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晴れた夜の星は輝く  作者: YUNO
1章 彼女は出会う
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07話 彼女とその後

 


 「君はいったい、何をやらかしてくれたのかな。」


 目の前で、高級そうな椅子に深々と座り、尚且つ足を組んで、より一層偉そうに振舞う室長は、重低音の声で言った。大きな机ひとつ挟んでいるとはいえ、眼鏡の奥の涼しそうな切れ長の瞳を見ると、やはり背筋が凍るように緊張が走る。


 「と、いいますと・・・?」


 とぼけているわけではない。わたしには本当に、なぜ当分のわたしの上司である人事統括室オスカー・ブラックストーン室長にこうして呼び出され、今にも怒られそうな雰囲気になっているのか皆目検討つかないのだ。オスカー室長の隣の机で作業をしているマーティンさんはそんな室長に、「やれやれ」とでも言うように眉を下げて苦笑いしているため、あまり深刻な話ではないと思いたい、が。


 「ハウエル王太子殿下から直々に、君に報奨が出た。なんでも、君の仕事ぶりが実に真面目で優秀だからだそうだ。」

 「はあ・・・そうですか。」

 「俺の記憶では、君は仕事を初めてからまだ5日目だと思っていたが、気のせいか?」

 「いえ、気のせいではありません。」

 「ではなぜ、君がしている殿下の耳にも入らないような小さな仕事に対して報奨が出るんだ?」

 「わたしには分かりかねますが。」


 おそらく、あの日のことだろうと、思っていた。あの後、殿下は礼を言ってくださった。そして必ずやわたしに対して感謝の気持ちを表す、とも仰っていた。それがこれだというのなら、わたしは果たして受け取って良いのだろうか。


 「まあまあ、オスカーの耳には入ってなくても、俺としてはアリシアちゃんはちゃんと仕事を頑張ってると思ってたし、どこからかそれが殿下の御耳にも入ったんじゃないか?」

 「上司である俺からの報告もなしに、どこから殿下の御耳に入るようなことがあるというんだ?」

 「そういうこともあるさ。それでもとりあえずこの報奨金は、アリシアちゃんのものになるんだから。いい加減彼女に渡しなよ、オスカー。」


 マーティンさんが諭すように言い、ついにオスカー室長は追及をやめて白い封筒をわたしに渋々といった表情で渡した。それを受け取ったときの厚みだけで、とんでもない量のお金が入っているのが分かる。それでもそれを受け取らないということはある意味で、殿下の命に従わないということにもなり得る。それに、これが殿下の役に少しでも立てた証のような気がして、嬉しいという気持ちがあった。


 「明日はアリシアちゃん、初めてのお休みでしょ?どうせなら友達と買い物にでも行ってきたら?」

 「そうですね、そうします。マーティンさん、ありがとう御座います。」


 そう微笑んで言うと、マーティンさんも人懐っこい笑みを見せてくれた。初めて会ったときもそうだけど、この人からは柔らかい印象を受ける。未だ目線に入り込む眼鏡の冷たい人とは大違いだ。と、そんなことを考えながら一礼してから、人事統括室を出た。「おい、俺には礼は無いのか。」という重低音が聞こえてきたが、それには聞こえないふりだ。


 あれから、殿下が塞ぎ込んだとか、急激にやる気を失ったとか、そういった類の噂は聞かなかった。ただ前よりも、どこかすっきりしたような、自分で自分をきちんと管理していて、周りの人を心配させるような無理はしなくなったといわれていた。どうしたって苦しい悲しい気持ちは無くならないはずだけれど、それをどこにもぶつけたりしない彼はやはり、とても強くて、とても優しい人なのだろうと思った。


 「さて、今日も掃除しなくちゃね!」


 そう気合を入れて、第三書庫へと行くために足を進めようとしたところ、前方の大広間の雰囲気が、がらりと変わった。そこにいた全ての使用人が壁に寄り、深々と頭を下げている。これはおそらく、王族やまたは招かれた貴族が通る合図。

 少しばかり大広間から距離のあるわたしは、きっと視界には映らないだろうけれど、それでも例によってわたしも頭を下げた。


 「王太子殿下、御視察、お疲れさまで御座いました。」

 「ああ。」


 王太子殿下、という声に、わたしは思わず頭を少し上げてしまう。そうして遠くにいる彼は、まるで何事も無かったかのように見えた。凛々しく、逞しく、強い、そんな言葉たちがぴったり収まるような、姿だった。

 ふいに、彼の視線がこちらへ向いた、気がした。


 「・・・・・・・・・!」


 不躾に見ていたとなると、それこそ失礼にあたる。彼がそのような理由で人を罰するとは思えないが、それでも周りに人はたくさんいるのだ。


 「殿下、いかがなさいました?あちらの方向に、何か?」

 「いや、何でもない。・・・ありがとう」

 「・・・・・・殿下?」



 「ありがとう」



 もう一度聞こえたその言葉は、側近に向けられたものではないということくらい、わたしにも分かった。そしてそれが、遠くのわたしの方へ向けられていることも、分かった。

 だからわたしは、より深く、頭を下げた。それを見たか見ていないか、彼はまた、彼の道へ、歩みを始めたのだった。


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