57話 彼女と彼の光
長い間眠っていた気がした。
あのあとどうなったのかは分からないが、きっと室長は無事であろう。それだけは分かる。
もしもここがもう彼らのいる世界ではなくて、わたしは遠くへ来てしまったのだとしても、それでも彼が救われたのならば、それで。
視界がどんどんとはっきりとしてきて、どうやらその考えは外れていたことを知る。
見覚えのある装飾がなされている部屋は、どうやら王宮内のどこかだろうと分かったからだ。
身体を起こそうと思ってもなかなか力が入らずに、視線だけをずらして辺りを見てみればおそらくそこは病院のようなところだと想像出来た。
そして、そのままよく知った背中を見つけて、声を出そうとして少し喉に力を入れた。だけど出たのは力の無い弱い声だった。
「・・・しつ、ちょう・・・・・・?」
でもそれはその人にはちゃんと届いたようで、背中越しにもその人が息を飲んだのが分かった。
ゆっくりとした動きでこちらへ向き直る彼は、間違いなくオスカー室長だった。
あのとき殴られた頬の腫れがすっかりとひいていることから、自分がずいぶんと長い間眠っていたことに気付く。
こちらを見た彼は、その鋭い目を見開いたまま微動だにしない。
なんだか幽霊でも見るようなその表情に、少しだけ心配になってしまう。
「・・・どうしたんですか?」
わたしがそんなに珍しいのだろうか。
もしかしてわたしは本当に死んでしまったのだろうか、だから彼は本当に幽霊を見たようになっているのだろうか。
ともかく身体を起こそうとすると、長い間動いていなかったのだろうそれはぎしぎしと音を立てて、でも力を振り絞ってなんとか上半身を立ち上げた。
「・・・えっと、室長・・・?」
再び声をかけてみると、次の瞬間に物凄い勢いでこちらへと歩みを進めてきた。
驚く間もないままに、依然として眼を見開いたままの室長に強い力で抱きしめられる。
そのあとは、室長も、わたしも、一言も話さず、ただただ強い腕の力に任せるだけだった。
とはいえ、そのあとすぐに医者の方がきて、室長は追い出されてしまったのだけれど。
その一週間後、わたしは退院した。
医師や室長に全ての話を聞き、自分で毒を飲んでしまったらしいわたしはひどくたくさんの人に迷惑をかけてしまったことを知った。
ただ周りにいてくれる人々は誰もが責めることをせず、しかし「無茶をするな」と叱られはしたものの、「帰ってきてくれてよかった」と、優しい言葉をくれた。その言葉を貰うたびに、涙があふれてくるのが分かった。
そしてシュタイン家のことについても教えてもらった。
王宮が徹底的にシュタインについて調べ、他にいくつもの余罪が発見され、シュタインが厳罰に処されるということを聞いた。
その詳しい内容までは知らされなかったが、少なくとももう二度とブラックストーン家やこの国の人々に危害を加えることはなくなるだろうということだった。
それに安心しつつ、仕事にも復帰したが、それを快く思わない人がいた。
言うまでもなく、オスカー室長である。
「もう平気だと言っているはずです。」
「まだ早いだろう。もう少し寝ていろ。」
「これ以上眠ったら頭の中が空になってしまいます。」
「ほう、それ以上空になることがあるのか。」
相も変わらず言い合いになってしまうわたしと室長だが、それでも前とは違うというのはわたしにだって分かる。
信頼や絆、そして室長の瞳が少しだけ優しいこと。
そんな僅かな変化でも、こうしてまた彼と、そして王宮の人々と仕事が出来ることに幸せを感じずにはいられない。
「おい、マーティン、何を笑っているんだ。」
くすりとこちらを見て笑うマーティンさんは、小さく零す。
「いいや、やっと光が戻ってきたなあと思ってね。」
この王宮に、この統括室に、そして君達の中にも、ね。
これにて完結です!
ここまで読んでくださって、本当に有難う御座いました。