<彼の想い>
目の前で眠っている彼女を見つめる。
こうしてここへ訪れるのも、もう何日目だろうか。
依然として目を覚まさない彼女の姿に、ひどく胸が痛む。
それは、彼女が自分の部下だから、とか、こうなったのは自分のせいであるから、とか、それだけではないことも十分分かっていたから、余計に辛かった。
あのとき、シュタイン家で彼女は無理やり毒を飲まされそうになった。
頑なに口を閉ざしていたからそれを免れ、助けの到着も早かったから無事だったものの、どうやら唇に毒がついてしまって、何かの拍子に彼女の体内に入ってしまったというのだ。
『毒を飲んでしまったようだ』
と、医師に告げられたときは、感情がなくなってしまうのが分かった。
考えることも、悲しいと思うことも出来ずに、ただただ残った感覚は、頬を伝う涙を追うものだけ。
それを見た医師がひどく驚くような表情を見せ、慌てて次の言葉を紡いだ。
『安心しなさい。致死量ではない。
今は眠っているだけで、時間が経てば平気になる』
その言葉は、救いだった。
哀しみの中に喜びが生まれ、それでも死んだように眠る彼女を見れば、頭の中が不安に支配される。
何度名前を呼んでも、何度頭を撫ぜても、何度手を握っても、決して開かれることのない彼女の瞼。
そんな彼女のことを心配するのは自分だけではなかった。
毎日毎日、王宮の誰かが彼女を見舞いに来る。
それは彼女の友人であったり、警備の者であったり、ジャスパーやライナスといった書庫の整理係であったり、王太子殿下であったり、王女殿下であったり。
遠方からは、ノーラやニーナ、そしてフレッドや父と母までも訪れた。
何度も何度もたくさんの人が訪れる彼女の病室はせわしなく、でもその声が彼女に届いて、うるさいと早く目覚めてくれることを誰もが祈っているようだった。
そうして彼らが帰ったあと、面会時間が過ぎてはいるが特別に許可をもらって彼女に会いに行く。それが自分の日課となっていた。
「・・・最近になって、父と母と和解した。君のおかげだ。」
そうやってぽつりぽつりと、最近あった出来事を零す。
口達者なほうではない自分のことだから面白い話など出来るはずもない。
でも何かを話していれば、きっと彼女には届くだろうと思った。
「・・・君のことを、馬鹿にしてほんとうに悪かったと思っている。」
また日が経って、
「・・・君にとても感謝している。」
彼女の目が覚めることはなくて、
「・・・いい加減目を覚ましたらどうだ。」
彼女がいなければ話すべき出来事など何も無くて、
「・・・君のことが好きだ」
ついにはそんな馬鹿げたことまで口走ってしまった。
自分もたいがいおかしくなってしまったらしいと、今日はこれで引き上げることにする。
もうすぐ彼女が眠り続けて一月になる。
もしかしたらこのままずっと、なんていう考えすら浮かんでしまうが、すぐにそれを打ち消す。そうしなければ気持ちが折れてしまいそうだった。
いつものように最後は必ず彼女の手を両手で握り、おやすみと呟いて部屋から出ていく。
一秒でも早く、二度と帰ってこないなんていう不安を吹き飛ばして、また生意気な彼女の声が聞けることを祈りつつ、扉に手をかけた。そのとき、
「・・・しつ、ちょう・・・・・・?」
ああ、やっと。
長い間待ち望んでいた声が聞こえた。