彼、ふたつの光に救われる
ここでの毎日はそれなりに楽しかった。
頭のきれる同僚、信頼できる部下たちに囲まれて王宮という誇り高いところで働けているのだから。
特別才能もなく権力もない自分でも光のような彼らと日々を過ごせていることに毎日の喜びを感じていた。
ただ、そんな彼らも自分と同じようになにかしらの苦しみや痛みをもっているということは分かっていた。特に同じ時期に働き始めたオスカーがもっている事情はなかなか込み入ったものだということを知っていたし、最近ここに来たアリシアちゃんも環境の変化に戸惑ったりコネで働いているということに引け目を感じているようだった。
でも、ここで誰もが楽しそうにしているのを見ることが、自分にとっては癒しだったのだ。
だからそんな日々が無くなってしまうかもしれないと思った日は深い絶望がおそったものだ。しかしその絶望があったからこそ、こうして彼らが再び戻ってきてくれたことへの喜びはとてつもない。
「・・・本当によく戻ってきたな。」
「お前にも迷惑をかけたな。悪かった。」
そうやっていつに無く素直に頭を下げたのはオスカーだ。
勤務が終わってそのまま飲みに出ていた。こうやって楽しく酒が飲めるのは彼女が無事に目を覚ました後はじめてのことだった。
王宮へ彼らが帰ってきて彼女が目覚めるまでの一月、この友人の姿はとても見ていられるような状態ではなかった。
表向きはいつも通りに仕事をしてはいるが、もともと感情を出すほうではない友人からは一切のそれが無くなってしまったように見えた。勤務以外では話しかけても返事をすることすら珍しい。今か今かと終業時刻を待っては、いつも仕事が終わってはすかさず彼女の病室へ訪れている日々。
「アリシアちゃんももうすっかり平気そうで何より。」
「あいつは無理をするところがあるから、もしかしたら虚勢をはっているだけかもしれない。」
「・・・心配なら心配だと言えばいいのに。」
「誰が心配なんかしていると言った?」
とっくに誰もが気付いているふたりの変化を、一番そばで見てきた自分が気付かないわけはないのに。友人はそれを認めたくないらしい。いや、単に周りに知られたくないだけなのか。
少しばかり動揺してみせた友人は、それから酒のペースを早くした。
彼女の意識が戻って機嫌も良いのか、いつも以上に次々と酒をあおる。こちらが心配になるほどだ。しかしまあ、この状態なら、
「さて、オスカー、いつになったらアリシアちゃんの気持ちに応えるつもり?」
「・・・・・・。」
「彼女の気持ちにお前が気付いていないはずはないだろう。」
「・・・・・・。」
「いつまでも放っておくと誰かに取られてしまうかもしれないよ、ほら、ジャスパーくんとか。」
問いかけても酒を飲み続けるだけで口を開こうとしない。
だからこそ彼の名前を出すと、ぴくりと微かに片眉が揺れる。そろそろ酔いも完全にまわったのだろう、いつもの鋭い視線も和やかなものと変わっている。
「・・・そのうち。」
「何か考えでもあるとか?」
「・・・休みの日に。」
「約束したのかい?」
「・・・・・・明日言う。」
言いたくないことを無理やり言うように、最小限の言葉だけを伝えてくる。
それでもこの男もようやく彼女を受け入れる気になったということか。
これを彼女が知ったとき、どんな反応をするのだろうか。
そんなことを考えながら、いつも通り騒がしくて賑やかででも和やかな統括室の一部屋に、またきらきらとした変化が訪れるだろう日が来るのを、とりあえずはゆっくり待つこととする。