彼女、彼とともに遠出する
「まあ、アリシアさん!お会いしたかったのよ、あなたたちがこちらへ向かってくるのが見えたからずっと待っていたの。さあ、入って!」
前回と同じように独特のペースを持つ彼女、ニーナさんに迎えられ、わたしは二度目となるブラックストーン家へと足を入れた。
『父と母が君に会いたいと言っている。』
室長にそう言われたときにはどきりとした。
シュタイン家の事件があったときにお邪魔したばかりで、お母様とは少しだけ顔を合わせた程度、お父様や室長のお兄様とは会うことすら出来なかった。そんなふたりは今では体調や怪我ももうすっかり治ったようで、どうやらわたしにお礼をしたいということだった。
挨拶もせずに無礼な振る舞いをしたことに怒っているのではないかと冷や冷やしていたが、お呼ばれの意図が分かって少し安心する。
しかし、この状況は。
好きな人の家族に会う、なんて機会は今まで一度も経験したことがない。ましてやニーナさんやお母様には礼儀の欠片もなかった余裕のない自分を見られてしまっている。
どうにかしてこの機会に汚名返上しなければ・・・そう意気込んでいるわたしに、屋敷へたどり着くまでの道中オスカー室長は変な生き物でも見るような視線を寄越していたが、気付かないふりをした。
隣にいるはずのオスカー室長には目もくれずにわたしの腕を引っ張って広間のソファに座らせてくれたニーナさんは、にこにこしながらわたしが帰った後の話をし始める。
その様子を見て小さくため息をついた室長は、大きな階段を昇って2階へと行ってしまった。
「あのあとね、わたしたちもあなたの病室へ行ったの。おじさまもフレッドも途端に調子が良くなったから。」
「お話は伺っております。わざわざお越しいただいたのにろくに対応も出来ずにすみませんでした。」
「意識が無かったんだもの、仕方ないわ。でも目を覚ましてくれて本当によかった。おじさまもおばさまも、フレッドもわたしもみんなあなたに感謝しているのよ。あのときは伝えられなかったから、今日あなたをお呼びしたの。」
「わたしはたいしたことしていません。・・・でも、みなさまのお心遣い、とても嬉しいです。今日はこちらへ来られてよかった、また来たいって思っていたんです。」
「ほんとう!?わたしもあなたがまた来てくれてとっても嬉しいわ!もういっそオスカーと結婚していっしょにここに住んでしまえばいいのよ!」
なんだかとんでもないことを口走った彼女の声の後に、大きな笑い声が聞こえた。
低い男の人の声と、それに添えるような優しい声。振り返ると、前にお会いしたオスカー室長のお母様、そしておそらく隣にいるのはお父様であろうふたりがともに階段から降りてきた。
慌てて立ち上がり、腰を折って挨拶をする。
頭をあげてふたりに向き合えば、すかさずお母様に手を握られる。
「ほんとうに有難う。あなたのおかげで、この家も、あの子もわたしたちも、また幸せを得られたの・・・。」
優しい微笑みに涙が混じっていることに、自分の胸がじわりと温かくなっていくのが分かった。
本当にたいしたことはしていない。ただ自分勝手に行動しただけなのだ。
もしかしたら室長には他に考えがあったのに、わたしはそれを余計にかき回してしまっただけなのかもしれないし。
そう思っている間にも、お父様の筋張った手が肩に置かれ、またお礼を告げられてしまう。なんだかむず痒くて、ただただ微笑むことしか出来なかった。
そのあと4人でまたソファで談笑しているところに、室長とおそらくお兄様であろうフレッドさんが階段から現れた。フレッドさんにもお礼を言われそうになり、これ以上は逆に申し訳なくなってしまいそうです、と告げると、なぜか笑われてしまった。
用意された綺麗な淡い色のケーキと薫り高い紅茶を味わいながら、室長が生まれ育った場所や人たちの姿を目や頭に刻む。本当にたくさんの愛情を受けて育ってきたということが分かるし、だからこそ彼がこの人たちを守りたいと思った気持ちが分かる気がした。
「ところでアリシアさんは、可愛らしいお部屋と落ち着いたお部屋、どちらが好みかしら?」
「ええと、・・・特にこだわりはありませんが、落ち着いた方が好きかもしれません。」
「ならばあの部屋が良いですね、おばさま。」
「ええ、そうね。可愛らしい方は将来使うことにしたらいいわ。」
「・・・あの、何のお話でしょう?」
「今日は日帰りだと言っただろう。」
「あら、今日の話じゃないわ。あなたたちが将来結婚したときに、アリシアさんが使うかもしれない部屋のことを考えただけよ。」
と、本日二度目のとんでもない事を言われ、思わず紅茶を吹きそうになってしまった。
隣の室長はどうやら堪えきれずにむせてしまっているが。
「こらこら、そんな2人の考えを無視してはいかんだろう。」
「そうだよ、もしかしたら王宮の近くに家を建てるつもりかもしれないんだから。」
「でもねえフレッド、こっちに部屋があったって良いでしょう?子どもが出来ればアリシアさんだって家にひとりは辛いだろうし・・・」
と、そこで我慢の限界がきた。
・・・言わずもがな、室長のである。
話を打ち切るように立ち上がった彼は、何も言わずにわたしの腕を掴んで歩き出す。どうやら屋敷を出て帰ろうとしていることに気が付き、「まだいいじゃないの」とお母様やニーナさんは文句を垂れたが、お父様はにこにこと笑いながら「また来なさい」と声をかけてくれた。
そうしてそれに小さな会釈と届いているかも分からない御礼の言葉を返しながら引きずられるままに屋敷を出る。
未だニーナさんやお母様に言われた言葉が忘れられなくて、いつかそうなるときがきたら、なんてことを考えてしまい余計に苦しくなった。そんなわたしの様子を知ってか知らずか、馬車の向かいに座る室長の表情は、どこか遠くを見つめるようにして不機嫌そうではあったが、その色は少しだけ、赤く染まっているようにも見えた。
家族はみんなおとぼけですが、次男坊の気持ちなんてとっくに気付いているよというお話でした(笑)




