彼女、なかなか気付かない
「それで、最近どうなの?」
「どうって、何が?」
「・・・何が、じゃないわよ!オスカー室長との事に決まっているでしょう!」
そう声を荒げたのは、言うまでもなく友人のマーガレットである。
今日はふたりとも休みが一緒だったことから、街へ出てぶらりと買い物をしていた。その途中で立ち寄った喫茶店で、彼女はいよいよ待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて尋ねてきたのである。
「室長と?特に何も変化はないけれど。」
間違ったことは言っていない。
ただ、少しだけ室長の態度が軟化したということ以外は通常通りなのだから。
それを聞いたマーガレットは信じられないとでも言うように驚いてみせた。
「・・・嘘でしょう?」
「嘘をつく必要なんてないでしょう。」
「室長から何にも言われていないの・・・?」
「あの人がわたしに何を言うっていうの?」
「・・・じゃあ、あなたは告白していないの?」
「す、するわけないでしょう。前に寝言だって言われたばかりなのよ。」
確かに伝えてしまいそうになったことはある。
毒を飲んで長い間眠ってしまったときに、ようやく意識が戻って室長に抱きしめてもらったときだ。
あのときは彼の行動の意味も深く考えずに、ただただ嬉しくて嬉しくて思わず気持ちをぶつけてしまいそうになった。
まあ、そのすぐあとで医師が入ってきて、幸か不幸かそれも叶わなかったのだけれど。
「・・・・・・まあいいわ。ところでさっき、室長の態度が軟化したって言ったわよね?どこがどう変わったの?」
「そうね・・・、」
特に彼女に伝えるべき変化でもないし聞いて楽しい話でもないと思うのだけれど、と前置きしながら、ここ最近の彼の言動を思い返してみる。
例えば、朝。出勤したときにはいつも短い挨拶だけだったのに、最近は微笑みもついてくるようになった、とか。
昼、休憩のときに何かと書庫で調べ物をするといって訪れるようになった、とか。それにも関わらずろくに本を見もせずに世間話をしたり、ただただそこに座って気まずそうにしていたり。
夕方、終業報告のために統括室へ訪れれば珍しいことにコーヒーを飲んでいけと気を遣ってくれるようになった、とか。今日はあまり仕事が捗らなかったと愚痴を零せば頭を大きな手のひらで撫ぜられていたときがあった、とか。
「・・・・・・・・・あなた、何にも気付かないの?」
「え、何に?」
不思議なことに、目の前の友人は先ほどからずっと驚いた表情を浮かべている。
何がそんなに珍しいのか、そしてどこか呆れているようにも見えるのがこちらとしては些か不満である。
「あ、そういえばこの間、次の休み、つまり今日なのだけれど約束がなければ会えないか、って聞かれたから友人と買い物に行きますって、」
「断ったの!?」
「ええ、だってあなたとの約束が先でしょう?それはもちろん少しは期待したわよ?もしかしたら、って。でもあの室長に限って有り得ないでしょう。」
ついに彼女からはため息が零れる。
そしてそのまま頭を抱えるようにしたまま口を閉ざしてしまった。
何か彼女には悩み事があるのかもしれないが、おそらくまだ人に話す段階ではないのかもしれない。彼女から口を開いてくれるまで待つことにして、目の前にある食事に手を付け始める。その味がとっても好みであったためについそれに夢中になってしまったわたしは、彼女がぽつりと零した呟きに気がつかなかったのだ。
「・・・・・・一刻も早く室長に助言しないと・・・『アプローチが遠回しすぎる』って。」