湯船
湯殿高校には、温泉施設があると言ったが、在校生及びその家族には金は掛からないのである。
男湯の暖簾をくぐると脱衣所があった。約1名先客がいるようだ。
普通はそこにズボンがある筈なのだが、メイド服があった。
『えっ?これはまさか、間違えて女の子が男湯に?』念の為、自分が間違っているのかと思い暖簾の前に、青地に白で男湯と書いてあった。
間違いない。これは事実である。
まぁ、損するのはその女の子である。きっと嫌なものを見てしまったと思うだろう。しかし、悪いのは彼女だ。そう思って、服を脱ぎ風呂に入った。
風呂には長髪の人が居た。間違いだと教えてやるのが、紳士というものよ。
「あの…ここ?」
「ん?どうしたの?君。」その声の主は振り返った。カワボではあるが男であった。
「いや、何でもありません。」僕は動揺した。だって、普通はメイド服なんて女性が着るものだろう。なんでこの少年が来てるのだろうか。
「あ、もしかしてメイド服で、女の子が入浴していると思った?」
「やっぱり、顔に出ちゃってます?」僕は彼に聞いた。
「そうだよね。やっぱり変だと思っちゃうか。」彼は落胆していた。
「いやいや。そんなこと無いですよ。僕もよく女装しますし。」
「えっ?君は自発的女装なの?」彼は訊いた。
「僕もね。たまに女装して、自分ならざる自分を愉しむんだ。」
咲耶はそう言って、浴槽に入り、その人と肩を並べた。
「へぇ。何か難しいな。あっ!自己紹介してなかったね。僕は立花楓。高校二年生だよ。」
「僕は白峰咲耶だ。宜しくね。」
「あっ!白峰君ってあの都会から来た人?なかなか可愛い子だって聞いたけど。」
「可愛いか?オレ。」咲耶は尋ねた。
「うん。なかなかの美形だとは思うけど。」
「そうか。分かった。それより、何で楓っていう女の子のような名前になったんだ?」
「本当は颯になるはずだったんだけど、お父さんが酔っ払っていた勢いで、楓って書いちゃったんだ。」
「漢字難しいからな。だけど、女っぽくなって嫌な思いはしなかったか?」咲耶は訊いた。
「それは無いよ。かえって、楓という名前が好きになって来た。男子としての楓と男の娘としての楓、何て言うのかな。さっきの言葉を借りると、自分ならざる自分を愉しむことが体に染み付いてきたのかな。」
「こりゃあ、なかなか頭良いな。お主、何処の部活だ?」
「僕の部活?哲学・心理学応用研究部。」
「また小難しくて、メジャーな部活を。活動内容は?」
「まぁまぁ、そろそろ僕も逆上せてきたから出るよ。詳しくは特別棟の二階、資料室に来れば分かるよ。明日あたりでも来たら?」
「分かった。明日行ってみるよ。」
「ありがとうね。じゃあまた。」
楓は風呂を出て行った。
1人しかいない湯船で咲耶は、この硫化泉を思い切り愉しんだ。
「あぁ、いい湯だなぁ。」