殿下、お返事は直ぐでなくて構いません」
そう言って手を放した彼をじっと見つめ、彼は違うのだと漠然と思う。
何が違うのかが分からないけど、彼は違うと告げていた。
困った私はいつものようにエルダに会いに行き、相談する。
何が違うのだと思ったんだろう、わからない、私にはわからないからエルダに聞く。
小さな頃からそれが当たり前過ぎて、それを変だと思わなかったけど。
「……案外結婚してからまた別の愛が産まれるかもしれませんから、このまま結婚してしまっては如何ですか?」
私から視線を逸らして溜息を吐きながらそう言ったエルダに、拒絶の意思を感じて慌ててしまう。
エルダが私から離れてしまう、何処かへ行ってしまうと慌てた私は見捨てないで、捨てないでと追い縋った。エルダは面倒そうな顔をするけど、いつも私に手を差し伸べてくれていたのだ。私はその手を握って安心していて、その手はいつでも差し出してくれると思い込んでいた。
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「アステアラ、良くやった」
国王が破顔しながら王女を褒める。
補佐官にしがみ付いて泣きじゃくっている王女を見下ろしながら、良くやったも何もないだろうと、宰相がチラリと国王へ視線を向けたが、国王にはどこ吹く風だ。
「エルディスよ」
「はい」
「こうなったからには、きちんと責任を取って貰おう」
「……仰せのままに」
ずっと小さな頃から王女殿下から逃げ続けていた補佐官が、とうとう王女殿下に捕まったと、王都が大騒ぎになり儲けた奴と負けた奴とで酒場が溢れ返ったと言う。
「え?婚約?」
「ああ」
「エルダと?」
「ああ」
「…………結婚、してくれるの?」
泣き止んだ王女が補佐官に問う。
きょとんとした顔で見上げて来る王女を見下ろしながら、補佐官が長い溜息を吐き出した。
「そりゃあ、君が遠慮なく僕の執務室で泣き叫んでくれたからね」
「……だって、エルダが何処かに行ってしまうと思ったんだもの」
「君は王女なのだから、もっとよく考えろといつも言っていたじゃないか」
「考えてもわからないからエルダの所に行くのよ?」
小首を傾げてさも当然のような顔でそう言った王女に、補佐官が再び長い溜息を吐き出した。わかっている、いつか突き放さなくてはいけないとずっと思って来たし、王女の相手は自分ではないと思って来たと言うのにと、溜息の中にそれを載せて吐き出したのだ。
「……実は莫迦な振りをしてるだけ……、ないな、ない」
呟いた言葉に、王女がきょとんとしながら再び首を傾げて見せた。
そして翌日。
国王直々に王女の婚約が発表され、広く他国にまで知れ渡る。
正装させられ、王城のバルコニーに突き出され、王女と仲良く並んで手を振る補佐官の顔は緊張で固まっていたが、隣に並んだ王女の顔はそこに春が来たような笑みであったと、城下の人々が語り合う。
「エルダ、どうしよう、一杯人がいる!」
「そりゃ王女殿下の結婚式なのだからいるだろうね」
「でも、あんなにたくさんなんて」
「……君はたくさんの人を見慣れていると思っていたよ」
婚約式から一年後、ずっと王城の散策だけの逢瀬を重ねた二人の結婚式。
そう言って笑いながら王女を見下ろす補佐官は、今回の昇進試験に無事に合格し、宰相第一補佐官の地位を手に入れていた。勿論、妬みややっかみから父親が宰相だからとか、王女の婚約者だからと言われていたが、それを実力で黙らせようと思っている。
「あ、そうだ」
「なに?どうしたの、エルダ?」
とても不安そうな顔で補佐官を見上げる王女に、補佐官は軽く笑んでその右手を取る。
「……アスティ、君が好きだよ。僕と結婚してくれる?」
王女の前に跪き、右手を胸に当て、左手でアスティの右手を軽く握るエルダに、アスティが飛び付いた。
「うわ、ちょっと、アスティっ!?」
「するわ、貴方と結婚する、エルダッ!」
慌てて抱き止めたエルダは、嬉しくて泣き出してしまったアスティを優しく抱き締めた。
そう、エルダはいつだってアスティに敵わない。
花の絨毯の上を転げ回るアスティに、既に恋をしていたから――。