彼、傷心をいやす
アリシアさんを見送ったとき、彼女が誰のもとへ行くのかはっきりと分かった。
そしてその覚悟を感じて、自分の気持ちが彼女に届くことはないのだということも、分かってしまった。すがすがしいほどの敗北、諦められないなんて言っていられないほど、彼女を掴まえられるのは自分ではないという決定的な答えを突きつけられたのだ。
しばらくは傷心を慰めつつ、本のことを一番に考えよう。と、そう思っていた。
「ねえ、ちょっと、何か面白い本はないの?」
と、最近この第一書庫に入り浸っているひとりの女性の所為で、それも叶わない。毎日のように出るため息を零してから、本を漁っている彼女の元へと足を動かす。
「ええと、ノーラさん、こちらにあるのは小説のような書物ではないのですよ。」
「どうして?だって書庫でしょう。色んな本があるのが書庫でしょう?」
つい先日までオスカー室長の婚約者としてその名を王宮の一部に轟かせていたこの女性、何を思ったか僕のアリシアさんへの想い、そして失恋に目ざとく気がついて仲間意識をもってしまったようだ。
「そういった本なら、街の大きな図書館に行けば出会えるかと。」
「・・・そう、それならいいわ。」
そう言って彼女はそのままその辺にあった椅子に腰を下ろした。どうやら今日も長居するつもりらしい。ひとりになりたいという本音を抑えつつ、特に何も言わずに自分の仕事へと向き直る。
それでもじっとこちらへ向けられる視線にどんどんと不快感を覚えてしまう。どうして放っておいてくれないのか。振られた者同士仲良くしましょうとでも言うつもりなのか。
「・・・・・・もう王宮へ来ても意味がないのでは?」
当たり障りの無い態度でどんな人にでも接することが出来るのは自分の長所だと思っていた。それなのに口から出たのはイライラに任せた意地の悪い言葉であったことに自分で驚いてしまう。
「・・・そうね。いつまでも引きずっていても馬鹿みたいだもの。」
その言葉は自嘲にも取れるが、暗に僕のことを言っているようにも聞こえた。イライラは、増すばかりだった。
「・・・いつまでも傷ついています、って顔をして心配してほしいのが丸分かり。でもあの人にはそれが届かないの、だってあの人が見ているのは自分ではないもの。」
「・・・・・・。」
「諦めたふりをして、でもどこかでまだ期待しているのよね。そして構ってほしい。だから少し大げさに落ち込むのよ。」
「・・・もう、帰ってください。」
「あのふたり、結構うまくいっているみたいよ?いまいち押しが足りないふたりだけれど、周りの協力が硬いみたいね。」
「・・・静かにしてください。」
「あなたも残念だったわね。振られて、でもその相手は他の男とうまくいっていて、職場が同じだからそれから目を背けることなんて出来ない、傷ついてみせることしか、」
「黙れといっているでしょう!!!」
驚くほど、ひどく醜い声が出た。
彼女は早口で紡いでいた言葉を切らし、そのせいで書庫が一気に静まり返る。あれだけ静寂を願っていたというのに、この空気はあまりにも苦しかった。
「・・・・・・そうやって、ぶつけたほうがいいわ。」
しかし空気は思ったよりも早く打ち破られた。
「・・・え?」
先ほどまで浮かべていた何を考えているか分からない微笑みを完全に消して、今度は小さな子どもに言い聞かせるような優しさ、そして厳しさをもった表情を見せる。
「ひとりで落ち込むことも大切だけど、感情を発散しないといつまでも辛いだけでしょう?」
「あ・・・」
「わたしもそうだったから、分かるのよ。」
そう言ってにやりと笑った彼女は、「また来るわね」と言って書庫を出ていってしまった。
ついには大きな声を出してすまなかった、と謝罪をする間もなかったと、呆然とそこに立っているだけの自分。
大きな声を出したからなのか、先ほどまでのイライラが綺麗に消えているその不思議は、どうやったって謎のまま。
ああ、でもこれが彼女の言う『ぶつける』ということなのか。
今度会ったときは、彼女に聞いてみよう。
そう思いながら、少しだけ軽くなった足取りでまた、本棚へ向かったのだった。